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警邏とネジ

 海に行った翌日。

 今日は、朝から、桃華さんのラパンに、この間、解体所のラパンからみんなで外した部品を移植する作業に入った。


 昨夜は、海に行った疲れもあって、コンさん、舞韻さん、沙織さんの裏稼業で鍛えた3人が、シーフード料理を振舞ってくれた。

 みんなは、料理とお酒を目の前にすると、今までの疲れが嘘のようにパワフルに食べていき、3人はニコニコしながら満足そうな表情を浮かべていた。


 そして、コンさんが新聞のテレビ欄を見るなり顔色を変えて、急にテレビにかじりついた。

 見ていたのは、改変期などによくやっている、警察に密着した番組だった。

 私は、コンさんは、裏稼業の人なのに、こういう番組を目の色を変えて見るのを不思議に思っていたが、舞韻さんは


 「オーナーは、昔からこの手の番組が好きでね。改変期なんて、あちこちのチャンネルでやるもんだから、毎日見てたこともある系よ。恐らく、あんなことにならずに、日本で育ってたら、警官になったんじゃないかって思う系よ」


 と、言っていた。

 私は、それを訊いて、そうだろうなと、思わされた。

 私が思うに、コンさんは、傭兵や、殺し屋稼業で生きていくには、正義感というか、正しいことは正しくあるべき、といった気持ちが強すぎるような気がする。なので、コンさんの性格は、どちらかと言うと警察官向きだと思う。


 それを考えると、運命は残酷だな……と、思ってしまう。

 コンさんは、子供の頃に、あんなことにさえ遭わなければ、今頃は、刑事として活躍していたのでは?と思うし、堂々と胸を張って、自分の行動と信念を貫いていただろう。


 しかし、もし、コンさんがそうなっていたとしたら、私と出会うことは100%無かった。

 そう考えると、私の思いは、複雑になってしまうのだ。


 そんなコンさんを見ると、ウイスキー片手に、他のみんなとパトカー談義をしていた。


 「ここの県警は、まだエクストレイルが残ってるのか」


 すると、フー子さんが言った。


 「SUVの覆面って、珍しくない? 」


 コンさんは


 「いや、捜査用の覆面として、ほぼ全国に配備されてるぞ」


 と、答えると、ミサキさんが言った。


 「へぇ~。私は、覆面って言うとクラウンのイメージがあるけど」

 「それは、交通取り締まり用ね。捜査用の覆面には配備されてない」

 「捜査用って、どんなのがあるんですか? 」


 ミサキさんが訊くと、コンさんは続けて


 「今は、スズキのキザシと、トヨタのプレミオ/アリオン、旧型のエクストレイル、旧型のエルグランド、旧型のセレナ……なんてところが多いよ。ただ、キザシとプレミオ/アリオンは廃盤になったから、今後は何になるのか注目だね」


 と、答えていた。

 みんなは、頷きながら訊いていたが、ふと、フー子さんが


 「なんか、ドラマとかにはゼロクラウンの覆面とかよく出てくるよね」


 と、言うと、コンさんが


 「分かりやすいのと、中古車の入手がしやすいからなんだろうけど、あれ、笑っちゃうよね。だってさ、忠実に交通取り締まり用の覆面仕様に作り替えてるのまであるから」


 と、言うと、唯花さんが、訊いた。


 「どういう風に?」

 「ゼロクラのロイヤルサルーン用意して、わざわざ標準のアルミホイール外して、鉄ホイールにして、初代のマークXのホイールカバー付けてるのが一時、出てたけど、制作側の誰かが、スピード違反で捕まった時のパトカーを真似たとしか思えないんだよね……ウケる」


 普段とは違った饒舌なコンさんが、『ウケる』なんて言葉まで繰り出すので、みんなは驚きの表情で見ていた。


 その後、コンさんが語ったところによると、警察車両は、一定の条件を出して、それに合うものがあるメーカー同士が、競争入札をして、最終決まるそうだ。

 なので、不人気車が配備されるケースも多く、旧型エルグランドや、キザシはその代表的なケースらしい。


 「キザシなんて、走ってるの見たら、ほぼ100%近くが警察関係と思っていいレベルだ」


 コンさんの話では、仕事で行くスーパーの搬入口に、キザシが止まっていることが、数ヶ月に一回あるそうだが、そんな時は、大抵万引き等のトラブルがあったな……と、ピンと来るそうだ。


