フォックスと背中
今回は、久しぶりのフォックス視点でのお話です。
舞韻に対する評価のポイントも注目点です。
俺は、舞韻を風呂場まで運んだ。
こうなった舞韻は手がつけられない。あとは殴るくらいしか方法はないのだが、皆のいるところで、さすがにそれは憚られた。
脱衣場で背中から降ろして準備をしていると、背後から
「外してぇ」
と、下着姿の舞韻が背中を突き出してきた。
俺は、薄いブルーのブラの留め具を外してやると言った。
「今日は、海に行ったから念入りに洗うんだぞ」
すると、舞韻はジト目で振り返って言った。
「私は、ほとんど海に入ってないんですけどぉ」
舞韻をこうしてしまったのは、俺のせいだ。
今日の舞韻は、俺に一方的に怒られて、みんなの前で恥をかかされた事で拗ねてしまった。
舞韻は年長者なのに、みんなから非難の目で見られて、俺からも制裁された。その状況に腹を立てたのだ。
ただ、そうしなければ、あの場は収まらなかった。
舞韻の計画があまりに常軌を逸していて、沙織の怒りが尋常じゃなかったからだ。
そりゃそうだ。燈梨を捕まえてイタズラし、あとの4人と共にシャワー小屋に閉じ込めて夕方まで放置し、自分は何食わぬ顔で遊ぼうとしたのだ。
ああしないと示しがつかないではないか。
そんな事を考えていると、服を脱ぎ終わった舞韻から腕を掴まれて
「早くぅ」
と、風呂場に引っ張られた。
「先に洗うぞ」
「うん」
俺は、舞韻を座らせると、シャワーの温度を手で確認して、彼女の頭の先から全身にかけた。
シャンプーを出すと、ポンプを押して適量を出す。舞韻の髪の量だと2.5回といったところだろうか。
化粧品の業界にいたことから、シャンプーにもこだわりがあり、このブランドのものを愛用し続けている。
男の俺でも分かるほど、髪のコシと艶が違うのだ。
舞韻の頭を指の腹でガシガシと洗っていくと
「もっと優しくぅ~」
と言うが、無視してそのまま洗っていく。
洗い流して、トリートメントし、タオルを渡すと言った。
「体は、自分で洗えるだろ」
「え~」
「嫌だったら、この状態で放り出すぞ」
舞韻は、口を尖らせながら渋々ボディソープを取って体を洗い始めた。
さすがに、今の舞韻の体を洗うことには抵抗がある。
舞韻が19歳を迎える頃までは、時たまこういう事があり、暴れて仕方ないため、洗っていたことがある。
舞韻の精神は、当時それほどまでに壊れていたのだ。
舞韻は、7歳から17歳まで兵士として1人きりで生きてきたが、逆に言うと、その頃の精神年齢は7歳のままだったのだ。
だから、残忍なことにも平気で手を染めるし、攻撃や、作戦にも容赦がないのだ。
その精神年齢のままで、精神が壊れ、更に目の前で、自分の部隊が全滅させられるところを目の当たりにしたのだから、精神の崩壊っぷりは半端なかった。
普段は何事もないのだが、寝ていると突然奇声を発して暴れ始め、ベランダから飛び降りようとしたことも1度や2度ではなかった。
仕方がないので、以降舞韻は毎晩猿轡をして眠ったのだが、それでも、暴れ回ることは止められない。
結局、当時住んでいた賃貸マンションの8階には住めなくなり、この家ができるまで、松戸に戸建てを借りて移り住んだ。
「背中、流して~」
舞韻の声で、我にかえった。
まぁ、背中ならいいか、と背中をごしごしと洗って、またシャワーで全身を流した。
「舞韻。お前、最近は、前みたいな発作が起きるのか? 」
と、訊くと、湯船に浸かった舞韻は
「それは無いけどぉ……」
と、口を尖らせたままで言った。
「でも、最近は沙織と一緒でしょ。アイツと一緒だと、気が抜けないのよ。アイツの前で、だらしない姿は見せられないし」
それを訊いて、俺には分かった。
舞韻は、沙織と暮らすことで息が抜けなくなっていると。
今の舞韻の精神は、常にピンと張っているため、ちょっとでも負荷がかかると緩まない分、反動が激しいのだ。
俺は頭を洗い終えると、体をごしごしと洗い始めた。
半分ほど洗った時、舞韻にタオルをひったくられた。
「私が、フォックスの背中を流す~」
「おい、自分で出来るから」
「なによ~、昔はよく背中の流しっことかしたでしょ」
と、憮然とした表情で言った。
確かに、舞韻を日本に連れ帰った直後、何かに怯えるように心を閉ざしていた舞韻を、なんとかするべく手を尽くした結果、子供時代の思い出がないため、甘えさせたり、父親が子供にするようなことをしてやると良いと、言われた事から、子供に父親がするようなことを色々してやり、背中の流しっこもよくしたのだ。
俺の背中を洗いながら、舞韻は言った。
「私が、こっちに来てからずっと、1人きりになる事を怖がって、寝ることも、お風呂に入ることも出来なくなってたからって、フォックスが、いつも一緒にいてくれたから、だから、私ここまでこれた」
しばらく、反応が何もなかったので、後ろを向くと、舞韻が震えて涙を流していた。
「なのに……なのに……私ったら、なんで今日は、こんな……みっともない真似をしちゃったのかって考えると……」
と、言うので、俺は舞韻の手を優しく握ると
「俺の方こそ、すまなかった。舞韻の事を配慮してやれなくって、燈梨や、沙織の事を舞韻任せにし過ぎてたな。舞韻に全部押し付けてただけだもんな。分かった、分かったよ。沙織は、この家に来て貰う。舞韻を、こんな風にしたのは俺の責任だ」
と、優しく言った。
すると、舞韻は俺の背中にもたれかかってきた。
「おい」
「しばらく、このままで居させて欲しいなって、フォックスの背中に背負われたのって、何年かぶりで、懐かしかったから」
舞韻は、まるでおんぶされた子供がするかのように、俺の背中に頬ずりをした。
本人は、無邪気な子供に戻ったつもりでいるのだろうが、体は大人なので、俺は、背中に押し付けられた、生の舞韻の胸の感触に気が気ではなかった。
戦場で出会った舞韻は、着るものを持っておらず、下着も男物とかを履いていたため、日本に来てから買いに行ったのだが、その時測定した際は、Gカップあったのだ。
なので、押し当てられた胸の感触といったら、それはそれは平常心を保つのが、いささか難しくなるほど凄いものだ。しかも裸なので、背中に突起をもろに感じられてしまうのも、平常心を乱す要因になっているのだ。
しばらく舞韻はすりすりと、頬ずりを繰り返すと、満足したように、俺の背中洗いを再開した。
俺の体も洗い終え、2人で湯船に浸かると
「水鉄砲、やって~」
と、せがまれ、ぴゅ~っとお湯を舞韻の顔目がけて飛ばした。
「よくもやったな~! 」
舞韻はやり方が下手で、ロクに飛ばない水鉄砲で応戦してきた。
しばらく続けて、満足した舞韻の肩をお湯に沈めて
「肩まで浸かって30数えるんだ」
と、言うと上から肩を押さえた。
「いーち、にぃー、さーん、しぃー……」
と、数える舞韻を後ろから眺めて、俺は、もし自分に子供がいたら、きっとこういう風になっていたのかもしれない……と、思えた。
あくまでも、こんな育ってしまった大人ではなく、無邪気な子供だったらの話だが。
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