番外編「橋の上」8
自分で書いててなんだけど、ハリクさんよぉ~、「ペコリンが食べました」はちょっと悪手というか、杜撰だろぉ~!
ペコリン以外みんな疑ってるよ~!(汗
早いところそれで解決ってことで幕引きしたかったんだろうけど、まだ「間違いなくランセツ隊に渡しました」って言っといた方が「じゃあランセツ隊の言い分も聞くか」ってなって時間稼げるでしょうに……。
「ペコリン、お前は一体、何ということをしてくれたのか」
ウィーナが苛立ちを隠さず、ペコリンを見据える。正面に立つペコリンはむすっとした表情で、いじけたように顔を傾け、床の方に視線を流す。
「だって、ペコおなかペコペコになっちゃったんだもん。もっとペコにいっぱい食べさせてくれないといけないもん。もん。もん」
そう言い、頬を不満げに膨らますペコリン。
「テメェは食い過ぎなんだ! 冥界中の食料を食いつくすつもりか!」
ウィーナの脇に控えるレンチョーもペコリンを非難する。先程彼がペコリンをここに連れてきた。
ペコリンは黙りつつ、恨みがましい目でレンチョーを睨む。
「お前の馬鹿騒ぎを見た入社希望者が全員辞退してしまった。ただでさえ人不足だというのに」
ウィーナが疲労と辟易の吐息を漏らすと、ペコリンは開き直ったような態度で「じゃあ謝ればいいですか?」と返してきた。
「周りへの示しだ。お前を当面の間、階級を準幹部従者に変更し、隊長の役を解く」
ウィーナが宣告する。ペコリンの顔はますます渋いものとなる。
「えーっ!? 何ですかそれ!? それいつまでですか~!?」
「無期限だ。お前が反省していると私が判断するまで、と言っておこう」
「その間給料はどーなるの?」
「そんなもん大食い大会に出場して賞金稼げ!」
レンチョーが口を挟む。
「お前は黙っていろ」
ウィーナは煩わしく思い釘を刺すと、レンチョーはすぐに口を噤んだ。
ウィーナが続ける。
「もちろん、悪霊退治にも魔物退治にも出てもらうからその分の報酬は払おう。ただ、隊長手当は支払われない」
「うげげげ! それペコヤバイんですけど!? ペコまたお腹空いたら暴れるペコよ! そしたらまた大変なことになるペコよ!」
「戦場で好きなだけ暴れろ。ここで暴れたら、今度こそ私自らの手でお前を制圧する。分かっているな?」
「ぐぬぬぬぬ~っ……! 分っかりましたぁ~!」
ペコリンは不満げに睨みを利かせながら、投げやりな態度で言い放った。
「隊長としての仕事をしなくなった分の時間を使い、当面は悪霊がなくなった件の対応に専念するように。もう食ってばかりで屋敷でゴロゴロしているのは許さん」
ウィーナが厳しく言いつける。
「あ、その件ですが」
ペコリンが思い出したように切り出した。
「うん?」
「あのー、その悪霊さん、実はペコが食べちゃいました」
ペコが微笑みながら言った。
「何だと!?」
ウィーナは思わず怪訝な思いで反応した。ペコリンはにやにやと笑っている。
「んっとねー、ハリクの話では、なんかー、あの任務の日ー、ハリクが悪霊持って戻ってきたときにペコが食べちゃったらしいです」
まるで他人事のように話すペコリン。横で話を聞くレンチョーも随分と訝しげな顔をしている。
「ではなぜ、それを先程言わなかった」
ウィーナは当然の問いを投げかける。
「ハリクが持ってた黒くて丸い物食べたとき、悪霊さんだって気付かなかったです。てっきりおはぎか何かと思いました」
「おはぎ!?」
ウィーナが聞き返す。
「はい」
「食べたとき、それを悪霊だとは思わなかったのか?」
「はい。だってぇ~、甘くってもちもちしてたから。確か。あんま覚えてないけど」
「う~ん……」
ウィーナは腕を組んで考え込む。
話があやふや過ぎる。信用してよいものだろうか。
「それはおはぎだったんじゃねーのか?」
再びレンチョーが横から口を挟む。
「知らない! だってハリクがそう言ったんだもん! あれは悪霊だったって言ったんだもん!」
「ウィーナ様、そのアイリって悪霊はおはぎの悪霊だったんですか?」