 昨夜は、その番組が終わる頃になると、私は海の疲れもあって寝てしまったので、その後は分からないが、みんなから訊いたところによると、そこから1時間もしないうちにお開きとなったそうだ。




 「燈梨は、酷い奴だよなー」


 フー子さんが、レンチを片手に持ちながら唇を尖らせた。

 フー子さんが言うには、昨夜私がいなくなった事によって、みんなの標的となって酷い目に遭わされたそうだ。


 「今日は、燈梨を酷い目に遭わせてやるからなー」

 

 と、私に迫りながら、怖い声で言ってきた。


 「何言ってんだよ、風子、昨日のは、風子が悪いんだろ。海での復讐だ、とか言って、みんなに絡んで取り押さえられたんだろーが! 」


 と、唯花さんに一喝されていた。


 「フー子!関係ない燈梨ちゃんに絡むと、承知しないからね」


 と、ミサキさんにも怒られてシュンとなってしまった。

 

 今日は、車の作業が入ると言うと、コンさんが、ガレージを使ってやれば良いよ、と言ってくれて、中の車を、みんなでお店の駐車場へと移動させた。

 そんな中、マーチから降りて来た唯花さんが


 「このマーチ、初めて見たけど、絶対ノーマルじゃないだろ? 」

 「確か、元々ATだったって訊いてるけど」


 私が答えると


 「いーや、それだけじゃないな。エンジンが違うと思うぞ」


 と、言ってボンネットを開けると、あちこち見て


 「やっぱりだ!これ、12SRのエンジンだ」

 「えっ!?」


 訊くと、この型のマーチには、特別なスポーツバージョンである12SRというグレードが存在したそうで、このマーチのエンジンは、それだそうだ。


 ちなみに、このマーチ自体も、ボレロと呼ばれる特別な仕様で、内外装がちょっとクラシック風味に仕立てられて、お洒落な仕上がりになっているそうだ。

 確かに、街で見る他のマーチとはちょっと違う感じがしていたが、特別なマーチだったという事を初めて知った。


 「凄ぇー。ボレロのボディに、12SRをドッキングさせてるのなんて初めて見たよー。フォックスさん、マジセンスいいわー! 」

 「そうなの?」

 「たまに、普通のマーチの12cのMT車にSRエンジン載せ替えてる人はいるけど、外観内装はシャレオツなボレロなのに、このエンジンって、ギャップが面白くて渋いよ」


 と、褒めちぎられた。

 すると、沙織さんが、この車の経緯を説明し、みんなは感心して訊いていた。


 話が終わると、桃華さんがラパンをガレージに入れようとしたが、コンさんに指示されて1番左端のスペースに入れていた。


 「それじゃ、はじめようか~」


 唯花さんの掛け声で、作業が開始となった。

 最初に、唯花さんがリアワイパーの取り付けをしていた。

 サイコロのマスコットを外すと、この間のワイパーを取り付けて、ネジを締めてからキーをONにしてワイパーのスイッチを入れると、動き出したので


 「オッケー」


 と、言うとネジを締めこんで終了となった。

 私も、見ているだけでなく、何かしてみたくなり


 「なにか、手伝えることある?」


 と、言うと唯花さんは


 「私は、いいかな。トモの手伝いに回ってよ」


 と、言われて、朋美さんがいるエンジンルームの方へと向かった。


 「じゃあ、燈梨ちゃんはこれ緩めて」


 と、言われて、エンジンルームの端にあるボルトを指差され、ちょっとゴツいレンチを手渡された。


 「やり方は、瓶とかの蓋と一緒で、反時計回りで緩むからね。やってみて」


 言われた通りに回してみるが、物凄く硬くて回る様子がない。


 「ぐぬぅぅぅぅぅぅー」


 力を込めて回すが、ビクともしないボルトに、手が痺れてきた。

 そこに朋美さんがやって来て、人差し指を立てて横に振りながら「チッチッチ」とやりながら


 「燈梨ちゃん。『引いてダメなら押してみろ』だよ」


 と言うと、私が引いて回していたレンチの位置を少しズラして、両手で腰を入れて回すようなジェスチャーでやってみせてくれた。


 私は、へばって、少し座り込んでいたが、それを見てコツがあることが分かり、朋美さんがやっていたような体勢で、力一杯押してみた。


 それでもなかなか緩まずに、何度も何度も、うんうんと唸りながら押していくと、何度目かで“パキンッ”という音がしたと同時に、クルンと、レンチが回り始めた。

 もう1つのボルトも同じ要領で緩めていくと、今度はあっさりと緩んだ。


 緩んだ状況を見た朋美さんから


 「よくやったね!一度、ナットを外して、こいつを私のやってる要領でボルトに通して、ナットで締めて」


 と、言われて朋美さんの方を見ると、1本の棒の端側に空いている穴に、ボルトを通していた。

 私も同じように、穴にボルトを通して、ナットを締めて完了させた。


 「できた! 」

 

