01 奄美剣星 著 『エルフ文明の謎 09』
【概要】
カスター荘の事件を解決した考古学者レディー・シナモンと、相棒を組むブレイヤー博士は、王国の特命を受けて新大陸へ。そこには滅亡した〈エルフ文明〉遺跡が点在していた。ミッションはエルフ文明が滅亡した理由を調査すること。そこで殺人事件が……(ヒスカラ王国の晩鐘 44/エルフ文明の謎 09)
挿図/(C)奄美「副官」
09 くじ
滅亡した種族・古代エルフ文明遺跡〈死都〉。そこの〈水車小屋〉と呼ばれる遺構の一角に、私・ブレイヤー博士と〈姫様〉レディー・シナモン少佐、親衛隊のガスパーレ大尉、そしてシルハ副王領警視庁グラシア・ホルム警視、後任の〈死都〉遺跡調査団長ラサロ博士が集まっていた。
前遺跡調査団長ケサダ・バコ博士に続く、団長補佐フェリペ・ゼラノ博士の殺害について、
〈姫様〉がこんな話しをした。
「私は各遺跡で行われている古代遺跡を総括して、なぜ、エルフ族とその文明が滅んだのか? 滅んだのは、今なお我ら現生人類の生存圏を脅かしている甲殻虫によるものなのか? あるいは病気や自然災害、戦争によるものなのかを究明せよと、旧大陸本国とシルハ副王領政府の双方から委託されました」
「ええ、存じておりますわ。それで?」〈女王様〉警視が頬に片手を添える。
「前団長も団長補佐もアカデミーの推薦を受けて、〈死都〉遺跡調査のミッションを行っています。私はお二人がこれまでに書かれた報告書、論文をすべて拝見しています。――〈死都〉調査の任にあたるまで前団長は、エルフ文明の編年が専門で、都市や集落といった生活遺構については副団長が行っていました。それが、〈死都〉の調査団長になってから、突然、報告書や論文を数多く、学会誌に発表するようになったのです」
「編年とは?」
「考古学者は、遺物を〈示準化石〉にして、大まかに時間軸〈編年〉を作り、それを基準に、複数ある時代の地層から研究対象の地層を選び、上位層を除去し、面的に拡げ空間軸を調査するのです」
「〈示準化石〉とは?」
「地学では、時代によって明瞭に変わる堆積層が、基本、古いものほど下にあると考えます。その際、太古の地層にパックされている特徴的な生物化石が目印になるのです。目印になる化石を〈示準化石〉といいます。――考古学における〈示準化石〉は遺物に相当し、主に土器を用います」
「〈示準化石〉が土器である理由は?」
「貴金属・宝石類だと後世の盗掘を受けて残りにくいもので、盗掘者にとって無価値な土器は遺跡に残りやすいものなのです。しかも昨今の研究で土器は、四半世紀単位で、形状が変化することが判ってきていて、時代の物差しとして便利なのです」
警視の事件そっちのけの態度に、ガスパーレ大尉は私に、――やれやれ困ったちゃん――という身振りをした。
学会が、これまでに出したエルフ文明の年代観は、次のものとなる。
第Ⅰ期〈都市国家乱立期〉:集落の周囲を城壁で囲んだ城塞都市が、シルハ大陸各地で多数出現する。
第Ⅱ期〈運河期〉:運河が発達する。それと同時に都市間での交易が活発化。爆発的に人口が増え、城塞から人が溢れ、非城塞都市が多数出現する。
第Ⅲ期〈馬車鉄道期〉:都市が巨大化し、大都市を囲む城壁が撤去され出す。同時に、街道や街道が整備され、馬車の乗り心地を良くする軌道が、路面に敷設されるようになる。
前団長と副団長は、〈死都〉建設が第Ⅱ期〈運河期〉に始まり、廃絶が第Ⅲ期〈馬車軌道期〉であるという点で一致した見解だった。
「これであと蒸気機関が発明されれば、産業革命以降の世界〈近代〉になる。つまりエルフ文明は、近世の最終段階で忽然と姿を消す」
興奮した警視が、シナモン少佐をハグすると、少佐が引いたようにトーンダウンして、
「甲殻虫の甲殻を削りだして作ったレコード盤を用いた巨大計算機の基本動力が、水車だけれども、同時書き込みの際に電力も使用していた。――蒸気機関がなかったのだけれども、水力発電はしていた。これをもって産業革命・情報革命の域に達していますので、現代ととらえてもいいのかもしれません」
「凄いわ、レディー・シナモン、私の親友。それをあなたが解明したのね!」
――親友? いつから? 宿敵同士の名家設定はどうした?
隙を見て警視との距離をとった〈姫様〉が、
「残念ながら私が結論を出したとき、学界発表こそなされてはいなかったものの、すでに〈水車計算機〉の謎解きは、団長または団長補佐がなさっていた。私は追認したにすぎません」。――ここで一連の事件の犯行サクセスを整理しいたしましょう」
〈姫様〉による犯行サクセス仮定は次のものである。
前団長または団長補佐、あるいは同時に、〈水車計算機〉の謎解きをして、手柄を競い合う。最終的に前団長が立場を利用して、論文発表の栄誉を得た。表面上了承した団長補佐だが、内心は穏やかではない。そこで団長補佐は、前団長を〈蛇紋神殿〉で暗殺することを思いつく。
しかし団長補佐にはアリバイがある。――前団長が殺害された時刻、団長補佐は、〈姫様〉や私を乗せた副王親衛隊水上機を出迎えに、川辺の船着き場に来ていたのだ。
すると、犯行偽装が必要になる。つまり、天井の吊下式燭台のフックから垂らした釣り糸にナイフを結わえ、遠心力を利用して、前団長の背中を刺し、その後、得物を回収して神殿を出る。――しかし、実験の結果、威力が弱くて致命傷には達しないことが判った。すると団長補佐は、あらかじめ団長を殺害しておいてから、周囲には団長が生きているように思いこませ、その上で、出迎えに来たことになる。
「レディー・シナモン、そのストーリーには重大な問題がある。第一の事件の犯人が団長補佐だとして、第二の事件の犯人は誰。そいつが得になることって?」
「レディー・グラシア・ホルム警視、ここでゲームです。――第一の事件と第二の事件の動機が同じ意図の上にあったのか? あるいは、同一のものであったのか?」
「ケチ、じれったいわね」
〈女王様〉レディー・グラシア警視は案外と面白い人だ。
ノート20230930
【登場人物】
01 レディー・シナモン少佐:王国特命遺跡調査官
02 ドロシー・ブレイヤー博士:同補佐官
03 ガスパーレ・ドミンゴ大尉:副王親衛隊士官
04 ケサダ・バコ博士:〈死都〉遺跡調査団長
05 フェリペ・ゼラノ博士:団長補佐
06 ナディア・バコ:団長夫人,カメラマン
07 カシニ・エルミート:測量士
08 アンドレス・バレス:測量助手
09 ロドリゴ・ラサロ博士:後任の〈死都〉遺跡調査団長
10 グラシア・ホルム警視:新大陸シルハ警視庁から派遣された捜査班長