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自作小説倶楽部 第27冊/2023年下半期(第157-162集)  作者: 自作小説倶楽部
第160集(2023年10月)/テーマ 「ミステリー」
16/26

03 紅之蘭 著 『ローマ皇帝カリグラの船を引き揚げろ!』 

梗概/イタリア・ムッソリーニ政権期、湖に沈められた古代ローマの巨船を引き揚げる国家プロジェクトがあった。


挿絵(By みてみん)

挿図/奄美「カリグラ帝の船:船底出土状況」


 ――戦間期のイタリア・首相公邸――


 ネミ湖は、ローマ市から南に三十キロ離れた場所にあるカルデラ湖だ。

 十五世紀以来、ネミ湖には、「湖の底には古代ローマ時代の巨大な船がお宝を満載して沈んでいる」という伝説があった。

 一九三六年、イタリア王国の独裁者ムッソリーニ首相が、政府御用学者達を招集し、

「国威発揚のため、二隻を引き揚げたいものだ。どうすれば良い?」

 野心的なアカデミア会員の学者が、

「首相閣下、ミネ湖畔の地中には、やはり古代ローマ時代の水路が埋まっております。第一段階としてまず、水路を掘りおこします。それからポンプで湖の水を汲み上げてしまうのです」

 なるほどと膝を叩いたムッソリーニ首相は、ローマ船二隻の引き上げをアカデミーの発掘調査団に命じた。

 湖水の汲み上げ作戦は大成功で、間もなく二隻の船が二千年ぶりに姿を現した。全長七十メートル、幅二十四メートル。発掘調査の結果、巨船には鉄製の錨が搭載されていたばかりか、船内に水道管が巡っていた。


               ***


 干した湖の発掘現場に、リムージン車とサイドカー仕様のオートバイの車列がやって来た。車から降りたのは、陣中見舞いに来たムッソリーニだ。その人が、出迎えたアカデミーの学者に訊いた。

「して、調査団長、船の持ち主は誰だね?」

「遺物に鉛管があり、カリグラという名前が刻まれていました。古代ローマ・カリグラ帝のものと考えてまず間違いないと存じます」

「カリグラ帝?」

「カリグラ帝は、ユリウス・カエサルの養子で初代ローマ皇帝となるオクタビアヌスから数えて三代目に相当するユリウス=クラウディウス王朝の皇帝です。在位四年ばかりの短い治世でしたが、この人はその間、実に多くの建物を建造いたしました。二隻の巨船も一例と言えましょう。二隻のうちの一隻には、ディアーナ(ダイアナ)神の石像があり、どうも神殿として使われていたようです。――皇帝は、女神デイアーナの供物として、ネミ湖に沈めたのです」

 独裁制は、衆愚政治の果てに生まれることがある。カリグラもそうだ。この人は、民衆の絶大な支持があったが、民衆は宮廷という密室内部を知らない。


 西暦三七年、二十四歳で即位した美麗な皇帝には浪費癖があり、国家の財政を傾けた。宮廷では乱交パーティー伴った酒池肉林の大騒ぎをする。変態性癖があり、同性愛・近親相姦をした。妹ユリア・リヴィッラは愛人だった。――皇帝は妹を最も愛し、近親結婚の習慣があったエジプトの神々に傾倒するようになっていく。

 皇帝の悪ふざけはとどまるところを知らない。愛馬インキタイゥスを宝石の馬具で飾り立てるばかりか、なんと元老院議員にまで任じたのだ。

 愚行を正そうとする忠臣たちもいたが、皇帝は諫言を効かず、拷問の末に処刑した。そのため西暦四一年、義憤にかられた親衛隊将校らが決起して、殺される。享年二十八歳だった。


               ***


 一九二二年、親衛隊〈黒シャツ隊〉を率いてクーデターを起こし、首相に就任したムッソリーニだが、三九年の大戦勃発から四年後である四三に失脚・幽閉される。その後この人はナチス・ドイツ軍によって救出されるが、ファシスト政権はドイツの傀儡政権にまで落ちぶれてしまった。ムッソリーニの最期は、イタリア共産党の私兵に捕らえられ、四五年四月二八年、公開処刑されて終わる。享年六一歳。


 さて、発掘調査後の二隻の巨船の行方だが、これらはローマ市内に建てられた船舶博物館に収められた。一九四四年五月三一日、イタリアを実効支配していたナチス・ドイツ軍を、北アフリカに展開していた連合国軍が北伐・掃討する。そのときの戦火で、同博物館は二隻の船ともども消失してしまった。


 避難民の群れにいたアカデミーの老考古学者は、何度も振り返りながら、流れに身を任せるより手立てがなかった。


               『ローマ皇帝カリグラの船を引き揚げろ!』了

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