 思わず、私は言っていた。

 ふと見ると、朋美さんが向こうでニコニコしながら言った。


 「どう?凄く達成感があるんじゃない? 」

 「うん、なんか凄くやった感があるし、この車に愛着が湧いてきちゃったよ」

 「恐らく、乗ってみて、変わった姿を感じられれば、もっとそう思えると思うよ」


 私の中には、凄いことをしたような気持ちがふつふつと湧いていて、まだ何かにチャレンジしたい気持ちがあった。


 すると、床下の方から唯花さんの声がした。


 「トモー。そっち、どう? 」

 「タワーバーは終了。これから私はインタークーラーに入るかな。燈梨ちゃんそっちに行かせるから、美咲とチェンジできる? 」

 「りょー」


 と、言うと、ミサキさんが床下から現れたので驚いた。

 ラパンの下のスペースは、車1台分くらいの長さで床下が掘られており、車の床下に立ったままで潜れるような整備スペースとなっていたのだ。

 そこから、唯花さんが顔を覗かせて


 「燈梨~。こっちこっち」


 と手招きすると、ミサキさんが背中を押しながら


 「燈梨ちゃん。人質交換なんだから、私がこっち来たから、燈梨ちゃんは地下だよ」


 と、言うので、私は床下へと降りた。

 私は、唯花さんに


 「私は、何を手伝えばいいの? 」


 と、訊くと


 「ボルト関係は、燈梨じゃ緩まないと思うから、ボルトが緩むまで待機で」

 

 と、言われて、私は憮然としながら待っていた。


 「これじゃ、ここに来た意味ないじゃん! 」

 「ブーたれるなって、燈梨。マフラーのボルトが緩みづらいのは、前に見てたでしょ?初心者の燈梨が下手に頑張ると怪我するから」


 と、言われた時、頭上からポタっと液体が垂れてきた。

 それを見た唯花さんが


 「よし、いこうか」

 

 と、唐突に言ったので


 「私は何を? 」

 「待機……って言うと、燈梨が拗ねるから、燈梨はそのメガネレンチを押さえる役」


 と、頭上にぶら下がっているレンチを、ビシッと指差して言った。


 「ラジャー」


 私は、ビシッと言うと、言われた通りに押さえる役に回った。

 唯花さんは、対面にあるレンチを私とは逆に緩めようとしており、必死の形相で動かしていた。


 「おりゃっ!! 」


 唯花さんの気合が入った瞬間“バキンッ”という音と共に、私の押さえているレンチが回っている感触が伝わってきたので、しっかりと押さえて、やがて、ボルトが外れた。


 今度は、反対側にあるボルトを外すべく、同じ要領で私がレンチを押さえて、唯花さんが緩めようと暴れ始めた。今度は、片側のボルトが外れていて、揺らすことができたこともあり、さっきほどの苦しさはなく緩み、遂にボルトは両方外れた。

 

 「遂に、本体を外すよー」


 と、唯花さんが言うと、頭上にあるマフラーを掴んで、ゆさゆさと揺すり始めたので、私も真似してやってみる……と


 「燈梨!気をつけろ……そっちは」


 と、唯花さんが言った瞬間、私の頭上に、何か落ち葉のようなものが降ってきた。


 「あああ……古い純正マフラーの出口付近を揺らし過ぎると、内部の錆が降り注いでくるから危ないって言おうとしたところだったのに…… 」


 と、言われたが、既に手遅れだった。

 私は、降り注いだ錆でまっ茶色になった頭を払ってから、また勢い良く揺すったため、前回のマフラー外しの時とは打って変わって、あっさりと外れた。

お読み頂きありがとうございます。


少しでも続きが気になる、見てみたいかも……と、思いましたら、評価、ブックマーク等頂けると活力になります。


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