02 柳橋美湖 著 『アッシャー冒険商会 12』
〈梗概〉
大航海時代、商才はあるが腕っぷしの弱い英国の自称〈詩人〉と、脳筋系義妹→嫁、元軍人老従者の三人が織りなす、新大陸冒険活劇オムニバス。ロデリック夫妻、小鬼討伐を依頼される。
挿図/(C)奄美「洞窟にて」(もろにパクリ♪)
12 ボストンの御茶会
――アラン・ポオの日記――
以前、北米大陸マサチューセッツ植民地インスマスで遭遇した半漁人の近縁種に、小鬼というものが存在することをご存じでありましょうか。小鬼につきましては、博物学者によりますと、類人猿が水棲類人猿となり、再び陸に戻って進化したものを指すのだとか。――いずれにせよ子供の丈をした狂暴な種族で、人間の娘をさらって、子を産ませた後に食らうという、とんでもない変態野郎でございます。
「うちの娘がさらわれた。これは小鬼の巣穴を示した地図だ。討伐を引き受けてくれるならば、ロデリック殿が以前、所望した、わが家に伝わる古文書を進呈しよう」
貴族の中には、魔法とか錬金術とかを趣味にしている方々がいらっしゃいます。ボストンにお住まいの依頼主、クラーク子爵は、そういう異端系の古文書を秘蔵なさっておられました。
アパラチア山系にある洞窟。
「アラン・ポオ、なんだその年代物の甲冑は?」
「御屋形様、小鬼というものは、弓矢や槍、短剣といった得物に毒を塗っております。先鋒を務めます私めは盾となりますので、他の皆様は私の後ろから支援攻撃をお願いいたします。――ああそれから小鬼どもは、一体一体はひ弱なのですが、群れると厄介でございます。洞窟内部では、岩陰に潜んでいたり、別ルートを使って後ろから襲ってくることもございますので、ご注意召されませ」
「詳しいな」
「旧大陸の軍におりましたころ、中隊を率いて巣穴を潰したことがございますので……」
巣穴潰しのパーティー・メンバーは、アッシャー男爵家世嗣ロデリック様、マデライン奥様、それから、ロデリック様の昔のご学友ベン・ミア様の遠縁で、ご養子のアーサー様、そして、アッシャー家執事兼従者の私、アラン・ポオの四名からなっております。
「おや、トーテム。巣穴潰し初心者は、これに引っ掛かる」
私がトーテムのある穴道の横を松明でかざすと、別の穴道が続いておりました。
洞窟は、あたかも蟻の巣のようで、奥に続く穴道はいくつにも分岐しておりました。ロデリック様は、測量術も心得ていらっしゃるようで、コンパスと歩測で、図面まで作成していらっしゃいました。さらに分岐点があるときは、塗料を使って目印を描いてゆく周到さ。――失礼ながら、腕っぷしはからっきしながらも、〝指揮官〟としては信頼に足るものがございます。
――小鬼どもにとって御屋形様は、最も嫌な敵に違いない。これでは〝くじ〟にすらなっておらぬでは、ありませんか。
こうして第一回目の小鬼の巣穴のある洞窟侵入は、索敵と地図の作成で終わり、巣穴を潰すのは、第二回目となる翌日の夜と決まりました。
翌日。
トーテムのある穴道を進んで参りますと、下り坂となりました。行きつくところは恐らく巣穴の最深部でございましょう。奥から娘たちが苦痛でうめく声がこぼれてきました。
――罠だ。このまま奥へ行ったら……、
巣穴の小鬼どもには上位種に相当する〝指揮官〟がいる。我々が最深部にある〝広間〟にたどり着いた瞬間、別ルートを使って、背後に回り込む作戦のようだ。けれども、御屋形様は、
「アラン・ポオ、奴らは罠を仕掛けたつもりでも、こちらが罠を仕掛けていることには思い至らないんだったね?」
「いかにも」
かくして我々は坂道を下った最深部にある〝広間〟に達したわけでございます。そこには、小鬼どもに監禁され、腱を切られた娘たち数名が、突っ伏しているのが見えました。
すると物音が――
私の前には、小鬼の巣穴主と主力数十匹が現れ、襲い掛かって来た刹那、天井から、奥様、マデライン様を拉致すべく天井から降りかかる伏兵数匹の姿を現しました。小鬼どもはまず女を狙う。されどもそこは奥様、幼いころより私が鍛えてさしあげた方。たちまち足蹴りで瞬殺したのでございます。
一定規模の小鬼の群れになると、狼を飼い、騎兵にいたします。予想したように、五匹からなる騎兵小隊が別ルートを使って背後に回って参りました。
そこで御屋形様は、親友からお預かりした坊ちゃま、アーサー様にお声がけなさると、うなずいた坊ちゃまが、狼そのものと言える遠吠えをいたします。――なんと、小鬼を乗せた狼達が主を裏切って、背から振り落とし、食い殺し始めたではありませんか。こうして別動隊を潰し、後顧の憂いをなくした我々は、前面にいる巣穴の主と主力の小鬼三十匹ばかりを討ち取り、無事、さらわれた娘たちを捕まえたというわけです。
十歳になる亜麻色の髪で、長いまつ毛をした、天使のように美しい顔立ちのアーサー様は、人狼でございます。狼たちにとっては上位種である人狼、アーサー様の遠吠えで、小鬼に飼われていた狼達は、逆らえずに寝返った。今回の巣穴潰しの切り札になった次第でございます。
かくして我々はボストンに凱旋。御屋形様が切望していた、依頼主・クラーク子爵秘蔵の古文書を贈呈されたというわけです。
古文書に何が書かれていたかですって? ――飲み物が美味しくなる魔導書なのだとか。――下らないって? まさか! ――御屋形様は腕っぷしこそ弱うございますが、商才がございます。
ほどなく、御屋形様は、ボストン港に喫茶店を開かれました。御婦人方も入りやすいムードの喫茶店で、雑誌や新聞を置き、旧大陸から取り寄せた珈琲・紅茶には、美味しくなる魔法をかけたのです。想像した以上に繁盛したのは言うまでもありません。
「ボストンの御茶会」了
〈登場人物〉
アッシャー家
ロデリック:旧大陸の男爵家世嗣。新大陸で〝アッシャー冒険商会〟を起業する。
マデライン:男爵家の遠縁分家の娘、男爵本家の養女を経て、世嗣ロデリックの妻に。
アラン・ポオ:同家一門・執事兼従者。元軍人。
ベン・ミア:ロデリックの学友男性。実はロデリックの昔の恋人。養子のアーサーと〝胡桃屋敷〟に暮らしている。