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海と嘘

 話し終わった美羽は、アイスコーヒーを一気に飲んだが、途中でむせたのか、ゲホゲホと咳込むと


 「へへへ……こんな話しちゃうと、途端にコーヒーがまずくなっちゃった」


 と、言ってへらっと笑ったが、私には、それが作られた笑いであることは分かっていた。


 「私ね。彼女が自殺未遂したことに関しては、悪いなんて思ってない。……だって、あんなことする前に、私と険悪になってでも、思ってる事の半分だけでも言えばいいんだから。……でも、私が、相手に言いづらくさせている態度や雰囲気に関しては、反省しなくちゃな、とは思ってるんだ」

 

 美羽曰く、昨日の私に対する一件で、自分の言い方や、相手に対する態度が、自分への反対意見を言えなくさせていることを改めて実感したそうだ。

 怯えて、話そうとしない私と、桃華さんに怒られたことが、自殺を図った娘に言われた事と重なって、美羽の心に重くのしかかり、昨夜は、罪悪感に苛まれていたそうだ。


 「あのお姉さんに言われて、私、改めて分かった。私は普通に好奇心で訊いてるつもりの事が、相手には、ただただ、プレッシャーにしかなってないって事。私は、気を付けるけど、それでも遠慮なく色々言うかもしれない。だから、燈梨も、遠慮なく言って欲しいの」


 私は、頷いた。すると


 「それにしても、燈梨は凄いね。取らせて貰ったって言っても、免許取って、車にのめり込めてるじゃん。私は、誕生日まだなんだけど、来たら取ろうかな……って思うよ。そうだ、免許見せてよ」


 と、目を輝かせながら言うので、免許証を取り出して美羽に見せた。

 美羽は、裏表をまじまじと眺めたり、日に透かしてみたりしながら見ていたが、ふと、気付いたように


 「へぇ~……北海道公安委員会って、燈梨、北海道行ってきたの!?」


 と、訊いてきたので、


 「うん。旭川の免許試験場行って、私、住民票は実家だから、北海道行かなきゃ免許取れないから」


 と、答えると、美羽はちょっとふざけた表情で私を見ながら言った。


 「燈梨も危ない娘だね~。向こうに、三高の制服着ていったら、いろんな意味で目立つじゃん」

 「うん、実際に帰り際に、生徒指導の教師に捕まりそうになったけど、一緒にいたコンさんに詰め寄られて、先生は怯んじゃったんだ」

 「コンさんって、燈梨の所の宿主の人?」

 

 私は、コンさんに対して『宿主』という表現はあまり愉快なものではなかったが、それに代わる適切な呼称が無かったので、頷いた。

 そして、北海道に強行軍で免許を取りに行った話をした。


 「凄いな、燈梨達は。そうか、飛行機で行くと名簿の名前で行き先調べられる可能性があるから、電車で……って、こっから旭川まで、ほぼ半日くらいかかるじゃん」


 美羽は、実感を込めて言った。

 そうか、さっきの話だと、彼女は朝、学校に行くふりで家を出たので、一気に東京まで行ったのだろう。


 「うん。朝5時に家出て、旭川着いたのが夕方の4時半だった。帰りは、電車が途中で終わって盛岡に泊まった」


 話しているうちに、美羽は


 「そうだ、燈梨の車、見せてよ。この間は拭くだけで、中とかも見てないし」


 と、言うので、駐車場に移動したが、美羽が


 「あちぃな~……そうだ!家の方で見よう」


 と、言い、助手席に乗ると、神社内に入るルートを教えてくれたので、家の前までシルビアに乗って行った。

 家の前は、神社の木々のおかげで、夏でも少しひんやりするくらいの過ごしやすさだった。確かに、ここでなら、汗も滲んではこない。

 

 美羽は、サンルーフのスイッチを弄って、開けてみたり、チルトアップさせてみながら


 「へぇ~……凄いや。こうやって換気できるんだね。そして、スライドして開けられるってのも凄い」


 と、目を輝かせて感心しているので


 「でも、あのZのサンルーフの方が大きくない?」


 と、私が訊くと


 「あれは、Tバールーフって言って、開くんじゃなくて、ガラスが外れるんだよ。だから、前もって外しておかないと、走行中には外せないし、外したガラスは大きくて重いから、きちんとトランクに入れてベルトで固定しないといけないし……だから滅多に外さないよ」


