地下と小部屋
家に戻ると、みんな疲れていたために、この事態を予想して前日に作っておいたもので夕飯にした。
とは言え、作り置いたものではなく、この時のために仕込んでおいたものばかりだったので、味が染みていてとても美味しい物ばかりだった。
仕込むのにお店の厨房を使ったため、夕飯はお店で取ることになった。
舞韻さんは、昼間、あれだけの目に遭っていながら、すっかり元の様子に戻っており、私はとても驚いていたが、沙織さんが、私の様子を見て言った。
「だから、言ったでしょ。舞韻は、切り替えが速いの。戦場で長生きするには必要なスキルなのよ」
すると、私の背後に舞韻さんが現れて
「燈梨、私は案外、執念深い系なのよぉ。昼間のお礼はしっかりする系だからね~」
と、言われたので、私は背筋が凍り付いてしまった。
それを見た沙織さんが、キッとした表情で言った。
「そんな事、させないからね! 」
「あら、私に対して、そんな事が言える系かしら? 沙織、いいえ、キャットも偉くなったもんねぇ」
と、舞韻さんが、今までになく嫌味たっぷりに、沙織さんに対して言った。
夕飯が終わると、恒例の呑兵衛たちの時間に切り替わった。
私は、美羽とソフトドリンクを手に、色々なおつまみを食べたりしていたが、コンさんと唯花さん、朋美さん、ミサキさんの一行が、ガレージの小部屋へと行くそうなので、一緒について行くことにした。
中に入ると、みんなが目を輝かせた。
「おお~っ! 凄い趣味部屋。プラモ制作のためにあるような部屋じゃないっすか」
と、唯花さんが言うと、朋美さんも
「しかも、寝床と、水回りがあるのが本格的ですね」
と、続けて感心していた。コンさんが
「ここは、元々ガレージしかなくてね。俺が車をいじりに来た時、長引いても泊まれるように作ったんだ。前はシャワーもあったんだぞ」
と、答えると、ミサキさんが言った。
「へぇ~……でも、今は上で寝てるんですよね。なんでベッドが残ってるんですか? 」
「ホントだ。しかも、なんでこの部屋にも、テレビとレコーダーがあるんだ? 」
と、唯花さんも続いて訊いた。
私が、フォローしようと口を開こうとしたところ、背後からいつもの如く、口を塞がれて
「おおっと! 燈梨ちゃんは発言禁止だよ。ユイ達は、フォックスさんに訊いてるんだから」
「むううー」
振り返ろうとするが、顔が動かせないほどギュッと抑え込まれてしまい、誰かを確認することは出来なかった。
抱きすくめられ、密着した時の胸の大きさと、体格、そして声の主は朋美さんなので、恐らく朋美さんだろうと思う。
すると、更に背後から、フー子さんの声がした。
「おおっ!? すげー部屋があるじゃん! あたしらも見たいぞ……って、燈梨ぃ、何悪い事したんだ? 朋美に捕まえられちゃってさ」
「むむむー! ううむうむー」
私は暴れて抜け出そうとしたが、朋美さんに更にギュッと抑え込まれて、失敗に終わった。
「トモは、私らの中で一番体力あるからね。酔っ払ったら、更に馬鹿力出すから……って、トモ! 放してやりなよ、あかりんが嫌がってるじゃん! 」
「ダメ! 燈梨ちゃんはね、ユイ達が、フォックスさんに訊いてる質問に、横槍を入れようとしてるから、邪魔できないように捕まえてるの! 」
私を心配する美羽を見た桃華さんが諫めたが、酔った朋美さんは反論して、また更に私をギュッと拘束した。
「さあ、燈梨ちゃんは、ここで私とゆっくり見物しようねえ。……大丈夫、怖くないからぁ」
と、私に顔を近づけて言うが、明らかに普段のクールな朋美さんと違っていて怖いし、息が酒臭くて気持ち悪い。
何とかもがいて抜け出そうとしては、捕まえられて余計拘束される……と、いう繰り返しを続けていると、唯花さんがやって来て言った。
「トモ! 何やってるんだよ。燈梨が嫌がってるじゃんか! 」
