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やるせなき脱力神番外編 橋の上  作者: 伊達サクット
7/8

番外編「橋の上」7

「ペコおなかペコペコォォォアアアアッ!」

 ペコリンが絶叫しながらウィーナの屋敷の中を暴れまわる。

 彼女の全身から稲妻を帯びた光が発せられ、そこかしこで爆発。屋敷の中を滅茶苦茶に破壊していく。爆発で吹き飛ばされる戦闘員達。

「ペコおなかペコペコ! ペコおなかペコペコ! ペコおなかペコペコオオオオオ!」

「うっぎゃー! 助けてー! またペコリン殿がお腹空かせて暴走し始めた! ウィーナ様ああああっ!」

 平従者のボンダールが悲鳴を上げて逃げ回る。

「ウガアアアアア! ペコおなかペコペコペコおなかペコペコペコおなかペコペコペコおなかペコペコペコおなかペコペコペコおなかペコペコ!」

 凶暴化したペコリンが全身をオーラに包みながら逃げるボンダールを凄まじいスピードで追撃し、そのまま後ろから体当たり。

「ぎゃああああ! ウィーナ様ああああっ!」

 悲鳴と共にボンダールは吹き飛ばされ、既に倒れている他の者達と同様、ボロボロになって床に転がる。

「ひょえええペコリン殿これは屋敷に備蓄してある非常食です全部お食べ下さいいいい!」

 平従者のリサイクが大きな箱に入った非常食を運んできてペコリンに差し出す。

「ああああ! ほあわああああ! ペコおなかペコペコオオオオ!」

 ペコリンはリサイクに凄まじい拳速のストレートを放ち、リサイクを壁際まで吹き飛ばす。

「ぶばああああっ! 大人しく食べ物差し出したのに何でえええっ!?」

 リサイクが壁に激突し、衝撃で壁はひびが入り瓦礫が舞い散る。リサイクはそのまま壁にもたれかかったまま失神。

「ペコおなかペコペコオオオオ!」

 リサイクが持ってきた非常食を一瞬の内に全て食らい尽くすペコリン。

「ペコおなかペコペコオオオオ! 何でペコをハラペコにするのおおおっ!? ペコハラペコになるなんて聞いてないよおおお! 嘘つきいいいいいい! みんな嘘つきいいいいいっ!」

「ギャァーッ!」

「グワーッ!」

「アバババーッ! ペコリン殿! ペコリン殿おおおおっ!」

「うあああああ! ウィーナ様ああああっ!」

 ペコリンが紫に光る禍々しいオーラを放出。周囲でただただ狼狽することしかできない十名前後の戦闘員が全て吹き飛ばされる。

 吹き飛ばされた者達はいずれも中核従者ないし平従者ばかりで、暴走するペコリンをどうすることもできなかった。

 ペコリンは窓ガラスを割って屋敷の庭にダイブした。


 屋敷の庭を、爆発と共に馳せ回るペコリン。

「ペコペコペコペコペコペコペコペコペコペコペコペコペコペコペコペコペコペコ」

 庭のあちこちが爆発し、植木や塀を破壊し、地面には小規模なクレーターが作られていく。

「ぎゃああペコリン殿これを食べて下さいいいいっ!」

「これ俺の弁当です俺は昼飯抜きでいいんで食べて下さいい!」

「ペコリン殿庭に実っていた木の実ですこれでどうか気をお静め下さいいいっ!」

 慌てて戦闘員達が手持ちの食べ物をこぞって差し出す。

「ペコペコペコペコペコ!」

 ペコリンは一瞬でそれをペロリと平らげ、食べ物を渡した戦闘員達を紫に光るオーラで吹き飛ばす。

「ぎゃああああウィーナ様助けてええええ!」

 迸る紫の雷光。爆発。空に舞い散る冥界人達。

「ペコおなかペコペコオオオオ! 何でペコに何も食わさないの!? ペコにはちゃんと食わさなアカン言うたやん! 言うたやああああんっ!」

 食っても食っても暴れるペコリン。庭を、そして屋敷の外壁を破壊しまくる。

「うっぎゃあああ! このままではワルキュリア・カンパニーが壊滅だあああ! や、やめろ! やめろおおおおおおぉーっ! き、貴様は正気なのか!? 貴様は正気なのかああああああっ!?」

