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コンさん

今回の内容で、現在の季節と合ってない箇所(制服の衣替え等)が見受けられますが、物語上の時間は春先くらいとお考え下さい。

 慌ただしい1日が過ぎ舞韻が帰って行った。

 「明日また来ます」とは言っていたが、店は明日も休みなので申し訳ない気持ちだ。

 実は舞韻は俺がこんな状態なので今日泊まっていきたかったそうだが、謎の女子高生、燈梨が俺に詳しい話をしたいというので今日のところは帰りますとのこと。


 日も暮れかかった時刻に俺たちは2階に戻った。

 夕べは何も分からず自分の家かの自信もなくただ戻って眠っただけなので、今日はこの2階の探索を行った。


 端からトイレ、洗面台、風呂があり、出たところに台所、昨夜過ごしたリビングがある。

 リビングには昨夜寝たソファとガラステーブルがあり、その先に大型のテレビがある。

 テーブルの上にはノートPCと新聞が無造作に置いてあった。

 テレビの向こうに大きな窓がありベランダに繋がっている。


 ソファと反対側にドアが2つあり、1つ目のドアを開けるとベッドと机と椅子、32型くらいのテレビ、本棚、飾り棚があった。

 ベッドは起きた時のままで布団がめくれた状態だった。


 本棚を開けると殆どが漫画の単行本で下の方に車の整備解説書や雑誌のバックナンバー、銃関連の書物があった。

 飾り棚には車のプラモデル、ミニカー入っていた。


 俺は幾つもあるプラモの中で下のガレージにあった車の物を見つけた。

 舞韻が、俺が憧れた車だったと言っていたものだ。シルビアと言っただろうか。

 3つあり、それぞれ違う色に仕上げられていたが、うち1つがガレージにあったものと同じ色で同じ仕様に仕上げられていた。

 作った記憶はないが、きっと俺自身がこだわりを持って仕上げていたであろう姿が想像できた。


 ミニカーの中には昨日、俺が乗っていたサファリや下にあったマーチもあった。マーチは微妙に顔周りが違っていたが、同じタイプのもので間違いないと思う。


 「車が好きだったんだね」

 「そうだったんだな」

 「他人事みたいだね」

 「記憶がないからな……きっとそうだったんだなとしか思えない」


 と、言うとプッと燈梨が吹き出した。


 「ゴメンゴメン……こんな体験初めてだからさ。自分のことなのに一晩で全く他人事になっちゃうなんて悲しい……と言うか不思議だなぁって」


 と、言う燈梨の言葉を聞いて俺は自分自身の無力さのような不甲斐なさのようなよく分からない感情に沈んでいた。……それを察した燈梨が


 「ほかの場所を見てみようよ」


 と、クローゼットを開けた。

 端からスーツが半分ほどとコートが数着、残りの半分はパーカーやジャケットが掛けられていた。

 下半分には樹脂製のタンスがあり、下着や靴下などが入っていた。タンスの上部にはクリーニングから帰ってきたままのワイシャツが数枚置かれていた。


 「普通だね」


 まるでここからライフルの一丁でも出てきそうな感じの言葉だったが、実際俺の家には銃火器類が大量にあったので何とも言えない。

 しかし、居住スペースに銃を持ち込んだりしないのは今朝の舞韻の驚いた様子からも伺い知れた。


 隣の部屋はほぼ物置スペースだった。


 家の探索を終えて大体の内情を知った後で腹が減っていることに気づいたが、キッチンや冷蔵庫を漁っても大した食材がなかった。

 下の業務用冷蔵庫を漁れば何かあるとは思ったが、あそこの物を失敬するのは舞韻に失礼なので、


 「何か食べるもの買ってくる。食べられないものってあるか?」

 「無いけど……一緒に行くよ」

 「詳しい事情は聞いてないが、あまり外を出歩かない方が良くないか?この時間だし」

 と、言った。確か、22時以降は未成年が出歩いていると補導の対象になったはずだ。今は21時過ぎ。制服姿の女子高生が出歩いているといろいろと厄介だ。


 「分かった」

 「取り敢えず弁当か総菜買ってくるからお湯でも沸かしといてくれ」

 と、言い残し下に降りた。


 ガレージに入り、おもむろにキーのボタンを押すと”カシャ”と鍵の開く音がした。一番端にあるクーペのドアを開けた。

 シルビア……なんか懐かしい名前だ。昨日乗っていたサファリは背が高くて乗るのにステップに乗っても掴まらないと乗り込めなくて苦労したが、シルビアは低くて乗るのにかなり屈めないと乗り込めないと逆の意味で乗り込むのに苦労を要する車だった。


