表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
やるせなき脱力神番外編 橋の上  作者: 伊達サクット
1/8

番外編「橋の上」1

「ドワーッハッハッハ! この橋を通りたければこの破壊坊ヴェン・Kを倒してからにするがよい!」

 冥界王都の、煌びやかな石畳に舗装された、繁華街のメインストリート。

 その人の賑わう繁華街を南北に分かつ一筋の『王都川』。

 その北区画と南区画を繋ぐ橋『ゴジョービッグブリッジ』に、謎の大男が仁王立ちしているのだ。

「あなた、その社章、ワルキュリア・カンパニーの人ですよね?」

 通行人がハリクの着るローブの襟元に光るバッジを認め、駆け寄ってくる。

「ああ、はい」

 慌てて応じるハリク。

「あの人、何とかして下さい」

 通行人が破壊坊ヴェン・Kを名乗る大男を指差す。皆、この橋を通れずにとても困っている。

「いや、軍の警察隊に通報した方が」

 ハリクも困ってそう答える。何で自分がそんなことに首を突っ込まなければならないのか。

「それが兵隊さん達、『民事不介入だ』って言って何もしてくれないんです」

「何それ!? 酷くない!?」

 腐敗しきった冥王軍の実態に、愕然とするハリク。

「そうなんですぅ~。お願いですぅ~。何とかして頂けないでしょうか?」

 通行人達に後押しされ、ハリクがゴジョービッグブリッジの前まで行く。

「お前かぁ~! 記念すべき一人目の挑戦者は!」

 破壊坊ヴェン・Kが威圧的に乗り出してくる。巨大な長刀を頭上で回転させた後、腰を落として構えた。刃がハリクの眼前に突き出される。

「えーっと、君は強いの!?」

 ずれた眼鏡を中指で調整し、ハリクが問う。

「当たり前だ!」

 破壊坊ヴェン・Kが応じる。

「僕と君、どっちが強いかな? あとごめん、ちょっとその長刀、一旦引っ込めて」

 ハリクが再び問う。

「それをこれから闘って試そうと言うに!」

 破壊坊ヴェン・Kが更に長刀を押し出し、ハリクの喉元三寸まで寄せてくる。

 ハリクは光る長刀の刃を見ながら、怯えて思わず顔を上げた。

「ま、待てっ! そしたら、僕じゃなくて、その、とりあえず、僕の上司に闘ってもらう! それでいい?」

 顔を引きつらせ、しどろもどろの口調でハリクが言う。

「いいだろう、連れて来い!」

 破壊坊ヴェン・Kが長刀を引っ込め、柄で橋を叩く。

 あまりのパワーで、それだけで立派なゴジョービッグブリッジがグラグラと揺さぶられた。

「あわわわわわっ!」

 その様子に動揺する野次馬達。ハリクも一緒に動揺する。

 ハリクは踵を返し、一目散に雑踏の中へ逃げていった。


 急ぎハリクは本社兼ウィーナの屋敷へ戻り、直属の上司であるリーセルに事の次第を報告した。

 上司のリーセルは管轄従者。水棲系の種族である。

 上半身は青みがかった銀髪、左右に鋭く伸びるエルフ系の耳、真っ白な肌を持つクールで冷たい印象を持った妙麗の女性。

 将校を思わせる軍服風の戦闘服のスカートからは、無数の吸盤を持つ十本の長いイカの足が伸びている。

 その十本のイカの足には、高い防御力と保湿の効果を有する、足を覆う粘液が外に染み出ない特殊な素材の、真っ黒なタイツを履いている。

 タイツの上から吸盤の形状がくっきりと浮き出る程にピッチピチにフィットしたもので、リーセルは陸上活動時には基本このタイツを履く。

 足の保水性を保ち、生半可な剣や魔法などものともしない防御力を持つ特注の高級品だが、足で攻撃する際に吸盤が使えなくなるデメリットがある。

 ハリクから報告を聞いたリーセルは、鋭い青い瞳をハリクに向け、不機嫌そうに応じた。

「それで、私にどうしろと言うの? 結論が見えてこない」

「いや、だから、そいつのせいでみんな橋を通れずに困っていて」

「で? だから何なの?」

「警察隊は民事不介入だの何だの言ってまともに対応してくれないんです」

「それもう二回ぐらい聞いてるけど」

 リーセルはハリクから目を放し、元々手にしていた書類に視線を戻した。