 平従者・カパミックがペコリンから逃げ回りながら、げっそりと青ざめた顔で絶叫する。

「カパミック貴様ああああっ! 下っ端の平従者の分際でこのペコを貴様呼ばわりしやがったな! やめろって指図しやがったな! タメ口で話しやがったなあああっ! ペコおなかペコペコオオオオッ!」

 ペコリンが飛びあがり、カパミックに重い膝蹴りを打ち込む。

「アバーッ! やめろ! やめろーっ!」

 口から血反吐を吐き悶えるカパミック。

「またペコに指図しやがったあ! ペコおなかペコペコのときはペコ怒らすなって言うたやん! ペコおなかペコペコのときはペコ怒せたらアカン言うたやん! 最初に言うたやあああんっ!」

 ペコリンはカパミックを頭上に持ち上げ、そのまま両手で庭の隅に放擲。

 次に彼女は、庭に駐車してあった、鍵が差しっ放しのワルキュリア・カンパニー所有の魔動車に乗り込み、屋敷をフルスピードで暴走し始めた。

 ペコリンがローリング走行で爆走する魔動車で屋敷にいる戦闘員達を追い回す。逃げ惑う戦闘員達。

「ぎょええええええ助けてえええええっ! 腹を空かせたペコリン殿が魔動車を強奪し暴走運転をしているうううっ! 車にはねられた暁には死んじゃう! 車にはねられた暁には死んじゃうううううっ! 死にたくなーい!」

 平従者ブンベッツが暴走する車から逃げ回り絶叫。

「ペコおなかペコペコオオオオ! ペコのことハラペコにしやがってええええっ! ペコ皆殺し! もうペコ皆殺しなんだからあああっ!」

「うああああ! 死にたくない! 死にたくなーい! 車にはねられた暁が死だなんてそれは良い傾向ではないーっ! ウィーナ様助けてー! どこにおられるのです? 報告せねばウィーナ様にこんなことはーっ! 他の幹部従者はあああっ!」

 魔動車が激しくローリングしながらブンベッツに迫りくる。

「あわわわわわわわ!」

「逃げろブンベッツ!」

「ウィーナ様は三階の執務室か!? このことを報告せねば!」

 他の戦闘員達は慌てて行列をなし、ブンベッツと魔動車をぐるぐると追いかけ回す。

「ブンベッツ! 横に身をかわせ!」

 追いかけ回す戦闘員の一人、平従者サンパインが呼びかけるが、ブンベッツは悲鳴を上げて駆け回ることしかできない。

「くっそー! ペコリン殿おやめ下さあああい!」

 サンパインは庭に停めてあったもう一台の魔動車に乗り込み、エンジンを起動させる。

「待て何をする気だ!?」

 手負いのカパミックがよろけながら魔動車の脇までやってきて、ドアを叩く。

「何をって、暴走するペコリン殿を止めなきゃいかんでしょうが!」

 サンパインが言う。

「馬鹿な真似はやめろ! こんな所で二台も魔動車走らせたら大変なことに!」

 震えながら制止するカパミック。口の周りには血を吐いた跡。

「このままじゃブンベッツが危ないんだよ!」

「やめろ血迷ったか! まずはウィーナ様か他の幹部に連絡を!」

 カパミックはふらつきながら助手席側に回り込んでドアを開け、転がるように助手席に乗り込んだ。

「ペコリン殿! やめて下さいいいいっ!」

 サンパインがハンドルを握り叫ぶ。

「サンパインやめろおおお! 貴様は正気なのか!? 貴様は正気なのかああああああっ!?」

 カパミックが助手席で必死に呼びかけるが、フロントガラスのフレーム内で繰り広げられる修羅場を前に、サンパインも完全に気が動転して正常な判断力を失っており、無我夢中でアクセルを力いっぱい踏み込む。