 キーを刺す。

 イグニッションキーの位置がほんのちょっと普通の車と違うが、迷わずに刺せる。

 やはり覚えているんだ。

 キーを捻ると“クシャッシャッシャッシャ”と独特のセル音がしてヴオンとエンジンが目覚める。……音が大きめなのはスポーツマフラーに変更されているんだろう。ギアを1速に入れると外へと飛び出す。


 夜の街を走りながら思った。とても懐かしく、落ち着く。

 今の俺にとっては初対面なはずなのにとても手に馴染む感触だし、他の車より大きいであろう道路からの突き上げるようなショックも心地よく、まるで胎内にいるかのような安心感をもたらしてくれた。

 ……やはり、俺はこの車に乗っていたことがある。と、思うものだった。


 買い物を済ませ、家に戻った。家を出る時にスマホで『近くで深夜営業 スーパー』で検索をかけていたので道順も分かった。

 ただ、遅い時間だったので総菜系は全滅で、弁当があったくらいだった。明日の朝も困ることが予想されたのでパンを一斤買っておいた。


 2階に上がるとなにやらいい香りがしてきた。


 「おかえり」

 「あぁ……ただいま」


 俺はちょっと意外だった。燈梨と名乗った女子高生はまだ家にいたのだ。

 昨夜からのいきさつを普通に考えれば家に残された段階でここから逃げ出しても全く不思議はない。特に舞韻にされた尋常でない仕打ちを考えれば逃げるのが普通だろう。

 俺自身、帰りつく寸前になって家に置いてきたことを後悔したくらいなのだ。

 そんな俺の様子を感じたのか燈梨が


 「なに?」


 と、聞くので


 「いや、もういないんじゃないかと思って」


 と、言うと、燈梨は目を見開いて


 「そりゃぁ……おじさんにはライフル突き付けられるし、あのマインって女には何度も縛られたり、銃突きつけられたり、挙句の果てにはトイレ見張られたりしてサイテーだったけど……」


 と、言って彼女が突き出した両手首には赤い跡がくっきり残っていた。

 ……舞韻に縛られた時の縄の跡だ。……かなりきつく縛っていたのだろう。


 「帰るとこないし……」

 「他に泊まるところないし……」


 と、暗い表情で言って小さな声で


 「なんか放っとけないし……」

 「え!?最後の聞こえなかったんだけど」

 「いいでしょ!今日も泊めてくれるんだったらそれもいいかな……って思っただけ」

 「それより、何か買ってきてくれた?」

 「あぁ、弁当を」


 と、言って見ると炊飯ジャーが『炊飯』になっていた。ご飯を炊いていてくれたようだ。


 「じゃあ、ご飯はいらないね。明日の朝にでも食べればいいか」


 と、言うので弁当をレンジにかけようとして気が付くとコンロに鍋がかかっていた。


 「何か作ったの?」

 「あぁ、味噌汁」


 と、あっけらかんと言ってのけた。


 「お湯だけ沸かしといてくれればよかったのに」

 「沸かしてもこの家、なにも飲むものないよ」

 「え!?」

 「出がけにそう言われてお湯沸かそうと思ったけど、お茶っ葉も、コーヒーも、インスタント味噌汁も何もないんだもん。あるのはコーラとビールとウイスキーだけ。おじさん、どういう食生活してたの?体壊すよ」


 と、家出女子高生に健康を心配されてしまった。

 ……しかし、残念ながらどういう食生活を送っていたかも記憶にないのだ。

 ……そんなことで頭を抱えていた俺を見て燈梨が


 「まぁ……でも、お米と味噌とかダシとかはあったから食べ物はきちんと食べてたんだろうね」


 と、照れ笑いのような笑いを浮かべてフォローしてくれた。

 2人で弁当と味噌汁を食べながら


 「明日、ちゃんとした食べ物買いに行かないとな」

 「そだね。……でも、明日もあのマインが来るんじゃないの?」


 と、言われた。彼女の呼称から、やはり舞韻のことを嫌っているようだ。


 「でも、四六時中はいないだろ。……ごちそうさま」


 と、食事を終えた。


 風呂を沸かす間、テレビをつけた。

 ニュース番組がやっており、昨夜の殺人事件について報じていた。

 薬をキメて通行人を何人も殺傷しながら心神喪失で罪に問えなかった男が自宅マンションで射殺されており、ネットでは今朝から“天罰”だの“神降臨”だのと擁護する動きまであるとの話だ。


