兎と魔法
タイトルの「兎」は、まさにラパンの事です。
ラパンはフランス語で兎を意味するネーミングのため、ラパンのロゴにはウサギがあしらわれています。
カー用品店の駐車場で、ラパンを囲んで、オーディオの交換をすることになった。
まずは、箱を開けて欠品がないかを確認した後で、桃華さんにオーディオの配線と、別売りの配線キットを接続して貰った。
「桃華さん、基本はオーディオ側も、配線キット側も同じコードの色だけど、たまに違う場合もあるから、スリーブに書かれてるタイトルも見て確認してね」
と、私に言われた桃華さんが
「なんで、こんな面倒臭いことするのー? 全部コードで車に繋げばよくない? 」
と、素朴な疑問を投げて不貞腐れそうになった。
すると、唯花さんが答えた。
「それは、自動車メーカーが1つじゃないからだな。トヨタならトヨタ専用、日産なら日産専用のコネクタ形状になってるんだよ。コネクタにしないと、生産時に配線1本1本探し出して繋がなきゃならなくなって時間がかかるだろ」
配線が終わると、今度はパネル外しに入った。
朋美さんが、ネットで調べたところによると、ラパンの場合は、助手席側にある小物入れの奥に唯一、2ヶ所ネジがあるだけで、その他は、全てはめ込み式らしい。
フー子さんが小物入れを外して、ネジも外すと、みんなで、爪のありそうなところを探りながら、ゆっくりと爪を外していった。
助手席側の端から、スピードメーターのすぐ脇までの広範囲のパネルが、ごっそりと外れて、ラパンのダッシュボード内が顔を表した。
パネルとエアコンの吹き出し口、小物入れの外れたダッシュボードは、丸いエアコンの吹き出し口2つと、長い四角の小物入れとのコントラストで、壊れたロボットの顔のようなちょっと恐ろしい表情だった。
そんな事を思っていると、桃華さんが私に
「なんか、映画とかに出てくる、動かなくなったロボットみたいね」
と、耳打ちしたので、どうやら、私だけの思い込みではなかったようで安心した。
その間も作業を進めて、桃華さんは、みんなの指示のもと、ネジ4ヶ所を外すと、純正オーディオが、取付金具ごと、ごっそりと外れてきた。
更にネジで留められているオーディオを外して、金具に新たに今日買ってきたオーディオを取り付けて、配線を全てきちんと取り付けたのを確認すると、唯花さんが
「じゃあ、スイッチを入れてみよう」
すると、桃華さんが
「えっ!? 内装を元通りにしないの? 」
と、素っ頓狂な声で訊くと
「あのさ、全部戻してからスイッチ入れて、もしスイッチが入らなかったり、音が片一方しか聞こえなかったりしたら、またパネル外しからスタートするんだぞ。今、チェックした方が、無駄がないだろ」
と、唯花さんに言われて、桃華さんは意味を理解したようだ。
スイッチを入れて、地元のFM局にチューニングを合わせると、軽快な喋りと、音楽が流れ始めてきた。
みんなが、前後左右に分かれてスピーカーから音が出ているかをチェックすることになり、私は左後ろのスピーカーに耳を近づけていたが、しっかりとした音が出ていた。
「どうだー? 音が出てない野郎はいるか? 」
唯花さんの声に、私は
「おっけー」
と、答えると、他のみんなも
「鳴ってるー」
「こっちも大丈夫だ」
「音出てるよ」
と、答えたので、唯花さんと桃華さんは、パネルを元通りにした。
そして、唯花さんが
「桃華、さっきのCD出して、こっからは、トモとミッキーに調整して貰うから」
と、言うと、朋美さんとミサキさんが、運転席と助手席にそれぞれ座り、桃華さんはリアシートに座ると、ドアを閉めてエンジンをかけた。
私は、外で唯花さんとフー子さんに訊いた。
「今から、何するの? 」
「音の調律さ。トモとミッキーは音感が良いから、オーディオの調節をいつもやって貰うんだ。この2人にチューニングさせると、オーディオの性能が物凄く、引き出せるんだ」
「そうだぞ燈梨ー。ウチらの車は、この2人に調節して貰ってるんで、音が絶妙なのよ。燈梨もやって貰おうぜ」
と、口々に褒めていた。
室内を見ると、CDを再生しながら、朋美さんとミサキさんが、何やら話し合い、朋美さんが、説明書を片手に、デッキを色々と弄っていた。
その状態で、室内の3人が聴いて、また、朋美さんとミサキさんが、話し合ってデッキを弄る……という行動が、数回続いた後、3人がラパンから降りてきて終了となった。
「どうだった? 」
唯花さんが訊くと、ミサキさんが
「調整は絶妙なんだけど、左後ろ以外のスピーカーが破れているのか、妙な雑音が入るのがネックね」
と、言って考え込んでいたが
「まぁ、そこ以外は完成ね」
