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買い物と制服

 今日は休日。朝はゆっくり寝ていられる。

 ……とは言え、燈梨が来てからはそうもいかない。彼女の生活リズムに合わせて起きている。


 燈梨は「お休みの日くらいゆっくり寝てれば?」と、言うのだが、プロの世界に生きていたであろう俺は、人の気配で目が覚めてしまうので寝られないのだ。

 ……困った職業病ではある。

 そもそも、燈梨が来る以前の記憶が無いので、休日にどう過ごしていたかも分からないのだ。


 燈梨が洗濯している間、俺は物干ししやすいようベランダの掃除をしてから新聞に目を通し、携帯に目を通していた。

 ……非常に人から言われることなのだが、俺は携帯のメッセージアプリに目を通さなさすぎるらしい。


 正直、俺はパソコン通信からインターネットへと移行したころの人間で、その辺の頃は最新のツールであるメールを使いこなしていたようで、携帯メール、SNSのダイレクトメッセージくらいまでは使っていた形跡があったのだが、このメッセージアプリはどうにも使いこなせていない。


 ……しかも、相手が見たか否かまで『既読』で分かってしまうのが余計なお節介で、会社の同僚からも「藤井さん、メッセージスルーし過ぎるとハブりますからねー」等と言われてしまった。


 ……こうも先端ツールに置いて行かれるようになると如実に自分が『おじさん』なんだな……と、実感させられてしまう。

 出会ってから2日間、燈梨に散々おじさん呼ばわりされて嫌な気分になったものだが、なんて事はない事実なのだ。

 暫く携帯に目を通していると燈梨がやって来て


 「コンさん。悪いんだけど、食材とか色々ないから……」


 と、言うので準備をして買い出しに一緒に出掛けることとした。

 家の近所にスーパーがあまり無いこともあってか、週末にまとめ買いをすることが多くなっている。

 元より燈梨は1人で買い物に行くことがほぼないので、尚の事、その傾向が強くなっている。


 適当に着替えるとガレージからシルビアを出して、燈梨を待っていた。

 サファリは普段の買い物に行くには大きすぎて取り回しづらく、マーチはラゲッジが小さすぎるので今回はこいつが適当だったのだ。



※※※


 コンさんが下に待っているので私は手早く準備をして、玄関を施錠すると表に出た。薄い青紫で下3分の1がグレーの2ドア車の助手席ドアを開けて乗る。


 ……こんなに低い車に乗るのは初めてなので新鮮だ。

 確か、名前はシルビアと言ったはずだ。

 走り出して、私は気になる疑問があった。

 舞韻さんの話では、コンさんはこの車に16年乗っていると言っていたが、ではこの車は一体どのくらい前の車なんだろう?というものだ。


 ……気になったので、グローブボックスを開けて車検証入れを開いてみる。

 『初度登録年月』の欄が新車の時の年月だと前に聞いたことがあるので見てみる。

 『平成5年1月』とあるので計算すると27年…私より10歳年上だった。


 うん、コンさんが乗り始めた段階でも私は1歳になるかならないかくらいなので、随分長い歴史を刻んできたとは思うが、さすがにそんなになっていたとは驚きだった。

 改めて見るとそんな風には見えない。

 車にたいして詳しくない私から見ると、今の車と何も変わらないようにも見えてしまう。


 ……ただ、この地面に座っているかのような低さは独特で、私は結構好きになった。

 足を前に投げ出して座る姿勢も、私が今まで乗った車では無い感覚で新鮮だった。


 グローブボックスに車検証を戻して気付いたのだが、この車のグローブボックスの蓋には布が張られている。

 その模様と手触りから今、私が座っているシートと同じ生地のようだ。

 そしてドアの内張りにも同じ生地が張ってある。

 ドアの内張りにシートの生地は見たことあるが、グローブボックスに張ってあるのは初めてで、ちょっとお洒落な印象を受けた。


 ちょっと興味を持ったので、今度コンさんの部屋にたくさんあるこの車の本を少し読んでみようと思った。


 天井にあるスポットランプのスイッチとは別にもう1つスイッチがあるので見てみると「OPEN CLOSE」と、書いてある。


 「これ、何のスイッチ?」

 「サンルーフの開閉スイッチだな」


 開けていいかを聞いた上でスイッチを押してみた。

 ……すると、天井の内張りの内部がスライドして空が顔を出した。


 今日は清々しく晴れて暖かいため、開けると気持ちが良い。

 私は、日差しと風を浴びながら、出かける今を楽しんでいた。

 行くのは食品の買い出しなのだが。


 

