社とバトル
私たちは、整備の終わった桃華さんのラパンと、マーチに乗って神社へと向かった。
「私のエボも、美咲のC35も拓兄には面が割れてるんだよねぇ。燈梨のS14も、美羽って娘には面が割れてるとなれば、この車しかない! 」
と、唯花さんは言うと、コンさんからマーチを借り出した。
桃華さんのラパンも、美羽には面が割れていると、私は主張したが、唯花さんは
「黒いラパンなんて、結構見かけるから、マーチの後ろにいれば目立たないでしょ」
と、言って、私の手を掴んでマーチの助手席に乗せると、運転席に座り、朋美さんが後席に乗ると出発した。
駅までの数百メートルだが、唯花さんは、物凄くニンマリしていた。
「街乗りでも、ゾクゾクするくらい楽しいよぉ、このマーチ」
私も、このマーチが楽しいことは知っているが、唯花さんの褒めようが物凄いので、訊いてみると
「爺ちゃんがね、この型のマーチの通常グレード乗ってて、乗った事あるから分かるんだけど、エンジンも、ハンドリングも、カミソリみたいに冴えてるんだよ。コイツを峠とか、サーキットに持って行きたいねぇ」
と、陶酔したような表情で話していた。
そして、後席の朋美さんが
「私も、ユイの爺ちゃんのマーチは知ってるけど、このマーチの楽しさは音で分かるよ。……そして、この内装が、いい味出してるよね」
と、言って、これまた褒めていた。
訊くと、この明るい色合いで、控えめなチェック生地のシートも、エアコンの吹き出し口周りや、メーター周り、ドアハンドルの根元にあしらわれたウッド模様のパネルも、お洒落な柄のフロアマットも、全て特別装備なんだそうだ。
それを訊いていて、私はつい、思ったことを言ってしまった。
「でも、なんでボレロだけなんだろうね? 」
すると、唯花さんが、すかさず
「燈梨ぃ、無知をさらけ出したね。マーチは、ボレロだけじゃないんだな。タンゴから始まって、ボレロ、ルンバ、ジューク、ポルカ……と、出たんだよ」
と、訂正した。
私は、それを訊いて、そんなに色々踊り系の特別仕様が出ていた事に驚くと共に、マーチという名前が『行進曲』を意味するために、こういう法則だったのか……と、気がついて、とても考えられたネーミングだったんだな……と、感心してしまった。
そんな事を考えていると、神社へと到着した。
唯花さんは慣れた感じで、駐車場の隅の方から敷地内に入り、美羽が住んでいる家の前で、車を止めると、勢いよく飛び降りていった。
唯花さんは家のインターホンを連打しながら、ドアをどんどんと叩き
「コラぁー! 拓志ぃー! 出て来ぉい!! 」
と、叫んだ。
しかし、反応はなかった。
唯花さんは、この間、フェアレディZがしまってあった倉庫を覗くと
「野郎、車は全部あるから、家の中に隠れてると見たぞ」
と、言って、電話を片手に家の周りをぐるぐると歩き回っていた。
「クソッ! 電話にも出ないとは、居留守が徹底してるなぁ」
実は、徒歩で出かけてるとかでは? と、唯花さんに言おうかと思ったその時、1階のレースのカーテンが、ふわりと、不自然な動きを見せた。
『美羽だ』
私は、確信した。
カーテンが動いた高さ的に、大人の男の人だとは思えない。
唯花さんの伯父さんの、正確な体格は分からないが、以前にチラッと見た際には、そんなに小柄ではなかったので、違うだろう。
すると、唯花さんが
「拓兄じゃないな……って事は、美羽って娘か。よし、燈梨ぃ、少し協力してもらうぞ! 」
と、言うと、いきなり私の両手を後ろに回して掴み、モデルガンを突きつけると
「いいか? 燈梨の命が惜しくば、10数えるうちに出て来るんだ。 9、8 」
この家は、本殿から倉庫を挟んで奥に建っているために、参道や本殿からは見えないので、唯花さんの姿が見えるのは、ここにいる私たち以外には、家の中の人間だけだ。
カウントダウンが進み、5になったところで、窓が開き、両手を上げた美羽が出てきて
「燈梨を放すと約束してよ !」
と、言うと、唯花さんは
「ここまで来たら、燈梨を解放してやるぞ……妙な真似せず、手を上げてここまで来い」
美羽は、唯花さんの正体を知らず、恐らく、杏優あたりと勘違いしているのだろう。
手を上げて唯花さんの射程距離に入った時、唯花さんが私を放すと同時に、美羽が唯花さんに飛び掛かってきた。
