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夕暮れと想い

 夕方になって、帰りの車の中では、みんな疲れて、ぐで~っとしていた。

 こうなることを見越してか、7人乗りのコンさんのサファリと、沙織さんのパオの2台で来ており、サファリには、コンさんと私の他に、フー子さんを除くメンバーが乗り、パオには沙織さん、舞韻さん、フー子さんが乗って帰途に就いた。


 「楽しかったか?」

 「うん、とっても、ちょっと疲れちゃったけど大丈夫」


 助手席に乗った私は、運転席のコンさんと今日の感想を話していた。

 私にとって、今日は初めてがいっぱいあった日だった。

 みんなで海に行ったのも初めてならば、学校行事以外で水着を着たのも初めての体験だったし、海で遊ぶことが楽しい事なんだと知ったのも、初めてだった。


 本当に楽しい初めてがいっぱいあった日だった。

 こんな日が来ることを、数ヶ月前までの私は、夢見ていなかったし、そんな世界があること自体も知らなかいまま生きていたと思う。

 それを思うと、コンさんと出会った運命の巡り会わせに、本当に感謝すると共に、この生活がずっと続けばいいのに……と、思ってしまう。


 しかし、私には分かっている。

 この生活がずっとは続かない事を。

 私は、あるべき元の世界へと、いつかは帰らなければならない日が来る。それは分かっている。

 それまで、私は今を精一杯楽しもうと思った。

 

 すると、コンさんがボソッと


 「燈梨がいるべき場所は、今、この場所だぞ。どこかへと戻ろうとする必要なんてない」


 と、言ったので、私は驚いて、思わず口走った。


 「えっ!? 」

 「燈梨は、今日があまりにも楽しすぎて、こんな日々は長く続くはずがない、と思ってるんだろうが、そんな卑屈な考えは捨てろ。お前は、楽しい思いをして、笑顔で過ごすのが本来の姿なんだ。この間、燈梨が決めた事じゃないか! 」


 コンさんは、前を見たまま、左手で、私の手を握ると、またボソッと言った。


 私は、コンさんが、ギヤチェンジをしようとして、間違えて私の手に触れたのかと思ったのだが、ギアは5速に入っていて、変速の必要はないし、コンさんの手は、優しく、また温かく私の手を包み込んでくれている。


 私は、その言葉がとても嬉しかったが、しかし、他方で、もう1人の自分が、そうじゃない、と言っている声も聞こえてしまって、戸惑っていると、背もたれが揺れると同時に


 「そうだぞ、燈梨は、地獄から天国に来たのに、なんでまた地獄に戻ろうとするんだよ。燈梨は、天国にいる資格があるんだよ! 」


 と、後ろの席にいた唯花さんが、身を乗り出して言った。

 すると、コンさんは、慌てて私の手から、手をどけてしまった。


 私は、驚きを隠せなかった。

 さっき、後ろを見た時、2列目と3列目に座った4人は、みんな、疲れて寝ていたので、唯花さんが起きていたとは思わなかったのだ。


 「唯花さん、起きてたの? 」

 「ああ、トモのイビキがうるさくて、目が覚めたのさ。そしたら、燈梨が下向いて冴えない表情してるから、どうせ、そんな事考えてるんだろうと思ってたら、案の定、フォックスさんに言われてたからな」


