みんなと血液
真夏の整備編は、ひとまず、今回で前半戦終了です(笑)。
今回のメインはオイル交換です。
僅か10分程度で終わる作業も、説明するとこうなります。
じっくり読めば、オイル交換の手順はスラスラです。
「完了だぁ~。野郎ども! エンジンをかけろ」
唯花さんが言うと、運転席にいる誰かが、エンジンをかけた。
地下には、私と、桃華さんと、唯花さんがいて、フー子さんとミサキさんの足が見えるので、朋美さんだろうと思う。
エンジンがかかると、さっきまでより、明らかに野太い排気音になって、なんか音だけでも速そうな感じになった。
しかし、野太くても決してうるさい訳ではなく、適度に重低音が増して、頼りなさげな感じが消えたというのが印象だ。
唯花さんは、さっき私と締めたボルトの辺りの繋ぎ目をしっかりとチェックして、繋ぎ目の下に手をかざしたり、床とマフラーの繋ぎ目の間に紙を入れたりしていた。
そして、時より
「トモー、何回か吹かしてー」
と、言って、朋美さんに空吹かしをさせて様子を見ていた。
それを見ていて、私にも何となく分かった。唯花さんは、マフラーの継ぎ目から排気が漏れていないかを念入りにチェックしているのだろう。
最後に、唯花さんは
「美咲、出口塞ぎで、トモは、軽く2~3回吹かしで」
と、言うと、ミサキさんが段ボール片を持って後ろに行き、マフラーの出口を塞ぐと
「オッケー」
と、合図し、それを訊いた朋美さんがアクセルを軽く3回吹かした。
その間、継ぎ目を中心に、真剣な表情で観察していた唯花さんが
「オッケーだー! 」
とニコッとしながら叫ぶと、エンジンが止まり、みんなが喜びの表情になった。
すると、次の瞬間、唯花さんが
「よし、ついでだからオイルも交換するぞ」
と、言ったので、私は、ぽかんとしてしまった。
まだ、重整備が残っていたとは……と、ちょっと愕然としてしまったが、それを見た唯花さんから
「燈梨ぃ~、ガッカリするなって、オイル交換なんて10分で終わる作業だからさ。この機会に、燈梨も覚えておくといいよ」
と、言うと、上で“カチッ”と音がしてボンネットが開き、朋美さんの声がした。
「フィラーキャップ開いたよ」
すると、ミサキさんが屈んで、唯花さんに箱を手渡すと、その箱を開いた状態にした唯花さんが
「燈梨ぃ、ボルト外すのと、オイル受けるの、どっちやりたい? 」
と、言うので、私は瞬時には判断できず、よく考えないで
「ボルト外す役」
と、答えると、レンチを渡された。
唯花さんは、箱を桃華さんに渡すと、私たちをエンジンの真下に連れて来て
「ここが、オイルパンと言って、オイルが入ってるところだ。今から燈梨にこのドレンボルトを外してもらう。すると、オイルが勢いよく出てくるから、桃華が、その処理箱で受ける」
と、説明した。……続けて
「今日は、ラッキーな事に、フォックスさんのガレージが借りれたが、普通は、こんな下に潜れる設備はない。……と、なると」
「……なると? 」
私は、思わず訊き返していた。
すると、唯花さんは
「地べたにジャッキをかけて、人間が横になって潜るんだ」
「えーーー! 」
私が、思わず言うと
「何を言ってるんだ、燈梨、私らなんて、いつもそうやって交換してるぞ。なあ、みんな? 」
と、唯花さんが言い、上から
「そうだぞ燈梨、こんな設備は普通ないからな。大学の駐車場か、バイト先の駐車場で交換してるぞ」
「そうよ、燈梨ちゃん。フー子の家は斜面に建ってるからジャッキアップできないけど、私は家の車庫でやってるわよ」
「ウチは、納屋でやってるよ」
と、みんなの声がして、私は初めて、みんなのオイル交換の現状と、コンさんの家は恵まれた環境だという事を思い知った。
すると、唯花さんが
「燈梨、桃華、はじめっか~」
と、言って、桃華さんの位置を指示して決め
「燈梨、外せー」
と、言った。