「だから、その、リーセル殿にご助力頂ければと……。すみません」

「何で?」

「えっ?」

 リーセルの突き放したような態度に、ハリク思わずキョトンとして聞き返してしまった。

「いや、だから何で?」

 今一つ抽象的な問いかけで、リーセルの質問の意図が読めない。

「私一人で戦うよりは、何人かで対応した方がいいと思い、手伝ってもらおうと思いました」

「それって私が行かないと駄目? しかも今、勤務時間中なんだけど? それって仕事じゃないでしょ?」

 なおもリーセルは冷淡な態度で言う。

「……すみませんでした。そうしましたら、ちょっと他の方にも聞いてみようかと思います。すいません、お忙しいところ」

 協力してもらえないのなら仕方がない。リーセルを頼って戦わずに逃げ帰ったのはハリク自身だ。

 ハリクはリーセルに頭を下げ、彼女の前を去ろうとする。

「待ちなさい。誰が行かないって言った?」

 リーセルが真っ黒なタイツに覆われた、長い十本足をくねらせて、椅子から立ち上がった。

「え? あっ」

「あなたが他の者に声をかけたら、私が放置したみたいになるじゃないの」

「あ、はい。すみません」

「行くわよ」

 リーセルは腕を組んだまま、自分の上半身の周囲360度に広がる十本足をウニョウニョとくねらせ、ハリクに案内を促した。


 ハリクがリーセルを連れてゴジョービッグブリッジまで戻ると、野次馬達がどよめいている。

 何やら事態に変化があったのか見ると、橋の前で、ヴェン・Kがある男を野太い腕で、街路の石畳に押さえつけていた。

「ギャーッ! や、やめろーっ!」

 既にズタボロの状態であるヒューマンタイプの男が叫びながら抵抗するが、ヴェン・Kは構わず男の後頭部を何度も石畳に叩きつける。

「ギャーッ!」

「貴様如きがこの破壊坊ヴェン・Kに勝てるとでも思ったか! 笑わせるな小僧!」

「ギャーッ!」

「死ねっ! 死ねっ! 死ねええええっ!」

 固い石畳の地面に幾度も打ちすえられた男は、悲鳴と共に失神した。

 ハリクはこの男を知っている。このエリア最強のストリートファイターとして名を馳せるメガモリジョニーだ。

「そ、そんな……、メガモリジョニーさんが……」

「まさかあのメガモリジョニーがやられるなんて……。バケモンだアイツ!」

 様子を見ている見物人達が、口々に顔面蒼白で狼狽する。

 ハリクの脇に立つリーセルが、その様子を見て眉一つ動かさず、十本足をウニョウニョ蠢かせ、ゆっくりと、群衆を間を縫って橋の前まで行こうとする。

「リーセル殿、待って下さい」

 ハリクが後を追ってリーセルを呼び止める。

「何?」

 十本足を止めたリーセルが、長い銀髪を揺らして振り返る。

「今やられてるの、メガモリジョニーです」

「知ってるけど」

「ちょっとやめときましょう」

 ハリクの想像以上に強そうだった破壊坊ヴェン・K。

 このままリーセルを戦わせることに危険を感じた。

「ハァ? じゃあ何のために私をここまで連れてきたの?」

 リーセルが半ギレになり、腕を組んで、凍てつくような青い瞳をこちらへ向ける。

「申し訳ありません。まさかメガモリジョニーがあんなにされる程ヤバい奴だったとは」

「何か問題でも?」

「リーセル殿にもしものことがあったら。やっぱり警察隊に来てもらうよう頼んでみます。捕まえてくれって」

「民事不介入なんでしょ」

「怪我人が出たから向こうもそんなこと言ってられないはずです。流石に」

 ハリクがそう言うが、彼が動くまでもなく、メガモリジョニーがやられた時点で、野次馬達はとっくに警察隊の屯所まで通報しに走っていた。

「じゃあ、私が怪我しなければいいんでしょ?」

「えっ?」

「ハリクは見物人が巻き込まれないよう守ってて」

 リーセルはそう言うと、冷たくも不敵に微笑み、十本足を周囲360度に大きく展開した。軍服のスカートの裾は思いっきり広がり、鳥かごを思わせるようなシルエットとなる。

 そしてその状態から、全ての足を蜘蛛のように折り曲げ、頂上の上半身を地面スレスレまで垂直に沈めた後、全ての足でばねのように反動をつけて石畳を蹴り上げ、空高く舞い上がった。

