甘みと苦み
夕食後は、みんなで花火をしながら、再びのかき氷を楽しんだ。
今度は、シロップにチャレンジした。シロップも甘いのだが、昼間の練乳や餡子の甘みと違い、やや刺激的で、後引く甘さだったのが印象的だった。
私の個人的な好みから言えば、練乳、餡の和風テイストの組み合わせだが、アウトドアでみんなと楽しむというシチュエーションでならシロップもアリだと思った。
みんなとワイワイと楽しんでいる中でなら、和風の上品な甘さではなく、シロップのちょっときつめの甘さが、ちょうど良いような気がした。
また、フー子さんから
「燈梨、見て見て」
と、言われて振り向くと、フー子さんの舌が真っ青に染まっていて
「これがかき氷の醍醐味だよ」
と、教えられた遊びで、その場を和ますことが出来るのも楽しかった。
しかし、フー子さんの発言を唯花さんが
「燈梨ー、コイツの真似はするなよ。それやってるのは、せいぜい小学校低学年までだから」
と、打ち消すと、ミサキさんが
「フー子、汚らしいから」
と、注意し、桃華さんは
「下品よ」
と、罵り、朋美さんは
「折角の、美味しい氷なのに、味も風情も台無しじゃない」
と、一刀両断していた。
コンさんも、仕事から戻って来ていて、かき氷を食べながら、みんなの花火の様子を眺めていたので、私は、コンさんの隣に座ると、訊いてみた。
「コンさんも、やらないの? 」
コンさんは、フッと笑みを浮かべながら言った。
「俺は、みんなの楽しそうな姿を眺めてる方が好きかな。それに、かき氷も解けちゃうしな」
「そうかー、コンさん地味だなー。でも、今年の夏は、今までで最高の夏だったよ」
と、私が楽しそうに言うと
「そう言ってもらえると、嬉しいな。でも燈梨、今年が最高なら、来年の夏は、もっと最高にしないとな。そして、再来年は、もっともっと最高に……って、貪欲に求めていって、毎年最高を更新しような」
と、コンさんは、こんな楽しい夏は、今年で終わりではないと、私に伝えてくれた。
「うん」
私が、頷きながら答えると、コンさんは嬉しそうに笑った。
このところ、険しい表情をしていることが多いコンさんが、ここまで表情をほころばせてくれたのは、私にとっても嬉しかった。
花火が終わると、みんながお酒を飲み、恒例の時間が始まった。
今日は、コンさん、舞韻さん、沙織さんと、朋美さんの大人チームが、RX-7についての思いを語り、その一方で、フー子さんを筆頭にした『体は大人、精神年齢はJK』チームは、ビールやワインを片手に、どんなお酒が好みかの論争を闘わせていた。
珍しいことに、初っ端から暴れるメンバーがいない事に拍子抜けしたが、未成年の私は、精神年齢JKチームには入らずに、RX-7を語ろうチームに参加した。
「俺は、FDはカッコいいと思う……でも、乗るならFCの後期かな」
「でも、オーナーはFD3Sに乗ってましたよね。それでもですかぁ? 」
「えっ!? フォックスさん、FDに乗ってたの? 」
私も何か言おうと思って参加した時に、丁度議論は3人で白熱していた。
私も発言しようと身を乗り出した時に、後ろから沙織さんに口を塞がれて引き戻された。
「もう少し待機。ちょっと荒れるから巻き込まれるわよ」
見ていると
「いや、FDのコンセプトは初期型にのみ見られると思う」
「そうですか? やはり、バージョンが進むにつれて昇華してると思うんですけど」
「いや、俺にとってタイプXが、消滅した段階で終わったと思ってる」
私は、沙織さんに口を塞がれてるため、チラッチラッと沙織さんを見て、手を放してくれるよう促すと、口を押えていた手を外してくれたので、沙織さんに訊いた。
「タイプXってどんなの? 」
「3代目RX-7の初期にあったグレードで、最上級に位置するのよ。ただし、豪華仕様だから、革シートや、サンルーフが標準になる代わりに、スポイラーとか、走り系の装備の幾つかがオプション扱いなの。初期は、廉価なタイプS、スポーティなタイプRとの3グレード構成ね」
と、答えてくれて、話の概要は分かった。