 ……それにしても奇妙な事件だな……と、思っていると横で見ていた燈梨が小刻みに震えながら


 「私、思うんだけど、これやったのっておじさんなんじゃない?」

 「記憶にない」

 「だって、この場所って夕べ私とおじさんが会った場所のすぐそばなんだよ。死亡時刻もおじさんと会った時間帯だし……今朝のマインって人も『夕べの殺し』って言ってたし……」


 何とか思い出すべく燈梨と会った後の記憶の残るあの周辺と想像の周囲を組み合わせていく……と、刹那、頭の中で何かが弾けたような感じがすると同時に“キィィィィィン”と激しい頭痛に襲われる。


 「がぁぁぁぁ!!……ぐぁぁぁぁ!!」


 俺は頭を抱えてうずくまった。


 「ちょっと……大丈夫?……ねぇ!」


 しばらく耐えていると痛みは引いたが頭がボーっとする感覚が残る。

 ……やはり、何かを思い出そうとするとこうなってしまうようだ。


 そんなことを考えた次の瞬間、正面から燈梨が抱きついてきた。

 ……うずくまっている姿勢の俺に抱きついたため、俺の目の前には燈梨の胸がある。今日はかなり汗をかいたためか、ほんのりとぬくもりと汗の香りがする。


 「何だ!?」

 「大変だったんだよね……思い出そうとするとそうなっちゃうんでしょ?……今は無理に思い出さなくていいんだよ」


 と、燈梨が優しい声で言った。そして俺の耳のそばに顔を持っていくと


 「私が、とりま、忘れさせてあげるよ」


 と、言い、耳にフーっと優しく息を吹きかけ、昨夜と同じように上着を脱ぎ始めようとするので


 「おい!そういうのはいらねぇって言っただろ」


 と、言って彼女を引き離すと燈梨はきょとんとした顔で


 「なんで!?私、結構出るとこ出てるし、食べてみてオイシイと思うんだけど」

 「お前、『おじさん』って呼んでるようなこの俺と本当にヤりたいのか?」

 「いや……別にそういう訳じゃない。でもおじさんとなら嫌じゃない。その気ならヤるけど……」


 ……いやはや訳が分からない。その気もないのに俺にアプローチをしてくるって……。


 「その気もないのに誘ってくるんじゃねぇ!わけワカメだわ!」


 燈梨はその懐かしい語尾に失笑しながらも、次の瞬間、真顔で俺の目の前に顔をつけ


 「じゃあ訊くけどぉ、なんでヤろうって言ってるのに手を出してこないわけ?私がタイプじゃないから?……それでも取り敢えずヤるだけヤっておけばいいんじゃない?」


 と、質問してきた。

 ……正直、俺の脳内は完全にフリーズしてしまった。

 これは世代間ギャップという言葉で片付けていいものだろうか?……いや、違う。

 そんな言葉では片付けられないモラルスタンダードのズレがこの娘には存在する。


 なんか今目の前にいるのは未知の生物としか思えず、うなだれていると


 「何その反応?普通に考えてタダで泊めてくれる人なんているわけないでしょ!?……今までだってそんな人一人もいなかったよ。おかしいのはおじさんだよ」


 と、燈梨は苦笑しながら言った。


 その言葉を聞いて昼間の舞韻の言葉が脳裏に浮かんだ。

 「『泊めてくれたらヤらせてあげる』とか言って今まで泊めてもらっていた娘だと思いますよ」

 ……舞韻の読みは当たっていたようだ。


 それにしても可哀想な考え方だ。

 それが元からの物なのか、経験則で誰かに植え付けられたものかは現段階では分からないが、俺には舞韻から聞いたガレージの車たちの以前の持ち主に対しての同じ感情が彼女を取り巻いてきた環境に対して湧いてきた。