 サンパインとカパミックを乗せた魔動車が爆音を轟かせ急発進する。

「ああああああーっ!」

 血走った目で絶叫するサンパイン。

「これはとんでもないことだぞ! これはとんでもないことだぞおおおお!」

 なぜか同じ発言を二回繰り返すカパミック。

「ペコおなかペコペココペおなペコペかペコペココなおペコおペコなペかココペーッ! やっぱり食べ物の恨みは安全運転しやがれええええっ!」

 正面からペコリンの運転する魔動車が突っ込んでくる。ブンベッツは既にペコリンの魔動車にはね飛ばされて、庭の茂みに頭から突っ込んで痙攣していた。

「うわああああああ!」

 悲鳴を上げる運転席のサンパイン、助手席のカパミック。サンパインが慌ててブレーキを踏み込むが、もう遅い。

「ペコおなか無免許ペコペコーッ!」

 正面から迫りくる車に乗っているペコリンの表情は、空腹による憤怒と狂気、そして殺意に満ち溢れていた。

「ああっ!?」

「あわわわわ!」

「い、いかん!」

 まごまごするか、またはおろおろしてばかりの周囲の戦闘員達は、今まさに正面衝突せんとする二台の魔動車を見て、皆一様に顔面蒼白で息を飲んだ。

 誰もが最悪の結末を予想していた。

 そのとき、ペコリンがぶち破った三階の窓から、ランセツが飛び降りてきた。

 彼が降り立ったのは二台の魔動車の中間点。右からはペコリンの、左からはサンパインの魔動車が迫りくる。

 ランセツは表情一つ変えず、その場にしゃがみこんで地面に片膝を突く。

 刹那。

「ハッ!」

 左右から来た魔動車がランセツを挟み込む瞬間、彼は手を左右に伸ばし、二台の魔動車を素手で止めた。

同時に両手より発した『気』を魔動車のボディに透過させ、左のサンパインとカパミック、右のペコリンを覆う。

 庭に広がる衝撃音。波紋のように広がる余波が草木が震わせ、戦闘員達の髪やマントを靡かす。

「ぐっ!」

「うわっ! ラ、ランセツ殿!?」

 激しく前後に揺すられるサンパインとカパミック。直前で急ブレーキを踏んでいたので元々減速していたのと、ランセツが彼らの体を気の幕で防護してくれたのが幸いし、致命的な衝撃ではない。

 一方、ランセツが右手で止めたペコリンの車は、アクセルを踏み込んで増速し続けていたので、その衝撃で車体前面は滅茶苦茶になる。

 にも関わらず、ランセツは相変わらず表情一つ変えない。そんなランセツの様子を見て驚愕するサンパインとカパミック。

 そして、ペコリンはフロントガラスを突き破って上空に投げ出され、そのままオーラを纏いながら空中で反転し、地上のランセツに目を向けた。

「ペコおなかペコペコオオオオ!」

 ランセツに頭を向けて急降下してくるペコリン。

 サンパインやカパミックにはランセツが無傷に見えていたが、実は彼の右腕は今の衝撃で骨が滅茶苦茶に砕けて使い物にならなくなっていた。だが迸る激痛に彼は汗一つかかず、顔色一つ変えない。

 ランセツはまだ車内に残るサンパインとカパミックに一瞬だけ目を移した。

 そして、すぐさまジャンプして空中でペコリンを迎え討った。まだ使える左腕を構え。

 直後、両者は空中で衝突し、光を上げて大爆発を起こした。

 庭にいる戦闘員達、車内のサンパインとカパミックは唖然としてその情景を眺めることしかできなかった。



 戦闘員事務所、打ち合わせ室――。


 長テーブルと椅子が置かれた簡素な部屋。

 窓からはつい先程ペコリンが暴れたことで荒れ果てた庭が見える。

 ペコリン隊所属、管轄従者のピングポングは、でっぷりとした肥満体の大男で、チョッキを羽織ったパンダ型の獣人タイプである。獣人タイプの体格を生かして戦う力自慢のパワーファイターだ。