私は、レンチを回したが、やっぱり、なかなかに固く締まっているので、一発で緩まずに、両手で体重をかけながら、うんうんと揺らしていって、ようやくクルンと、ボルトが回り出したので、後は手で少しずつボルトを回すと、パッという感じで、いきなりボルトが抜けて、瞬間、勢いよく真っ黒な液体が、放物線を描きながら桃華さんの持っている箱目がけて飛び出して行った。
「コツは、エンジンをしばらく動かしてから抜くこと。完全に冷えてると、オイルの出が悪くなるから、少し温めてオイルを柔らかくするんだ」
と、唯花さんがコツを教えてくれている間に、オイルの勢いは徐々に弱まっていった。
オイルを受けている桃華さんも、自分の位置を少しずつ動かしながら、細くなって軌道の動くオイルに対応していた。
「よし、燈梨、ボルト締めよう」
唯花さんが言ったので、私はボルトを締めようとしたのだが、唯花さんから
「締める時はコレで」
と、ゴツいレンチを渡されたので、それを使って締めていく……と、あるところで“カチカチカチ”と、いう音と共に空回りしてしまう。以後はいくら締め込んでも、その状況なので、唯花さんを見てみると、ニコッとしながら
「これは一定のトルクを超えると、締まらなくなる、締めすぎ防止機能なんだよ。だから、これでOKさ」
と、言うと、今度は、オイルを抜いたボルトの、少し後ろ側にある筒状の物を指差して
「ついでにフィルターも交換しよう。このオイルフィルターは、車によって場所が全く違うから、固定観念で探してはダメだぞ。ちなみにラパンの場所は、かなり変態的だ」
そして、オイルの入った箱を桃華さんから受け取ると
「桃華、コイツを回して外すんだ。外すと微量にオイルが出てくるから、逆さにしてオイルを受ける」
「分かった」
桃華さんが、筒を回そうとするが、なかなか回らずに悪戦苦闘していた。
「本来は、工具で取ったりするもんだからね」
「それを早く言いなさいよ」
「でもって、工具使うのは、大抵、手が届きにくい場所にあるケースばかりだよ。こんな目の前にあるんだったら、手で外せるでしょ」
唯花さんに言われて、何とかグイグイと回していると、遂にクルンと回り出して、筒が外れた。筒を逆さにすると、唯花さんの言った通り、オイルがドロリと出てきた。
「地上の野郎ども、新しいフィルターをプリーズ」
唯花さんが言うと、床下に手が伸びてきて、その手には、新しいフィルターが握られていた。
桃華さんが受け取り、付けようとすると、唯花さんが
「ストップ! パッキンに新しいオイル塗ってあるか? 」
と、言うと、上から
「塗っておいたぞ」
と、フー子さんの声がしたので、桃華さんが、フィルターを締め込んでいった。
それを見た唯花さんは
「床下作業はこれで終了だ。桃華はオイルを地上班に渡してから、他の野郎どもはそのまま地上に上がるぞ」
と、言うと、私の背中を押して歩き始めたので、私は久しぶりの地上へと上がった。
上に上がると、みんなの後ろにコンさんがいて、唯花さんと話し始めた。
「オイル交換するの? 」
「ええ、廃油処理箱に入れてあるんで、処理は向こうに帰ってからやります」
「いいよ、ゴミの処分は、こっちでやっておくから、帰り道で廃油が漏ったら嫌だろ? ついでにマフラーも使わないならノーマルは処分するよ」
「いや、でもそれは悪いですよ……泊めて貰ってるだけでも迷惑かけてるのに」
「燈梨にも言ってるけど、俺は、そんなのは迷惑と思ってないから。迷惑だと思ってるなら、そもそも呼ばないしね。俺は賑やかな方が好きだし、燈梨の件でも世話になりっ放しだし。だから、このくらいのことはさせてくれよ」
と、言うと、外したマフラーや古い吊りゴムを、ガレージの端へと持って行き、代わりにそこの棚から、何かを持って来て、唯花さんに手渡していた。
「使って」
「いいんですか? ありがとうございます」
唯花さんは言うと、更に言った。
