素直と子豚
カー用品店の、オーディオコーナーで、桃華さんと、朋美さんを中心に色々と展示してあるオーディオを見て回っていた。
唯花さん曰く、今やナビの登場や、携帯のメモリーで音楽が聴けることから、カーオーディオは、完全に主流から外れてはいるが、やはり、車の中で聞くには、車載のデッキの方が良いらしい。
「車の機器で聴く方が、圧倒的に音質も良いし、電波障害にも強いしな」
と、言うと、桃華さんと、朋美さんがいる、実際の機器とスピーカーが繋がれているコーナーへと一緒に行った。
そこには、壁一面に幾つかのデッキと、たくさんのスピーカーが繋がれていて、ボタンを押して、その組み合わせが替えられるようになっていた。
「うわぁ~……なんか、ここだけで1日中いられちゃうね」
私が言うと、後ろからミサキさんが
「そうなのよね。こういうところって、キリがないからね。なんかさっさと決めたら負け、みたいな雰囲気があるよね」
と、言って頷いていた。
私は、唯花さん、ミサキさんと、オーディオについて話を訊いた。
2人共、将来性を考えてナビを購入したが、その際に重視した機能の違いが、それぞれに違っていたのは興味深かった。
ミサキさんが、ナビの使いやすさと、ルート検索を重視したのに対して、唯花さんは、それらはそこそこでも、オーディオの音質に拘って選んだそうだ。
「燈梨ちゃんのは、最初からついてたの? 」
「いえ、最初についてたのは、壊れてたみたいで、納車の日にコンさんに、最初にカー用品店に連れて行かれて、そこでセール品のオーディオを買ってくれたんです」
「でもって、この間見た時、燈梨のシルビアのオーディオ、悪いものじゃなかった気がするよ」
などと話していると、前にいる2人が、色々といじくり始めて、デッキを固定させて、スピーカーを切り替え始めた。
それを見ていたフー子さんが言った。
「ああ、やっちゃったよ。無限に終わらないループの世界に飛び込みやがった」
「えっ!?」
「燈梨ぃ、オーディオの世界、特にスピーカーに凝り始めたら、抜け出せない泥沼だぞぉ……」
更には、唯花さんまでもが補完するかのように、続けてきた。
私は、桃華さん達の前にあるディスプレイを見ると、スピーカーがいくつも設置されているが、その一番上の端に純正品が比較として設置されていた。
私が見ても、一目で分かるほど、見た目からして貧弱な作りになっているし、音を出してみても、深みのないフラットな感じの音を出している。
それに対して、その他のスピーカーは、程度の差こそあれ、低音から高音まで、全てにおいて厚みと深みがある音を奏でており、一目瞭然である。
しかし、10種類以上ある、ディスプレイのスピーカーを鳴らしているうちに、耳が慣らされているからなのか、音の違いが分からなくなって、どれでも同じような錯覚に陥ってしまうのだ。
「燈梨、どうだ? 」
唯花さんに訊かれた私は
「なんか、耳が慣れて違いが分からなくなってきた」
と、素直に答えると
「それなんだ。もう、最初からどれ買うかをある程度、決めてから確認くらいで聴かないと、全部聴く頃には、全部同じような音にしか思えなくなっちゃうんだよ」
そんなことを言っているうちに、桃華さん達はオーディオデッキが、陳列されているところへと移動した。以前に比べると、圧倒的に面積もアイテムも減ったそうだが、それでも各社何種類もあって、私では目移りしてしまう。
「桃華、どんな機能が欲しいの? 」
唯花さんが訊くと
「どんなって? 」
と、桃華さんが、不思議そうな表情で訊いた。
「ただCDと、USBメモリーだけなら、無条件であるけど、そこにブルートゥースやi-phone接続があったりとか、Alexa入ってるなんてのもあるぞ」
唯花さんが、パンフレット片手に答えると
「価格重視で」
と、答える桃華さんに
「今言ったの全部入ってるのと、CD/USBにブルートゥースが入ってるコスパ的に良いので価格差は5000円だ。それをどう見るかは、桃華次第だな」
と、言うと、桃華さんは、2つのモデルの間でしばらく悩んでいたが、結局、唯花さんと朋美さんが勧めたコスパ重視の機種になった。
