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燈梨

 舞韻はガレージ内の車に端から触れながら俺の方を見て


 「このシルビア。オーナーの憧れの車で、16年も乗っているそうですが……」

 「……これは解体所で買ったそうです。以前のオーナーは新車からノーメンテで乗りっ放しで、それが原因で不調になったら修理せず新車に乗り換えたそうです。

 なので当時はかなり調子が悪く、しょっちゅう壊れては手をかけていました。

 オーナー曰く『クソみてぇな持ち主のせいでこんな目に遭わされて……可哀想だ』だそうです」


 そして、反対サイドのコンパクトカーに触れ


 「このマーチはつい先月手に入れたものです。

 バーの常連だったご婦人から、処分して欲しいと頼まれたそうです。

  ……ただ、今までお金を浮かせるために格安車検業者で最低限のメンテナンスしか依頼せず、走らないからとオイルも車検毎にしか交換してなかったため、エンジンが死にかかっていて、オーナー曰く『まだまだ走りたいのに必要な健康診断も治療もしないで安楽死なんて可哀想だよ』だそうです」


 そして、昨日俺が乗ってきた4輪駆動車に触れ


 「このサファリ覚えてます?北陸のとある漁港に放置されていたんです。

 ウインチがついていて荷室があるという理由で網をしまっておく倉庫にされていたけど、ガラスが割れてしまったためにゴミ捨て場になっている状態でした。

 オーナー曰く『ここまで尽くしてきてくれた相棒をゴミ扱いするなんて許せない……可哀想だ』だそうです。

 ……公道復帰するまで丸2年かかりましたよ。…オーナーがコツコツと直しながら」


 「つまりは、オーナーが『可哀想』というワードを発した途端、対象物はオーナーの手の内に置かれることになるんです。いえ、そうしているんです。だから確認したんです。記憶が戻っていないかを」


 と、舞韻は敢えて感情をこめずにさらっと言ってみたが、その表情には少し悲しさのような嬉しさのようなものが混じっているように見えた。



※※※


 その頃、地下室では椅子に縛り付けられた女子高生が必死に縄と闘っていた。


 「あのマインって女、私に聞かれたくないって上に行ったけど、きっとあのおじさんを説き伏せて私を始末しよう……とか企んでるに違いないよ。あのおじさんはイイ人そうだけど、その前に私があのマインに殺されちゃたまんないし、何とか抜け出さなきゃ……」


 と、考えながらもがき続けているが、全く緩む気配がない。……疲れて心が折れかけたその時、ふと目に留まったものがある。トイレに行く前にいた椅子の脇に置かれている机の上に鈍い光を発しているものを……。


 「ナイフだ!」


 と、心の中で叫んだ。恐らくマインという女が私を脅すのに使おうと思って持ってきたのだろう。あんな見えるところに置いていくとは間が抜けてる。


 何とか机の方に移動する。椅子を倒すと一緒に転んでしまうので注意して移動した。

 机の脇に到達する頃には息は上がり、全身汗びっしょりになっていた。


 ナイフを取ろうと後ろ手にされた手を伸ばすが、届かない。

 

 口が塞がれているため、ふう~っと鼻だけでため息をついたその時、ひらめいたことがある。

 口だ!口でナイフを取って手に向けて落としてあげれば。……しかし、口にはガムテープが貼られている。……まさか、猿轡の代用品ではなく、こうなることを見越してあのマインはわざわざ口にガムテープを貼っていったのだろうか、そう考えると恐ろしくなるが、今やそんなことを気にしている余裕はない。


 頭をぶんぶんと左右に振るが、ガムテープは顔にぴったりフィットしており剥がれる様子はない。 

 次に机の脚に頬をこすりつける。何とかガムテープの端が机の脚にくっつけば剥がせて口が自由になる。


 何度かのトライで狙い通りガムテープを剥がすことに成功した。

 やった!……と心の中で喜び口でナイフを咥えようとした。


 次の瞬間


 「はぁい……そこまでぇ~!!」


 振り返ると階段の最上部でニヤニヤとこちらを見下ろすあのマインの姿があった。……私は絶望と恐怖で脱力した。



※※※



 「……で、あんたは、どこの誰?素直に答えなさい!……さもないと」


 ここは1階のバー。今はカウンター席とボックス席をそのまま利用してモーニングとランチメインのレストランを舞韻が経営している。


 室内の装飾は明るくて可愛らしさを感じさせるものになっていて雰囲気を異にしていた。

 そのカウンターの一番端の席に女子高生はまた縛り付けられていた。

 隣の席には舞韻が座り、さっきのナイフを女子高生の首筋にピタピタと当てながら尋問している。


 「……答えたくない!」


 女子高生は顔をそむけてそっけなく答えた。さっき、舞韻にハメられたことに腹を立てていてつっけんどんな態度を貫いていた。


 ……実は一部始終はカメラを通じて舞韻のスマホに転送されてきていたのだが、敢えて泳がせて最後の最後にぶち壊したのだ。


 ……この意地の悪さが舞韻という人間の特徴なんだろう。

 場合によってはそれが可愛らしさに繋がることもあって彼女の魅力でもあるのだろうが、同性、特に利害が一致していない現段階のこの2人においては最悪の組み合わせとなっているのだ。


