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王家でのお茶会の日がやってきた。
前日には緊張と恐怖で眠れず、うっすらとクマができている。
朝アンが悲鳴を上げながら、なんとかクマを隠したメイクをしてくれた。
「お嬢様の美しいお顔がぁぁあああ!」
とか叫んでいたけど私の顔は入念に化粧をしてそこそこ、すっぴんは凡庸だと自負している。
それを悲しいくらい自覚しているから、春色の乙女なんて担ぎ上げられるのも、王子の婚約者として隣に立つのも本当はずっと苦痛だった。
だけど私は筆頭公爵家令嬢で乙女に選ばれてしまったから、他の貴族に舐められるわけにもいかなくて。
結局、病的なまでに完璧な令嬢であること追求して、王子に愛されることを切望したのだ。
ーーー
いつもお茶会は、天気の良い日は王宮の庭のガゼボで行われる。
「ご機嫌麗しく、帝国の若き獅子レオンハルト殿下に拝謁致します。」
深緑のドレスのドレープとフリルのたっぷり入ったスカートを持ち上げて、最上級の挨拶をした。
いつも彼は明るい色の服を着ていることが多いから、彼に合わせて私も淡い色や明るい色のドレスばかり着ていたけれど。
本当は深みのある暗い色の方が好きだし、自分の顔立ちや色彩的にも淡色は似合っていないと知っていた。
もう彼に好みを合わせる必要もないし好きな色のドレスを着て、少しでも気を紛らわせようとした。
頭を下げているからまだ王子の顔は見てないけど、視界に入る清潔な革靴に、早くも吐きそうになる。
「ゼタ公爵令嬢。顔を上げて楽にしたまえ。」
なんの感情も籠らない冷たい声だった。
ゆっくりと顔を上げれば最期に見た時より若い、彼の顔が見えた。
その瞬間、さっと顔から血の気が引くのがわかった。
カタカタと手が震え始める。
死ぬ直前はあんなに何も感じなかったのに。
生き返って彼に会うと急に自分が死んだことや、死ぬ前に裏切られたこと、絶望したことを思い出して今すぐ逃げ出したくなる。
「体調はどうかな。風邪がずいぶん長引いていた様で心配していたんだ。」
「お陰様で随分良くなりました。
近頃身体の調子が良くないことが多く…
心配をおかけ致しました。」
ぺこりと頭を下げれば、彼の口角がゆっくりと上がっていくのが見えた。
彼は滅多に笑わないけど、貴族相手に喧嘩を売る際や何かを仕掛ける際にあんな風に楽しそうに口角が上がっているところを見たことがある。
「そうか。てっきり私に愛想を尽かしてしまったのかと思って心配だったんだ。私に何かして欲しいことがないか?」
ーーーして欲しいことがないか、なんて。
こうやって餌を撒いて、私を試しているのかな。
もちろん望みはあるし、本当は婚約を解消して欲しいけど、彼は使えると判断したものは側に置いておく人間だ。
まだ私は彼にとって使える側の人間だから簡単に捨ててはもらえないだろう。
「いいえ殿下。何もありませんわ。」
無理だとわかっていることを言う必要はない。
それにできるなら彼となるべく話したくないし側に居たくない。
怖いし、嫌でも死んだ時のことを思い出してしまうから。
「ふむ。君がそんなに殊勝な態度なのは珍しいな。いつもの活動報告はないのか?」
「あいにく体調が優れなかったものですから何もしておりませんわ。」
じっと探る様な視線を感じて、視線を逸らした。
未だに震えている掌には汗が浮かんでいる。
「…ほお。ところで、私の婚約者としての教育はほとんど終わったと君の家庭教師から聞いたよ。さすがゼタ公爵令嬢だな。これなら、早めに王宮に上がってもらい皇后教育を行うのもいいかもしれない。」
「っ! いいえ!私はまだ学ぶべきことがたくさんありますし、礼儀作法についても不十分です!
このままでは18になり成人を迎えても、王宮に上がれるかどうか難しいと思いますわ!」
想定外の提案に、驚いて食い気味に否定してしまった。
面食らったように目を見開いた彼の姿が珍しかったけど、今はそれどころじゃない。
やめてやめて!お願いだから、王宮に上がるなんて死んでもごめんだわ!
「そんなに謙遜しなくても良い。家庭教師は十分だと話しているんだ。まあ公爵令嬢も実家での時間を大事にしたいだろうし、すぐにという話ではないさ。ーーーしかし、そんなに遠慮されると勘違いしてしまうな。
まるで皇后になるのが嫌みたいだ。」
にっこりと笑って告げられた言葉に、ヒュッと息が止まった。
「い、いいえ、殿下。
…そんなことはありません。畏れ多いことですわ。」
にっこりと笑ってみせたけど、おそらく私の顔色は真っ白だったと思う。
そのあと、(やっぱり)顔色が悪いという殿下の一言でお茶会は終わりとなった。
いつもよりも短い時間で終わってほっとしたが、いきなり王子に核心を突かれて驚いた。
彼にバレたところで私に執着しているわけではないから私がいかに無能かをアピールさえすれば大丈夫だとは思うけど。
なんだか凄く嫌な予感がする。