「むうううー! 」
「アレ? ユイ、どうして? 私はね、ユイの質問を燈梨ちゃんが邪魔しようとするから、捕まえておいたんだよ」
「もう、とっくに終わったんだよ。それより早く燈梨を放せって。燈梨の顔が真っ赤になってるじゃん」
唯花さんに言われて、ようやく朋美さんの拘束から解放された私に、唯花さんが、心配そうに言った。
「燈梨、ホントにゴメン! トモはさ、酔っ払うと怪力で人に絡むからさ、今夜は、私と一緒にいようか、アイツは、私には手出しできないから」
「どうして? 朋美さんの方が力強そうなのに」
「子供の頃から、トモの尻拭いは、私がしてきたの。それに、トモのせいで私が誘拐されたりしたしね」
唯花さんが言うには、朋美さんは子供の頃、人見知りで、いつも唯花さんの陰に隠れていたのだが、そのくせ、暴れたがりで、あちこちで問題を起こしたそうだ。
そして、問題が起こると怖がって隠れてしまうため、いつも唯花さんが後始末をしていたそうだ。
唯花さんは、ニッコリして私の方を見ると、話題をガラッと変えて
「燈梨ぃ、この部屋ホントに良いわねぇ。プラモ部屋なんて、憧れるわぁ~。で、これから地下に行くんだけど、一緒に行こーね」
「ところで、唯花さん。さっきの質問なんだけど、コンさんは何て? 」
私が訊くと、唯花さんは意地悪い笑みを浮かべて、私の胸を掴んだ。
「知りたい? そうか、知りたいか~。燈梨のスケベ! 燈梨が来るまでは、あそこでプラモ作りながら、よく寝たりしてたんだって、そして、舞韻さんと住んでた頃は、あそこで1人でそういう事をしてたって舞韻さんが言ってたよ。だから、今もそうなんじゃないかな~って、燈梨は知ってたでしょ! 」
と、言うと、階段を伝って地下へと降りていった。
コンさんの家にやって来た翌日以来、ここには降りてきていないので、とても懐かしい感じがした。
コンさんも、ここの掃除は、自分でやるからしなくて良いと言うし、武器がたくさんあって危険なので、積極的に入りたいとも思えない。更に、お店からでないと降りれないのも、足を遠のかせている要因だ。
唯花さんは、そんな私の状況を知る由もなく、手を引っ張ってズンズンと進んで行く。
途中、武器の棚を見て、歓声を上げたりはしていたが、主目的でないのと、私がいるために、足を止めることなく歩いて行った。
「それにしても、師匠さんの別荘もそうだけど、みんな地下に武器庫や射撃場作るのが好きだねぇ~」
「唯花さん、確か、その方が音が響かないからって言ってたよ。それに、万一爆発が起こっても被害が最小限になるって」
私が唯花さんの何気ない質問に答えると、唯花さんが
「燈梨もすっかり、この稼業の人みたいに馴染んじゃったねぇ……姉さんはちょっと哀しいよぉ」
と、言って私の両頬を、両手で挟むと、ぐりぐりっと動かしながら、私を変顔にしていった。
「姉さんは、そんなことよりも、燈梨にもっともっと普通の娘らしい楽しみを教えていきたいと思ってるんだよ。燈梨も、真人間に戻ろう」
と、続けた。
私は思った。唯花さんも大概酔っ払ってる……と。
そもそも、ミリタリーに明るいのは私ではなく、唯花さんであることは明白だし、さっきの話も、きっかけになる話題を振ったのは唯花さんの方だ。
サバゲを私に叩き込もうとしたのも、他ならぬ唯花さんではないか……と、思って、ここまで出かかったが、この状況でツッコむと
「口答えするなんて……姉さんは、燈梨をそんな娘に育てた覚えはないよ! 」
とか言われて、くすぐりの刑か、押し倒されて胸を揉まれそうな気がするので、黙ってついて行くことにした。
射撃場を通り抜けて、奥のドアを開けた時、唯花さんが振り返ってニコニコしながら言った。
「ここだよ! 」
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