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やるせなき脱力神番外編 橋の上  作者: 伊達サクット
6/8

番外編「橋の上」6

「最近、ゼロリュスと随分仲いいみたいじゃない?」

 リーセルが戦闘員事務所に控えているとき、おもむろに言ってきた。

「え? ゼロリュスって言いました?」

 はっきりと聞こえていたが、ハリクは思わず聞き返す。心の中に微かな、ほんの微かな緊張が芽生える。

「ええ」

「ああー……。どうなんでしょうね。まあ、普通だと思いますけど」

「最近よく二人で飲みに行ってるって話だけど」

 あまりしてほしくない話題だ。

 ここは、余計なことを勘繰られないように、努めて平素の態度を取るべきだ。いつも以上に自然体でいる必要がある。ハリクは内心気を引き締めた。

「まあ、たまに行くって感じですかね」

 ハリクが軽く笑顔を作って答える。

「何でゼロリュス? 隊も違うのに、あなたと接点あったっけ?」

「あの、たまたま食堂でご飯食べるのに一緒になって、魔法の話とか色々してる内に」

 ハリクはもっともらしいでたらめを言って切り抜けようとする。

「ゼロリュスの扱うジャンルってあなたと全く違うタイプじゃない? 話合うわけ?」

 意外そうな顔をするリーセル。

「そうなんです。だからお互い結構話が新鮮で。色々魔法談義で盛り上がって。はい」

「ふーん……。まあいいんだけど、あいつ、元犯罪者よ」

 リーセルは納得しているのか、していないのか。冷めた調子で言ってきた。

「ああ、それは知ってます」

 それがどうした、と内心ハリクは思っていたが、そこから先はあえて言わない。

「まぁ、分かってるならいいけど。ちなみに魔法談義ってどんな話してるわけ?」

「色々黒魔術のこととか、やっぱ新鮮ですよね。僕が専門としているジャンルでは絶対ないような話も多くて」

「具体的にどんなこと?」

「まあ、昔の黒魔術の歴史とか、成り立ちとか。昔は儀式に生贄が必要だったとか、自らアンデッドに転生しようとした大魔法使いの話とか」

 再びでたらめを言うハリク。

 とにかくリーセルに勘繰られないよう、実際にしている話からは遠ざけようと頑張る。

「どんな大魔法使い? いつの時代の何て人?」

 細かく尋ねてくるリーセル。やけにしつこい。心の中で舌打ちをするハリク。

「何て言ったっけなぁ? いや、酔っ払ってるから全然真面目な話にならなかったんで。忘れちゃいました」

「ああ、そう」

 あまり納得がいってなさそうな様子であったが、とりあえずリーセルはそこで話を打ち切った。

 ハリクは普段通り振る舞いつつも、心の中で安堵していた。



 ウィーナは執務室に、幹部従者のランセツとペコリンを呼んだ。

 ランセツは、功夫の拳法着を着た、黒髪の青年である。レンズの大きい丸眼鏡が特徴的だ。

 ペコリンは藍色の長髪から、黒い猫の耳を生やした少女然とした女。胸にリボンの付いたブレザー風の戦闘服に、ミニスカート姿。脚は黒のストッキングで覆われている。

「ウィーナ様ー、こんにちはー」

 ペコリンがややあどけない顔つきをにっこりとさせ、まるで友達相手のように手を振ってきた。

 その振る舞いを黙って横目で見るランセツ。

「ランセツ、ペコリン、お前達に聞きたいことがある」

 ウィーナが二人を前に、話を切り出す。

「う~ん、聞きたいこと~? 何ですか~?」

 ペコリンがホンワカとした口調で言いながら、目を丸くして、不思議そうに首を傾げる。

「私が悪霊を浄化した数と、提出された鎮霊石の数が一致しない日があることが分かった」

 ウィーナが言うと、ペコリンは先程からの不思議がっている表情のまま、右に首を傾げ、左に首を傾げ、その往復を何度も繰り返す。

「え~っと、浄化した数と、鎮霊石の数と、なになに? どういうことですか? ペコ分かんない」

「その問題の日は、私の元に鎮霊石が十五個差し出され、これを浄化した。しかし、マネジメントライデンの記録によると、この日、任務完了として退治された悪霊の数は十六ではないか」

 ウィーナが机の上の書類を二人に見せる。

「え~? なになに~?」

 ペコリンがホンワカとした声を上げ、ウィーナから書類を受け取り興味津々で楽しそうに眺める。一方、ランセツは書類を見るまでもなく、渋い顔つきを作り、腕を組んで溜息をついた。