 ……怒りとも悲しみともそんなんでいいのか!とも取れない感情が。


 それを振り切るように


 「そう言えば、俺には話してくれるって言っていたよな。……だったらまずはどこから来たんだ?名前は?……そうだ、学生証見せてみろ」

 「えっ!……」


 燈梨は暗い表情を見せて躊躇したが、俺の表情を見たのか苦笑しながら財布ごと差し出した。


 「北海道か……」


 俺は思わず口にした。

 学生証を出させたのは彼女が偽名でないかを確かめるためだった。昼間に舞韻から


 「あの娘の今後のために私も動きます。……でも、本名か偽名かだけでもハッキリさせておかないと動き方が全く変わるんです!きっとフォックスだったら分かると思います」


 と、言われたのだ。とはいえ記憶のない俺にも舞韻の話だけで分かる。

 裏の世界には強大な“力”がある。人一人の痕跡を消すことなど造作もないことだが、そのためには正確な情報が必要だということなのだろう。

 

 彼女の名前は鷹宮燈梨。高校2年生のようだ。

 学校の名前はどう見ても北海道の地名になっている。

 昨夜北海道というフレーズを俺が口にした際に嫌なそぶりを見せたのはそういう訳か、思いもかけず逃げてきた元の場所が出てきて反射的に嫌がったのだろう。


 財布には1100円ほどの現金しか入っていない。これではどこに泊まることも無理だろう。数日後には食べるものにも事欠くレベルだ。


 「いつ家を出たんだよ」

 「覚えてないけど何ヶ月か前……半年は過ぎてないと思う」


 と、答えた。……彼女の制服は冬服だ。学生の衣替えは10月からだと思うので確かに合致している。


 「家には……言って出てきてるわけはないわな」


 と、言うと燈梨はしまりなく笑いながら


 「そだね……」

 「バカ野郎!きっと家族は心配してるだろう」

 「きっと何とも思ってないと思うよ……むしろいなくなって良かったと思ってるから。今をもって私が連れ戻されずにここにいるのが何よりの証拠だよ。」


 と、何かを悟ったような今までに見せたことのないほど暗い表情で吐き捨てた。


 「それで、これからどうするんだ?」

 「見ての通り私、お金も無くなっちゃたからどうにかして誰かの家で暮らしていくしかないんだよ」


 と、目線を伏せたまま答えた。


 「どうにかって……今みたいな方法でか?」


 と、俺が訊くと燈梨は相も変わらず目線を伏せたまま身じろぎもせず固まっていた。首肯と取っていいだろう。

 ……しかも、この方法を好き好んで選択しているようには見えない反応だ。


 俺には分からない。逃げたい何かがあって家を飛び出すのは分かる。なるべく遠くに行きたいというのも理解できる。

 ただ、金が尽きたら、小娘一人ではなかなか働き口が見つからないであろうことは想像できるが、普通は自由を求めて路銀を稼ぐことに注力するだろう。


 なのに目の前の少女は街に座り込んで泊めてくれそうな男を探すこと、そこにどれだけいられるかだけを必死に考えている。

 そこには自分の意志が感じられない。どこに向かい、どうしたいのかが無いのだ。手段が目的にすり替わっていることにも気づいていない。

 なので、俺にはこの家出生活はとうに破綻していると感じた。


 「お前、こんなこと続けてたら事故るぞ」

 「えっ……事故るって?」


 燈梨は想定していないフレーズが出てきて思わず聞き返してきた。


 「世の中にはイカレてる奴はたくさんいる。……今までお前が泊ってきた先の奴らも充分イカレてるが、レベルの違う奴らに当たらなかっただけラッキーだったんだよ。もし、この先もこんなことを続けてればそんな奴らに当たって二度と日の当たる世界には戻れなくなる。生きていることが辛い生き地獄に引きずり込まれるんだよ。そうなったら、今度は逃げようがないぞ」


 と、言うと燈梨は小刻みに震えながら


 「じゃあ……どうしたら」

 と、頭を抱えた。……ようやくまともな考え方の入り口に到達したようだ。


 「家に戻らないんだったら答えは必然『働いて独力で暮らせ』だろう。日本国憲法の国民の義務の一つにある」

 「でも、働こうにも家出中だし、どこにも住めないよ」


 と、言った。当然だ。部屋を借りるにも保証人がいる。金があればいいという訳ではない。

 いなければ信用保証会社が入るわけだが、そこに頼るにも調べは入る。今の彼女にはあまりにもハードルが高すぎる。


 「だったら……」

 「ここに住めばいいんじゃね?」

 「えっ?」


 俺が軽く言ったから驚いたのかと思ったが、燈梨は信じられない様子で目をぱちくりとさせていた。


 「いや……でも、私、おじさんに住ませてもらう理由なんてないよ!おじさんは私とヤりたくないって言うし、私、泊めてもらうのに何も返せてないし……」

 「理由とかギブアンドテイクだとかそういうものはいらん!困ってるお前から本当は嫌なのにヤらせてもらうだとか、代わりに貰うものなんて何もいらない。俺は施しを受けるほど貧しくない。そのくらいの余裕はある」