「あっ!」

 ハリクは思わず声を上げた。

 リーセルは幾重にも連なっていた群衆の頭上を大ジャンプで飛び越え、ヴェン・Kの前に軟着地した。

「す、すいません、すいません、ちょっと前行かして下さい! あ、すいません」

 ハリクはリーセルが危ない場合援護するため、また、攻撃が野次馬に飛んできたときに守るため、人を掻き分けて一番前列へ出てきた。

 ずれた眼鏡を中指で直すと、橋の上でリーセルとヴェン・Kが対峙していた。

 血を流し死にかけているメガモリジョニーは、犬の顔をした獣人系の男と、鱗に覆われたリザードマン系の男に運ばれていった。

「あなたを暴行の現行犯で私人逮捕する」

 リーセルが言う。

 背後からでは表情が窺えない。

「一人目の挑戦者はチンピラ、二人目はイカ女か。いいだろう。さっさとかかってこい」

 ヴェン・Kが長刀を構える。

 ハリクや群衆が固唾を飲んで見守る。

「ハアアアアッ!」

 リーセルが両手に魔力を光らせ眼前に重ねると、魔力で形成されたブリザードが猛威を上げてヴェン・Kに襲いかかる。

 背後に立つハリクや野次馬達の髪や衣服もブリザードの余波を受けて激しく靡く。

「ぬおおおおっ!」

 ヴェン・Kが長刀を回転させて旋風を巻き起こし、ブリザードを跳ね返す。

 反射されたブリザードが、リーセルの背後に立つハリクや群衆に襲いかかる。

「まずい!」

 ハリクが一歩前に飛び出し、手にした杖を突き出して即座にバリアの魔法を発動。

 杖の先端が光り、前面に魔力の防壁が形成され、ブリザードの奔流を防ぐ。一層どよめく群衆。

「すいません! 離れて下さい!」

 ハリクがバリアを維持したまま、野次馬達に向かって叫ぶ。

 野次馬達は蜘蛛の子を散らすように逃げ出していった。野次馬がいなくなったことを確認したハリクは杖を振るってバリアを解除する。

「うおりゃあああっ!」

 ヴェン・Kは青白く光るオーラをバチバチに纏った、見るからにヤバい感じの長刀を凄まじいスピードで振るい、リーセルに連撃を仕掛けていた。

 リーセルは十本の足を細かく複雑にくねらせ、上半身を伸ばしたまま、予備動作なしに前後左右自在に方向転換し、相手の攻撃を回避している。

 リーセルは長刀のリーチ外の距離を保つことを最重視し、足をくねらせ後退と回避をしつつ、右手、左手と、威力を絞って連射力を高めたブリザードを次々と放つ。

 鋭い吹雪がヴェン・Kの体を凍てつかせるが、彼は掛け声を上げてオーラを全身から放出。一瞬にして体を覆う氷を吹き飛ばす。

「ハアッ!」

 リーセルは橋に向けてブリザードを放つ。橋の表面が一瞬にして凍結。地面が滑りやすくなり、ヴェン・Kの長刀を振るう際の踏ん張りを弱める。

 しかしヴェン・Kは青白いオーラを全身に纏うことで、凍結した足場を溶かしていく。

 リーセルはその一瞬の時間も次の手に利用していた。彼女の掌からは別の魔法が放出される。

 魔力で生み出された水流が蛇のようにうねりながらヴェン・Kに襲いかかり、全身に巻きついて締め上げる。

「何ィッ!?」

