海と前日
金曜日の営業時間が終了すると、舞韻さんが
「明日からでしょ、みんなが来るの。後片付けは、私たちでやる系だから、燈梨は、準備してらっしゃい」
と、言って早めに上がらせてくれたので、私は、2階へと上がると、コンさんの部屋の隣の部屋の掃除と片付けにかかった。
先週、美羽から訊かされた通り、唯花さんから連絡があって、伯父さんの家には泊めて貰えないと言われたそうだ。なので、コンさんは、この間、別荘で言っていた通り
「ちょっと狭いかもしれないが、ウチに泊まっていけばいいよ! その方が、燈梨も喜ぶしな」
と、快諾してくれた。
先週、美羽と会った直後に、私が、コンさんと舞韻さん、沙織さんに、美羽の件と合わせて話していたため、予想は出来ていた事なのだが、来ると決まってから、客用布団を買いに行ったり……と、やる事が多かったので、毎日がバタバタしていた。
桃華さんは、近くに住んでいるので、自宅から行く……と、言ったのだが、コンさんが、折角みんなが集まるんだから、嫌じゃなかったら、こっちでみんなと一緒の方が良いんじゃないか?と、言ってくれたために、みんなと一緒に、ここに泊まる事となった。
元々、以前に部屋にあった物の殆どを、捨てたり、倉庫にしまったりしたので、余計な物が無かったため、準備や掃除もさほどかからずに終わった。
そしてコンさんが帰ってくると、お店で準備していた舞韻さんと沙織さんも上がってきて、4人で夕食となった。
……最近、この4人での夕食の機会が増えてきているが、とても賑やかで、私は好きだ。
私の過去には、みんなで賑やかに食事の席を囲むと、いう経験がほぼ皆無なので、この感覚はとても新鮮で、私自身はとても嬉しい。
「明日と明後日は、お店は元より休みだけど、今年は、来週いっぱい休みにしちゃった」
と、舞韻さんが言った。
いつもは開けているのだが、今年は、近くにある会社と工場が臨時休業で、開けていてもお客の入が見込めないこともあって、今年は、海に行くこともあってお休みにしたそうだ。
「心配しないで、元々、毎年開けていても、この週は、目標に行かない系だから」
訊くと、本当は2週連続で夏休みにしても、売上自体はさほど変わらない閑散期なのだが、毎年、近所の会社と工場が開いていて、何人かの常連さんのためだけに開けていたというのだ。
「久しぶりに、私も海で、遊びたい系ね」
訊くと、舞韻さんは、日本に帰ってきた17歳の頃から、20歳までは、毎年コンさんに海に連れて行って貰っていたそうだ。
コンさんが、舞韻さんに、普通の日本人の女の子と同じような、遊びや楽しみを、味わわせたいと、夏には必ず行事として組まれていたそうだ。
「でも、なんで20歳までだったの?」
「オーナーが、私の身体に、興味失っちゃった系なのよね。『20歳超えたらBBAだよな! 』って言っちゃってさ」
舞韻さんが言うと、横で麦茶を飲んでいたコンさんが、思いっきりブッと吹き出した。
私は、コンさんをジト目で見て
「コンさん、サイテーなんですけど!もしかして、毎晩寝てる私にも、そういう事考えてたの~?『コイツも、あといくつ寝るとBBAになるんだ』とかさ」
と、言うと、コンさんは口の周りを布巾で拭きながら
「ま、待て、燈梨。俺はそんなこと言ってない! 舞韻の作り話だ」
と、釈明し始めた。なので、私は、下を向くと泣いているような素振りで
「酷いよ! コンさんはおじさんのくせに、舞韻さんや、私のことをBBA扱いで見てくるなんてさ……」
と、言うと、コンさんは、おろおろしながら
「違うんだ! 燈梨。断じて違うんだ」
と、本気で困った様子になったので、私は、顔を上げるとニヤッとした顔で
「はははは、ないない! いくらコンさんでも、そんなこと言ったりしないでしょ」
と、言うと舞韻さんが
「燈梨は、すっかりオーナーの扱いに慣れてきた系ね。20歳から、一緒に海に行かなくなったのは、大学の行事が多くなって、時間が合わなかったのと、大学卒業後は、別々に暮らしてたから系ね」
と、フォローしてくれた。
翌日、午前から家の内外を掃除して、舞韻さんと食材の買い出しに行ったりして準備をしていた。