「よぉーし、これから2班に分かれるぞ。さっきの地上班は、オイル処理箱の片付け、地下班はオイル注入だ」
「ラジャー」
みんなが、それぞれに分かれる中で、私と、桃華さんは、唯花さんと共にオイル注入の配置についた。
「さっき、フォックスさんにオイルジョッキを借りたので、作業がぐっとしやすくなった。早速開始だ」
唯花さんは言うと、朋美さんから、オイルが入ってる、とおぼしき缶を受け取って、その蓋を開けるとコンさんから借りた容器の中へと注いだ。
「桃華、説明書で見てるかもしれないが、ちゃんと覚えておけよ。オイルの量は2.7リッターだ。今回は、フィルターも交換してるから、心持ち多目で良いかな」
と、言って容器の外にある目盛りを見ながらストップさせた。
「よし、桃華、これをフィラーから注ぐんだ」
と、言うとオイルの注ぎ口に容器から出ている管状の出口を入れた。
それを見た桃華さんは、容器を傾けてオイルを注ぎ込んでいった。
「フィラーからエンジン覗いた感じ、中は奇麗そうだったから、オイルメンテはきちんとしていた人が乗っていたみたいだね」
唯花さんが、言った。
「オイルメンテがなってない中古車買うと悲惨だぞ。スズキの車では、加速中に白煙吐きまくってる車とか結構見るし、下手すると、走行中に油膜切れ起こしてエンジンブローするからな」
と、続けてレクチャーしてる間に、桃華さんはオイルを注ぎ終わっていた。
次に唯花さんは、注入口の蓋を閉めさせてから、エンジンをかけた。
その間に抜いたオイルの箱の確認をしていた。
オイル箱の中にはビニールと吸収用の布状のものが入っており、オイルで浸されたそれが漏れないようにビニールの口と箱の口が厳重にガムテープで留められていた。
「燈梨、悪いんだけど、コイツは燃えるゴミの日に出しておいて」
唯花さんが上目遣いで、手を合わせながらお願いしてきたので
「どうしようかな~? 」
と、意地悪く対応してみた。すると
「じゃあ、仕方ない。この作業が終わったら、燈梨には水着に着替えて貰うしかないね」
と、意地の悪い顔で言われた。
「どうしてよ~! 」
「だってね。姉さんたちが、疲れをおしてやった作業の成果を無にする悪い娘には、水着で神社に行って懺悔してもらうしかないじゃないか……なぁ、みんな? 」
すると、みんなは一斉に頷いた。
「神社では、懺悔なんてしませんー! 大体なんで私が水着にならなきゃならないのよ」
私が言うと、朋美さんが
「煩悩を取り払うために、服は脱いだ方が良いみたいだよー」
と、言うと同時に、私は背後から誰かに羽交い絞めにされていた。
「燈梨ー、よくも散々、あたしの事をコケにしてくれたなー」
背後からフー子さんの声がして、私を羽交い絞めにしているのはフー子さんだと分かった。
「誰もコケになんてしてないでしょ! フー子さんは勝手に自爆しただけじゃん! 」
と、言うと
「許すまじ燈梨、この野郎! 」
と、言うと、くすぐり始めてきた。
次の瞬間、ミサキさんが
「フ~子~。燈梨ちゃんに絡んで、おイタしちゃダメだって、言ったでしょ~」
と、言ったため、私は解放された。
その目の前で唯花さんがエンジンを切り
「大体、1~2分待って、オイルが落ちてくるのを待ってから、量を見るんだ。LとHの間にあるようにするんだけど、多過ぎも少な過ぎもアウトだからな」
しばらくすると、唯花さんが布を持って、エンジンの脇にある棒を引き抜いて布で拭き取ってから、もう一度挿して抜いてみせた。
「ほら、ちょうどイイ感じだろ~」
私たちが確認して頷くと、唯花さんは、桃華さんを連れて、指差し確認で作業終了を確認してから、ボンネットを閉めて
「よし、これからみんなで神社に乗り込むぞー」
と、言ってニヤリとした。
私は、これから起こることを想像すると背筋が凍る思いだった。
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