布団と約束
風呂から上がると、舞韻とリビングに行き、2人でビールを1杯ずつ飲んで床についた。
燈梨たちは、まだ地下で楽しんでいるのだろう。戻ってくる様子はない。
ダラダラと歯を磨いている舞韻の手を取って
「そんなんじゃ、時間だけかかって全然磨かれてないだろ! 」
と、磨いてやり部屋へと入った。
ベッドの脇に布団を敷くと、舞韻は布団に滑り込んで、脇をポンポンと叩きながら言った。
「こっちで一緒に寝て~」
今夜の流れなら言うと思っていたので、舞韻の脇に横になると、布団を被った。
「電気、消すぞ」
「うん」
部屋が暗くなると、舞韻がギュッと俺の腕にしがみついてきた。
「まだ、発作があるのか? 」
俺は、さっき風呂で訊いたことをすっかり忘れて、再び訊いた。
「もう、ないけど……暗闇に一瞬反応するのは、たぶん一生治らないと思う」
舞韻と、最後に一緒の布団で寝たのは、5年近く前だった。
その夜は、いつものように俺はベッドに寝て、舞韻はその脇に布団を敷いて寝たのだが、夜中に舞韻がうなされて暴れ出したのだ。
本能的に暴れ出した舞韻を取り押さえるのは、正直俺でも骨が折れ、取り押さえた時には、2人とも全身汗だらけで、パジャマは破れてしまっていた。
その時も、一緒に風呂に入り、一緒の布団で寝た。その方が舞韻が安心して寝られると思ったからだ。それが最後だった。
それ以降、舞韻が夜中に暴れ出すことは無くなったのだ。
そんな事をしみじみ考えていると、手の先に柔らかい感触が感じられたので見てみると、舞韻が俺の手を取って、自分のパジャマの襟から中に入れて胸に直接触れさせていた。
「おい! 」
俺は言って手を抜こうとしたが、舞韻に押さえられてしまった。
舞韻はグイグイと手を胸に押し付けながら
「いいじゃないですかぁ。私には燈梨とスキンシップを取ってやれ、なんて言って、私とフォックスは、なんでダメなんですかぁ? 不公平ですよぉ」
と、駄々をこね始めた。
言っておくが、舞韻とは長年一緒に暮らしていたが、そういう関係になった事は、ただの一度もない。断言できる。
舞韻は俺の事を父親として見ているし、俺は舞韻を娘だと思っている。
でなければ、若い娘と同じ屋根の下に暮らしていて、間違いが起こってしまうだろう。
ただ、時たま舞韻が、こうやってスキンシップを求めてくることはあったので、父親が、娘にしてやる範囲程度はしてやっていたが、今夜の舞韻は、酔いが回っているのか妙に過激だ。
舞韻は、俺の手で自分の乳首を撫でさせると
「にゃははは、くすぐった~い」
と言って1人で遊んでいたが、ふと俺の手をパジャマの襟から抜いて、向き直り
「私ね、自分の胸がコンプレックスだった。兵士には、こんな無駄に大きい胸は邪魔になるだけだったし、小さくならないかとずっと思ってたけど、今日初めてこの胸に生まれて良かったって思ったの」
と言った。
確かに、舞韻は大きな胸をコンプレックスに思っていた。
俺が舞韻と最初に出会った時、敵兵に慰み者にされ、全裸で拘束されていたのだが、最初に見て、その胸の大きさに驚いたのを覚えているほどだった。
日本で生活するようになっても、それは変わらず、肩が凝るとか、周囲から嫌らしい目で見られるとか、言い寄ってくる男を問いただすと、胸しか見ていないとか、とにかく舞韻から聞かされる胸の話はマイナスのイメージしかないのだが、初めて聞くそんな言葉に
「なんかあったのか? 」
と訊くと、舞韻はフフフと笑って
「フォックスにこうやって触って貰えて……って怒らないで、嘘。海でみんなに褒められたの」
と言った。
そう言えば、今日の舞韻は、海で水着の上が脱げてしまったと燈梨から訊いているが、その時の事を言っているのだろう。
以前の舞韻は、自分が女に生まれたことを嬉しく思っておらず、舞韻の口から出てくるのは、大抵女に生まれたばかりに向けられる偏見や、男から嫌らしい目で見られた……などの恨み言ばかりだったので、今日の言葉は、俺にとっても嬉しいものだった。
「そうか、良かったじゃないか。みんなと……うわっ! 」
俺は、舞韻に対して素直に喜びの言葉を口にした途端、正面から舞韻に抱きすくめられてしまった。
しかも、舞韻は微妙に体の位置を上にずらしており、俺の顔の位置が、舞韻の胸に来るように計算して抱きしめられてしまった。
「おい! 」
俺が言うと、次に何かを言おうとした瞬間、顔に舞韻の胸を、ぎゅうっと押し当てられて何も喋れなくなってしまった。
その上で
「フォックス。それ以上喋るとぉ、フォックスの口が、私の乳首を刺激しちゃいますよぉ。良いんですかぁ? 」
と、言って俺を喋れないようにしてから言った。
「フォックスはぁ、私のことを、女扱いし無さすぎなんですよぉ。……って、あふぅん」
言われて思わず、反論しようとしてしまったため、舞韻は色っぽい声で喘いだ。
「そうなんです! 新しい水着着てても何にも言ってくれないし、午後も、まるで同性に怒るみたいに容赦ない仕打ちをして、私を砂に埋めて放置するなんて」
舞韻は相も変わらず、俺を胸の中に抱きしめた状態で話すが、声のトーンには、明らかに少しの怒気を感じた。
「フォックスは……フォックスは、何も分かってないよぉ。私や、燈梨の気持ちも、それに、あの時の約束の事も……」
と、言われて俺はドキッとした。
その約束に心当たりがあるからだ。
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