桃と模
家に戻ると、コンさんと舞韻さんが夕飯の準備をしていた。
私も手伝おうとしたが、沙織さんが
「せっかくの最後の夜なんだから、もっと遊んでおきなさい。こっちはあたしがやるから」
と、言われ
「朋美、パス! 」
と、朋美さんの方へと押し出されると、朋美さんに腕を掴まれ
「オリオリ、ラジャー! じゃぁ、ミニッツは夜にするとして、プラモ作ろうよ」
と、言われてガレージへと連行された。
前にS14シルビアのプラモを作った経験があるので、基本的な流れは分かっているのだが、問題は色の組み合わせで、悩むところがあったが、そこは唯花さんが
「燈梨ぃ、実車の色の組み合わせに悩んだ時は、やっぱりコイツでしょ! 」
とスマホを取り出して検索を開始した。
幸い、RX-7の室内色は時期に関わらず黒系ばかりなので、大幅に悩むようなものでもなかった。
「うん、特に悩まなくても大丈夫だね」
朋美さんが言うと、私は尋ねた
「大変な車とかってあるの? 」
「色々あるけど、バブル期の高級車とかって、室内色のパターンが何種類もあるよ。例えば……」
と言うと、完成品棚から1台のセダンを出した。
「これはローレルのC33。美咲の2世代前のものになるけど、室内色が基本3パターン、特殊グレードで2パターンあって、その上で2色塗り分けだから、それはそれは大変だよ」
と言われて室内を覗くと、茶系の色だけど、ダッシュボードの上と下の部分で違う色合いになっていて、それでいて、リアスピーカーのカバーだけ色が違っていたり……となかなか凝った色遣いになっているのが分かった。
朋美さんは更に
「フォックスさんのはPS13だけど、前期型のS13だと、色によって茶系の内装色が存在するから、スポーティーカーでも要注意なんだよ~」
と、アドバイスしてくれた。
話によると、RX-7でも初代モデルの上級グレードでは、赤系の内装色が存在したそうで、リアルさを求めるなら、情報収集が欠かせないそうだ。
「そうだぞ燈梨、テキトーな説明書も存在するからな。『お前、実車取材してねーだろ』的な奴な」
唯花さんは、この間、師匠の山で練習に使ったハチロクレビンのプラモを、棚から出してきた。
私は気付かなかったのだが、コンさんは、あの山にあったレビンを既に作っていたようだ。
赤と黒のツートーンカラーで、明らかに同じ仕様のものだった。
「中を見ると分かると思うが、この間乗ったハチロクと同じ色してるだろ。この独特の色合い」
唯花さんに言われて私は頷いた。あのレビンは、確かシートの中央部と、ドアの内張りの真ん中あたりが、えんじ色だった記憶がある。
コンさんが作ったレビンの内装も、同じ色で再現されていた。
「しかしだな、このキットの説明書だと、コレが指定されてるんだよ」
唯花さんがそう言って、私の目の前にずいっと出した瓶を見ると、明るいグレーの塗料だった。
「え? 」
私が思わず固まると、唯花さんが
「分かるぞ燈梨、みなまで言うな! そう、そうなのさ。全く違う色なのさ! 取材がされていないと言わざるを得ないねぇ~。それとも、前期型なのに後期型の色と間違えたかぁ……ってな」
と言って情けなさそうな表情を浮かべた。
その間にも手は動かし続けていたので、成型線消しは終了し、サフェを吹きボディを塗った。
このRX-7は黒に仕上げるため、サフェも黒にすると良いと言われ、私は初めてサーフェサーにも種類がある事を知った。
シャーシと、ボディの下塗りが終わると、ミサキさんがその様子を見て言った。
「良いよ、燈梨ちゃん。この調子だと夕飯までには塗りは終わりそうだね」
それを訊いて、私はちょっと嬉しくなって
「なんか、買ってから作ろうと思うんだけど、思い切って手をつけるまでの時間が長いんだけど、作り出すとあっという間のような気がするね」
と思わず口走っていた。
すると、ミサキさんが
「それは、燈梨ちゃんの環境が恵まれてるからだよ。普通は、まとめて色塗りとかできないから、チマチマとやっている間に時間がかかってやる気が失せてくる……の繰り返しなんだから」
と言って、それを見ていた桃華さんは
「私には、出来ないかも。そんな細かい作業は」
と、ため息交じりに呟いた。
するとフー子さんが
「桃華は、性格が大雑把すぎるから出来ないんだろー。なのに胸は小さいけどなー」
と、挑発したために、またその場は騒がしくなってきた。
夕食まではまだ時間があるのを確認した私は、塗料が乾くまでの時間を待つ間にふと思い立ち、机の下から1つの箱を出した。
以前にコンさんの部屋の隣を整理した際に出てきた不要プラモの1つで、捨てて良いとは言われていたが、勿体ないと思って、取っておいたものだった。
それを手に桃華さんの前に行くと、それを手渡した。
「え!? 」
桃華さんは言った。
私は、更にそれをズイっと押し出すと、言った。
「桃華さんも、今日作りましょう」
「い、いや無理だよ。さっきも言ったじゃん! 細かい作業も接着とか塗装も無理なんだからさ」
桃華さんは、逃げるように言うので、私は言った。
「桃華さん、せっかく来たんだから、挑戦してみましょうよ! 私だって、最初はこんなの出来っこないって思ってましたよ。でも、出来たんです。それに、そのキットは、塗装も接着も必要ないですから」
それを見たみんなはニヤッとした。
それは、塗装も接着も不要と謳っているハスラーのプラモデルだった。
「桃華ぁ、まさか、塗装も接着も必要ないキットを見ても『出来ない』っていう気かぁ~」
唯花さんが言ったのをきっかけに
「桃華は、その程度のスキルもないの? いくら不器用だって言っても、ちょっとガッカリかも……」
ミサキさんが続けて言った。
桃華さんはそれを訊いて、ミサキさんの方をチラッと見たが、ミサキさんはバカにしたような笑いを浮かべたため
「私にだってできるわよ! 」
と言うと、早速制作に取り掛かった。
私のプラモの塗装が乾くまでの間を、みんなで桃華さんの初挑戦を見守っていた。
桃華さんが挑戦したのは、接着が不要と謳ってはいるが、その分、はめ込みの嵌合が結構シビアだったりして、少し普通のキットより力が必要なものにはなっていた。
桃華さんは、みんなにアドバイスを求めながらも、独力でほぼ組み立てを終え、シール以外は完成したところで遂に言った。
「ふう……最初はどうなるかと思ったけど、思ったより難しくなかったわね」
「どうだった? 」
ミサキさんが訊くと
「なかなか面白いわね。達成感があって良いかも」
と、満足そうに答えた。
それを見た唯花さんが、私の脇を肘でつついて
「燈梨も、すっかり桃華の扱いが手慣れてきたねぇ~」
と言うので、私は
「何のこと? 」
と言うと、朋美さんが反対側から
「とぼけんなよー! 燈梨ちゃんが、桃華を追い込んでやらせる技を、モノにしつつあるなって話だよー。今回は、美咲とコンボ技を使うとは、なかなか味な真似をしたねー」
と言った。
更にフー子さんが
「桃華はさ、こういう時って、いつも自分は一歩引いて参加しないスタンスでさ、あたしらもそれを崩すのに手を焼いてんだけど。燈梨は、あの桃華を動かせるじゃん。助かるんだぜ、ウチらとしては」
と言ってニヤッとした。
みんなで満足感を共有した私たちは、ひと段落がついたまさにそのタイミングで、夕飯に呼ばれた。
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