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桃と管

 外れたマフラーを見て、私は驚いた。

 結構錆びていたからだ。床を見ると、以前に見た解体車のラパンとは違って綺麗なのに何故と思っていると唯花さんが言った。


 「マフラーって、高温に晒された後、急に冷えたりするし、走行直後は水蒸気なんかも発生するから、結構過酷な環境なんだよ。その上で鉄製だし、10数年使っているから、これでも良い方だと思うよ」


 そして


 「じゃあ、仕上げに入ろうかな」


 と、言うと桃華さんを床下に呼び出した。

 そう言えば、桃華さんは、自分の車の作業なのに、どこに行っているんだろう?と思っていたら、運転席から降りて来たのでビックリした。

 その様子を見た唯花さんが言った。


 「アイツには、室内の作業やって貰ってたのさ。実は、この間、クイックシフター貰ったからさ」


 唯花さん曰く、私たちが帰った後で、例の解体所に、別件で行ったところ、あのラパンは完全に解体されてしまっていたが、おじさんが、まだ社外部品が、いくつかついていたとのことで、タダでくれたそうだ。


 「私らは、常連だし、ラパンのMT車なんて、あそこの客じゃ需要が少なすぎるからね。サービスしてくれたって訳」


 ニコニコと笑いながら言う唯花さんを見て、私も、なんか得したような気分になると同時に、自分の事のように嬉しかった。

 この自分の事でもないのに湧いてくる高揚感こそが、みんなで車いじりをする楽しさなんだろうと思ったし、改めて、私もやりたいという思いが込み上げてきた。


 桃華さんがやって来ると、唯花さんが社外品の方のマフラーを持って


 「桃華は、コイツをつけるんだ。この機会にと思って、吊りゴムは新品を買っておいたから、ゴムごと元のようにつければOKだ」


 と、桃華さんにパスした。


 「ちょっと、唯花は手伝わないの?」


 桃華さんが、怪訝そうに言うと


 「まずは自分でやれるところまでやってみないと、愛着が湧かないし、パーツの有難みも分からないだろー。今の桃華だと、むしろ、燈梨の方がこの車への愛着度は上になってるぞ。それでいいのかー? 」

 「うぅ、分かったわよ」


 桃華さんは、唯花さんの言葉の後半に特に反応し、私の方を一瞥すると、マフラーを知恵の輪のようにくるくると動かしながら、床を這わせていた。

 唯花さんは、ニシシと笑うと、私の所へと来て小声で


 「アイツにも、少し素直になって貰わないとね」

 「えっ!? 」

 「この車買ったのだって、私らと遊びたいからだって分かってるし、折角なら、楽しいって思わせないとさ。私らと、つき合うのに渋々ってんじゃ、見てる私らも面白くないしね」


 私は、この5人の絶妙な相互理解には、いつも舌を巻いてしまうのだが、今の言葉も、それを補完するのに充分だった。

 私も、桃華さんが素直になれない人だという事は分かるのだが、その焚き付け方が分からないというのが、正直な感想なのだ。しかし、唯花さんは、さらっと本音を混ぜつつも、私を引き合いに出して、桃華さんの闘争心に火をつけたのだ。


 それに、感心している様子を見たのか、唯花さんが小声で


 「私ら、長い付き合いだから分かるだけであって、燈梨も、慣れればこのくらい分かるようになるよ」

 「えっ!? 」

 「燈梨は、今までそういう経験がないから、人付き合いに不安があるんだろ?分かるよ。だって、ミッキーがそうだったから、だけど、一緒にいるうちに、ああなったからさ。燈梨も、焦る必要はないよ」


 私は、頷くと共に、唯花さんの言葉が嬉しくて


 「ありがとう、唯花さん」

 「気にするなって、私らさ、ミッキーの事とかイジメてたから、あの後、自分たちの恐ろしさってやつを考えたのさ。そう考えた時、私らって、ただ集まってるだけで、好きな事とか、本音とか、感情とかを共有してないって事に気付いたのさ。だから、そこをさらけあう事をしてきただけだから、だから、ここには嘘とか、隠し事とか一切なしにしようっていうだけ」


 唯花さんがふと向けた視線の先には、マフラーと格闘している桃華さんの姿があったが、明らかに上手くいっていないのが明らかだった。


 「唯花ー、助けてよー。重くて腕が言うこと聞かない」

 「え? ステンで純正より軽いのに? それに、人にものをお願いする態度には、とてもとても見えないなぁ」

 

 桃華さんは、こちらを半泣きな表情で見た後、言った。


 「唯花さん、お願いします。手伝ってください」

 

 唯花さんは、ニヤリとすると、こちらを見て


 「燈梨、どう思う? コイツの態度、私は、まだ頑張りが足らない気がするんだよな~」


 私が困惑しているのを見ると、更に


 「コイツの不用意な発言のせいで、燈梨はこれから、水着着て神社に行かなきゃならなくなるし、そのカッコで、木から吊るされることになってるんだぞ」


 と、言うので


 「えっ!?それって、無しになったはずでしょ!? 」


 と、反論すると


 「でもって、コイツと共謀して、姉さんを疲れさせようとする悪い娘は、やっぱり水着で神社に行って囮になって貰わないとな~」


 と、言いながら私にウインクしてくるので


 「そうですね。桃華さんには、頑張りが微塵も感じられませんね」


 と、唯花さんにノって言うと


 「あかりんの裏切り者~……次に海に行った時、砂浜に埋めてやるからなー」

 

