城とスイカ
フー子さんは、また1からお城を作り直しながら言った。
「あたしも、大変な時の事を思い出しながら過ごしてたら、拒食症気味になって、筋肉が落ちてさ、部活もやめなきゃならなくなった。そして、無理にリカバリーしようとしたら、今度はブクブクに太って、とんでもない事になったんだ。だからさ、辛かった時の思い出なんて、今の2人の段階では、要らないだけだよ。今、必要なのは楽しむことだよ」
視線をじっとお城に向けながら吐くフー子さんの言葉は、明らかに経験者だからこそ発せられる、重みのあるものだった。
私は、美羽の方を見ると、美羽は下を向いて暗い表情になっていて、やはり、過去の事を思い出している様子だった。
それを見たフー子さんは続けて言った。
「2人は似てるのよ。見た目もだけど、過去の嫌な思い出につまづいて、なかなか前に進みだせないところとか、正直、燈梨は、少しずつ前に向かって行ってるけどさ。美羽が、そういう風にしてると、燈梨も引きずり込まれちゃうからさ。敢えてきついこと言うけど、燈梨の足を引っ張ってるよな」
美羽は、その言葉を訊いて、さらに下を向いて暗くなってしまった。
「だから……」
フー子さんは、お城を完成させると、言葉を続け
「楽しいことを考えながら、やりたいことをやればいいよ。燈梨は、免許取ってから、とても活き活きしてるし、あんたもさ、何か楽しいと思えることをしてみないとさ」
と、言うと、綺麗に完成したお城に、落ちていた貝殻を投げつけた。
折角綺麗に作ったヨーロッパ風のお城の最上部が崩れてしまった。
更にフー子さんは、何度も貝殻を投げつけてはお城を壊していって
「90式戦車の集中砲火を喰らえー! ドカーン、ドカーン。更に90式戦車のキャタピラで、こんな古城は踏みつぶしてやるー! ガガガガガ……」
と、言うと、手のひらを押し付けて綺麗にまっ平らにしてしまった。
私と美羽は、それを見て、呆気にとられていたが、次の瞬間、自然と笑みがこぼれていた。
それを見たフー子さんは
「2人も、何か作ってみなよ。せっかく海に来てさ、面白くない事考えるより、海らしい遊びしようぜ」
と、言って、お城を崩した後の砂を指さした。
私たちは、見よう見まねで、フー子さんの作ったようなお城を作ろうとしたが、どうにも上手くいかなかった。
すると
「いきなり初心者に細かい建造物は無理だろうから、最初は山を作って、トンネル開通からいってみよっかぁ~」
と、言ったので、私たちは急遽山を作ってトンネルを掘ってみたが、開通させようとすると崩れてしまった。
「トンネルはね、真っ直ぐ掘らないで、斜め下に掘るような感じでいくのがコツだね~」
と、言われて斜め下を狙って掘っていった。
最初は、どちらかが深く掘り過ぎたりして、なかなか開通には至らなかったが、美羽と声を掛け合いながら掘っていった結果、何回目かに、互いの手が触れ合い、遂に、地下で美羽と手を握り合う事に成功した。
互いに無言のまま、ニコッとした表情になったその時、私たちは、初めて通じ合えたような気がして、私はとても嬉しさを感じた。次の瞬間
「ヒュオーン……シュゥゥゥアアー、いっけえーB-52、対象を絨毯爆撃だあ」
と、いうフー子さんの声と共に、今作った山は、私と美羽の手が繋がれたまま、頂上から崩されてしまった。
「もう、フー子さん! なんてことするのよー。せっかくトンネル開通したのに」
と、私が抗議の声を上げると
「訓練中の、軍の敷地内って設定だから仕方ないじゃん」
と、言うので
「そんな設定、聞いてませんー。大体、なんで訓練中なのにトンネル掘る必要があるのよ! 」
「軍から脱走しようとする、脱走兵たちの仕業って設定だな」
「なによー、その訳の分からない設定」
と、やりとりをしているうちに、さっきまでの事はすっかりと忘却の彼方へと葬り去られた。
すると、海にいた他のメンバーが、こちらへとやって来た。
私たちの状況を見るなり、桃華さんが言った。
「ぷー子、また、城作って戦闘機でぶっ壊す遊びしてたの? あかりんたちを巻き込むなんてサイテーね」
「戦闘機じゃありませんー、爆撃機ですー。それに、城じゃなくて山だもんねー。間違えてやんのー、胸無し桃華ー」
と、フー子さんが言うなり、桃華さんがダッシュでフー子さんの方へと走り出したが、一足先にフー子さんは走り出しており、2人で向こうへと走り去ってしまった。
それを見た沙織さんが言った。
「あのアホ2人は取り敢えず放っておいて、みんなパラソルのところまで戻るわよ」
「え!? なんで? 帰りまでまだ当分時間あると思うけど」
と、私が言うと、沙織さんはニコッとして
「夏の浜辺と言えば、コレやらなきゃ始まらないでしょ」
と、言うと、私と美羽の腕を掴んでずんずんと進んで行った。