 そしてピングポングは、隊長であるペコリンの副官を務めている男である。彼は実家から送ってもらった大量の笹を、持ち前の怪力で山のように運び込んで、打ち合わせ室のテーブルに山盛りにした。

「ペコおなかペコペコオオオオ!」

 ピングポングの脇に座るペコリンはその大量の笹を鷲掴みにし、次々と貪り食う。

「ペコリン殿、まだまだ笹はたくさんありますよ! ご安心下さい!」

 ピングポングは白と黒の毛むくじゃらの顔をにっこりと微笑ませ、ペコリンに愛想よくした。

 笹を貪るペコリンの正面には同じくペコリン隊所属の、ピングポングの同僚である管轄従者リーセル、部下である中核従者ハリクが座っていた。

 ピングポングの見たところ、リーセルは若干冷めたような表情。ハリクは緊張した面持ちか、またはペコリンの様子を見て呆気に取られていると言ったところだろうか。

「で、お主らはペコのこと舐めてるの?」

 笹を食いながらペコリンは鋭い目をリーセルとハリクに向ける。

 ピングポングは先程から二人の様子を注視している。この二人は、ピングポングの目から見てもペコリン隊の中では優秀な部類の人材だ。

 悪霊を捕獲した鎮霊石を紛失し、それを今の今まで気付かないなどという失態を犯すとは信じ難かった。

「仰っている意味が分かりかねます」

 リーセルが凛とした表情で、胸を張って言う。

「お主らが悪霊の入った鎮霊石どっかになくしたんでしょ? ペコの顔に泥塗って、どーしてくれんの? ペコの隊の面汚しはお主らの方でしょ?」

 ペコリンが笹を頬張りながら、敵意を帯びた眼差しを二人に向けながら言う。

「リーセル、お前、あの日はアイリという悪霊を捕獲した後、別件の任務に行ったはずだ」

 ペコリンでは話にならないので、代わりにピングポングが話を進めることにした。

 この隊長はとりあえず食料だけ与えておけばいいだろう。

「私は、あの後、ハリクに石を預けて別れたから……」

 若干、気後れした様子でハリクに目を移すリーセル。なるべくハリクに水が向けられるようにはしたくないが、事実に則って話さねばならぬ以上、そうせざるを得ない、といった心情だろうか。