レンチョーがウィーナに問う。
「おはぎの悪霊ではない。調査報告によると女の悪霊だ」
ウィーナが答える。
「じゃあちげーじゃねーか。お前食ったのおはぎだったんだよ」
レンチョーが呆れたように言う。
「じゃあハリクがペコ騙したってことぢゃん! あれれ~!? 何でハリクはペコに嘘つく必要があるわけ!? おかしいぢゃん! ぢゃん! ぢゃん!」
「知らねーよ。理由は知らんが、事実に基づけばそういう理解に至るんだよ。悪霊封じた石が甘くてもちもちしてるわけがねーんだから。ハリクの野郎が事実を言ってないって推定になるだろう」
「そんなの分かんない! もうペコが食ったってことでいいぢゃん! それで解決ぢゃん!」
「テメェ自身、ハリクに言われるまで自覚なかったんだろ! そんないい加減な話信じられん! ボケがっ!」
レンチョーが怒りを見せる。それに触発されてペコリンも興奮し始める。
「何だとコノヤロー! ペコココオーッ! いくら温厚で慈悲深い『仏のペコリン』でも流石にそれはキレるぞゴルァァァァァッ! ペコ怒ったら怖いナリィィィ!」
「あ゛ぁっ!? 貴様のどこが温厚で慈悲深い!? いつも腹空かせてそこら中キレ散らかしてるんじゃねーのか! ブチ殺すぞコラ!」
レンチョーも売り言葉に買い言葉だ。
「よせ二人とも! 分かった! とりあえず一旦この話は終いだ! ペコリン、お前の今の話は一証言として聞いておこう。しかしこれで解決とはせん。調査は続ける。そう心得よ」
ウィーナが二人を取りなして話を畳む。ペコリンとレンチョーは口を固く結んで黙った。
◆
ペコリンとピングポングからの聞き取りが終わった後、ハリクとリーセルは屋敷の庭で小休止を取っていた。
庭は先程ペコリンが暴走したことで見るも無残に荒れ果てていた。
ハリクは内心焦っていた。何とか平静を装ってはいるが、心はこの荒れた庭のように動揺していた。
組織がアイリが浄化されていないことに気付き、問題にし始めた。関係者への聞き取りも始まっている。
咄嗟のことだった。今さっきピングポングにあのように証言したのは。
あの日、ハリクはアイリの入った鎮霊石を持って屋敷に戻った際、問題の鎮霊石は携帯している鞄にしまっていた。
道中、ハリクがよく立ち寄る菓子屋『冥楽堂』で好物のおはぎを昼飯代わりに買い、食べながら屋敷の門をくぐり庭に立ち入った途端、前方から腹を空かせて暴走した上司が駆け寄ってきて、ハリクの持っていたおはぎを強奪し、口に放り込んでしまったのだ。
ハリクは咄嗟にそれがアイリの封じられた鎮霊石だと嘘を言った。
ペコリンはそれを信じたが、ピングポングは納得が行っていないようだった。
先程の話で社長のウィーナが納得するだろうか。上手いことハリクのあの話で解決ということになるだろうか。
ハリクは不安だった。
「さっきの話、本当なの?」
リーセルがキツい眼差しを向けてくる。
彼女は先程は話をすぐに終わらせたがっていたが、二人きりになると改めてこの話題を持ち出してきた。
「はい」
「いくらペコリン殿でも、鎮霊石なんて食べて気付かないものかしら?」
「はい。自分も信じられませんでした。てっきり分かってて食べたもんだと」
「あなた、アイリを匿ってるでしょ?」
鼓動の変拍子。
全身の産毛が逆立ち、今が寒いのか暑いのかも分からなくなる。今、リーセルに対して普段通りに振る舞えているのか、それとも動揺のあまり凍り付いて固まっているのか。ハリクは今の自分の有り様も客観視できない。
「え? と言うと?」
聞き返す。心臓のリズムを持ち直す時間が欲しい。切望。これは切望だった。
「この前言ってたあなたの彼女さんって、アイリでしょ?」
リーセルの表情は冗談のそれではない。
真剣な、冷たい、まるで任務の戦闘時のような視線。明らかに疑いの目線でハリクを抉ってきている。
「いやいやいや……、何ですか、それ」
ハリクは乾いた愛想笑いをしてみせる。
そうしなければ。
そうでもしなければ。
押し潰される。
「私は真剣に言ってるんだけど」
