移動と蓄音
唯花さんの伯父さんの家を出ると、その前で、桃華さんがさっき言ったCDデッキの状況をみんなで観察した。
ラジオのスイッチをオンし、CDを入れると、桃華さんの言った通り、5秒くらいするとイジェクトされてきてしまう。
「やっぱり、ピックアップ不良だね」
朋美さんがボソッと言うと、桃華さんが言った。
「ラジオごと交換なの? 」
「うん。中身修理すると、さっきも言った通り、高いよ。しかも、古いから部品が出ない可能性もあるし、それにさ、USBもブルートゥースも対応してない、ただのCDデッキに高い修理代払っても、仕方ないでしょ」
「でもさ、ラジオ局のメモリーがパーになるんだけど……」
「それを修理に出しても、結局は一度外すから、飛んじゃうよ」
「そうか……」
「お金があれば、ナビも視野に入るんだけど、10万前後するからね。今なら地図アプリでもなんとかなるしね」
と、言うと、桃華さんはうなだれた様に
「うん、そこまでの予算は組めないかなぁ……」
と、言った。
すると、朋美さんが
「じゃあ、決まり、燈梨ちゃん、カー用品店行こうか」
と、言うと、みんなが2台の車に分乗した。
私はどちらに乗ろうかと思っていると、ラパンの室内から伸びてきた手に腕を掴まれた。
そちらの方を見ると、桃華さんが
「あかりんは、こっち。コイツ、結構変わったよぉ、乗ってみてよ」
と、言って私の手をぐいぐい引っ張ってきた。
それを見た唯花さんが、ラパンの後ろの席に乗ると、ため息をついて言った。
「マーチは、トモに取られちゃったよぉ~。仕方ないから、コイツの仕上がりでも見ますか」
「何よぉ、ユイのくせに、生意気なのよぉ! 何よ、『仕方ないから』って」
「言葉の通りだよ。桃華こそ、このまま私らが、何にもしなかったら、リアワイパー無しで、CDの読み込みも出来ないボロいデッキつけたまま、この車に乗ってたくせに、感謝の姿勢が足らないんだよ」
と、桃華さんと憎まれ口を叩き合いながら、暴れ始めた。
そして、助手席の桃華さんを、後ろから羽交い絞めにして
「どうだ、桃華、参ったか? 参ったって言え! 言って、これから私に謁見する時は、全裸で土下座しますと言うんだ! 」
と、迫ってきた。
「ふざけんな~! 誰がユイなんかにそんなことするか」
と、桃華さんが即答した。
すると、唯花さんが
「ほぅ~、そんな事、言えるのかなぁ~」
と、言うと、脇腹を思いきりくすぐってきた。
「ぎゃは、ぎゃははははははははは……」
「参ったって言うんだ。言え言え言え言え」
「……誰が、言うもんかぁ……ぎゃははははは」
唯花さんは、次の瞬間、桃華さんの口の両脇に指を突っ込んで、思い切り広げてから
「よぉーし! 今から1分以内に『学級文庫』って3回言えたら許してやるぞ」
「くふぉう! いふぇるどぉ……がっきゅうう●こ、がっきゅう●んこ、がっきゅううん●~」
「言えてねーじゃんか! これで、桃華は、これから私に会う時、全裸土下座確定なー」
「ふざけるなー! こんな方法での決定は無効に決まってるだろー! 」
このやりとりを聞いていて、思い浮かんだのは、海の前日に、桃華さんにやられたのと同じことだった。……それを思うと、今回は唯花さんにノって
「ちょっと、奥さん、訊きました? この娘ったら、こんな所で、はしたない言葉を吐いて」
「ええ、訊きましたとも~。だから、これからは、あたくしと会う時は、全裸で土下座させるザンスよ~」
と、ひとネタかますと、桃華さんは
「うぅ~……ユイとあかりん、覚えてろー。特にあかりん、今度の海の時には、前回の約束、ステイだからな~! 」
と、私たちを睨みながら言った。
「何言ってんだよ、桃華、まずは私に謁見するたびに全裸になってから、燈梨に全裸で泳げって言えるんだぞぉ~。早く全裸で土下座、しろよぉ~」
「唯花のサディスト! 変態!! 」