「え~っと? ん~っと? それで、何が問題なんですか?」

 ペコリンが書類の内容を理解できないようで、先程からずっと不思議そうな表情だ。

「……その一つは、判明しているのでしょうか?」

 話が理解できず不思議がっているペコリンに構わず、ランセツが言う。

「ペコリン、お前の隊が担当したアイリという悪霊だ」

 ウィーナが言うと、ペコリンが慌てる。

「えー!? どういうことですか!? ちょっと話が分からないです~」

「いいかペコリン、この書類のここを見ろ」

 ウィーナがペコリンの持つ書類を指差す。

「この四の月の二十五の日、組織全体で悪霊を合計十六体退治した、とあるのに、実際私に出された鎮霊石の数が十五体だったのだ」

「それがどうかしたんですか?」

 ペコリンが言う。

「それだと、十六体の悪霊の内、一体が浄化されていないまま行方不明になってしまったということになる」

「えー、それは大変ですねー」

 ペコリンが朗らかな笑顔で、極めて棒読み口調で言った。ウィーナにはペコリンがまるで他人事のような振る舞いをしているかのように見えた。

「悪霊が入った鎮霊石を紛失したとなったら、これは組織の不祥事だ」

「そーですねー。ウィーナ様も大変ですねー」

 平和的な笑顔で言うペコリン。ウィーナは無表情でその様子を見るが、内心イラッとしていた。

「四の月の二十五の日、提出されてから私が浄化するまで、全ての鎮霊石を管理していたのがランセツ隊だ」

 ウィーナがランセツに視線を移す。

「ウィーナ様」

「じゃあランセツの隊の人がなくしちゃったんですね。ペコの隊は関係ないですね~」

 ランセツが言いかけたのを遮り、言葉を被せるペコリン。朗らかで平和的な笑顔、おっとり、ホンワカとした口調。しかし、発言内容自体は生々しい責任転嫁だ。

 ランセツはウィーナの名を呼んだきり、ペコリンに遮られ黙る。

「それをこれから調査する。ペコリン隊のところでなくなったのか、それともランセツ隊に渡って、浄化するまでのところでなくなったのか。まだ分からない段階だ」

 ペコリンに釘を刺すよう、今度はペコリンの目を真っ直ぐに見据えながら話す。

「ん~っと? ん~っと? でもね、でもね、ウィーナ様の話だとー、マネジメントライデンさんが記録した悪霊さんの数は十六個だからぁ、そのときまでは間違いなくあったってことでしょ? ん~っと、そんでそんでぇ、その後でウィーナ様に浄化された悪霊さんが十五個ってことは……。あ~っ! ペコ分かっちゃったもん! やっぱりランセツの隊の人がなくしちゃったんだ! ペコがここに呼ばれた意味分かんないです~」

 にこにことした笑みを絶やさずに言うペコリン。ウィーナは不快になり眉をひそめた。ペコリンの仮説に対してではない。

「悪霊『さん』だと? 前々から思っていたが、お前はなぜ悪霊をさん付けで呼ぶ?」

「えー、駄目ですかぁ~? ペコ大抵の人はさん付けで呼ぶから」

 暢気な様子で尋ねるペコリン。

「以前から引っかかっていたが、正直、気に食わん。今後私のいる所では悪霊をさん付けで呼ばないように」

 ウィーナは若干目を鋭く細めて不快を表現した。

「でもでも~、悪霊さんだって全部悪い人とは限ら……」

「さんを付けるなと言ったはずだ。お前は新聞に載るような、凶悪事件の犯人などに対してもさん付けで呼ぶのか?」

「はい!」

 ペコリンが胸を張って堂々と宣言した。

「とにかく、気に入らんからさん付けはやめろ」

「えー、何でー? ペコずっとそうやってきたから無意識にさん付けちゃうもん」

「だから理由は言っているだろう。私がそういう言い方が嫌いだからだ」

「えー、でもー、何だろー、ウィーナ様が嫌だからって理由で? その、人に言われてやめるって、何か違うと思いまーす!」

 おっとり、ホンワカとした口調を崩さず、全く物怖じせず持論を主張するペコリン。

 ウィーナは深く溜息をついた。これ以上こんなナンセンスな話に貴重な時間を割くわけにはいかない。時間は有限なのだ。ウィーナは暇ではない。

 年がら年中ウィーナの屋敷に待機し、腹をすかせてばかりいるペコリンと違い、ランセツは自ら任務をバンバン入れるわ、外に出向く用事が多いわで、幹部従者の中では最も捕まりにくい人物の一人だ。

 こうして顔を合わせられるタイミングで伝えられることはできる限り伝えなければならない。

「分かった! 無意識なら仕方ない! この話はやめる。とにかくだ、ペコリン隊のせいじゃないと決めつけるのはまだ早い」

「えー」

 笑顔が消え、面倒臭そうな表情をするペコリン。

 ランセツは無言で真一文字に口を結び、直立不動のまま正面やや上を見据えている。

「マネジメントライデンの担当は、あくまで各隊の報告を受けて記録をまとめているだけで、現物の石を直接カウントしているわけではない。ペコリン隊が実際に報告した数より一個少なくランセツ隊に渡した、ということもあり得る」

「そしたらマネジメントライデンさんに出した報告書の数字が、一個多い数で、書き間違っていたのかも」

「そうかもしれない。しかし、報告書の数字が正しく、ペコリン隊の中で問題のアイリとかいう悪霊を紛失していたのかもしれない」

「もしそうなら、なくした人をペコがお仕置きしないとだめじゃん!」

 ペコリンはムッとした様子を見せ、頬を膨らませる。ウィーナはペコリンの監督責任を指摘してやりたかったが、それを言うとまた話が無意味に長くなるのでそれはしない。

「とにかくだ、お前達の隊の当事者に、心当たりがないか聞き取りをしてほしい。ペコリン隊は、問題の悪霊の討伐任務に当たった管轄従者リーセル、中核従者ハリクの二人。ランセツ隊はその日提出された石の管理・警備を担当していた平従者のカーン、ビーン、ボットペルト、ラプチス、ミクスペ、ソダイゴ、エモルゴ、フネミンゴの八人」

「ペコおなかペコペコー!」

 ペコリンは腹時計を鳴らして暴走状態となり、勢いよくウィーナの執務室を飛び出していった。

 暴走するペコリンを止めようと慌てて追いかけるランセツ。

 部屋にはぽつんと、ウィーナだけが残された。

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