02 柳橋美湖 著 『アッシャー冒険商会 13』
〈梗概〉
大航海時代、商才はあるが腕っぷしの弱い英国の自称〈詩人〉と、脳筋系義妹→嫁、元軍人老従者の三人が織りなす、新大陸冒険活劇オムニバス。ロデリック氏、妻の不倫を疑う。
挿図/(C)奄美「月明り」
12 ミステリー
――ロデリックの日記――
僕・ロデリックはアッシャー男爵家の世嗣子だ。祖父が新大陸で一旗揚げ、父が英国王室に多額の献金をして男爵の爵位を得た。父は当家のさらなる発展を図り、新大陸にあった祖父の荘園からの収益で商会を立ち上げた。それがアッシャー商会だ。新大陸渡航において父は、忠実で腕の立つ老執事・アラン・ポオと、身寄りのない遠縁の親戚で妹として育ったマデラインを伴うことになった。献身的な義妹・マデラインは許嫁でもあったので、商会立ち上げ後、妻に娶った。
僕は、男爵家世嗣子としての義務は果たさねばならない。気は進まなかったが、マデラインと寝台を共にして子を宿してもらった。
昨今、下僕たちの報せによると、身重のはずの妻が、僕が寝ている間に寝台を抜け出し、夜な夜な徘徊をするようになったとのことだが、僕が寝ている間に、マデラインが手洗いに行ったものとして取り合わなかった。だが身重の妻が夜中に徘徊するのは、お腹に障る。ある夜、寝台を抜け出した彼女の後をこっそりつけてみることにした。
荘園屋敷の二階寝室から廊下に出たマデラインは、階段を降り、一階ホールから庭に出た。――手洗いは庭にあるが、身重の彼女には、寝室に置いたオマルで要を足すように命じていたのだが……。
玄関の扉を開けて外に出る。満月だった。
マデラインがその月に向かって咆哮を始める。すると、森の奥から狼たちが一斉に返礼の遠吠えをしだしたではないか。彼女は僕の気配を察すると振り向いた。
「私の秘密を知ってしまいましたね、御屋形様……」
「マデライン、何をやっていたんだ?」
ほのか月明りを背にしていたが、明らかに彼女は笑ってた。
すると、庭の垣根の裏から初老の男の声がした。執事のアラン・ポオのものだ。
「大声を出すのはお腹の子にいいのです?」
「そ、そうなのか? 聞いたこともないが……」
「係りつけの医師様によると、昨今の医学会では常識なのだそうです」
どうにも胡散臭い。考えたくないことがだが、夜中、二人は庭で逢引きをしていたのだろうか? するとマデラインのお腹の子は、アラン・ポオとの間に出来たものだろうか?――僕は同性愛者だから、妻を責める気にはなれなかった。
襟を正したアラン・ポオは、一度、垣根の向こう側に戻ると、また僕と妻の前に姿を現す。初老の執事は何か大きなものを引きずっていた。
「熊の肝は母胎に言いと聞き及びまして、若奥様に服して戴きたく、森で仕留めて参りました」
え?
「ミステリー」了
〈登場人物〉
アッシャー家
ロデリック:旧大陸の男爵家世嗣。新大陸で〝アッシャー冒険商会〟を起業する。
マデライン:男爵家の遠縁分家の娘、男爵本家の養女を経て、世嗣ロデリックの妻に。
アラン・ポオ:同家一門・執事兼従者。元軍人。
ベン・ミア:ロデリックの学友男性。実はロデリックの昔の恋人。養子のアーサーと〝胡桃屋敷〟に暮らしている。