今の私は、話に乗り出せないように、少し離れた位置で、沙織さんに抱きすくめられていて、動けなかったので、沙織さんの方を見て言った。
「沙織さん、放して。暑いよぉ」
「ダメ! 」
即答された。
「なんで? 」
「これから、話が白熱すると、燈梨は板挟みになってヤバくなるから。まぁ、見てなさいって」
続きを見ていると
「でも、代わりにツーリング系のグレードが登場したじゃないですか? 」
「それは分かる。しかし、そこからのツーリング系グレードがズレてると、俺が思うのは、ATしか設定されてない点だ。何故、サンルーフとMTの組み合わせを無くしたのかが、理解できない」
「売れなかったからと、豪華仕様は、スポーツ性能を上げるために邪魔になったからだと思いますよ」
「いや、スポーツカーってのは、豊かさの象徴の1つでもあるから、豪華な仕様も必要なんだよ」
と、スポーツ性能絶対派と、豪華仕様必要派の熱い論争へと、話の主題が完全に切り替わってしまっていた。
私たちの元に、舞韻さんがやって来た。
「ダメ系ね。ああなっちゃうと、私には入る余地ない系よ」
「おつ~」
沙織さんが、声をかけた。
舞韻さんは、疲れたような表情で
「それにしても、あの朋美って娘、普段は大人しそうに見えるのに、この手の議論をさせると、強い系ね。議論すると、1歩も引かない系だもん。しかも、何故か大勢に媚びないマニアックな方とかを支持する事が多いから、厄介系ね」
「朋美は、そういう娘。自分がマイナー派だって、分かってるけども、主張せずにはいられない。そして、議論の組み立てが上手くて、自分のペースに持ち込むのが得意だから、面倒なの」
沙織さんが答えると、舞韻さんは、ふう~っとため息をついて
「じゃぁ、私はあっちのバカっぽい方に行こう……って、燈梨は、この暑いのに、沙織とスキンシップ系? 」
と、言うので
「違うの、拘束されてるの! 助けて!! 」
と、必死に訴えかけた。
舞韻さんは、ジロジロと、私たちを見回した後
「嘘ばっかり! 沙織が本当に拘束しようと思ったら、こんなもんじゃないのは、燈梨が一番よく知ってる系でしょ」
と、言うと、沙織さんと顔を見合わせてニヤッとして
「私も、あっちのグループから追い出されて暇だから、沙織と、燈梨のスキンシップに参加するってのも、良い系ね」
と、言って私の正面から飛び掛かってきた。
「ちょっと……舞韻さんまで、やめ……ぐぐっ」
声を出して抵抗しようとするも、あえなく、口の中に猿轡代わりにクロワッサンを突っ込まれてしまった。
「燈梨ぃ、食べ物を粗末にしたらどうなるか……分かる系よねぇ。ちなみに、そのクロワッサン、私が焼いた系だから……落としたりしたらぁどうなる系かしら? 」
と、言われて抵抗できなくなってしまった。
以前に沙織さんから訊いた、舞韻さんの拷問の中に、無理矢理パンを食べさせて、少しでもパンくずを落としたら、それを理由に、全裸の沙織さんを遠慮なく棒で叩きまくった……というエピソードがあったのを思い出したからだ。
「フフフ、考えてみれば、燈梨とスキンシップをするのは、初めて系ね。と、なれば、少し頑張りますかぁ」
何を頑張るの? 私は思ったが、沙織さんに押さえられている上、口はクロワッサンを咥えているので抵抗のしようがなかった。
何がきついかと言えば、この2人はプロなので、動作に隙が無いので逃げられず、また羽交い絞めにしても、フー子さんたちと違って拘束がきついので、ガッチリと身体が固まって身動きが取れないのだ。
更に、コンさんは、私たちに背を向けて議論に白熱していて、この状況に気付いてないし、フー子さんたちは、気付いていても、舞韻さんと沙織さんの組み合わせに割り込むことが出来ずに、助けが来る見込みがないという事だ。
「ううう~!! 」
今日は、フー子さんたちのグループから襲われない代わりに、舞韻さんと沙織さんからたっぷりと襲われるという悪夢が待っていた。
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