という事で、私たちは、中に入って聴いてみることにした。
みんなの言う通り、調整の妙で、ラパンの室内はコンサートホールのように音楽が響いていて、さっきチェックしたラジオの音とは雲泥の音がしていた。
しかし、言うように、低音が響いたり、逆に高音が伸びたりする領域で、僅かながら、確実に
“ビビビ……ビリビリ”
と、いう音が混じってしまい、ちょっと興ざめ気味になってしまうのが、残念なポイントだった。
すると、唯花さんが
「これが、古い車の純正品の限界かな……」
と、呟くと、フー子さんもうんうんと頷いていた。
そこに
「ちょっと待って! 」
と、いう声がすると共に、片手に袋を持った桃華さんが、ドアを開けてきた。
「今、トモと行って、前用のスピーカーも買ってきちゃった……だから、みんなお願い」
と、言うと、みんながニコッとして
「そうか、桃華、遂にやる気になったかー。仕方ない、姉さんが協力してやろう」
「仕方ないなー、桃華、その代わり一生あたしに感謝しろよ」
と、唯花さんと、フー子さんが次々に言った。
すると、ミサキさんが、私に肘打ちして“燈梨ちゃんも、何か言っちゃいな”という表情をしているため、私も
「そんなに桃華さんが頼むなら仕方ないですね。じゃあ、桃華さんにもやって貰いますよー」
と、言うと、桃華さんは頷いて
「やってやるもん! 」
と、言うと、唯花さんと朋美さんがそれぞれ左右に分かれて作業監督をして、取り付けに入った。
私は、フー子さんと共に、朋美監督のもと、助手席側の交換を手伝った。
ドアの内張りも、あっさりと外れることが分かった時には、ドアの内側が露わになって、無機質な、いくつもの穴が開いた鉄板に驚いたが、端にあるスピーカーを外して、もっと驚いた。
桃華さんが買ってきたスピーカーは、ずっしりと重くて厚みがあるが、外したスピーカーは、物凄く軽くて、投げたら結構遠くまで飛んでいきそうな勢いだった。
裏返してみると、円筒型の磁石のようなものがついているが、それの大きさが、びっくりするほど小さくて、これが重さの違いに直結しているようだ。
それを見た朋美さんも
「色々な車の純正品、外してきたけど、このスピーカーは、キング・オブ・しょぼいな~。さすがスズキって感じのする徹底ぶりだね」
と、感心しているのか、呆れているのか分からないリアクションをしていた。
そして、向こうで作業していたミサキさんからも
「これって、ユイの乗ってたムーヴのとも、比べ物にならないくらい酷くない? 」
と、言う感想が聞こえてきた。
私は、他の車の純正スピーカーを知らないのだが、やはり、このスピーカーはかなりヤバい代物だという事が分かった。
スピーカーを台座ごと付け替えて、配線を繋ぎ、電源を入れて試聴してみると、さっきとは比べ物にならないくらい、音に深みが出ていた。
低音は、ドスンという感じで、パンチの効いた音に変わり、高温は澄み切ったいい音へと生まれ変わった。……正直、別物という言葉がしっくりくる効果が出てきた。
私は、自分の事のように嬉しくなり、物凄く気分が高揚してきてしまった。
それを見た朋美さんから
「燈梨ちゃんは、遂に車の色々な楽しさに目覚めて来たって感じだね」
と、言われて、思わず
「なんか……手をかけていく毎に変わっていく感じも楽しいけど、みんなでやってると、物凄く楽しくて嬉しいなぁって」
と、言っていた。
すると、フー子さんに
「燈梨も、みんなで車いじりをする楽しみが分かっただろ。1人でやっても楽しいんだけど、みんなでやると、何十倍にもなる不思議さがあるんだよな」
と言われて、私は、コンさんたちが、何故車のことを“相棒”と、呼んでいたのかが、分かったような気がした。
1つ1つの作業に答えてくれたり、走らせていく一体感というのもあるのだが、その相棒を通じて、色々な人と心を1つにして繋がっていくことができるツールとしての役割をも担ってくれるという意味もあるんだという事に気付いた。
ずっと1人ぼっちだった私の相棒になってくれ、色々な人たちとしっかりと繋げてくれた車という存在を、私はとても愛おしく思えるようになっていた。
そして、本当の意味で免許を取ってよかったな。と思えた。私の旅路の中で得た大きな財産だと、思えるようになっていた。
そして、今日は、ラパンを通じて、今まで少し近寄りがたい存在だと思っていた桃華さんを、とても身近に感じることができるようにもなっていた。
そういった意味でも、車という存在は、魔法使いだな……なんて思ってしまって、少し恥ずかしくなってしまった。
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