 と、桃華さんに言われてしまったが、すかさず唯花さんが


 「桃華ぁ、燈梨にそんなこと言える立場か?何なら、桃華が水着で神社に行ってもいいんだぞ」


 と、言いながら、マフラーを両手で、頭上に持ち上げて止まっている桃華さんの脇腹を指で突いた。


 「うぐぅぅぅぅぅぅぅ」


 不意の攻撃に、桃華さんは、マフラーを頭上に掲げたまま崩れ落ちた。

 唯花さんは、桃華さんの脇を持って立たせると、後ろからマフラーを支えて


 「仕方ないなぁ……こうやるんだよ」


 と、言うと、マフラーを巧みに回転させて床下に這わせていき


 「桃華、支えてるから、吊りゴムをはめ込むんだ」


 と、言うと、桃華さんが必死の形相で、吊りゴムを床にあるフックにかけようとするのだが、なかなかうまくハマらなくて悪戦苦闘していた。


 「うぬぅぅぅぅぅぅ」

 「掛け声はいいから、さっさとつけろよ! 桃華」

 「だってぇ、このゴム、全然伸びなくてさぁ」

 「当たり前だろ、引っ張って伸びる程度の柔らかいゴムだったら、すぐに切れてマフラーが垂れ下がるだろうが! 」


 と、言うと


 「風子! 風子こっち」


 と、フー子さんを呼び、フー子さんが降りて来た。


 「桃華が、吊りゴム付けるのにヘバりやがった」


 と、唯花さんが言うと、フー子さんは、ニンマリとして


 「おやぁ、桃華さんったら、昨日はあれだけ威勢良かったのに、軽自動車のマフラー交換に四苦八苦ですかぁ? あらま、ちょっと奥さん見て見て、情けな~い」


 と、挑発した。

 それを訊いた桃華さんは、キッとした表情でフー子さんを見たが、フー子さんは


 「なんだよー、桃華、文句あるなら自分でやれよー。……そうだな、『風子様、お願いします。私は胸無しです』って言えば、考えなくもないぞー」


 と、言った。

 

 「コノヤロー! ぷーこのバカバカ! 誰がそんなこと言うもんですか! 」

 「じゃあ、やってやらねー! 桃華なんて、一生ここで、そうやって手を上げた状態でマフラー支えてればいいんだよーだ」


 どうも、桃華さんは、フー子さんにだけは、あまり下手に出ないように感じる。要所要所で、フー子さんに挑発された時だけは我を張るように見えるのだ。

 2人のやり取りを見た唯花さんが、口を挟んだ。


 「風子、このままだと、私までコイツ支えることになるだろ。やってやれよー」

 「ヤダね! 桃華が土下座してお願いすれば、考えなくもないけどなー」


 と、フー子さんは言うと、顔を向こうにプイッと向けてしまった。

 すると、エンジンルーム側の隙間から、ミサキさんが顔を出して


 「フー子! また、そうやって意地悪ばっかしてると、次に海に行った時、どうなるか覚悟してなさいよ! 」


 と、一喝すると、フー子さんは


 「ちぇー、仕方ないな」


 と、言って振り返ったが、桃華さんが、悔し紛れにマフラーを小刻みに揺らしたところ、上手くゴムがフックに引っかかって、見事取り付けられていた。


 「ふーんだ! バカ豚ぷーこ。あんたなんか頼らなくてもできたもんねー! 」


 桃華さんが、あっかんべーをして挑発をした。

 すると


 「桃華も、いい加減にしなさいよ! 誰のために、みんなでやってると思ってるのよ! 」 


 と、珍しく美咲さんが、2人をたしなめて、この場は収まった。

 フー子さんは、地上へと戻っていき、唯花さんは、取り付けたマフラーと、エンジンからやって来た排気管との継ぎ目に、ビニール袋から出した薄い板を挟み込んだ。


 「ガスケットって言って、継ぎ目から排気が漏れないようにするための物なんだ。古いガスケットは再利用不可だから、ケチらずに新品をね」


 唯花さん曰く、ケチって古いガスケットを数枚重ねて使う人もいるそうだが、取り付けても排気が漏れてることもあり、ただの無駄な動きになることもあるそうだ。

 唯花さんは、私に言った。


 「燈梨隊員、今度は逆に締める方の補助を命じる! 」

 「ラジャー! 」

 

 と、言うと、私は今度は、さっきのレンチで、ボルトを時計回りに締め込んでいく唯花さんの反対側で、ナットが回らないように止める役をやった。

 ぎゅう~っと、唯花さんが締め込んでいる感触が伝わってきて、これ以上回らないな……と、なった時、遂にマフラーの取り付けが完了した。

お読み頂きありがとうございます。


少しでも続きが気になる、見てみたいかも……と、思いましたら、評価、ブックマーク等頂けると活力になります。


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