※※※


 大型スーパーの食品フロアで俺と燈梨は食材の買い出しをしていた。

 ……主に俺はカゴ持ちで、ほとんどは燈梨が選んでいたのだが……。


 燈梨は主に何を作るかの骨子は決めていて、それに沿いつつも、特売の入っているものを組み合わせてメニューを改変していくタイプなので所々で


 「コンさん、何か食べたいものある?」


 とは、聞いてくるのだが、大半は俺が


 「……特にはないかな……」


 と、返答してくるのが前提での質問になっている。

 下手に具体的に答えた時など


 「えー!……だったら最初に言ってよぉ……何曜日のメニューと取り換えるか考えなきゃいけないじゃん!」


 等と言われて面倒なことになったので、何か食べたいものがある時には買い物前に言うようにしている。

 食材関係は終わり、そのまま日用品の買い出しを行っていた俺は、さっきから気になっていた事がある。


 ……周囲の買い物客の一部が俺に向ける奇異な目線である。

 ……なにか俺に後ろ暗いことでもあるかのような目線で見られるのは愉快ではないので、逆に目線を向けて消えてもらっているが、今日は妙に多い気がして燈梨に


 「なーんか妙な視線で見られてる気がするんだが、俺、何かおかしなことあるか?」

 

 と、言うと、燈梨はへへへ……といったような笑いを浮かべると


 「恐らく、コンさんがJK連れて買い物に来てるから“パパ”だと思われてるんだよ」


 と、ボソッと言った。

 ……俺はそれを聞いて恥ずかしさを覚えると共に、誰にともなくちょっとムカッとした。

 そして


 「まったく、失礼な。大体俺はJKより……」


 と、言い終わるより前に燈梨が


 「JMの方が好きなんでしょ。……でも、他人はコンさんの趣味なんて知らないし、客観的にそう見えちゃうんだよ」


 と、言われて周囲を見てみる……と、確かに女子高生は周囲どころかこのフロアの中でも燈梨だけかもしれない。

 そして、それに輪をかけているのが燈梨の服装だ。『私は女子高生です』と主張せんばかりの制服姿。

 ……休日のスーパーの食品フロアでは一際、浮いているのだ。


 ……なるほど、この状況と、更には燈梨の制服は北海道のもので、この辺では見かけないため、またそれが一層目を惹くのだ。

 現に、燈梨の事をチラチラと見ている女子高生風の女子ともすれ違っているのだ。


 食品と日用品の買い物を終えると、荷物を店舗の冷蔵ロッカーに入れてから燈梨と別のフロアへとやって来た。


 「コンさん、何か買うの?」


 燈梨が聞く。

 ここは専門店街の衣料品フロアで、服に関してはありとあらゆるジャンルの店舗が集まっている。

 ……俺は


 「燈梨。外出用の服を買おう。……ついでに家着も」


 と、言うと、燈梨の顔色が変わり


 「いいよ!いらない、いらない!!」


 と、言うので俺は


 「毎週買い物に来るたびに俺が世間から冷たい目で見られるのは嫌なんだよ!」


 と、言うと燈梨は困った表情をあらわにして


 「でも……買ってもらう理由なんてないよ。私、そこまでの事をしてないし……」


 ……俺はそこら辺の価値観がよく分からないのだ。

 別にねだっているわけでなく、俺が買ってやると言っているのだ。

 妙な遠慮などせず素直に買って貰って何が問題なのだろう?


 それに、この流れで、何故そこまでの事をしていないからその資格がないという風に受け取るのだろうか?

 全く理解に苦しむし、そんな理由で拒否されるのも不愉快だ。なので、俺は


 「俺は、何かの対価で買ってやるというつもりはないが、敢えて言うなら毎日の家事をやって貰って物凄く助かっている。…だから、これくらいさせて欲しい。…それに、制服で寝てるとしわになったりするだろ。余計な家事が増えるし…それじゃダメか?」


 と、言うと、燈梨は俯き加減に


 「コンさんが、良いんだったら……」


 と、言うので有無を言わさずにあちこちの店を回ってあれこれと着せてみた。


 ……最初は嫌々動いていた燈梨だったが、やはり、あれこれと見させているうちに活き活きと見始めて、何店も回って、最終的にこれ、というものを決めて購入し、着替えて帰ることとなった。


 燈梨はにぱっと明るい笑顔で


 「ありがとう」


 と、言った。

 俺はそれを見て、これが本当のあるべき燈梨の姿なんだろうと思った。

 連れが俺だという点は除くとしても、本来、この娘は活き活きとした目で服や靴を選んだり、明るい笑顔で外に出かけたりするのが似合っているのだ。


 俺は、燈梨に1日も早くこのあるべき姿に戻って欲しいと思った。

 ……そんな思いから燈梨の言葉で現実に戻った。


 「……もし、嫌でなかったらだけど……コンさんの服も見て行こ」

 「え!?俺の?いいよ、いらない」


 と、言ったところ、燈梨が


 「毎週、買い物に行くのに私の格好とギャップがあって、世間から白い目で見られるのは困るんだよ!!」


 と、さっきの俺のセリフをまねて、ビシッと指を指して笑いながら言った。

 同時に先週舞韻からも「オーナーの休日のファッションは実年齢より上に見えますからね」と、言われたことを思い出して


 「よし、じゃあ任せるとするか」


 と、言って燈梨と2人であちこちの店を回ることとなり、今度は俺があれこれ着せられて買うこととなった。

 ……何のかんのと動き回ったが、今日はとても楽しかった。

 燈梨の明るい笑顔や、活き活きと服を見て回る姿、そして、俺の服を見立てている時の楽しそうな表情は、俺の中で忘れられないものとなり、今後の燈梨に取り戻して欲しいと心から思った。