ちなみに、どの機種と悩んでいたのかと訊くと、その下にある、ブルートゥースの付かない機種にして、あと2000円浮かせようかを考えていたそうだ。
それを訊いた唯花さんと朋美さんから
「桃華さぁ、いくら金ないからって、そこまで浮かせるか? その機種は、ガラケーとか使ってる人向けだぞ」
「桃華、そんなに苦しいなら、ウチのお米、送ってあげようか? 」
と、言われて
「違うのよ! 別に使わない機能かと思ったら、スマホの中の曲とかも流せるし、ハンズフリー電話も出来るし、それだったら2000円くらい出す価値あるか……って、トモ、そんな施し受けるほどウチは貧しくないから! 」
と、答えていた。
店内をぐるっと1周して、あれこれ見て歩いたが、やはり、楽しいところだな……と、改めて思った。
ここは、バイパス沿いにある店舗と違って大きく、2階フロアまである店舗なので、品ぞろえの量も膨大で、1日中いても飽きない場所だ。
それは、みんなも一緒らしく、フー子さんをはじめ、唯花さん、朋美さん、ミサキさん、桃華さんも、あちこちを見ながら、ああでもない、こうでもないと、悩みながら楽しんでいた。
ホームセンターに寄ってから帰ろうと、車に向かった時に、朋美さんから
「燈梨ちゃん、やっぱり、あのマーチはバリ面白いよ! 」
と、言われて、私は、あの車はただのお買い物車ではなかった事を、知る事となった。
すると、唯花さんも
「なー。トモ、あのマーチ、マジで面白いだろ? 」
と、言うと、朋美さんは
「マジ、ヤバいね」
と、満足な表情で言った。
それを訊いた他の2人から
「え!?そんなにヤバいなら、あたしも乗ってみたいんだけど」
「ユイ、そんなに凄いの? だったら、私にも1回乗らせてよー」
と、引っ張りだことなっていた。
「ちょっと出る前にさ、買った物、ここで付けてっちゃおうぜ~」
と、唯花さんが言った。
桃華さんのみが“えっ”みたいな表情をしたが、その他のメンバーはごく自然に頷いた。
私も、シルビアのオーディオ交換をやったことがあったが、拍子抜けするくらいに簡単にできたので、同意見だった。
「ねえ、あかりん。こんな所で、ラジオの交換なんて、出来るの? 」
と、桃華さんが不安そうに言うので、私は、行きの車の中でのやりとりを思い出して、ニヤリとして言った。
「いや、ここでやってちゃった方がよくないですか? ……もしかして、桃華さん。びびってるとか? 」
「そ……そんな事ないわよ! このくらい、できるわよ! 」
「じゃあ、桃華さん。手順をもし、だれかに訊くようなことがあったら」
「あ……あったら? 」
「桃華さんには、次の海の時、全裸で泳いでもらいましょうか。ねえ、できますよね? 」
私は敢えて、笑い出しそうなのを噛み殺し、必死に無表情で言っているが、周りを見ると、桃華さん以外のメンバーはニヤニヤしていた。
「全裸でなんて泳げるわけ……ないでしょ! 」
「でもって、私には泳ぐように何度も言いましたよねぇ? 」
「ううっ……」
「もう1度、訊きますよ。桃華さんは、1人でオーディオ交換。出来るんですよね? 」
「で……できません……」
桃華さんは、消え入りそうな小さい声で言った。
私は、桃華さんに申し訳ないと思いながらも、耳に手を当てて
「え? 出来ないんですか? てことは、やっぱり、びびってるんですよね? 」
「……びびってます……」
「じゃあ、桃華さんは、全裸で……」
言い終わらないうちに
「泳がない! 」
と、言ってきた。
そこですかさず
「でも、私には泳げって言って、おかしくないですか? 」
と、言うと
「泳がない! あかりんも全裸でなんか泳がない。誰も全裸でなんか泳がないよぉ……」
と、泣き出しそうな声で言ってきた。
私は、不安になったのでミサキさんを見た。すると、ミサキさんは『もう一押ししろ』というようなジェスチャーをしたため
「でも、今日は、このまま帰りましょう」
「えっ!? 」
「だって、桃華さんは交換の手順、分からないんですよね。その上で誰にも訊かなかったら、できないじゃないですか? 」
「そんな……」
「なにが『そんな』なんですか? 誰もタダでなんて教えてくれませんよ。それとも、もう1回お店戻って取付頼んできますか? 交換工賃、恐らくこのオーディオとほぼ同額くらいしますよ」
