ウサギと氷
作業を終えた私たちは、ホームセンターに寄ってから家に帰ってきた。
ホームセンターでは、唯花さんのおススメのオイルと、処理箱、フィルターを買った。
「性能も悪くないし、コスパも結構いいんだよ。カー用品店の半値くらいだし」
と、唯花さんの談だが、フー子さんも同じとのことだった。
どうやら、高いオイルを長く使うのではなくて、安くても定期的に変えることが、エンジンには良いらしい。
フー子さんが
「燈梨さ、高いご飯食べる代わりに3日に1食しか食べないのと、安くても毎食食べるのとでは、どっちが良いかって事と同じだよ」
と、言っていた。唯花さんも、オイルはいわば血液と同じ……と言っていたので、そういう事なんだろう。
2人の説明で、納得した。
ホームセンターでは、他にみんなが花火を買っていた。
確か、コンさんが家に用意していたハズ、と言うとミサキさんが
「人数も多いから、多いに越した事なんじゃない? 明日は、美羽ちゃんも来るんでしょ」
と、言ってみんなも賛成し、買う事となった。
ホームセンターもみんなでブラブラし、朋美さんと、唯花さんが工具のコーナーで、私に色々な工具の魅力について語ってくれた。
それを訊いていると、私も、思わず揃えたくなってしまう魅惑の世界だったが、良い工具の値段を見て、驚きに変わってしまった。
「ハハハ、ピンキリだからね。さっきのオイルと同じで、使う事が重要なんだからさ」
と、みんなに言われて、なるほど、と納得した。
家に戻ると、舞韻さんと沙織さんが待っていた。
駐車場で、私たちが戻って来たのを見た沙織さんが
「あ、帰ってきた。時間かかってたじゃない。用意したものがパーになっちゃうところだったわよ」
と、言ったので、不思議に思っていると
「お店、入って」
と、言って手招きをしながら
「舞韻ー。燈梨たち戻って来たわよー! 」
と、上に向かって呼び掛けていた。
私たちが戻ってくるのを待っていたようで、店内はエアコンが効いていて涼しかった。
お店に降りて来た舞韻さんは
「随分遅かった系ね。まぁ、いいわ。始めましょうか」
と、言うと、厨房へと消えて行き、その間、沙織さんがカウンターの下から何かを取り出していた。
私たちは、何が始まるのかと不思議に思いながら、その場に立っていると、舞韻さんが大きな氷の塊を持って出てきた。そして、沙織さんがカウンターの上に用意した機械にセットして言った。
「やっぱ夏と言えば、かき氷っしょ! やろうと思って氷を頼んでおいた系よ」
すると、みんなが一斉に
「おお~! 」
と、色めき立った。
「舞韻さん、ありがとー。凄い嬉しいよー」
と、フー子さんが言うと、沙織さんが
「はい、みんな順番に並びなさい」
と、言って次々にガラスの器を手渡していった。その器も、ひんやりとしていて、その冷たさから、明らかに随分前から用意して冷やしておいたものであることが窺えた。
舞韻さんが機械のハンドルを回すと、細かくなった氷の粒が、次々と器に盛られていった。
「色々用意したわよー。シロップだけじゃなく、練乳や餡子なんかもあるから、好きな物、かけなさい」
と、沙織さんがカウンターの脇に並べられたトッピングを指して言った。
みんなは、思い思いのシロップなどをかけていた。フー子さんは、『乱れ撃ち』と言って複数のシロップをかけてカラフルなかき氷を作って、ミサキさんに
「フー子さ、それじゃ、何の味かわからなくなっちゃうでしょ」
と、言われていた。
正直、私は、市販のかき氷を食べた経験はあるが、このように、その場で作ったかき氷を食べるのはこれが初めてだった。
それを察した沙織さんが
「燈梨、シロップは、縁日なんかの屋台で出てくるものだから、そういう雰囲気を楽しみたかったり、フー子みたいにバカな事をしたいんなら、おススメね。でも、喫茶店や、氷屋さんなんかで食べるかき氷は、練乳とか、餡子なんかで食べるの。他には酢とかもあるけどね」
と、説明してくれた。すると、フー子さんが
「なんだよー、オリオリ、それじゃまるで、あたしがバカみたいじゃんかー」
と、言うと、沙織さんが
「今頃分かったのかよ。それに、フー子はバカ『みたい』じゃなくて、バカ『そのもの』なんだよ」
と、言ってその場を盛り上げていた。
しかし、私には分かった。フー子さんと沙織さんは、私が今までかき氷を食べた事のない環境で育った悲壮感を感じさせないように、ベタな寸劇で笑いを取って、話をそちらに行かせないようにしてくれたのだ。私は、2人のさり気ない気遣いが嬉しかった。
そして、私が、何をかけたらいいのかで迷っていると、朋美さんが
