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自作小説倶楽部 第27冊/2023年下半期(第157-162集)  作者: 自作小説倶楽部
第159集(2023年9月)/テーマ「くじ」
12/26

03 紅之蘭 著 『パルミラの女帝』

【梗概】

紀元前三世紀、ローマ帝国に反逆し、パルミラ帝国の女帝となったゼノビアは、「クレオパトラ以来の才媛」とも「女戦士」とも讃えられていた。彼女の足跡をたどる。読み切り短編。


挿絵(By みてみん)

 三世紀末、ローマ帝国本土イタリアの別荘ヴィラに、着飾った帝国貴婦人が集い、サロンが催された。別荘の女主人はゼノビアという老婦人である。

「貴女様の武勇伝などお聞かせくださいませ、ゼノビア様」

「私は敗軍の将です」と答えた彼女は、まんざら悪い気がしないでもないといった笑みを浮かべていた。

 ゼノビアと呼ばれた老婦人は、二四〇年、アラビア・ベニサマヤド部族の族長とギリシャ系女性との間に娘が生まれている。彼女の母親は、ローマが滅ぼしたプトレマイオス朝エジプトにゆかりがあったのか教養深い女性で、アレクサンドリアのアカデミアからカッシオス・ロンギノスを講師に招き、ゼノビアにつけて学問を学ばせた。結果、彼女は当代一流の文化人になった。


               ***


 二五八年、ゼノビアは、ローマ帝国東部属州の一つパルミラの総督オダエナトゥスの後妻に収まる。

 ローマ帝国の分裂は、三九五年の東西分裂だが、その予兆はすでにあり、ローマ皇帝ガッリエヌスの時代、西方ではガリア皇帝を潜称したティトゥスが分立、西方ではササン朝ペルシャが帝国領を度々脅かしていた。

 ガッリエヌス帝は、これら敵対勢力を討つため、自ら出陣したのだが、このときオダエナトゥス総督が付き従い、たびたび武勲を立てた。このとき総督の横には、甲冑を身にまとったゼノビア夫人の姿があった。ゼノビアは総督の軍師として随行し、帷幕で策を練った。

 ガッリエヌス帝やオダエナエ総督の活躍で、連戦連勝のローマ帝国だったが、度重なる戦争で衰退していた。


 二六八年、オダエナトゥス総督が、何者かにそそのかされた甥・マエオニウスが、突如反乱を起こし、前妻の息子で嫡子のヘロディアヌスとともに殺害されるという騒動があった。ゼノビアは、自分が生んだウァバッラトゥスとともに辛くも窮地を逃れた。そして息子の綸旨で、東部属州各地に駐屯していた夫の部下たちに呼びかけ、パラディアを占拠している反乱軍を討つことに成功すると、息子の共同統治者となった。


 東部属州での反逆事件の直後、ローマ帝国で最も有能な将軍・オダエナトゥス総督と嫡子が殺害されたことを知った、ゲルマン系のゴート族が帝国領へ侵攻する。――すると、ローマを見限ったゼノビアは、ササン朝ペルシャの支援を得ると、自ら騎乗して軍を率い、小アジア、シナイ半島、エジプトといったローマ東部属州・皇帝直轄地に侵攻して、二七二年、パルミラ帝国を宣言、帝位に就いた。


 ――結局のところ、人生は博打だ。あとはクジ運次第――


 混乱の最中、ローマのガッリエヌス帝が崩御し、二七〇年、アウレリアヌス帝が即位すると、巻き返しに転じて来た。新帝は、たちまちガリア帝国とこれに従う西のゴート族やを討ち、次いでパルミラ帝国に親征する。その際アウレリアヌス帝は、パルミラに降伏を勧告したが、ゼノビアは拒否し、息子ウァバッラトゥスとともに迎え撃つ。

 このときゼノビアは、名将ザブダスに全軍の指揮を任せ、自らは甲冑姿で各隊を回り、馬上から鼓舞し、息子のウァバッラトゥスは本陣でザブダス将軍を督戦した。

 だがローマ帝国は腐っても鯛であった。ローマは、パルミアに組するビゼンチンを陥落させると、パルミア帝国本土に入った。そして二度の戦闘を行ったが、パルティアは二回とも敗退、ゼノビアの息子は討ち死にした。彼女は首都パルミラに戻って籠城し、敗残兵を再集結させつつ、誼を通じていたササン朝ペルシャの救援を待った。


 だが救援は来なかった。

 そしてローマの新帝アウレリアヌスは抜け目ない。包囲したパルミラの同名首都をすぐには討たずに、片腕のプロブス将軍に別動隊を率いさせ、小アジア・シナイ半島・エジプトを奪還させる。こうしてして兵站を万全になった。将軍がアウリアヌス帝の許に帰参すると、様子を窺ていた各地の軍団が新帝側につき、続々とついてきた。

 二七三年、新帝が改めてパルミアに降伏勧告すると、万策尽きたゼノビアは開城した。この際、ザブダス将軍以下、ゼノビア麾下の将軍達は処刑されたが、ゼノビアは助命されるに至った。――とはいえ翌年の凱旋式で、謀反人である彼女を金鎖で縛って、ローマで市中引き回しの刑に処している。


               ***


 騎乗のアウレリアヌス帝が、彼女を載せた荷車の横に来て、

「ゼノビアよ、おまえはローマに弓を引いた大罪人であるが、『クレオパトラ以来の才媛』と謳われるおまえが死ぬということは、人類の叡知の損失と言える。以後は、その才能を学問に生かせ」


 ――完敗だ。器が違い過ぎる――


 涙があふれ出す。

 ゼノビアは、エジプト語が堪能で同文化に精通、ローマ帝国の公用語であるラテン語の他に、ギリシャ語、シリア語、アラビア語ができた。愛読書は、ホメロスの叙事詩『イリアス』『オデッセア』、プラトンの哲学書『ソクラテスの弁明』『国家』だ。

 ローマ帝国貴族となったゼノビアは、博識を生かして多くの論文や歴史書を著し、余生を過ごした。


     『パルミラの女帝』了

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