みんなは、午前中に向こうを出発して、到着は、夕方頃の予定なので、明日からの海に思いを馳せていた。
午後一で、お店の駐車場に、見覚えのある黒いラパンSSが入ってきて、桃華さんが降りて来たので、私は、お店の入口まで迎えに出た。
「いらっしゃい。桃華さん! ようこそ」
桃華さんは、小さな箱を片手に
「こんにちは、燈梨ちゃん。みんなは、さっき出たみたいだから、到着は夕方ね。ケーキ買ってきたから、みんなで食べよう」
と、言ったので、私はお茶の準備をした。
お店のテーブル席で、私と、桃華さん、沙織さん、舞韻さんと、コンさんの5人で、桃華さんのケーキでお茶にした。
桃華さんが買ってきたケーキは、桃華さんの部屋の最寄り駅近くにある、評判のお店の物で、とても美味しかった。
今度、ぜひ食べてみたいと思える絶妙な味で、正直、癖になりそうだった。
いつの間にか、話題の中心は、水着の話になっていった。
桃華さんの物は、ここ数年、海やプールに行く機会が無かったこともあって、大学1年の夏に買ったものだそうだ。
「あの頃はね、大学デビューで気合入れてた頃だから、結構、気張って、イケてるお店に行って買ったんだよ~」
と、言われて、ちょっと荷物の中を見せて貰うと、当時のファッション雑誌から抜け出てきそうな、鮮やかな色合いと、パレオが目を惹くビキニだった。
「燈梨ちゃんのは、どんなの?」
と、訊かれたので、素直に答えつつも
「詳しくは、明日の砂浜で。ちなみに、コンさんのお気に入りなんだよ~」
と、言うと、コンさんが露骨に真っ赤になりながら視線を逸らしたので
「照れてんのか~」
と、言うと、沙織さんが
「フォックスの、ドえっち! 」
と、囃し立てた。
そして、私が
「ちなみに、今回、沙織さんも買ったんだよ」
と、言うと
「そう言えば、この間、別荘でそんなこと言ってたね。オリオリ、どんなの? 」
と、訊くので、沙織さんは、桃華さんの耳に近寄ると、耳に手を当てて、内緒話のように話し始めた。
そして、次の瞬間、2人で盛り上がり始めた。
「マジマジ~? オリオリ、そんなヤバめのやつなの? 」
「マジよ!明日のお楽しみだけど、ちなみに燈梨のは、もっとヤベーやつだからね」
「燈梨ちゃん。マジかよ~……それは、お姉さん、マジ引くわ~」
と、2人はヒソヒソと話しながら、私から離れて、隣のボックス席で話し始めながら、視線を時より私の方へと、チラッチラッと向けてくるため
「なによー!私のどこが、マジヤベーのよ! 」
と、ケーキを片付けた私が、隣のボックス席に向かうと、いきなり桃華さんに羽交い絞めにされて
「どうだ!燈梨ちゃん。参った?……参ったって言え!言って、明日は全裸で泳ぎますと言うんだ!」
と、とんでもないことを言うように強要されたので
「全っ然、参ってませんー!それに、誰がそんな事、言うもんですか! 」
すると、沙織さんから、脇腹こちょこちょをされて、しばらく、のたうち回る事となった。
その上で、桃華さんは、私の口の両端に、指を入れて、口角を、思い切り両側に広げた状態で
「さあ、あかりん!これから、『学級文庫』って3回言えたら許してやる」
私は、必死に言おうとするものの、口の両側が広げられているので、言えるはずもなく
「ううう~……がっきゅうう●こー」
と、言うと、すかさず桃華さんが
「ちょっと、奥さん、訊きました?この娘ったら、カフェの中で、はしたない言葉を吐いて」
と、言うと、沙織さんがノッてきて
「ええ、訊きましたとも。これは、私たちで矯正してあげないと、いけないざんしょ! 」
と、言うと、私の脇腹をまたさっきと同じく、こちょこちょされた。
私は、このくすぐりは、辛いとしても、こんなくだらない事で、私をいじってくれる人達がいることが嬉しかった。
今までの私には縁の無いことで、遠くから憧れて見る事しかできなかったので、2人にやられながら嬉しさを噛みしめているのと、くすぐったさで、へらへらした表情が続いていた。
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