燈梨と怪物
今回のお話は、燈梨視点に戻ります。
ミニッツが終わって、みんなとリビングに上がると、2階はすっかり静かになっていた。
私は、戸の隙間からそっと覗くと、コンさんと舞韻さんが、ベッドの脇に敷かれた布団で一緒に寝ていた。
コンさんは、舞韻さんの肩を抱いて、もう片方の手で舞韻さんの手を握って眠っていた。
それを見た私は、ほっこりとしたものがこみあげると共に、何故か同時に胸にモヤモヤとしたものがこみあげてくるのを感じた。
今晩は、寝室を舞韻さんとコンさんで使っていて、沙織さんがこちらに来ているため、ぎゅうぎゅう詰めで寝た。
私がリビングのソファで寝ると言ったのだが
「燈梨がソファで寝る必要ないよー。オリオリの奴が向こう行けよー」
と止められて、みんなで一緒に寝ることになった。
しかし、さっきの発言の直後
「なによフー子、あたしの『奴』ってどういう意味よ~! 」
と、沙織さんがフー子さんに絡んで暴れ出したため、現場は少し騒然となった。
リビングが乱れたので、私は沙織さんとフー子さんがお風呂に入っている間に、リビングの片付けをした。
すると、寝室の方から、かすかに舞韻さんの声がするために、聞き耳を立てていると、どうやら寝言のようで、所々しか聞こえなかった。
なんかやたら、コンさんの事を呼んでいるような感じの寝言だったが、舞韻さんは寝言だとコンさんの事を『オーナー』ではなく『フォックス』と呼んでいるので、昔の夢でも見ているんだろうなぁ……と思って気にも留めずにお風呂の準備をした。
今日はフー子さんと朋美さんの隣で寝た。
フー子さんは
「燈梨には分からないんだろうけど、海ってさ、入らないで、パラソルの下にいるだけでも疲れるもんなんだよー」
と、言ってグデッとしていた。
その逆サイドの朋美さんは、さらっと言った。
「そりゃぁね、海に行って海入らなきゃ、それはただ真夏の砂丘にいるのと変わらないからね。疲れも倍増だろうよ」
「なんだよー、みんなが行くから行ってるんじゃん! 」
「思うんだけど、風子さ、今日だけ別行動すれば良かったんじゃね? 都内に行って渋谷とか、逆に南に降りて山登る……とか、別にみんなと一緒にいて不快な思いするくらいならさ」
「でもさ、1人で行ってもさ」
と、フー子さんは喰い下がった。
私には分からないが、フー子さんは、みんなといる事にウエイトを置いて行動しているのではないかと思える。
なので、嫌いな水関連のイベントにも一緒に行くようにしているのだ。
ただ、水が嫌いゆえに楽しめず、そのことで他のメンバーと揉めてしまう。そこが苦しいところなのだ。
「案外、砂浜で遊ぶのも楽しいもんだぞ」
フー子さんは言ったので、私は訊いた。
「1人で? 」
「燈梨! 1人で砂遊びして楽しそうにしてたら、可哀想な人みたいだろ!
「まぁ、風子は普段から可哀想な人なんだけどね」
「トモぉ! お前、帰ったらバイト中に、店に毛虫放してやるからなー」
言った途端に、ミサキさんがフー子さんの頭頂部に、空手チョップを命中させると
「フー子! いい加減にして。それは犯罪、どうしてトモのバイト先に迷惑かける必要があるのよ」
「痛たた……美咲さ、いくらあたしでも、毛虫なんか捕まえてわざわざそんなことするわけないじゃん! 」
と、フー子さんが返して、その後も2人の掛け合いが続いた。
すると、フー子さんが突然言った。
「そういやぁ、今日の舞韻ちゃんは、突然おかしなことになったなぁ」
「そうだね。突然みんなに暴力的になってみたりとか、おかしかったね」
私が言うと、フー子さんは、慌てた様に訂正した。
「ちがうちがう、あたしが言ってるのは、その前の段階の事。舞韻ちゃん、突然鏡で自分のこと見たりとか、ポーズ取ってみたりとか、してたんだよ。それに水着捲って、胸をまじまじ見てたりもしてたし」
「それって、いつ? 」
「舞韻ちゃんが、水着が脱げたって騒いだ後で、お昼が終わって帰って来てからの僅かな間だね」
と、フー子さんは答えた。
更に
「舞韻ちゃん、埋められてからもおかしかったからね。妙にポーッとしてたし、私と目が合うと逸らしてたしね。普段なら目が合っても絶対自分から逸らさないのにさ」
私は、妙に引っかかった。
確か、舞韻さんが埋められていた位置から、フー子さんを挟んで同じ方角にコンさんがずっと座っていたはずだし、海で胸が露わになってしまった際、みんなが、舞韻さんの胸を一様に褒めた直後から、おかしな行動が始まったというのも気になったポイントだった。
舞韻さんは、私たちをシャワー室に閉じ込めた後、一体何をするつもりだったのかも、気になる点であった。
私たちを排除して、残るのは沙織さんとフー子さん、コンさんだが、ただ、さすがに私たち5人が長時間姿を見せないとなると、フー子さんや沙織さんも不審に思うだろう。
そうなった時に、探しに行くことになるのだが、水が怖いフー子さんは、留守番として残るとして、全員で固まっていても仕方ないので、二手に分かれるだろう。
その際に、今日の雰囲気に不審感を持ち、私たちがまとめて姿を消した状況を察して、沙織さんは舞韻さんと2人きりにはならないハズだ。
となると、まさかとは思うが、この恐ろしい復讐計画の本当の狙いは、舞韻さんとコンさんが2人きりになる時間を自然と作るための策略だったのではないか? という気もしてきたのだ。
それが失敗して、身体の自由を奪われていた舞韻さんは、海から帰ると拗ねてしまったのではないかという推理も成り立つのだ。
私は、巡らせれば巡らせるほど、悪い方向にしかならない想像を巡らせていたが、ふいにフー子さんがちょっと大きな声で
「それにしても、舞韻ちゃんの胸って、大きいよねぇ。あたしは、今日生で見る機会を逃して、本気で後悔してるんだぁ……そして、スイミングに通おうかと考えてるんだぁ! 」
と、言った言葉で我にかえった。
私は
「それって、泳げるようになりたいんじゃなくて、舞韻さんの胸を見るのが目的でしょ! えっち」
と、ツッコんだ。
「でもさ、マジで大きいんだぜ~。Gカップだしさ」
「そうなの? 」
「えっ!? 燈梨、毎日一緒にいて、訊いたこととかないの? 前に訊いたら教えてくれたよ」
「へぇ~……そうなんだぁ」
私がちょっと暗くなりながら言うと、フー子さんは言った。
「でも、前はこんな大きい胸は邪魔になるからって、何度切り落とそうかと思ったか分からないって、言ってたよ」
「えーーーー!? 」
「舞韻ちゃん、元々軍人じゃん。だから、大きな胸は邪魔になるんだって、いつもさらしをして、胸が大きくならないように無理矢理締め込んでたらしいよ」
「へぇー」
私は相槌を打ちながら、さっきの事と合わせて、妙な胸騒ぎがするのを感じた。
今日になって、今までコンプレックスにしか感じていなかった大きな胸に興味を抱いた舞韻さん。そして、私たちへの復讐劇から、拗ねてしまっての幼児退行。
私は、呼び起こしてはいけない何か大きな怪物を呼び起こすトリガーを引いてしまったような、強烈な罪悪感に襲われるのを感じた。
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