 と、強がって言ってみせた。昼間、舞韻から聞かされたのだが、裏稼業に長年いた俺はその報酬で相当な貯えがあるらしいのだ。この家もキャッシュで建てたと聞く。


 「じゃあ……」

 と、燈梨が上目遣いで驚いたような表情で尋ねる。ちょっと前の態度とは違い、今の燈梨のそれは捨て猫のように怯えたものだった。


 「ここにいてもいいの?」

 「あぁ、俺も記憶が無くなってこれからが大変だが、世の中を甘く見ている危なっかしいお前を一人放り出しておけない……同じこと繰り返して取り返しのつかないことになるだろうし。だから」

 「ここにただボーっとしていてもしょうがないから、何でもいいから働いて家に貢献すること、そして、今後、何があろうとも身体で払うという行動を取らない。これができるなら居たいだけ居れば良い!」


 これを聞いた燈梨は申し訳なさそうな顔で


 「どうしてそこまでしてくれるの?」


 と、言った。


 それを見た俺は思った。この娘は無遠慮なところがある反面、どうして妙なところに遠慮があるんだろう……と。

 居ても良いと言っているのだ。理由が必要なこととは思えないのだが、それを求めている。返答によっては余計遠慮をされてしまうと感じた俺は考えてから


 「お前は俺のヤバいところを見てしまったからな。“口封じ”に軟禁しておく必要があるからだ」


 と、後半は笑いながら言った。……すると燈梨も


 「そっかぁ……口封じだったら仕方ないね。言う通りにしないと」


 と、両手を前に突き出してはにかんだような笑顔で応えた時、風呂が沸いたチャイムが鳴り響いた。


 「おじさん。沸いたよ」


 と、言われ、俺はようやくずっと思っていたことを口にした。


 「あのさ……おじさんって呼び方はやめてくれないか。事実だけに微妙に傷つく」


 「いや、おじさんだし……って言っても確かにね……私も『女子高生』って呼ばれても嫌だしね」


 燈梨は納得して考え込んでから言った


 「でも、藤井さんって呼ばれてもピンとこないでしょ?」

 「ああ……」


 俺は答える。……確かにその名前で呼ばれる事に違和感を覚えてしまう。舞韻の話では以前の俺もそう感じていたようだから今の俺にもしっくりこないのであろう。すると燈梨が


 「でも、フォックスってのも常に呼ぶには変だし、仰々しすぎるよねぇ……」


 と、言い、また考え込んでから


 「きつねさん……でも、これじゃ外で呼んだ時に明らかに変だし……」


 と、しばらく考え込んでから


 「コンさん!」


 と、明るい表情で言った。


 「ね、コンさんにしよ。きつねだからコンさん。可愛らしいし、呼びやすいし」


 俺に可愛らしさは不要だと思ったが、本名もしっくりこない以上はこれが一番良いように思った。

 ……それに燈梨にも本名NGなんて無理難題を押し付けたのに必死に考えてくれたことに感謝するところもあって彼女の決めたものに任せたい気持ちがあった。


 「ああ、そうしよう。ありがとな」

 「いいっしょ、へへへ……。それで、コンさん」

 「何だ?」

 「だから、お風呂」

 「先入りなよ。今日汗かいて大変だったろ」


 と、言った。

 今日の彼女は朝から舞韻に叩き起こされ、何度も縛られるわ、銃やナイフを突きつけられるわ、俺に説教されるわ……で何度も汗をかいているだろう。風呂くらい先に入れてやりたいところだ。

 ……すると不意に燈梨が脱衣場のドアから顔を出し


 「コンさん」

 「何だ?」

 「私の残り湯、飲んだりしないでよね!」


 と、軽口を言ってきたので


 「飲むか!アホンダラ!!」

 

 と、言うと


 「え~!そんなこと言って絶対一口くらい飲むでしょー」

 

 等と返ってくる会話のキャッチボールが心地よく感じていた。

 今までに経験したことのない感覚だった……以前は知らないが。


 かくして記憶をなくした裏稼業のコンさんこと俺と、家出女子高生燈梨の凸凹な共同生活が始まりを告げた。


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