道化師の意志
──街の中、山頂付近───
蒼は依頼に合わせた場所へ開く、というなんとも便利なDripsの扉を壊してしまった。おかけで結宮が依頼で示した場所ごどこなのか分からないまま辿り着いた場所は随分と荒れ果てている。
“この子の家があった場所“などといっても蒼は真矢の家の場所なんぞ知りもしない。綺羅の記憶を通して見た真矢は山小屋に住んでいた、だから適当な山に行ってみた訳だが…
「ここ…で合ってるのか?」
真夜中だからなのだからか、荒れ果ててしまっているせいか、動物の気配が一切ない。山特有の木々のざわめきすら聞こえず、聞こえるのは俺の足音のみ………いや、700m先に2人、どんどんと離れていく気配と足音がある。バレないよう空間の箱を出して空からつけていると、とうとう会話が聞こえてきた。
「……の“最適解“だとどうしても死人が出る、実際ここまで被害ゼロなのは綺羅の活躍のおかげ。利害の一致で君は私の指示通りに行動してきたけど、それももう終わり。今後は指示しないから君の好きなように行動してくれていいよ」
「…分かった。俺がどう行動しようともう結果には作用しない、ここからはあいつら次第って事だよな。…やっと最終段階、後戻りも出来なくなった。葵の“最適解“が言うならきっと成功する。でも、あいつらほんとに」
「正直あとは全部賭けだよ。…まぁ、少なくともそこの子は私の思うように動いてくれたみたい」
「っ綺羅!!」
隠れていよう、少しでも情報を引き出そうと構えていた蒼は我慢出来ずに綺羅に飛びかかった。
「綺羅…お前もグルだったのか……?もう、誰が俺を騙してて誰が誰が誰が!!」
「おーい、元凶こっち」
結宮葵は気の抜けた声で蒼を呼ぶ。人差し指で自分を指しちょいちょいと示してみせた。
「それで?蒼くんもここに来たわけだ」
「お前は、結宮葵、お前は…お前の目的は何なんだ」
「直球だね、交渉ではそういうの悪手だよ。まぁ全部マリューに任せれば解決かな?突撃突破しか脳の無い……兵隊さん」
これを聞いて綺羅は覆いかぶさっていた蒼をはね飛ばし、地面を蹴って勢いをつけた。勢いそのまま結宮に蹴りかかる寸前で転移の門を開き、結宮の数m上から開き直す。上から降ってくる綺羅は空中で2回転してから結宮を蹴りつけた
……と思われたが土煙が晴れ、そこに立っている結宮はほぼ無傷。頬に2筋の傷がつき血が滴っているが、とてもあの攻撃を受けた直後には見えない。それに引き換え結宮のすぐ隣の地面は土や石が弾丸のように飛び散り、散々な有り様だった。
「記憶のタブーは葵が決めたんだろ……これで蒼が壊れたらどうする!蒼は俺よりふ……」
綺羅は言葉を途中で止め、くそっと短く悪態をついた。
「はーいはいはい、皆が私に注目してくれるまでえっと、何分だろ…大体5分かかりましたー」
「葵が俺らの神経逆撫でするのに5分も使ったのかよ世界にとっての損失だわアホ」
「はい、優しい優しい結宮葵がアホにも分かる説明をしてあげます」
いつもの如く何が何だか分からない蒼だったが、険悪な雰囲気は感じ取った。結宮の事は知らないが、綺羅がここまで嫌悪感を顔に出すのは滅多に見ない。
「……1つ質問いいか」
「?いいけどよ蒼、なんでそんなとこ座ってんだ。せめてこっち来いよ」
「てめぇに腹蹴り飛ばされたうえ木に背中ぶつけて痛えんだよ、労れ運べ」
綺羅は蒼をおんぶして結宮のもとまで歩いていった。結宮は2人が来てからパチンと手を叩く。
「さて!生徒も揃った事だし説明します。と、言っても時間が無いので簡潔に。
1つ、綺羅は蒼くんの敵じゃない。
2つ、私の計画はまだ教えられない。
3つ、私は君達の敵を裏切る、けど君達の仲間にはなれない
そろそろ私も時間がないから、それじゃ」
「待て、報酬は持ってるだろうな。真矢はいないが俺はここに来た。俺にはそれが…必要なんだ」
「いいよ、君の分だけあげる」
結宮は赤く輝く記憶の欠片をぽいっと投げる。片手でキャッチした蒼は殺したろかという思いで結宮を睨みつけた。
「……依頼完了だ」
こう言って蒼は結宮に背中を向けて帰って行った。綺羅は蒼のように空中を渡り歩く事は出来ないので転移すべく門を開く。しかし入る寸前、まだそこに居た結宮に袖を掴まれた。
「私のせいなのに、ここまで協力してくれてありがとう。おかげでここまで来れた。…ここから先、綺羅がどう行動しようと結果には作用しない。けど、君には意志を貫き通す権利がある。だから…」
「俺も、葵が居なかったらこうしてまたソウとマリューに出会う事は無かった。葵、今だけは死ぬなよ」
綺羅は振り向かずに門をくぐる
「うん、了解」
門が閉じ静寂の中、結宮は俯いてそう答えた