「お……お願いします……」
「えっ!? 何ですか? 」
「みんな、取り付けできないから手伝ってください。お願いします」
私は、みんなの方を見ると、ミサキさんはニッコリして、サムズアップをしていた。他のみんなは、ガッツポーズで喜びを表していた。
「桃華、素直になれっていつも言ってるだろ! 燈梨にも同じだよ。私ら同士で、なにカッコつけることがあるんだよ」
と、唯花さんは本音をぶつけた。
「ゴメン」
「桃華、いくら今の状態でマウント取ろうとしても、車に関しちゃ、桃華は燈梨ちゃんより下なんだからね。意地張ってないで吸収するの! 」
朋美さんに頭をポンポンと叩かれて、桃華さんは、何も言い返せなかった。
「そうだぞ~桃華。これから桃華は、ウチらの下僕だからな~」
フー子さんに言われて、桃華さんは
「うるさい! ぷー子。あんたはタダの豚扱いよ! 」
「なんだよー! 唯花や朋美との扱いと違うじゃないかー」
と、フー子さんに掴みかかっていった。
そこに、ミサキさんが現れて
「桃華、なんで素直になれないのよ! さっきみんなに言われたでしょ! そして、フー子も調子に乗らないの。桃華がこういう性格なの、分かってるでしょう」
と、2人にお説教を始めた。
私は、不思議に思っていたことがあって
「なんで、桃華さんは、フー子さんには反発するの? 」
と、唯花さんと朋美さんに訊くと、朋美さんが
「グループメンバーって、最初は、桃華、唯花、私の3人だったの。メンバーの中で、唯一、風子だけが、桃華に頭下げて入れてくれって言って加入してるから、桃華にすると、4人の中で、風子だけが下、みたいな思いがあるのよね」
私はそれを訊いて、凄く意外な思いがあった。
以前に沙織さんから訊いた話によると、このグループのヒエラルキーは、頂点の桃華さんと、ナンバー2のフー子さんで、唯花さんと朋美さんは取り巻きA、Bというポジションだったはずなので、そのフー子さんの加入秘話を訊くと、フー子さんは、このグループで昇り詰めるのに、かなり必死に頑張ったのであろうことがよく分かった。
「そして、桃華が風子をぷー子って呼ぶのは、アイツね、弟があんなことになって、拒食気味になっちゃった後で、リバウンドして物凄く太ってた時期があるんだ。だから」
と、言って、スマホの画面に映った昔の画像を見せてくれた。
そこには、誰かの家でやった、クリスマスパーティーであろう集合写真の中に、顔がはち切れんばかりにパンパンに膨れ、制服のブレザーも、カーディガンも全開にしてなお、お腹がポヨンと飛び出したフー子さんの姿があった。
それを眺めて目を丸くしている私の後ろから、唯花さんが言った。
「アイツ、一時期、ブレザーも着れなくなったからな……」
「えっ!?」
私は、免許証の写真のフー子さんは、今と変わらない体形なので、この事実は知らなかったが、朋美さんが言った。
「さすがに先生もね。3年生になるし、あんなことの後だから、上着の事は触れなかったんだよね。そしたら、4月に入ってから、風子、急に毎日走り始めて、あっという間に元に戻ったの。あまりにも急に痩せたから、クスリやってるって噂になって、生徒指導に呼び出された事があったよ」
私は、この話を訊いて、みんなの歴史をまた1つ知ることができた。
フー子さんが、弟さんの自殺にショックを受けて、拒食から過食に走って、体形が変わってしまったこと、そして、恐らく免許を取った時の写真のために、一心に痩せようと努力したこと、そして、それをおくびにも出さない今の振る舞い……全てに驚いて、ただボーっとして見ていた私の肩を誰かがポンと叩いた。
ビックリして見上げると、唯花さんと朋美さんが、私を覗き込んで
「燈梨、センチメンタルに浸ってるなよぉ。燈梨も、もうグループの中にいるんだからな」
「燈梨ちゃん。他人事じゃないんだからね。ここで起こってることは、燈梨ちゃんの出来事で、燈梨ちゃんの歴史でもあるんだよ。現に、今日、桃華の扱い方をマスターしたじゃない」
と、言った。
私は、今の言葉に改めて勇気を貰い、嬉しさに微笑んだ。
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