 最後に化粧品のコーナーに入って俺はいつもの化粧水と乳液を探していた。

 ……いつもの、とは言っても、以前の俺が使っていて残されていた物だというだけなのだが。

 ……舞韻から聞いたところによると、俺は大学卒業後は化粧品メーカーで営業をしており、化粧品に関しては一家言あったそうなのだ。


 それによると、『基礎化粧品は質より量』だ、そうで、高いものを少しずつ使うのであれば、安いもので良いからしっかり使う事こそが重要なんだそうだ。

 ……確かに、今の俺はこの年齢の男としては異様なくらいにモチモチしていて、状態もよく見えるので、この言は間違いないのかもしれない。


 そして購入していたのはかつて俺がいたメーカーのものというのは不変のようだ。

 今は燈梨もいるので倍の数量を買おうと思ったところで、ふと、隣で居づらそうにもじもじしていた燈梨に声をかけた。


 「燈梨は何か使いたいものとかないのか?」

 「私はいいよ……コンさんが良いと思うので……」


 と、遠慮するので、俺は


 「とは、言っても、俺も記憶がアレだからさ。この機会に違うものを使うのもアリだと思うんだ。……そこで、現役の燈梨に聞きたいわけなんだ」


 と、さりげなく、燈梨にリードを渡すように向けると


 「私も毎回色々なものを試していたから……コレっていうのはないんだけど……」


 と、言って、最初は仏頂面で探していたが、色々見ているうちに嬉々とした表情になって、最後に什器に展開されているシリーズの前で止まり


 「これなんて新商品だし、試してみたいかも……」


 と、言った。

 俺が使っているのと別メーカーのもので、恐らく記憶が無くなる前の俺なら一生縁がなく終わっていただろう商品だ。


 俺はそこからひょいと1本化粧水を取るとカゴに放り込んだ。

 ……それを見た燈梨は


 「いいよぉ~……普段通りで。それ、いつものより高いよ」

 「俺が試したいんだ。お前の指図は受けない。それに普段のやつも買っているんだから、そんなに嫌だったら、お前が普段の方、使えば?」


 と、半笑いで言い捨てた。

 ……すると、燈梨は俺の脇腹を肘で突いて


 「コンさんの意地悪!サディスト!」


 と、へらっとしながら言った。

 ……何故いつも燈梨は俺をサディスト呼ばわりするのかは分からないが、意は汲み取れたようなので帰ることとした。


 ……化粧品コーナーを出ようとした時、俺はある什器の前で立ち止まると、とてもモヤモヤした気分になったのだ。それを見た燈梨が言った


 「コンさん、どうしたの?」

 「何故だかは分からないが、これを見ているととてもモヤモヤした気分になるんだ……しかも、女子高生に対して……なにかこう苛立ちのような……」


 と、言うと、燈梨の表情が強張ったものになって


 「私もJKだって忘れてない?……でも、このブランド、JKには不変の人気だよね」


 と、言った。

 ……俺は、色々とその什器を見たり、触ったりしていて、テスターから伸びているテグスを見た時に、残像が頭に蘇ってきて、ふと口にした。


 「思い出した」

 「え!?」


 と、燈梨が目を見開いてこちらを見ながら言った。俺は


 「昔、こいつのテスターが女子高生にしょっちゅう万引きされて、補填しても追いつかずにやられるんで仕事にならず、女子高生に殺意が湧いた時期があったんだ……うん」

 「他には?」

 「その頃の事と思われる映像がいくつか断片的に蘇っただけで、それ以外のところは……」


 と、言うと、燈梨は俺の手をぎゅっと握ってきて


 「いいんだよ。……今日はそれで。私も、時間がかかるかもしれないけど、コンさんも一緒にゆっくりでいいから解決していこう」


 と、俺の顔を覗き込むように見上げながら言った。

 俺は黙って頷く、こういう時にまじまじと思うのだが、燈梨は強いな……と思わされる。


 なのに妙なところで甘ったれていて、俺には燈梨という人間が時々分からなくなる。

 ……と考え込んでいたところに突然耳に息をフーっと吹きかけられてビクッとする。

 ……と、燈梨が笑いながら


 「あははは、ぼーっとしてるからだよ。さっき、いじめたお返し!」


 と、すぐ傍で言った。

 ……どうにも殺気を感じないと簡単に間合いに入って来られてしまうのは、プロの職業病のようなので、もし作戦行動だったとしたら、燈梨という人間は俺にとってウイークポイントとなるだろう。


 ……俺は、それを振り払うように燈梨をヘッドロックの体制で捕まえると


 「昼、食べて帰るぞ」


 と、言うと燈梨は俺の腕をぱんぱんと叩いてギブ宣言をしながら


 「うん!」


 と、言って昇りのエスカレーターへと向かった。


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