私たちがパラソルのところへと戻ると、向こうの方で、捕まったフー子さんが、桃華さんに馬乗りになられている姿が目に入った。
しばらくその姿を眺めていると、桃華さんに首根っこを押さえられたフー子さんが戻って来た。
「はあはあ、今度ふざけたこと言ったら、今日という今日こそは、海に流してやるからね! 」
桃華さんは怒り心頭で、フー子さんに言っていた。
それがひと段落つくのを待って、沙織さんが言った。
「それじゃ、始めるわよ」
「何を? 」
私は、疑問に思って質問したが、美羽を除く他のメンバーは知っているようで、ニコニコとしていた。
沙織さんは、大きなクーラーバッグからスイカを取り出すと
「これを何と心得る! 」
と、言った。
私は、よく分からずに
「ここでスイカ切るの? 」
と、言うと私以外の全員が苦笑いをした。
「ここで、丸のスイカと言えば、スイカ割りでしょ! みんなで割るのよ」
と、言われて、私はようやく理解をするとともに、ちょっとワクワクしてきた。
私は、スイカ割りをしたことがなかったので、その言葉は知っていたが、その行為の合理性に甚だ疑問があった。しかし、いざ目の前にしてみると、とても心躍る感じがしてきた。
みんなは、さっき、舞韻さんを転ばせるのに使ったレジャーシートを少し離れた位置に敷くと、その上にスイカを置いた。
すると、沙織さんが
「ここが良いんじゃね? 」
と、埋められた舞韻さんの顔のすぐ横をポンポンと叩きながら言った。
すると、舞韻さんが吠えた。
「何考えてるのよ! そんなの絶対ダメに決まってるっしょ! 」
沙織さんは、やれやれ、ノリの悪い奴……と、いった表情で舞韻さんを見下ろすと、その位置にスタート地点の目印の線を引いた。
くじ引きの結果、ミサキさん、桃華さん、私、唯花さん、美羽、フー子さん、沙織さん、朋美さん、コンさんの順番になった。
ミサキさんに目隠しをして、みんなでぐるぐると回してから、スタート地点に立たせて、始まった。
ミサキさんは最初からヨロヨロと、スイカより遥か左にズレていってしまったので、私が
「ミサキさん、右~」
と、言うと、みんなが一斉に
「左だぞ~」
「いや、真っ直ぐだ」
「向きが逆だよ、真後ろだって」
と、出鱈目な方向を叫び始めたので、ミサキさんは混乱して
「どっち~」
と、言いながら、余計左にズレていき、最後は何もないところで空振りをして終了となった。
次の桃華さんは、スタートからみんなが
「左だって~」
「左だな」
「左90度ですぐに振りかぶれ」
と、舞韻さんの埋められているところに誘導しようとしたので
「ちょっと、騙されるんじゃないわよ! 左は私がいるの! 真っ直ぐよ、真っ直ぐ」
と、舞韻さんがひときわ大きい声で誘導を始めた。
結果、桃華さんは近い場所まで行ったものの、肝心なスイング時によろけてしまい、またしても空振りだった。
桃華さんの番が終わると、沙織さんが
「舞韻がうるさい! あんたが誘導したら面白くないじゃない」
と、言うと、舞韻さんが必死に言った。
「何言ってるのよ! あんたたち、私の頭を打たせようとしてる系でしょ、そんな事させないんだから、いい? 私の誘導以外信じちゃダメ」
それを見た沙織さんが
「せっかくみんなが楽しんでるのに、邪魔する気ぃ? フォックス、これして良い? 」
と、タオルを見せながら言うと、コンさんが頷いた。
「ちょっと、なにする気系? 」
舞韻さんが狼狽しながら言うと
「終わるまで、静かに見物できるようにしてあげるだけ」
沙織さんが言うと、舞韻さんの口に、タオルで猿轡を噛ませた。
そして、その状態で私の番が回ってきた。
私は、傍で見ていて、何故、みんなが真っ直ぐにいくことが出来ないのか、理解できなかったが、やってみて初めて分かった。
目隠しをされた状態でぐるぐると回されると、自分が今、どの方向に立っているのかが分からなくなるのだ。そして、歩き出しても、頭がぐるぐる回っている感覚がする上に、目隠しされているので、何処に向かって歩いているのかが分からないのだ。
しかも、みんなが誘導する方向が出鱈目なのか、本当なのかが分からないので、誰を信用していいのかが分からない。頼りの舞韻さんも、猿轡をされているため
「ううー! むうー! むむむむー! 」
と、当てにならないため、分からないまま振りかぶると、明らかに地面に当たった感触がした。
目隠しを取ると、右にスイカ3個分くらいズレていた。
結局、唯花さんが一撃を喰らわせたものの、割り切れず、美羽は手前過ぎてハズレ、そして、沙織さんが見事に割って終了となった。
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