木嶋美羽
美羽を殺した男と、燈梨が会っているという経緯は、神社の話(第27話)の中に一瞬出ています。
美羽は、ちょっと考え込むような仕草をしてから、決心するように大きく息を1つしてから
「私ね、どうしても家に居たくなくなってさ。両親は、私に対して全くの無関心で、生まれちゃったから、仕方なく育ててるって、態度でしっかり示してたしね。そんな時、学校でちょっとあってね……」
美羽が言うには、彼女は、クラスの中心にいるグループのメンバーだったのだが、ある時、自分が、メンバーからハブにされて、気がつくとクラスでも孤立させられていたという。
もとより、私に対してそうであったように、美羽という娘は、思ったことはすぐに口に出てしまうタイプで、かつ、結構話す時の圧の強いタイプだったので、人知れず不満に思っているメンバーが多かったようだ。
しかし、意に介さずにいると、陰湿な嫌がらせが始まっていったそうだ。
持ち物が無くなったり、捨てられていたり、トイレに入ると事故を装って電気を消されたり、水をかけられたり……といった類の事象が起こるようになったという。
ただ、そこで泣き寝入りをする美羽ではなく、メンバーを手当たり次第に1人ずつ捕まえては詰め寄っていくと、シラは切られるものの、その手の嫌がらせはピタリとやんだ。
しかし、クラス内での美羽の扱いが変わることは無く、次第に美羽の学校生活は荒んでいくようになっていったそうだ。
そんな時、別のクラスにいる友人が、見かねて声をかけてきてくれたそうだ。
彼女は、中学入学以来の友人で、美羽の親友だったという。
美羽の話を訊いた彼女は、明日の放課後に、2人で今後の対策を立てよう、と提案してくれた。
翌日の夕方、指定の場所に行くと、彼女の姿はなく、2人の男がいて、美羽は襲われそうになったそうだ。
そこで、美羽は全てを悟ったそうだ。今回の一連の首謀者は、彼女だったことを……それが分かった途端、美羽の足は彼女の自宅マンションへと向かっていた。
家に到着すると、家には誰もおらず、彼女はベランダに立っていたという。
美羽の姿を認めると、彼女は全てを話し始めたそうだ。いつも美羽が、何もかもを強引に進めていき、決めていく、その行動力と圧に抵抗できずに、ここまでズルズル付き合いを続けていっただけで、彼女は美羽の事を友達とも思っていないという事も、その時に告げられたそうだ。
彼女は、美羽に向かって
「あんたが欲しかったのは友達じゃなくて、操り人形なのよ!だから、誰もあんたの相手してくれる奴、いなくなったじゃない!」
と、吐き捨てると、ベランダの柵によじ登った。
美羽が、駆け寄ろうとすると、近寄ると飛び降りる……と脅したそうだ。
数週間前、三高の男子生徒がマンションの屋上から飛び降りて死んだ際、そこにいた女子生徒が、好奇の目に晒されて不登校になった……つまりは、私のことだが……という事があったので、彼女の狙いは、それと同じ状況に追い込んで、美羽の学生生活を破滅させることにある、と分かった。
それと同時に彼女の体が宙に浮いたのを見て、美羽は瞬間的に走り出し、彼女の右足を掴むことに成功した。
しかし、次の瞬間、彼女から
「あんたは、私を助けたいんじゃない!自分の学校での居場所が無くなるのが嫌なのよ!私と一緒に地獄に堕ちればいいんだ!!」
と、言われると同時に、彼女は足をバタつかせて、美羽の手を振りほどき、下へと落ちていった。
彼女は、美羽が足を掴んだおかげで、落下の勢いが一時的にしろ減少したこと、そして軌道がズレたことから、地上への直撃を免れ、近くの木に引っかかってから落ちたために、一命は取り留めたが、意識不明状態になったそうだ。
しかし、意識のない彼女の口からは、何も語られることは無く、美羽は、その日から地獄の日々を味わう事になる。警察や、学校からの事情聴取、マスコミの襲来に、1人ぼっちの学校生活……と、これは、私にも経験があるので、その苦しみは充分、理解できるが、マスコミに関しては、私の時より酷いものだったという。
同じ市内で、数週間の間に2度も同じような、高校生の飛び降り事件が起こったのだ。彼らの興味を搔き立てるのには、十分な材料だったのだ。
しかも、1度目の事件の当事者である私は、その頃には既に街を離れていて、取材ができなくなっていたので、尚の事、興味対象は美羽に向く。
更に、美羽とって不幸だったのは、彼女の両親は、彼女に無関心なので、この状況になっても、学校を休むことを許してくれなかったため、毎日、マスコミの攻撃と、学校での好奇の目にずっと耐えなければならなくなったのだ。