「燈梨ちゃんは食いしん坊さんだなぁー。だったら最初は、しっとりした練乳と餡子の和風して、おやつ感覚で、次に夜あたりにお代わり希望して、縁日の定番、シロップにするのが良いんじゃない? 」
と、言って、私が『食べたことがない』というフレーズを言わないようにフォローしてくれていた。
すると、唯花さんが
「燈梨もお代わり希望かい? 実は、私もかき氷には目がなくてねぇ……舞韻さん、お代わりある? 」
と、続けて、私が暗くならないように、自然な流れでアシストしてくれた。
私は、みんなはこうやって、互いを思いやっているんだという事がよく分かった。
みんなは、私のことを全て知った上で、受け入れてくれている。
だから、今と、そして未来を生きるために、必要の無いことには触れないようにしているのだ。
私は、みんなの関係をとても素敵だと思っている。過去には壮絶ないじめの被害者と加害者であるそれぞれが、今は何のわだかまりもなく、自然に友人で居られる関係、いや、その過去の関係を乗り越えたからこそあるその絆の輪をとても眩いものだと思っている。
そして、その輪の中に、今は私もしっかりといる。私は、それを思うと本当に心が強くなれた気がする。
そんな思いを現実に引き戻すように
「あんた達、本当に食いしん坊系ねぇ。大丈夫よ、氷はあるわよ。夜の花火の時と、明日もやるつもりで相応の大きさのやつ、用意させたんだから」
と、舞韻さんが力強く言った。
私は、最初に練乳と餡子をかけた和風とみんなが呼ぶ方を作って試してみた。
口に入れると、最初に氷が優しく口の中で溶ける感覚と、甘さ、そして、ワンテンポ遅れて襲ってくる冷たさが、練乳によってまろやかに中和されていく感じが、とても優しい冷たさとなって感じられた。
シロップ組のフー子さんが、目を瞑って辛そうな表情になり
「頭痛ーい! 」
と、かき氷定番のリアクションになっているのとは対照的に、練乳組の桃華さんと、唯花さん、朋美さんは
「練乳と、甘さを抑えた餡がイイ感じね」
「桃華、トモ、これ氷がまろやかじゃね? 」
「うん。これって、良い氷使ってるんじゃないかな? 」
と、味の感想と、氷に言及できるほど余裕があった。
その話を訊いた、沙織さんが
「分かる? この氷は、天然水で仕上げた最高級の物なのよ。だから、かき氷にしてもまろやかに溶けて、頭痛になり辛いのよ」
と、言って自慢していた。
確かに、シロップで食べているミサキさんも、普通に美味しそうに食べていて
「そうなんだ。口溶けがまろやかだし、キーンとしないもんね」
と、感心していた。
そして、沙織さんが
「まぁ、約1名、例外がいるけどね」
と、言うと、桃華さんが
「ぷー子は人間じゃなくて豚だからよ」
続けて唯花さんが言った。
「桃華、可哀想だろ。風子は人間だぞ……ただし、恐ろしくバカだけどな」
朋美さんも
「この氷で、どうやったらそこまで頭痛くなるのかが、理解できないね」
と、言っていた。
そして、最後にミサキさんが
「みんな、いくらフー子が、理解不能のウルトラバカな豚だからって、そんなこと言っちゃ可哀想よ」
と、フォローするフリをして、フー子さんを思いきり馬鹿にしていた。
そこまで言いたい放題、言われているフー子さんだが、頭を押さえてうずくまっており、反論も反撃も出来ない状態で転げ回っていた。
そして、かき氷を半分程食べた頃、唯花さんが
「あ、燈梨に言うの忘れてたんだけど、この間の黒いS14ね」
「うん」
「引き取ってきて、例の山の、ハチロクが入ってる倉庫に入れておいたよ」
「え!? そうなの? 」
私が、顔を上げて答えると
「別荘の車庫に入れると、ダットサンと2台で塞いじゃって、車止める場所無くなっちゃうし、それに部品取りとはいえ、きちんと走るからさ、置きっ放しにしておくと調子崩しちゃうから、あそこに置いて定期的に走らせておけばいいんじゃね? と思って」
「そうなんだ……」
私が、それに続けて言おうとした言葉を遮って、唯花さんが
「ちなみに、フォックスさんには、事前許可貰ってるよ」
と、まさに私が訊こうと思っていた事の回答を先にされてしまったので、口をパクパクさせていると
「図星か。燈梨が心配してそうなことは、姉さんたち分かってるんだよ。燈梨が、フォックスさんの事を気にしてることくらいさ」
と、唯花さんに言われて、私は少し恥ずかしくなって真っ赤になっていたと思うが、エアコンの冷風と、かき氷でクールダウンされていくのが、自分でもハッキリ分かった。
外の暑さとは対照的に、涼しい室内と、かき氷のひんやり感で心地よい午後を過ごした。
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