 と、言われて私は驚いた。

 しかし、よく見てみると、あれだけ小さな屋根のほぼ8割くらいの面積を占めているので、シルビアのように開いたとしたら、どこにも格納できないな……と気付いて納得した。


 「へぇ~……良いなぁ。なんか、私も燈梨を見てると、車が欲しくなってきたなぁ」


 美羽は、色々と室内を弄っていたが、ふと、外にいる私の方を見ると


 「私ね、燈梨が羨ましいんだ。私ってさ、なにかに夢中になった事って、ないからさ、燈梨みたいに、夢中になれるものがある人の事がさ」


 と、言うので、私は


 「私も、あくまできっかけは、一緒にいた人達の影響を受けただけだから……」


 と、言うと、美羽は


 「でも、周りの環境が、たとえそうでも、自分の中でそうでもないんだったら、好きにならないよ。燈梨は、車が好きなんだよ」


 と、言うと私の手をぎゅっと握ってきた。

 私は、今まで美羽の強引さが正直、鼻についていて、鬱陶しいとさえ思えていたが、このことに関しては、美羽の強引さが有難かった。


 私の今までは、美羽同様、なにかに夢中になるという事が全くなかったので、正直、私自身が、車に夢中になっているという事を認めたくないと思っていた。

 なにかカッコ悪いことをしていると、思われているのではないかと、もう1人の私が、語りかけてくるようで、私はそれを必死に打ち消していたのだ。


 しかし、美羽は、それを素直に羨ましがり、夢中になっていないと、もう1人の私を代弁した私に向かって、そんなことは無い……と、ストレートに心の中を突いてきたのだ。


 正直、私はその瞬間、美羽に心の中を覗かれ、掴まれてしまったような気分になった。

 この娘になら、今までの自分をさらけ出しても、受け入れて貰えると、思った瞬間。


 「私の話を訊いて欲しいんだ。……ちょっと時間がかかるかも……だけど」


 と、言うと、私は、シルビアの助手席に乗ると、ドアを閉め、今までの事を美羽に話していた。

 北海道の頃の事、逃げて来てからの事、コンさんと出会ってから、起こった全ての事を時系列にすべて。


 美羽は、最初は、話してもらえると思っていなかったために「いいの?」と、言って驚いていたが、以降は、今までになく真剣な表情で、時には怒り、時には悲しそうに、そして、時には自分にも分かるよ……というような表情を浮かべて私の話を黙って訊いてくれた。


 話が終わると、美羽は、目尻に涙を浮かべながら


 「やっぱり燈梨も大変だったんだね。……私もだけど、ここまで来て正解だったと思うんだ。燈梨も、私も、向こうにいても、恐らく何も変わらないどころか、もっと酷いことになっていたと思う。だから、生まれ変わったと思ってさ……って、私はホントに生まれ変わったんだけどさ」


 と、言って、私の肩を抱きながら、ポンポンと叩いて


 「燈梨も、私も、これからを大事にしようよ!これから、どうしたいとか、どこに行きたいとか、何が欲しいとかさ、今までが大変だった分、楽しいこと中心に考えていこうよ」


 と、今までになく優しいトーンで言うので、思わず


 「うん」


 と、素直に頷いてしまった。

 すると、美羽は


 「ところで、さっきの話に出てきたユイカって、ドラの姪っ子の事じゃね?」


 確か、唯花さんから以前に、駅前の神社に伯父さんがいると訊かされたことがあるのを思い出した。……それに、唯花さんの苗字は竜崎だったはずなので、美羽と、その宿主であるドラさんの苗字とも一致する。なので


 「恐らく、そうじゃない?確か、そんなこと言ってたような気がするから」


 と、答えると、美羽は悔しそうな表情を浮かべながら


 「クソッ!ドラの野郎!!ユイカが海に行くのに友達と泊まりに来たいって言ってきたが、私がいるからって、その期間、出かけるって理由つけて断わってたぞ」


 と、吠えていたので、私は訊いた。


 「何で困るの?」


 美羽は、凄く哀しそうな顔をして言った。


 「燈梨達と海に行けないじゃないか!」

 「行けばいいんじゃない?」


 と、言うと美羽は


 「私が行ったら、ドラが嘘ついたのがユイカにバレるだろ。とにかく、今回だけはダメだね」


 と、前半は悔しさをにじませ、後半は無理矢理納得させているような表情で言った。

 

 そして、気持ちを切り替えたかのように、明るい表情で私に向き直り


 「ところで免許って、どうやって取るの?」


 と、訊いてきた。


お読み頂きありがとうございます。


少しでも続きが気になる、見てみたいかも……と、思いましたら、評価、ブックマーク等頂けると活力になります。


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