「なんとでも言え~。約束破ったら、オリオリと美咲に言いつけてやるからな。それでも燈梨に全裸水泳、強要するのかぁ~? 」
「唯花のチクり野郎! 」
その言葉を訊いた瞬間、唯花さんの表情がマジのものになり
「桃華! あんたが、それ言える立場なの? 私と風子は、マジで怒ってるからな。調子乗るなよ! 」
と、言うと、桃華さんは怯えたような表情になって、途端に黙ってしまった。
すると、唯花さんは、私に
「ゴメンね。燈梨、出発しよっかぁ~」
と、言うと、私は、ラパンを出発させた。
後続のマーチは、いつになったら出発するのか……と、いった様子で、私たちのラパンが出発するのを待ちくたびれている様子だったが、私の動きに反応して、ワンテンポ遅れでついてきた。
大型カー用品店がある所に出る裏道は、真っ直ぐな道あり、峠のようなカーブの連続あり……と、いった車の性能を試すにはもってこいのコースだった。
ここで乗るラパンは、とても痛快なものだった。
まずは、マフラーなのだろうか? パワー感が、一回り力強く感じられるし、エンジンの立ち上がりも俊敏に感じられる。
次にハンドルを切った際に、若干感じられた“ぐにょ”とした感じも、かなり解消されていて、ハンドルを切ったら、切っただけ曲がっていくような、シャープな感じに生まれ変わっていた。
元々あった元気のある感じを、更に2回りほど太らせたというのが、正直な感想だった。
「なんか、前と違って、しっかり感があって速くなってるね。そして、ギア入れる時の手応えがガッチリして、楽しさが増した感じがする」
と、言うと唯花さんが
「シフトのかっちり感は、クイックシフターによるものだな。実際に、各シフト間の距離も縮まったし、手応えもガッチリさせてるしな。しっかり感は、燈梨がトモとつけた、タワーバーと、床下に付けたロアアームバーによるものだな。燈梨、シャーシの先端に、青い色したアームがついてたの覚えてるか? 」
と、言われて、オイル交換の時を思い出すと、確かに、メタリックの青の物を思い出したので頷くと
「この2つの部品で、前回りはかなりガッチリしたわけよ。今なら前と比べると、手で、地面をなぞってるくらいの感触だろ? 」
「うん、とっても! 」
「さっすが、燈梨だね。全裸になるしか能がない桃華とはわけが違うね。そして、全体で他に違い感じられる? 」
私は、少し考えてから
「パワー感が、上がってるのは分かるけど、それに加えて、アクセルに対する反応が良くなってる気がする」
と、言うと、唯花さんはニッコリして
「燈梨ぃ、姉さんは嬉しいよぉ。そうだ、パワーはマフラーによるものが大きいんだけど、反応の良さは、実は、オイル交換の成果なんだ。オイルって、地味なんだけど、体感できるんだぜぇ」
「へぇ~」
私は、素直に感心すると、唯花さんは
「だから、燈梨も、オイル交換は、マメにやった方が良い。手軽に違いが分かるかを試すために、あとでホームセンターにでも寄ってオイル買ってみようぜ」
と、言った。
私は、カー用品店にこれから行くのに、何故ホームセンターなのか?と思っていたが、どうも、同じオイルでも、カー用品店よりもホームセンターで買う方が圧倒的に安いので、安く、頻繁に変えるのが良いそうだ。
前回、乗せて貰った時にも、充分に速くて楽しいと思えたラパンが、まだ速くなる余地を残していたことに、私はビックリすると共に、車いじりの奥の深さに、また楽しさを覚えてしまった。
本当に、コンさん、舞韻さん、沙織さんが言った通り“相棒”なんだなと、強く思った。
思わず、笑みが浮かんだ私の表情を見た2人からは
「燈梨が、そこまで車の楽しみにハマってくれて、姉さんは嬉しいよ~」
「なんか、あかりんの表情見てると、私も、なんか、もっとやってみたくなるわね」
と、言われて、私は、初めてそこまで喜びに浸っていたことを思い知らされた。
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