リーセルの声は、あくまで静かで、美しくすらある。声だけは。
「いや、それはあり得ないですよ。さっき話した通り、ペコリン殿が食べてしまって」
「嘘。あなたが隠してるのよ」
リーセルが言う。
ハリクは再び愛想笑いをしてみせ、頭を掻く。
「そんな。やだなぁ。だってもし私が本当にそんなことしたら、大問題じゃないですか」
「だから言ってるのよ。正直に言いなさい」
「いや、私はそんなことしませんよ。さっきの話は本当です」
とにかく今はそう言うことしかできない。
「あなたを罪人にはしたくない。正直に言うなら今よ。処分を軽くしてもらえるよう、私からもウィーナ様にお願いするから」
正解なのだが、一方的に犯人だと決めつけるリーセルに対し、いよいよハリクも面持ちを固くする。
「……リーセル殿、何を根拠にそう言うのですか?」
「根拠なんてないわ。『女の勘』よ」
リーセルが迷いのない態度で言う。
「女の勘? それで疑われるのは酷いなぁ……」
「私の勘ってよく当たるの。男の嘘なんて手に取るように分かる。特に女絡みの嘘は」
「そんな証拠もなく」
「証拠なんて知らない。アイリを隠してるのはあなたよ」
断言するリーセル。
「あり得ません。先程お話した通り、悪霊はペコリン殿が食べました。それが全てです。ペコリン殿もそれで納得しています。もう解決済み。終わった話です」
眼鏡を中指で押さえ、抵抗するハリク。
「たとえ組織がそう判断しても、私はあなたがアイリを隠してるって思うことにするわ。私は許さない。組織に対する裏切りも。私に対する裏切りも」
リーセルが眼差しに静かな怒りを湛える。
「だから何を証拠にそんなことを。リーセル殿、裏切りだなんて、そういう攻撃性の強い単語は簡単に使うべきではないと思います。ましてや確証もなく」
「女の勘ってやつを甘く見ないことね。そんなにアイリのことが好きなの?」
「すみません。何言ってるのか分からないです。ホントもう、全然分かりません」
「そう。あくまでとぼけるわけ。なら私の直属からは外す。組み替えね」
リーセルが言う。
内心安堵するハリク。リーセルの方からそう言ってくれるなら誠に都合がいい。疑いの目を向けてくる者から離れられる。
こんな動揺した気持ちのまま、リーセルと共に戦場に立つなど。
「承知しました」
ハリクは端的に応じた。
『そう言われるのは心外ですが、信用頂けないのなら仕方ありません』と、納得いかないポーズも見せておくことも一瞬頭を過ったが、無意味に口数を多くしてぼろが出たら不都合だ。
余計なことを言う必要はない。ただ『承知しました』だけで良い。ハリクはそう判断した。
「冗談よ。何をそんなにホッとしてるの?」
ハリクが改めてリーセルの顔を見る。彼女は冷笑していた。
「冗談、ですか?」
図星を突かれ、どうにも思考が回らない。
リーセルはそんなハリクを見て鼻で笑い、そのまま黒いタイツで覆われた十本の足をくねらせながら、屋敷の中へと戻っていった。
ハリクはしばらく、半ば呆然と、ペコリンが荒らした庭を眺め続けていた。
◆
ランセツ隊。
ゼロリュスは取り急ぎレイリンの姿を見つけて報告する。
「レイリン殿」
「どう?」
「今いるのはラプチスだけでした。他はみんな任務に出動してるか、非番で。あとソダイゴって五の月に退職してましたよね」
「ああー……。そうだったわね」
レイリンは三対ある腕の内の一対を、胸の下で組んだ。
「とりあえずラプチスだけは話できましたけど、心当たりないそうです。その日のこともあんまよく覚えてなさそうでしたんで……」
「そう……。まあ、そうよね。もう結構前の話だし」
「ソダイゴからはもう話は聞けませんよね」
「そうねぇ、辞めた人捕まえてこういう問題を話すってのもアレだし」
「他の六人からはまた日を改めて聞くようにしますんで」
「私も会えたら聞いとくから」
「了解」
ゼロリュスも内心は焦燥に駆られていた。ハリクはこの件に関してどう回答しているのだろうか。
まずはハリクと会って善後策を練らなければ――。