羽と珈琲
翌日、私は美羽に会いに行くことにした。
本来は、コンさん達と水着を買いに行く予定だったが、沙織さんに用事が出来、コンさんが平日に休みをあと3日取らなければいけない決まりとかで、平日に行くことになったために、行く決心をしたのだ。
コンさんは、私が神社へ行くと言うと、送っていくと言ったが、どうしても1人で行きたい、と言うと、車で出かけるという条件で1人で行かせてくれた。
近所なので、マーチを借りて行こうかと思ったが、美羽はシルビアしか知らないので、自分のシルビアで行くことにした。
彼女の住む神社は、1駅先に大きな神社があるため、お祭りやお正月以外はほとんど人がおらず、駐車場も、車は他にいなかった。
私の車が入って行くと、駐車場の奥の方を掃いていた美羽が駆け寄ってきた。
「燈梨、来てくれたんだね」
私は、黙って頷いた。
すると、美羽の表情から笑顔が消えて
「昨日の事、まだ怒ってるんだね」
ポツリと言った。
私は、そんなつもりは微塵もなかったが、そのように見えるようなので
「そんな事ない。でも、昨日は、あんな形で終わっちゃったし、もう少し、話してみたいと思って……」
と、言うと、美羽はニコッとして
「じゃあ、上がって話そう」
と、駐車場から木々の中を抜けて、神社の奥にある家へと案内してくれた。
神社の本殿の奥には、大きな倉庫のような建物があり、開いている戸から、存在感のある車が姿を覗かせていたので、つい覗き込んでしまった。
ボディは、ちょっと薄く透き通るような黄色で、陽の光に当たった部分は、虹色のように輝いている。きっと、パール塗装なのだろう。
シルビアよりも、もっと低くて幅広く、いかにも大地を蹴って走り出しそうな躍動感のある姿かたちだ。
天井には、シルビアのそれよりも、もっとガラス面積の広いサンルーフが付いている。
思わず見入っていると
「それ、ドラの車。奥のもね。アイツ、クルマ溜め込むのが趣味なんだよ」
と、言われてふと我にかえった。
黄色い車の奥を見ると、薄い水色のセダンと、グレーの、ちょっと変わった形のライトバンがあった。バンのドアには、神社の名前が書かれていたので、バンは神社の車だろう。
「今日は、ドラは出かけてるし、もっと見たいなら、遠慮しないで中に入って見ていって」
と、美羽が言うので、お言葉に甘えて、私は自分の欲求のままに3台の車を眺めていった。
やはり、最も気になるのは、黄色いスポーツカーだ。低く、幅広いスタイルは、思わずゾクッとしてしまうほどの美しさを秘めているし、速さも感じさせる。
低さは、私の胸の高さより少し下くらいまでしかなく、これで本当に人が乗れるの?とさえ思ってしまう。今まで、シルビアは本当に低いと思っていたが、それのさらに上を行く低さだ。これより低いというと、乗り比べで乗ったRX-7くらいしか思い当たらない。
室内のダッシュボードなどは、外観ほどインパクトはなく、ごくごく普通だな……と思ってしまった。何となく、コンさんの乗るS13型のダッシュボードに似てるな、という印象を受けた。
後ろに回って、ランプの上に書かれている車名を見た時、私には蘇ってきた思い出がある。
この車の名前は、フェアレディZ。
確か、私のシルビアの前のオーナーの奥さんが、私と2人きりになった時
「主人は、言わないけど、今度出るって話題になった、フェアレディZが欲しいみたいなの。出た時に、この娘の嫁入り先が見つからなかったら、乗り換えられないでしょ。だから、縁のあるあなたに乗って貰えると嬉しいなって思ってるの」
と、ニッコリして言っていた。
そのフェアレディZなんだ……と。
確か、新型フェアレディZのモチーフの1つは、過去の型のそれだと、ネットで読んだことがあるが、その新型にも一脈通じる形だ。
奥のセダンは、私でもテールランプで分かる。スカイラインだ。
スカイラインの前に回ってみて、私は見覚えがある事に気がついた。
乗り比べの時に乗ったR32型だ。あの時乗ったのは2ドアで、4ドアとは後ろ周りのデザインが違い、初めて見る4ドアの後ろ姿に、私は、こちらもこちらでカッコいいな、と思った。
走りは良かった印象が強く、この4ドアは、薄い水色の外観も相まって、とても魅力的な1台だった。
隣のバンは、面白い形が印象だ。
前半分は、普通のライトバンだが、ドアから後ろの屋根が2段階くらい盛り上がっている独特な形で、背の高い物も積めそうな便利なバンだが、この不格好さが、むしろカッコいいと思えた。
バックドアは、観音開きドアで、コンさんのサファリを彷彿とさせる。
そのバックドアには、車名と思われる
「AD MAX」
という文字が書かれていた。
聞いたことのない名前だが、面白そうな車であることは間違いない。
と、3台の車を眺めたり、覗き込んだりしていると、美羽が
「燈梨は、車が好きなんだね」
と、嬉しそうな顔で言った。
「好きになったのは、ここに来てから。それまでは興味もないし、車の名前もほとんど知らなかった」
「そうなの?」
美羽が意外そうな顔で訊くので
「うん、そう。今、泊まっている家の人が、何ヶ月か前に免許取らせてくれて、車は、立て替えて貰って、今払ってる」
と、言うと、美羽は、意外なことを言われた……と、いうような表情でこちらを見て
「そうなんだ!?」
と、言うと、続けて
「燈梨、ここ、暑くね?取り敢えず、家の中入って話そ」
と、言うので、私は、家に上がらせてもらった。
神社の家というと、イメージ的に立派で古い日本家屋と思っていたのだが、そこにあったのは、近代的な戸建て住宅だった。
その家のリビングへと通されると
「何飲む?麦茶か、リンゴジュースか、アイスコーヒーか」
と、言われて、無難に麦茶を頂いた。
美羽は、自分にはアイスコーヒーを入れて、私の向かいに座ると、訊いた。
「燈梨も、アイスコーヒーにしないの?」
「私、コーヒー苦手なの」
と、言うと、美羽は、少しだけニヤッとして
「そうなんだ」
私は、その含みのある言い方に、少しムッとしたが、いちいち気にしない事として、麦茶を少しだけ飲んだ。
すると、美羽が
「私は、コーヒーは普通に飲むけど、本当は、嫌いになってて当然なんだよ。……だって……」
続けて言った言葉に、私は驚いた。
「私、コーヒーの中に睡眠薬入れられてて、飲んで意識がなくなって、気付いたら死んでた」
美羽は昨日も、死んだが、生き返ったというようなことを言っていたが、こんなリアルな話をするのに、少し驚いていた。
「殺されたんだ。私」
あっけらかんと言う美羽に、私は驚きを隠せなかった。
おおよそ、信じられない話なのだ。
目の前の少女は、死んだのに、生き返ったと言い、更には、自分は殺された……と、とんでもないことを重ねるのだ。
私は、混乱した。
私の、脳で情報処理ができるキャパをオーバーした、とんでもない発言の数々に、私は
「そんなことがある訳がない」
と、結論付けようとしたものの、美羽の表情を見ると、嘘を言っているようには見えないので、混乱しているのだ。
すると、そんな私の状況を察した美羽は、ニコッとして
「続き、話していい?」
と、私を上目遣いで見ながら言うので、私は、思わず頷いた。
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