浜辺と傷痕
よく晴れ渡った夏の空の下、私たちは浜辺へと踏み出した。
実は、海水浴に行った記憶は全くと言っていいほど無く、初めて踏み出す素足の砂浜は、結構熱かった。
「燈梨~、無理するなよ~」
唯花さんに抱きかかえられて、足を抜かれたが、正直、助かった。
初めての砂浜は、私の予想以上だった。
桃華さん達と、お店でお茶にした数時間後、ランサーとローレルに分乗したみんながやって来た。
昨夜は、みんなで、チキン料理で盛り上がった。
鶏が安かったので、ローストチキンや、唐揚げ、鶏のサラダなど、みんなでつまめるものを仕込んでいたのだ。
お約束の通り、みんなが飲んだくれて暴れたため、私が集中砲火の如く、捕まっては弄られる……という無限ループだったが、唯花さんとゲームをしたり、コンさん、舞韻さん、朋美さんの、“至高の38口径は、どの銃か”という談義を眺めてみたり……と、なかなか楽しめる夜を過ごした。
出発して、1時間半ほどで海へと到着した。
コンさんの家から、手近な海はあったが、せっかくなんだから、砂浜が楽しめるところが良いだろうと、少し足を延ばしたそうだ。
海に入り、フー子さんを含めた元JKメンバーで、ビーチボールで遊んだり、イルカの浮き具に掴まって泳いだりして楽しんだ。
傍らで、ミサキさんがゴムボートを用意した途端、他の3人が、フー子さんを捕まえて、ボートの上に乗せて、ミサキさんを含めたメンバーが
「フー子!太平洋横断いってらっしゃーい! 」
と、言って、思い切り沖の方まで泳いで押していった。
「やめろー! 降ろせー! お前ら、後でぶっ飛ばしてやるからなー! 」
と、言いながらも、水面を見てオタオタしているフー子さんに、耳に手を当てた桃華さんが
「なーに? 言う言葉が違うんじゃない? 『助けてください、桃華様。なんでもしますから』じゃなくて? 」
と、昨日の水着姿の桃華さんが言うと
「誰が言うもんかー! 胸無し桃華、死ね! 」
という返答に、桃華さんはムカッとして
「じゃあ、一生漂流してろ! 風子マジムカつく」
と、言うと、私のイルカの浮き具を引っ張って、浅瀬の方へと泳いでいき
「あかりん、私らは、こっちで遊ぼう」
と、言うと、フー子さんの方に背を向けて、私とバレーを始めた。
心配そうに見ている私に向かって、桃華さんは
「放っといて大丈夫。どうせ、トモが潜ってボートを揺らして、その脇に唯花が来て『風子!参ったか?参ったって言え! 言って今日1日、私らの奴隷になりますって言うんだ! 』とか言って、最終的に参ったって言わせるから」
しばらく見ていると、桃華さんの言った通りの展開になり、半べそのフー子さんが乗ったボートが、浜辺へと押し戻され、唯花さんと朋美さんに両脇を掴まれたフー子さんが、コンさん達のいるパラソルへと連行されていった。
桃華さんは、ニヤリとして言った。
「風子は、泳げないくせに、いつもこういう所について来ては、みんなに憎まれ口ばかり叩くから、最初にこうやってお仕置きして大人しくさせておくの。じゃないと、帰るまでみんなの悪口ばかり言うから」
そのみんなの姿を見て、私はハッとした。
一行の後ろのちょっと離れたところに、口を半開きにして、へらっとした笑みを浮かべる黒ミサ状態のミサキさんがいたからだ。
そのミサキさんが、表情を隠して、こちらへと近づいてきたために、私は、慌てて、浜辺の方へと戻ろうとした。
すると、背後から、ミサキさんの妙に優しい声がした。
「あら、燈梨ちゃん、あがるの?」
「ええ、ちょっと喉が渇いて」
と、言って立ち上がろうとした時
「あ、でも、燈梨ちゃんの水着の下が脱げかかってるわよ」
と、言われたので、中腰で動きを止めた時、背後から掴まれて、肩まで水に浸からされた。
「逃げなくてもいいじゃなぁい。それとも、私たちと海で遊ぶのは嫌? 」
私が首を横に振ると
「だったら、いいでしょぉ……別に、ボートに乗せたりしないからさ、桃華! 」
と、言うと、桃華さんが私の足を掴み、ミサキさんは、私の脇を捕まえ、沖の方へと泳いでいった
「人さらい~! 」
私は言うが、岸から離れてしまったので、誰にも聞こえなかった。
すると、ミサキさんが
「燈梨ちゃん、人聞きの悪いこと言うと、沈めちゃうからね~」
と、ニコッとしながら言った。
そこに朋美さんと唯花さんが泳いできて
「美咲、それじゃ燈梨が怖がるだろ~」
「そうだよ! 燈梨ちゃんの表情が引きつってるじゃん! 」
と、言われて、ミサキさんは、初めて私の表情を見ると、私を掴んでいた手を放して
「ゴメン、ゴメンね。燈梨ちゃん、決して、沖へ連れてって、縛って沈めようとしてたわけじゃないの。フー子は追っ払ったから、みんなで遊ぼうと思って……」
と、言うが、他のみんながジト目になって
「ミサ、あんた。そう言うとホントに、あかりんを縛って沈めようとしてたようにしか聞こえないんですけど……」
「美咲さ、自覚してるか分からないけど、そう言う時の美咲、マジで病んでる人みたいで怖いよ」