 唯花さんにも見透かされていたようだ。

 すると、隣にいた朋美さんもむっくりと起き上がってきて、唯花さんの耳をつねりながら言った。


 「燈梨ちゃん、疲れてるんだよ。疲れると、そういうくだらない事ばかり考えちゃうんだよ。ここ来て、私と一緒に寝よ」


 朋美さんにも、訊かれていたようだ。

 私は、恥ずかしくなってしまって、コンさんの方を見ると、コンさんは、まっすぐ前を向いて運転しているが、耳まで真っ赤になっているのが分かった。


 すると、3列目の運転席側に座っていた桃華さんまでが


 「燈梨はね、マイナス思考にとらわれ過ぎなの! あの美羽って娘とは逆なのよ……って、アイツは空気読まなさすぎだけど」


 と、私たちの話を訊いていたのだ。


 「みんな、いつから起きてたの?」

 「何言ってんのよ、ミサは、まだ寝てるわよ。コイツ、1度寝ると、隣が火事でも起きないから」


 桃華さんは、そう言うと、隣で寝ているミサキさんを揺すってみたが、確かに起きる気配は微塵もなかった。そして言った。


 「いつからって……さりげに手を握り合ってたところから……かな」


 一番誤解されるところからしか見ていない事が分かった。

 どう説明しようかと、考えていたところに、唯花さんが


 「ところで、燈梨、桃華、美羽って誰の事? 」


 と、妙にニヤッとして訊いてきた、

 私は、黙って知らない素振りを続けたが、何も知らない桃華さんは、何の気なしに


 「あかりんと仲良くなりたいって、この間押しかけて来た娘。制服着てたからJKじゃない? 確か、駅前の神社に住んでたはずよ」


 と、話すと、それを訊いた唯花さんは


 「何ぃー! 拓兄のやつ、私に出かけるなんて出鱈目言っておいて、JKを家に引っ張り込んでたのか! あの野郎、マジサイテー! 明日神社に殴り込んでやる」


 と、言ってマジで怒ってしまった。

 私は、大変なことになると思い

 

 「唯花さん、明日はみんなで、桃華さんの車の作業やるんじゃないの?」


 と、さりげなく話を逸らそうとした。

 桃華さんも


 「そうよ、言い出しっぺは唯花だからね」


 と、言ったが、唯花さんは


 「大丈夫よ。作業の時間には喰い込まないから」


 そして、こちらに向き直り


 「燈梨ぃ~、何か知ってるっぽいね。素直に話しなさい……話した方が身のためよぉ」


 と、言うと、私の両脇腹に手を回してきて、次の瞬間、くすぐり攻撃が始まった。


 「コラぁ、燈梨ぃ、吐け吐けー! 何を隠してる」

 「し、知らないよぉ」

 「嘘つくな! もし、明日噓がバレたら、こんなもんじゃ済まないお仕置きが待ってるからな」

 「知らないってばぁ……」

 「よぉ~し! そこまで言うなら、明日は、燈梨にも神社に行ってもらうぞ。今日の水着着て……言っとくけど、私は本気だからな」

 「……」


 唯花さんの声は、今までになく低く、残忍なトーンをにじませていた。


 「吐かないなら、明日、水着姿の燈梨を囮に、美羽って娘を誘き出して捕まえて、2人纏めて神社の神木に吊るしてやろう! 」


 と、とんでもないことを言い出した。

 私は、桃華さんの方に目をやると、桃華さんは、不味いこと言ったな、といった目だった。

 そして、私と目が合うと、唯花さんの方に目線を送りつつ、口をパクパクさせて“喋った方が良い”というジェスチャーを送ってきた。


 仕方なく、先週の出来事を話すと、唯花さんは語気を強めた。


 「素直でよろしい。……それにしても、拓兄めぇ、美羽って娘や、燈梨にまで迷惑をかけて、とんでもない野郎だ! よって、明日乗り込んで、制裁を加えてやる」

 「ええーっ! そんな……素直に話したのに……」

 「話したら、燈梨へのお仕置きはしないって約束だろ。拓兄への制裁は予定通り決行するよ。それに、3日後にもう1回、海に行くのに美羽って娘も連れて来られるじゃん」


 唯花さんは、悪いようにはしないよ……と、いうようなトーンをにじませてニヤッとした。


 「燈梨の話だと、美羽って娘は、拓兄が嘘ついて、私らを泊めなかったから、しわ寄せで、海に行けないって覚悟してるじゃん。そんなの可哀想だよ。折角の友達なんだから、みんなで一緒に海に行った方が楽しいでしょ? 」


 私が頷くと


 「じゃあ、明日は燈梨も一緒に神社に乗り込むよ! 」


 と、言うと、再びシートに深く座り直して、寝る態勢に入った。

 車は、夕焼けの中を走り、夏の1日は過ぎていこうとしていた……色々な人の思いを乗せて。

 


お読み頂きありがとうございます。


少しでも続きが気になる、見てみたいかも……と、思いましたら、評価、ブックマーク等頂けると活力になります。


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