街並みと山
ドアを開けた向こうには、小さな街が広がっていた。
正確には、大きな円周の線路沿いに街並みが広がっていた。駅が3ヶ所あって、それぞれの駅の形が全く違う駅になっている。
1つは都市部の高架上にある駅、そして、少し離れた郊外の地上駅、そして、もう1つは山の中にある小さな駅という、それぞれに違った駅と違った街並みが広がっていた。
高架の駅の周辺には、色とりどりのビルが建ち並んでいて、郊外の駅周辺には一軒家や、アパート、マンションなどが建っていて、駅の周辺の家は古い住宅で、離れて行くと、最近分譲されたような新しい戸建ての家が建ち並んでいた。
それを結ぶ道路には、家の大きさに合った車が無数に走っていた。
それは色々な色で、色々なタイプの車種があり、コンさんの拘りを感じた。
よく見ると、ティアナや、舞韻さんの乗るエクストレイル、美羽の住む神社にあるフェアレディZなどもあって、コンさんならではの街が出来ている気がした。
ふと気がついて目に留まったのは、とあるアパートの集合駐車場の中央に止められた銀色のハッチバックだ。どこかで見たような既視感を覚えたので、考え込むと、不意に背後から
「あらぁ、あのパルサー、オーナーの奴にそっくり系ねぇ」
と、いう声がして思い出すと共に、背筋がぞおっと寒くなるのを感じた。振り返ると、そこには声の主の舞韻さんが、この街を覗き込むように、前屈みになっていた。
「どうしたのぉ? 燈梨、別に昼間の復讐をしようなんて思ってない系よ。ただ、燈梨が、私のアイコンタクトを無視して、猿轡を外してくれなかったお陰で、トイレにも行けなくて辛かった……とか、こみ上げる思いはある系かもねぇ」
確かに、思い当たる節はある。スイカ割りが終わって、割れたスイカを沙織さんがカットする間、会場の撤収をしていた私に妙に視線を感じたので、振り返ると、舞韻さんがじっと見つめていて、私の視線に気付くと、顎をしゃくりつつ、口をもがもがと動かしていた。
恐らく、スイカ割りは終わったから、猿轡を外せ! というジェスチャーだろうとは思ったが、私は手が離せなかったので、後回しにしたのだ。
そのことをちょっと後ろめたく思っていると
「燈梨、気に病む必要はないわよ。舞韻は、その後で猿轡を外してもらえるチャンスがあったのに、自分でむざむざフイにしたんだから」
と、沙織さんが隣の部屋から姿を現して言った。
「くっ! 」
舞韻さんは言うと、隣の部屋へと消えて行った。
唯花さんが見当たらないので、探してみると、ジオラマの向こう側から手招きしているのが見えた。
唯花さんの元へと行ってみると、そこには操作盤のようなものがあり、唯花さんがそれを操作して
「出発進行~」
と、言うと山の中の駅に止まっていた列車が走り始めた。
私は思わず
「わあ~、凄いね」
と、言うと、唯花さんが
「あくまでメインは鉄道模型なんだけど、フォックスさんの場合は、街並みと車に力が入っちゃってるよね。でも、楽しみ方は人それぞれだからさ」
と、言いながら街並みを眺めていた。
その中心を走り抜ける列車は、通勤列車で、確か、コンさんの家の最寄り駅から30分私鉄に揺られて、そこで乗り換えると乗れるタイプだったと思う。私も、免許センターに行った際に乗った電車だ。
ふと見ると、操作盤はもう1つあったので、好奇心からちょっと触ってみると、トンネルの中から、別の列車が、さっきの列車とは逆方向に走り始めた。
「あっ! 燈梨ぃ、各駅停車を勝手に発車させたな。ダイヤを乱すとは、何たることだ! 先発の逆方向の快速列車と衝突したら、死者100人を超える大惨事だぞ」
と、唯花さんが私のところへと来て、問い詰めながらそう言ったが、私は
「そもそも、快速列車の運転士さんからは、お酒の匂いがします。アルコールチェックすべきです」
と、言ってかわした。
すると、朋美さんがやって来て
「快速列車の運転士 逮捕~」
と、言って、唯花さんを抱きすくめようとしたが、直後に唯花さんから空手チョップを、脳天に喰らってフラフラになっていた。
列車は、そもそも複線になっていて、交わってもいないので、衝突するわけがなかった。
しかし、その列車の動きには、人を惹きつける力があるのか、みんなが、このジオラマに釘付けになっていた。
フー子さんが
「ウチらも、やってみたいんだよねー。鉄道模型、ここまで本格的にやると、場所がね」