「このおー! よくも燈梨を、燈梨、今のうちに逃げてー! 」
「コラコラコラ! 妙な真似するなって言ったでしょ! 」
と、言うと、唯花さんは、クルリと体を反転させ、形勢を逆転して、美羽を押さえつけてしまった。
そこに、ラパンに乗ってきた3人がやって来た。
桃華さんの姿を見た美羽は
「あれ!?この間のお姉さん。……ってこの人たち、誰? 」
と、キョロキョロしながらも、狐につままれたような表情になっていた。
「用があるならそう言ってくれればいいじゃん! 燈梨を人質にするから、殺し屋かなんかかと思ったんだから! 」
美羽は、噴飯やるせない表情で吠えていたが、唯花さんに
「だって、インターホン鳴らしても出てこない上に、家の中で影が動いてるからな。親類として、不審に思うのは当然じゃね? 」
と、言われて何も言い返せなかった。
「ところで、拓兄は? 」
「出かけた」
「車は、全部あったけど……」
「迎えが来たの。出かける時は『1時間くらいで戻る』って、言ってたけど」
私と唯花さんは、みんなと共に家に上がり、美羽に今日の狙いについて説明した。
「その気持ちは分かるけど……私は、ドラには何も言えないよ」
美羽が言うと、唯花さんは
「大丈夫、大丈夫。嘘つかれてムカついてるのは、私だし、今日の段階でバレたんだから、今更隠す必要も無い訳だからさ。今日、拓兄をとっちめて、後半の海には、美羽ちゃんにも来てもらいたい訳」
と、丁寧に説明していた。
「でも、水着も持ってないし……」
美羽が下を向いて言うと
「みんなで買いに行けばいいんじゃね? 」
と、唯花さんが言ったところで、玄関の開く音がした。
そして、その音と同時に、唯花さんが走り出していき、声が聞こえてきた。
「コラぁーー!! 」
「ゲゲッ、唯花。なんでお前がここに!? 」
「拓兄が嘘つくから、みんなと燈梨の所に泊まってるんだぞー! 今の期間は、お出かけあそばしてるんじゃありませんでしたっけ? よりにもよってJK引っ張り込んでるなんて、サイテーだぞ! 」
「おい、唯花、落ち着いて訊きなさい。美羽とは断じて、そういうやましい関係じゃなくてだな……」
「うるさいやい! だったら、なんで私らは、嘘ついて追い払う必要があるんだよ!! 拓兄は、刑事だったくせに、嘘つきの、淫行野郎じゃないかー! 父さんに言いつけてやる! 」
「唯花、断じて美羽とは、そういう関係じゃないから、伯父さんに言うのはやめなさい」
このようなやりとりが、その後、延々と30分近く続いていた。
みんなは、慣れているのか、すっかり寛いでいて、ミサキさんが、みんなに麦茶を入れてくれて、それを飲みながら、みんなでテレビを見ながら待っていた。
桃華さんが思い出したように
「私の車さ。CD入れても、再生しないで吐き出されるんだけど、どうしたら良いの? 」
と、言うと、朋美さんが
「それ、恐らくピックアップレンズがお亡くなりで、修理すると2~3万取られるから、あとでカー用品店行ってデッキ買い替えればよくね? CDとUSBメモリー対応でよければ、1万もあればOKだね」
と、答えた。
すると、フー子さんが言った。
「この後、ちょっと見に行ってみないか? 燈梨、この辺でどこかカー用品店知ってる? 」
「うん、ここから15分くらい行った所に、大きいのが2件隣り合ってるよ」
私が、麦茶を飲みながら答えると、ミサキさんが
「決まり、じゃあ、ここの帰りに寄って、桃華の物、見てから戻りましょ」
と、言ってお茶菓子も用意してきた。
「ミサキさん。なんか、この家の中の事、慣れてますね」
私が言うと
「うん。だってね、ここには私たち、10回以上泊まってるし、大体泊まってく時には、ご飯作ったりしてたから、何処に何があるかは知ってるわよ」
と、事も無げに答えた。
みんなでお茶菓子をつまみながら、エアコンの風に当たってしばらく待っていると、向こうから唯花さんがやって来て
「お待たせー。美羽は、明日の午後、水着見に行って、そのままこっちに合流して、向こうに泊まって海に行くから」
と、言った。
私は、突然の展開に、嬉しかったが、明日からの事が整理できずに、一瞬、頭の中がパニックになってしまった。
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