目隠しと夕焼け
見事に割れたスイカを、沙織さんがカットしてみんなで食べた。
なるほど、さっき海の家でかき氷を食べようとした時に、お腹を壊すと言って止めたのには、こういう理由があった事にその時、気付いた。
「燈梨、どう? スイカ割りをしてみた感想は? 」
と、唯花さんに訊かれ
「やってみて初めて分かった。割るのがこんなに難しい事だって、そして、自分たちでスイカ割りして食べたスイカはなんか普通に食べるのより美味しい気がする」
と、答えると、唯花さんはニッコリして言った。
「そうなんだよー、そこが、スイカ割りの醍醐味なんだよ」
「でも、失敗しちゃうと、スイカが粉々になっちゃうんだけどね~」
と、ミサキさんも話に加わって来ながら、チラッと朋美さんを見た。
朋美さんは、目線を外して訊いてないフリをしていた。
すると、ミサキさんのすぐ隣にいた桃華さんが
「高校生の頃、あかりんと初めて会った河原でさ、スイカ割りした時、トモの奴が怪力でさ、フルスイングしたら、スイカが半分粉々になって無くなっちゃったことがあったんだよね」
と、懐かしそうに、そして半分笑いながら言った。
すると、そこにフー子さんがやって来て
「でも、桃華は当たっても、スイカが割れなかったよな」
と、言うと
「ぷーこ、余計な事はいいのよ。今は、スイカが粉々になると困るって話でしょ」
と、返してきた。
私は、みんなと海に来るという事が、ここまで楽しいとは、正直思っていなかった。
本当に、来られて良かったと、思うと共に、今までの私からは考えられないほど、楽しい時間が過ごせていると思えてきた。
この時間が、ずっと続いてくれれば……と、心から思った。
すると、背後から伸びた手に胸を揉まれたため、振り返ると、そこには美羽がいた。
「もう! 無言でなんてことしてるのよー。えっち! 」
と、言うと
「さっきから声かけても、全く反応なしだったから、お姉さんに訊いたら、こうすればいいって……」
美羽の隣には、桃華さんがニヤニヤしながら座っていた。
私は、桃華さんにもツッコみたかったが、美羽が声をかけてきていたそうなので、訊いた。
「どうしたの? 」
「あのさ、あの人、あのままで良いの? 」
と、言う先には、舞韻さんと沙織さんがいた。
舞韻さんは、まだ猿轡をされたままで、外そうと必死に首を振っているが、緩みかかったところで沙織さんに結び目を締められて拘束されていた。
「んんんー! 」
「なぁに? 反省したの? 心から反省したっていうなら、コイツを外して、スイカ食べさせてあげるけど」
「……」
舞韻さんは、黙って沙織さんを睨みつけた。
それを見た沙織さんは
「それじゃあ、この話はナシね。夕方まで、生首で反省してなさい。そうだ、スイカ割り終わったから、目隠しもしてあ・げ・る」
と、言うとスイカ割りに使ったタオルで目隠しまでしてしまった。
「うんー! うむむむうー! 」
「舞韻、あたしはさぁ、マジで怒ってるからね。燈梨や、あの娘たちは、あたしの妹も同じなの。その妹たちに手を出そうだなんて、たとえ相手があんたでも、許さないから! 」
騒ぐ舞韻さんのすぐ目の前にかがみ込んだ沙織さんが、ドスの利いた声で言うと、舞韻さんは静かになってしまった。
「まぁ、コンさんも見てるし、大丈夫だと思うよ。それに、反省してから出さないと、私たちに被害が及ぶし」
私が言うと、美羽は納得したような、そうでないような微妙な表情になった。
「おぉーい! 燈梨ぃー、美羽っちー、あっそぼうぜぇー! 」
と、唯花さんが海に向かいながら呼んだ。
私たちも、海に向かって自然と足を進めていた。
あれから、フー子さんを除くメンバーと、少し離れた岩場まで競争したり、岩場の中を探検したり、ボールで遊んだり、浜辺に上がり、フー子さんを含めたメンバーで、バレーをしたりして海を満喫した。
日も傾きかかり、遂に楽しかったみんなとの海も、終わりを迎えようとしていた。パラソルを畳み、着替えを済ませてから、みんなで埋められていた舞韻さんを掘り返した。
舞韻さんは、私が目隠しを外しても、気丈な目つきをしていたが、外したタオルは目の辺りがぐっしょりと濡れていた。