と、言ったが、直後にミサキさんに
「フー子は、こういう街とか作ると『爆撃ぃ』とか言って破壊してみたり、街の中心地に戦車を置いて『戒厳令を破った奴らに天誅』とか言って、人形を倒すから、単純に場所の問題じゃないわよ」
と、言われていた。
ミサキさんは、その街並みを、うっとりとした表情で眺めながら
「でも、良いわねぇ~。鉄道模型もだけど、線路沿いに作る街や風景が。これって、結構センスが問われるのよね」
と、言った。
ミサキさん曰く、限られたスペースで作るという制約から、あれもこれもと詰め込み過ぎると、ごちゃ混ぜのとんでもないジオラマが出来上がるそうだ。
例えば、海岸があった隣に、渋谷や新宿のような近代的な大都市があって、そのすぐ隣が山……というジオラマは、見ていて、正直どっちつかずだな、という印象しか受けないそうだ。
と言うのも、相反する要素を限られた中に詰め込むために、どれも表現が中途半端になっている印象が強いという。
確かに、目の前にあるジオラマの中に、海という要素を入れると、何処かを削るか、全ての場所を狭めて無理矢理成立させるか、という風になって正直、微妙な感じになってしまうと思った。
「それと、これの良いところは、建物の統一感と、車の豊富さね。これって、結構難しいのよ」
ミサキさんは、そう言うと、それについても話し始めた。
街並みの建物に関しては、結構近代のものや、ちょっと昔のもの、かなり昔のものなど、10年周期くらいの割りで存在しているので、都心部に妙に昔のビルがあったり、逆に、郊外をイメージしてるのに最新のファッションビルがあったりするとちょっと違和感が拭えないそうだ。
それに、更にセンスを問われるのが車で、ジオラマ用の車は数台セットで入っているので、間違えると、最新の建売住宅が建ち並ぶ街並みの家の車庫に、軒並み昭和50年くらいのクラウンや、セドリックが入っていたり、レトロ列車が走っている、昔の駅と言う設定の駅前に、最新のバスが止まっていたりすると、それだけで興醒めしてしまうそうだ。
「それに、ジオラマ用の車って、あくまで背景扱いで、細部の表現とか省かれてるんだけど、このジオラマの車は、色も細部の表現もきちんとやり直してあるのがポイント高いわねぇ~」
と、言って、操作盤の近くにあった、まだ手付かずの車と、ミサキさんが私に教えてくれた街中を走る車を見比べると、一目瞭然だった。
標準状態の車は、プラスチックの色があるだけで、ライトもテールランプも、塗り分けられておらず、タイヤも、ホイールごと真っ黒なので、車だという事しか分からないが、ミサキさんが示した車は、私の手元にある物と違って、ボディもしっかりと塗られ、ライトとテールランプはハッキリ色分けされ、ホイールもしっかり色付けされて、しっかり表情のある車として街の中に生きている感じがするのだ。
私は、この世界も奥が深いな……と、正直、思ったし、魅力的だが、足を踏み入れると危険な香りがすると直感的に思った。
すると、そんな私の表情を見た唯花さんが言った。
「あはっ、燈梨ぃ~、気がついたね。これにハマったら、人生終わるって。その通りなんだけどね、でも、燈梨もここにいるうちは、楽しんでも良いんじゃないかな? 」
そう言われて、私は改めてこの街並みを見ると、とても魅力的なものに見えるのだが、私ならこうしたい……というところがあるかな。という点がいくつか見受けられた。
そんな事を考えていると、いつの間にか背後にいたコンさんから
「燈梨。今何か違うなって思うところがあったんだろ。いいぞ、燈梨の気になるところを直していっても。それに、燈梨が思うのを新たに作っても良いぞ」
と、言われたので
「いや、折角コンさんが作ったのに、それを壊したり替えたりするのなんて申し訳ないよ」
と、言うと、コンさんは
「だから、言ってるだろ。この家では妙な遠慮はしないって」
と、言うので、私も折れた。
「分かった。だけど、今日は疲れてるからまた今度ね」
と、言うと色々と街並みの候補を想像してみた。
すると、ぐいっと、唯花さんから腕を引っ張られ
「燈梨ぃ~。更に隣にも凄いものがあるんだぜ」
と、隣の部屋へと入って行った。
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