 ヴェン・Kが巻きつく水流を振りほどこうとするが、水なので掴むことができない。

 リーセルが構えた腕をゆっくりと滑らせると、その動きに応じるように水流は自在にコントロールされる。

 ますます水の大蛇は敵を締め付け、顔面に覆い被さる。

「ガボ! ガバベボガボ!」

 ヴェン・Kは溺れながら必死で顔に覆い被さる水流をどけようとするが、これも掴めず、手は水流の中にズボッと入っていくだけで、何の手ごたえもない。

「ゴボボーッ!」

 ヴェン・Kは先程自分を覆う氷を吹き飛ばしたように、全身からオーラを放出して絡みつく水流を吹き飛ばそうとしたが、水流はオーラを飲み込むように吸収しその透明な筒の内部で複雑に乱反射して消えていく。

 腕を突き出して水流をコントロールし続けるリーセルは、ハリクの背筋が凍りつく程に、冷たく、嗜虐的な笑みを浮かべていた。

 ヴェン・Kが長刀を落とし、野太い両腕が力なく垂れ、橋に膝をつく。

 リーセルが腕を軽く振るうと、生きているかの如き水流は一瞬にしてただの水となり、飛沫を上げて橋一帯に零れ落ち、表面を覆う氷を濡らしていく。おかげでヴェン・Kが溶かした足元以外は更に滑りやすくなった。

 ぐったりとうつ伏せになって倒れるヴェン・K。

「リーセル殿!」

 ハリクが彼女の元へ駆け寄ろうとするが、橋の上に来た瞬間、濡れた氷に足を取られて転倒してしまう。想像以上に滑るのだ。

「どわっ!」

 盛大にコケたハリクが間抜けな悲鳴を上げる。

 そのとき、野次馬が連れてきた警察隊の連中もやってきた。警察隊の兵士達も、ハリクと同じように、凍ってしまったゴジョービッグブリッジに足を踏み入れた瞬間、次々と盛大にコケていった。

 リーセルは呆れた表情を作り、気を失っているヴェン・Kに十本の足をウネウネくねらせ、近づいていった。

 真っ黒なタイツに覆われた十本足は、濡れた氷に覆われた橋で、全く滑る様子を見せない。リーセルは数本の足を伸ばしてヴェン・Kに巻きつき、彼の巨体を軽々と持ち上げた。

 そして、橋を渡ろうと苦労している兵士達にヴェン・Kを引き渡すと、橋に向けて手をかざす。

 すると、橋の表面が光り輝き、一瞬にして魔力で形成された氷は霧散し、橋は元の姿に戻った。

「犯人逮捕のご協力、感謝します!」

 兵士の一人がリーセルとハリクに向かって敬礼する。ヴェン・Kは他の兵士達によって担がれ、粛々と連行されていく。

「あ、いえ、そんな」

 ハリクが兵士に向かって愛想笑いを浮かべるが、リーセルは冷たい表情で「何が民事不介入よ。役に立たないわね」と言い捨て、兵士を一瞥。

 足も止めずにその場を通り過ぎていく。ハリクも慌てて後を追った。

「お忙しいところありがとうございます。助かりました」

 ハリクはリーセルに礼を述べた。

「貸しにしとくから」

「はい」

 リーセルは相変わらず上半身は直立不動で、十歩足をウニョウニョと波立たせながら、ウィーナの屋敷へと歩みを進める。

 ハリクもそれに続いた。


(続く)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