ミサキさんが、猿轡を外すと、ぷはっと息をついた後で、何かを言おうとしたが、やめてシャワー室へと姿を消した。
私は、その様子に只ならぬものを感じたので、様子を見に行こうとしたが、コンさんと、沙織さんに止められた。
「舞韻の奴は、落ち込んでるところを人に見られたくないんだ。大丈夫、今日の事はアイツの腹の中に落ちてるよ」
と、コンさんが言い、沙織さんも
「舞韻はね、プライドが高いの。それは、彼女が兵士として生きてきたから仕方ないの。でも、今日、フォックスと私で、それを徹底的にへし折ったから、ちょっとショックなだけよ。大丈夫、明日の朝にはいつも通りに戻ってるから」
と、言った。
私は、原因が自分にあるので、罪悪感を感じていたが、コンさんから
「燈梨、自分が原因だとか思わなくていいぞ。舞韻は、本来、燈梨にそうやって慕われていることを誇らなきゃいけないのに、大人気ない真似したから、仕置きしたんだ」
と、言われて少し心が軽くなった。
すっかり帰り支度も終わった私は、みんなとコンさんのサファリに乗り込み、出発した。
サファリは、行きとは違う方角に曲がったため、何処に行くのだろうかと、思っていたその時、コンさんが、シフトレバーの脇にあるレバーを動かしたかと思うと、車は夕暮れの砂浜へと入って行った。
私は、驚いて
「えっ!? どうしたの? 」
と、訊くと
「ここの区間は、車の乗り入れがOKなんだ。どうだ、燈梨、ちょっと違う海の楽しみがあるだろ」
と、言われて頷いた。
思わず吸い込まれそうになるほど、真っ赤に染まる空と海を眺めていると、さっきまでくよくよと悩んでいた舞韻さんへの罪悪感や、今までの私自身を思い返していた事、これからへのぼんやりとした不安が、すっかり吹き飛んでしまった。
サファリは、波打ち際に近いところを走っていたが、砂浜へと止まった。
そしてコンさんは、2列目シートの近くにあるスイッチを操作すると、モーター音と共に2列目付近の屋根がぽっかりと口を開けた。
このサファリには、サンルーフが付いていたことを私は初めて知った。
これを見た、2列目シートに座る美羽と唯花さん、3列目の朋美さんと桃華さんもビックリしたが、次の瞬間、喜びの声に変わっていた。
しばらく、溶けるような夕焼け空と、海を眺めていると、自然と寡黙になり、みんなが言葉を忘れたかのように、静寂が流れていた。
思えば、コンさんと出会って以来、こんなに静かだったのは初めてだったように思う。
普段の日のコンさんは、努めて何かを話してくれるし、フー子さんたちと出会って以降は、毎日メッセージが飛んで来たり、互いに行き来したりで、賑やかな毎日だった。
すっかり夕焼けも、端の方から夜の帳に変わろうかという頃、コンさんが低い声で訊いた。
「燈梨、良かっただろう? 海に来て」
私は、素直に頷いた。
そして、コンさん同様に低い声で
「色々と悩んでいたことがあったんだけど、それが全部ちっぽけなものだって分かったよ」
と、言うと、コンさんは、満足した表情で頷いていた。
そのまましばらく、コンさんと見つめ合ってしまい、コンさんと私は同時にその状況に気付いてハッとし、恥ずかしくなって目線を逸らした先には、ニヤニヤしながら私たちの様子を眺めるみんなの姿があった。
「いいから、いいから、私たちを気にしないで続けて」
と、朋美さんが携帯を向けながら言うと、唯花さんが
「フォックスさんは、朴念仁だねぇ~。こんなシチュエーションの時は、キスくらいかますもんでしょ」
と、ため息交じりに言った。更に桃華さんが
「ユイ、それじゃ甘いでしょ。普通はシート倒して押し倒しちゃうくらいまでいくでしょ。この車、背が高いから覗かれる心配もないし」
と、ニヤニヤしながら言った。
私たちは、互いに恥ずかしさで、全身から湯気が出るほど真っ赤になってしまっていた。
すると、コンさんが
「アホかー! こんな衆人環視の中で、そんなことするやつがいるか! 」
と、言うと、クラクションを2回鳴らして、沙織さんに合図をすると、出発した。
しかし、私には引っかかったことがあった。
『衆人環視の中』でなく、2人きりだったら、どうだったのだろうと。
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