たとえ学校をサボっても、マスコミがついてくるために、心が落ち着くことは無い。家で居場所が無く、それを学校で求めるべく、頑張ってきたのに、その学校にも居場所が無くなり、全てに疲れた美羽は、ある朝、自分の預金通帳を持って、通学するフリをして通りに出るとタクシーに飛び乗り、マスコミを撒いてそのまま駅から当てもなく旅立ったという。
「そこからさ、一気に東京に出てきたんだ。やっぱり、逃げてくるなら1度は行ってみたかったしね」
美羽は、努めていつもの調子で言ったようだが、そこには、私を困らせた明るくて無遠慮な美羽の姿は無いように映った。
そこからの経緯は、私のものと似ていた。
美羽は都内のホテルやネットカフェを転々としながら、最初の数日こそは、物珍しさから遊びに行ったりもしたそうだが、以降はそれにも飽きて、ただ押し寄せる虚しさから逃れるように、昼は街を彷徨ったという。
バイトをしようと頑張ってもみたが、履歴書を出す段になって経歴の怪しさを見抜かれて、どこも採用してくれなかったそうだ。
そして、遂に資金が尽きた夜、公園で声をかけられた男の人の家について行って、泊めて貰ったが、結局そういう事と引き換えに、初めての一線を超えてしまい、以後はそれを繰り返していったという。
「ははは……私、バカでしょ?そのために、初めての相手がどこの誰かも分からないんだよ」
自嘲的に笑う美羽に、私は首を振って
「そんな事ない!」
と、言うのが精一杯だった。
美羽は、ちょっと満足そうな表情を浮かべると、目を伏せて続きを語ってくれた。
その後の美羽は、泊めてくれる人について行って、関東一円を転々として行ったそうだ。
そんな中、茨城のと、ある街で声をかけられた際に、ついて行った先で、急に泊められなくなったと言われて、お金を渡されて追い払われた……という出来事があったそうだ。
その際、去り際に美羽は、不服そうにその男が去る方向をじーっと見続けていたそうだ。
その日以降、美羽は当人の気付かないところで、命を狙われるようになっていたという。
ある夜は、車に追いかけられ、そして、ある日は、駅のホームから突き落とされそうになったそうだ。
「それで、この街に行きついて、この神社の前で、誰か拾ってくれる人を探してたら、ドラに会ったって訳。でも、ドラに『ヤらせてあげるから泊めて』って言ったら、『去年の俺なら即補導だ!』って言われて、アイツが元刑事だって分かったのさ」
そこで、美羽はこの人に関わってはいけないと、無視を決め込み、ドラさんがいなくなった後で、隣のコンビニに行き、そこで声をかけてきた人について行ったのだそうだ。
「でも、そいつが、あの時の男だって事に気付かなかったの。その後、渡された缶コーヒー飲んだら睡眠薬が入ってて、寝てる間に首絞められて殺されて、この神社に捨てられたって訳」
私は、やはり、にわかには信じがたく、口をパクパクさせていたが、思い切って
「いや、でも、そんな男にまた見つかったら、ヤバいんじゃない?」
と、言うと
「もう大丈夫。ドラと私で追い詰めて、警察が逮捕したから。そう言えば、私が確実に死んだか確かめるために、この神社の周りを何日かうろついてる時に、似た娘を見て、私が生きてるかもしれないと思ってボロ出したって言ってたから、もしかしたら、燈梨と会ったことあるのかもね」
と、あっけらかんと答えた。
以前に、コンさんや、舞韻さんも言っていたが、確かに、私と美羽は、パッと見の感じが似ている。
明確な違いは、美羽の方がやや目尻が上がっている点と、美羽の髪が肩にかかるくらいなのに対し、私の髪は肩より少し長めだという点くらいで、遠目に見ると見間違えられても不思議ではない。
しかし、この話を訊いて、私は最初にコンさんから『こんなことを続けていると事故る』と、言われた具体的な事例が、こんな所にあることに驚いたし、こんな目に遭う事もあるかと思うと背筋が凍る思いをした。
もし、コンさんに出会うことなく、あのままの生活を続けていたとしたら、私も、美羽のような目に遭った可能性は充分にあるのだ。それを考えると、私は自分の幸運さを喜んでしまう。
すると、美羽が
「そいつね、強盗殺人やってたの。私に声かけた夜、部屋に戻ったら、怪我した共犯者が転がり込んでて、それを見られたくなかったから、私を追い返したんだって。追い返した後、共犯者も殺したらしいから」
と、補足した。
「取り敢えず、私のここまでの経緯は、こんなもんかな」
美羽はへらっとした締まりのない笑顔を浮かべると、言った。
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