 ピングポングの目にはリーセルの様子がそのように映った。

「はい、リーセル殿からは間違いなく受けとりました」

 ハリクが言う。表情も姿勢も固い。

「そうしたら、その石を受け取った後はどうした。ここに戻るまではまだ持っていたのか?」

 ピングポングがハリクに問う。

「はい。しかし、私は紛失していません」

 否定しつつも、ハリクの顔は若干青ざめているようにも見えた。無理もない。もし悪霊を紛失して見つからなかったとなれば、一発でクビ案件だ。

「そんなのどうでもいい。もう面倒だからハリクがなくしたってことでいーでしょ?」

 ペコリンがぶっきらぼうに言う。

「ペコリン殿、そのようなことをして、もし後でランセツ隊の者が紛失したと分かったら、問題ですよ?」

 ピングポングが嗜めるように言う。

「はぁ、なんなんこのパンダ? ハリクが一人で罪被ればそれで解決でしょ? 副官の分際でペコのやり方に何か文句あるわけ?」

 ペコが血走った目をこちらに向けてきて凄んでくる。

「お待ち下さい、隊長!」

 リーセルが黒いタイツで覆われた十本の足をうねらせて椅子から腰を浮かすが、ピングポングはそっと手を向けて彼女を制止した。

 こういったときのペコリンの取り扱い方をピングポングは熟知している。

「ペコリン殿、飴ちゃんいります?」

 ピングポングは腰に提げた小袋から飴玉を一つ取り出し、ペコリンに見せつけた。

「うわーっ! ペコ飴食べるーっ! ちょうだーい!」

 ペコリンは瞳を星のようにキラキラと輝かせて、よだれを流して飴玉に反応を示す。

「はいどうぞ」

 ピングポングが飴玉を指で弾く。

「ペコペコペコペコー!」

 ペコリンは素早く飴をキャッチして口に放り込む。昇天しそうな表情。

「と、すると、お前は間違いなく自分の手で鎮霊石をランセツ隊に渡した、と。そう理解していいんだな?」

 ペコリンに構わずピングポングは話を進める。こんな食べることしか能のない馬鹿隊長をまともに相手しても何の益もない。

 庭で暴走する彼女に襲われて大騒ぎしていた連中や、今死にかけているランセツの二の舞だ。

 要は、馬鹿は馬鹿なりの取り扱い方というものがあるのだ。正面からコミュニケーションを取っても精神が無駄にすり減るだけ、このように、上手く受け流すことが吉だ。

 ピングポングはそう思っていた。そして、願わくばペコリンの副官などさっさと辞めたかった。こんなポジションなりたくてなったわけではなかった。

「……すみません、これ言っちゃっていいかどうか分からないのですが?」

 ハリクがおずおずと切り出す。

「何だ?」

 根拠はないが、ピングポングは何となく嫌な予感がし、頭部の黒い耳を注意深くハリクへ向けた。

「例の悪霊は、ペコリン殿が食べてしまいました。鎮霊石ごと」

 ハリクの口から出てきたのは衝撃的な発言だった。

「ハァ!?」

 ピングポングは目を丸くし、口をあんぐりと開け、思わず牙を覗かせた。

 リーセルも微かに驚きの表情を見せ、すぐ脇に座るハリクを見つめていた。

「えっ? ペコ悪霊さん食べちゃった?」

 ペコリンも驚愕している。

 あっという間に山のような笹の葉を平らげ、ようやく落ち着きを取り戻し始めていた。

「はい。あの日、屋敷に戻ったら、ペコリン殿が『おなかペコペコー!』って言って、私が持っていた石を取って食べちゃったっていう……」

 ハリクが真正面に座るペコリンを見て言った。

「そ、そうだったんですか!?」

 ピングポングが隣に座るペコリンを見て言う。

 思わぬ急展開に、ピングポング自身、若干頭が追い付かない。

「え~っ? あれ悪霊さんだったの~!?」

 ペコリンが驚いている。

 ピングポングの悪い予感が的中。いよいよ雲行きが怪しくなってきた。

「覚えておいでなのですか? 心当たりあります?」

 ピングポングが念を押すように問う。

「うん。ペコあのとき確かにハリクが持ってた、何か黒くて丸っこいやつ食った。えっ? ペコ悪霊さん食った? あれ鎮霊石だったんだ!?」

「はい」

 普通に肯定するハリク。

「あ、そーなんだ! ペコが悪霊さん食っちゃったんだ! 全然気づかなかった! てへぺろ」

 舌を出して自分の頭をコツンと叩くペコリン。

「では、これで話は解決ということで、よろしいですか?」

 リーセルが呆れたような表情をして、冷めた目をペコリンとピングポングに向けてきた。

「うんいいよ。じゃーねー」

 ペコリンがリーセルとハリクに手を振る。

 ピングポングだけが置いてけぼりにされる中、打ち合わせ室はお開きモードの雰囲気。

「ふぁ~……。って、いやいやいやいや! 待て待て! それで済むか! おいハリク帰んな! ほら、ちょっと、一旦座れって。座れ。お前さあ、だったら何でそんな大事なことを今まで報告せずに黙っていた!」

 ピングポングが気を取り直して、帰ろうとする二人を呼び止めつつハリクに問う。

「いや、その、てっきりペコリン殿も分かっていて食べたのかと思ったので。すみません。そのとき報告する必要性を感じなかったというか……。別にウィーナ様が浄化するか、ペコリン殿のお腹で消化されるかだけの違いで、同じことだし」