 その反応に舞韻はムッとして


 「そんな答えがあるわきゃないっしょ!!……そっかぁ、あんた。私がマジにやらないとでも思ってるんだぁ」


 と、言って女子高生の顎を掴んで自分の方に顔を向けさせると、首筋のナイフの刃をチャキリと立ててみせた。


 「遊びの時間は終わり!もう一度だけ聞くよ。あんたはどこの誰?どうやってここまで来たの?」


 と、質問事項を1つ加えて迫った。……すると女子高生は覚悟を決めたように目をつぶって


 「やれるもんならやればいいでしょ!!そんなことしたらこのお店は血だらけになって営業できなくなるんだから!」


 と、叫んだ。……が、舞韻は


 「あっそう!……それが答えね。分かったぁ」


 と、言うとニッコリと笑って女子高生の左手を掴んだ。


 「ぐっ……」


 女子高生が苦悶の声を上げる。

 ……恐らく無理な体勢に手が引っ張られて縄が喰いこんだのだろう。


 「ご心配なく。血を大して流さなくても吐かせる方法があるから」


 と言い、戸棚から小さめのゴミ袋を2枚出すと2枚重ねにして袋の中に女子高生の左手をすっぽり被せると


 「これから1回尋問するごとに小指から爪を剥いでいくから。……それでも吐かなきゃ次は指の第一関節、次は第二関節……いつまで黙ってられるか見物だよねぇ」


 と、先ほども見せた妖艶な笑みを浮かべナイフの刃をペロリと舐めながら小指の爪に刃をかけようとしていた。対する女子高生も目をつぶって歯を喰いしばって覚悟を決めている。2人とも本気だ!と思ったので俺は


 「待った!!まずはこれでも食べてからにしようよ!!」


 と、2人の前に強引にたらこスパをずいっと差し出した。

 ……突然の展開に2人ともきょとんとしてそれを見つめていたが、同時に二方向から“きゅるるるる”とお腹の鳴る音がした。

 ……実はこの尋問が始まる直前に舞韻から


 「オーナーは休日には厨房に立ってよく料理を振舞ってくれていました。簡単でいいのでお昼作ってもらえますか?何かレシピも思い出せれば記憶を取り戻すいいきっかけになると思うので」


 と、言われて冷蔵庫に貼ってある舞韻のランチメニューのレシピメモを盗み見て一番簡単そうなたらこスパを作ってみたのだが、今になって考えると舞韻が尋問をするための時間稼ぎだったに違いない。

 

 ……何故なら休日に俺が厨房に立っていたかは別としてその日は舞韻も休みなのでここに来るはずがないからだ。


 俺は2人の後ろに回って女子高生の縄を解こうとすると、それを見た舞韻が


 「オーナー、いいんですよ!そんないつまでもだんまり決め込んでる名無しの権兵衛は、手を使わずにこいつで口塞いで鼻からでもパスタ啜ってれば上等ですぅ~!」


 と、ガムテープを手にしてビーっと引き出し、憎まれ口を力一杯叩いた。

 俺は女子高生の手の縄を解いた。足はカウンターの椅子の脚に結び付けてあったが、舞韻が解くのを嫌がり舞韻の足を絡めてブロックされていて解けなかった。

 すると、たらこスパを一口食べた女子高生が舞韻にとも俺にともとれる方を向いて


 「あかり」

 「へ?」

 「私の名前……燈梨。後でおじさんには詳しい話してあげるね」


 と、言うと俺の方に向かってニコッとした笑顔を向けた。

 ……舞韻の方を見ると俺に向けてウインクして合図した。

 なかなか彼女は口を割りそうにないので舞韻は自分を徹底的に悪者に仕立てて俺に信頼関係を結ばせて本当の情報を引き出そうという作戦を使ったのだ。


 昼食が終わると舞韻は燈梨と名乗った女子高生の手を元通りカウンターの椅子に縛り付け、再び口をガムテープで塞ぐと店の掃除と仕込みを始めた。

 恐らく、これ以上尋問しても口を割らない上、俺には話すと言ったので喋らせても無意味だと思ったのだろう。


 燈梨も抵抗しても無駄だと悟ったようで、声を出すことなく目を伏せて大人しくしていた。

 舞韻が仕込みにかかっていてこちらに目が向いていない際を見計らって店内をきょろきょろと見回して観察しているようには見えたが。


 確か、今日は土曜日で、店はカレンダー通りの営業だったのでは?と聞くと


 「限定メニューにはちょっと凝りたいので、今日から始めたいんです」


 と、言っていろいろと準備していた。その中で


 「その娘、ダシ取りに鍋に入れちゃってもいい系ですか?」


 と、笑えないジョークを言うのには若干参ったが……。



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