「美咲ね、だから男に怖がられて、フラれるんだよ……」
と、口々に言った。
「そうなの!?燈梨ちゃん」
と、訊くので、私は頷いて
「水着が脱げてるって、騙し討ちされて、沈められて、ここまで連れて来られて、ホントに怖かったです。逆らったら、このまま沈められるんじゃないかって……」
と、言うと、ミサキさんは
「ゴメンなさい……」
と、言うと俯いてしまった。
すると、桃華さんが、ミサキさんの背中を思いっきり叩いて
「何、ミサはそうやって湿っぽくしようとしてるのよ。もう、やめやめ! 但し、今度そうやってあかりんを怖がらせたら、ミサをシメるからね! 」
と、言うと
「よし! 次は何して遊ぶ?」
と、言った。
私は、それを見て、この5人が羨ましく思えた。
みんなが、それぞれにダメなところは、ダメだといなし、そして落ち込んだり、暗くなった時は、それを変えるムードメーカーにもなる。
そんな関係を自然にこなせる間柄が、とても羨ましく思えた。
そんな表情で見られて、桃華さんは恥ずかしかったのだろう。突然私の視線を遮るように
「そう言えば、あかりんは、今日は全裸で泳ぐって言ってたわね」
と、照れ隠しにとんでもないことを言ってきた。
「えーーーー!! 」
ミサキさんと私が同時に驚き、私は言った。
「そんなこと言ってないじゃん! 」
「えー? だって昨日『学級文庫』って3回言えなかったじゃん」
と、桃華さんが言うと、唯花さんと朋美さんがニヤリとした。
「そうかぁ、燈梨は大胆だねぇ……よし! 姉さんが協力してやろう」
唯花さんがそう言うと、背後から私を羽交い絞めにして、朋美さんとミサキさんが、私をくすぐるという、海に来てやる事か? と、疑問にしか思えない遊びをすることになった。
お昼を食べて、少し休憩をしていると、唯花さんと朋美さんがやって来て
「燈梨~、午前はすっかり自然の流れでスルーしてたけど、水着、買ったんだね」
「うん、沙織さんとお揃いなんだ」
「でも、オリオリのは黒じゃん。燈梨のは白なんだね。同じ水着でも、色でイメージが変わるよ」
「そう? 」
すると、桃華さんが
「白って、シンプルだけど、なかなか似合う人って少ないんだから。膨張して見えちゃうから、体形に自信が無いと無理だし、それに…… 」
「それに? 」
「透けて見えちゃったりすることもあるしさ、燈梨が選んだの? 」
「3色まで選んで、最終的には……」
と、言うと、私は恥ずかしそうにコンさんの方を見た。
すると、唯花さんが
「やっぱり、そういう事かぁ~。フォックスっさんのえっち!」
と、言うと、コンさんは
「別に、そういう事を狙って言ったんじゃないぞ。燈梨に一番似合ってたから、そう言っただけだ」
と、反論した。
すると、唯花さん達が、コンさんの腕を掴んで
「ほらほら~せっかく、似合うと思って選んだんだから、燈梨とちょっとくらいは遊んできなよー! 」
と、言って、私の所へと引き連れてきたので、コンさんは言った。
「じゃあ、燈梨、波打ち際の方へ行こうか」
「うん」
私は、素直に頷いてニコッとして答えると、コンさんと2人で歩いた。
コンさんは、水着を着てはいたが、上にパーカーを羽織っていて、泳ぎはしていなかった。沙織さんや舞韻さんと、海には入っていたので、泳げないわけではないのだろう。
「コンさんは、ずっとそれ着てるの? 」
と、訊くと
「ああ、日焼けしやすいんだ。真っ赤になっちゃうから、手放せなくてな」
「そうなんだ。じゃあ、海には入らないの? 」
「そんな事ないよ。燈梨が、嫌じゃなければ、行こうか」
と、言うので
「嫌な訳……ないじゃん。行こうよ」
と、言って、海へと連れて入った。
2人で、ボール遊びをしたり、泳いだりして楽しんだが、コンさんは、その間も、パーカーを着たままだった。
ふと、波が襲ってきて、コンさんが私を庇って波を受けた後で、その姿を見て、私は驚くと共に、思わず言ってしまった。
「コンさん、背中……」
パーカーはコンさんの体に貼りつき、水に濡れたために透けてしまったのだが、その背中には大きな傷跡が2ヶ所、くっきりと浮かび上がっていた。
恐らく、コンさんがパーカーを脱がなかったのには、そういう理由があったのだ。
「ゴ……ゴメンな。汚い物、見せて」
「ううん、そんな事ない」
「見ていて、気分の良いものじゃないだろ。タトゥーみたいで」
「確かに、良いものじゃないけど、タトゥーとは違うよ。コンさんが、そうなったのは、きっと誰かを守るためだったって、私には分かる」
私は、コンさんの肩に寄りかかると、優しく、そして、力強く言った。
コンさんは、肯定も否定もせず、少しだけニコッとした。
「いつか、その傷の話も訊かせて貰える日が来るといいな」
と、私が言うと
「ああ……いつか、必ずな」
と、ボソッと言った。
そこから後は、お互いに言葉を発することなく、波打ち際を歩いて行った。
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