「う~む……。そういうことなのか……」

 ピングポングは今一つ合点がいかず、腕を組んで唸る。

「その『黒くて丸い物』をペコリン殿が食べたところ、ハリクの他に見た者は……」

「じゃあペコが食べちゃったんなら安心だね! そんじゃあお主らこのペコに舐めた態度取ったこと、今回だけは特別に許してあげる! おっしまーい!」

 ピングポングが喋っている最中だというのに、ペコリンが話を遮って打ち切ってしまい、リーセルとハリクは部屋から出ていった。

「ペコリン殿、それ食べたときって、石の味がしたんですか? 固くなかったんですか? 悪霊なんか食べて、後で腹壊したりしませんでした?」

「ふっふふーん。ふふふーん」

 ペコリンはピングポングの質問を無視し、頭を左右に振ってリズムを取りつつ鼻歌を歌いながら去っていった。

 本当にこれを最終的な顛末としてよいのであろうか?

 ハリクが石をペコリンに渡した。ペコリンが食べた。ペコリンは自覚なし。

 当事者の、それもハリク一人の証言しか材料がない。その場に居合わせた第三者の証言もない。些か短絡的過ぎないか?

「う~ん……」

 ピングポングはでっぷりと太った体躯を椅子に深く預けたまま、一人打ち合わせ室から動かずに当分の間、考えに耽っていた。



「ランセツ殿!」

 レイリンが悲痛な声を上げた。

 ゼロリュスも脇で見守ることしかできない。

 体中を包帯でぐるぐる巻きにされたランセツが担架に乗せられ、リティカルの治療を受ける為に理想研究所に繋がる魔方陣マットに運び込まれる。

 レイリンはランセツの副官だ。

 腹部が露出したノースリーブの中華風道着を着た若い女性。肩口からはそれぞれ三本ずつ、計六本の腕を持つ多腕種族だ。髪はひっつめにして額を出し、頭頂部には二つのシニヨンを結っている。

 部下達が運ぶ担架が、理想研究所に転移する魔方陣マットに辿り着く。

 当然レイリンもつき添おうとするが、ランセツが包帯だらけの震える手でリンレイを呼ぶ。

「レイリン殿! ランセツ殿が何か伝えたいみたいで」

 担架を運ぶ部下の一人が言うと、レイリンがランセツの側までやってきて耳を貸す。

 ランセツがレイリンに何やら耳打ちすると、ランセツは気を失ったように倒れ、担架を運ぶ部下達と共に、光に包まれ姿を消した。

 それを心配そうに見守るレイリン。

「レイリン殿。ランセツ殿は何と?」

 ゼロリュスがレイリンに尋ねた。

「調査することを引き継いだわ。『アイリ』と言う名の悪霊の所在が不明らしいの。ペコリン隊とウチの隊が関わっていて、こっちでも関係した者に聞き取りする必要があるわ」

「へえ、それはまずいですね」

 ゼロリュスが言う。二つの意味を言葉に込めて。

「悪いけど、関係者が八人って多いから、ゼロリュスも手伝ってくれる?」

「はい、もちろん」



 ウィーナの執務室。

 本日、これから新入戦闘員の面接試験を行う予定で、ウィーナは志望者が入ってくるのを待っていた。

「ウィーナ様」

 幹部従者のレンチョーの声だ。

「入れ」

「失礼します」

 入ってきたレンチョーの顔つきは、かなり渋いものだった。

「志望者はどうした?」

「……それが、面接開始前に、職場の見学をさせていたら、丁度ペコリンが腹を空かせて暴走してる最中で、それを庭で見てた志望者達が『やっぱり辞退します』と。みんな帰っちゃいました」

「はあ、何ということだ……」

 溜息をつき、落胆するウィーナ。

「レンチョー、なぜお前はペコリンを止めなかった」

「いや、あいつと絡むの普通に嫌なんで」

「同感だ」

 レンチョーと意見が一致するのは不本意だったが、こればかりは同感であった。

「ところでランセツは無事リソ研に運んだのか」

「無事ではありませんが、先程搬送されました」

「そうか……。ペコリンをここに呼んでこい」

「承知」

 レンチョーは露骨に嫌そうな顔をしてウィーナの執務室を後にした。

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