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羽とSS

 1時間ほど話した後、桃華さんの車で美羽を送り届けてもらうと、そこから運転を変わって、桃華さんのラパンで、バイパスを1周してみた。


 ラパンは、絶対速度は普通の車と同じ程度でも、車体の小ささのせいなのか、体感的にとても速く感じた。私に軽自動車を運転した経験が皆無なので、これが、軽自動車特有のものなのかは分からないが、シルビアでは、しなやかに加速するシチュエーションでも、ビュンっという感じで、飛び出すように加速する感じが、未体験であり、魅力のように感じる。


 「どう?……なんか“走ってる”って感じしない?」

 「うん。なんか、同じスピードなのに、一段階速く感じるよ」


 私は、顔をほころばせて言うと、桃華さんが、ふうっと大きく息をして


 「ようやく……普段の燈梨ちゃんに戻ったね」

 「えっ!?」

 「あの、美羽って娘がいる時の燈梨ちゃん、顔がこわばってたよ」


 私は、そんな風な素振りは見せてないつもりだったが、桃華さんから見ても分かるほど、緊張していたのだろう。すると、桃華さんが言った。


 「私の見た感じ、あの美羽って娘は、悪い子じゃないし、嘘のつけないタイプだと思う。ただ、遠慮なく何でも訊いてくるタイプの子だし、自分がやったことに対して、相手が応えてくれるのが当然だと思ってるフシがあるから、友達として、燈梨ちゃんが制御しなきゃダメなタイプだと思う」

 「私が制御って?」

 「さっきみたいに、圧を強めて迫られても『そんなこと訊くのは失礼だよ』ってハッキリ言ってあげるの。『なんで?』とか、聞いてくるだろうけど『それは、訊かれたくない』って言えばいいんだよ」


 私は、さっきの彼女の尋問めいた質問が、まだ心の中に引っかかっていた。それを、あの場で答えることが果たして正解なのか否かが、私の中で、未だ渦巻いているからだ。

 それを見透かしていたのか、桃華さんが明るい表情で言った。


 「迷っているなら、それは即ち、答えられないんだよ。無理して言うことは無い。私は、みんなから燈梨ちゃんの事情は、悪いけど教えて貰ってるから、そんな簡単に言える事じゃないのは分かってるよ」

 「うん……」


 私は、そう答えたものの、美羽という娘に、悪いことをしたような罪悪感が残っていた。

 すると


 「この車みたいなもんだよ。私は、この車と、教習所の車しか知らなかったから『速い』ってのは、こういうもんだとしか思えなかった。けど、この間、燈梨ちゃんのシルビアに乗ってみて、しなやかなのに速いっていうのもあるんだと知って度肝を抜かれた。人も同じで、色々なタイプのアプローチで来るから、それに上手く向き合っていかないと、事故っちゃうよ」

 「えっ!?」


 私は、『事故る』という表現にドキッとした。

 それはコンさんが私と出会ってすぐの頃にも使った表現だからだ。


 「その表現が、適切か否かは別としてね。人も、言われるがままにしてるだけじゃ、嫌われたり、利用されたりって酷い目に遭うよ。車だって、ただ、だらんと乗ってるだけじゃ、動きに対処できなくて事故っちゃうでしょ、普段から相手と対話しながら、時には自分の意見もしっかり出してやらないと……これって、車の運転と同じでしょ」


 桃華さんは、言葉を選びながら言った。

 しかし、私には、その意味が分かった。

 私は、短い間に色々な車に乗ってきて、それぞれ全く違う動きをすることを知った。


 コンさんのサファリのように、小回りがきかないが、そのゆとりと、大きさを活かして雄大にゆったりと走らせる車もあれば、桃華さんのラパンや、コンさんのマーチ、沙織さんのパオのように、小ささと、素早さで小気味よく走る車もある。

 前輪駆動と、後輪駆動の動きの違いもあるし、しっかりと乗って、それぞれの車の特性を掴まなければ、動きが分からない。いわば、車と対話しないと何も分からないのだ。


 私は、美羽に会って、ただ怖い思いをしただけのように思えるが、それも、同じことなのだ。美羽と対話せずに、ただ訊かれたことに答えるだけの、一方的なやりとりだけでは、私も、彼女も、何も分からないのではないか。

 私が免許を取る前、車はみんな同じだ、と思っていた頃と、何も変わらない。その頃の私には、今の私の愉しみは、理解できない。

 今日の、美羽と私は、免許を取る前の私の世界観なのだ。


 それが表情に出たのだろう。桃華さんは、満足したようにニコッとすると、言った。


 「美羽って娘も、このラパンと同じ。だらっと片手運転でアクセル全開すると、どこに飛んでいくか分からないけど、しっかり乗りこなしてあげれば、面白いし、役立つ存在になると思うけどな」


 私は、桃華さんの言葉に、救われたし、これから美羽と会うのも怖くは無くなった気がした。そして、私が車好きになったんだな……と、いう事にも気がつかされた。


 「とは言え、昔の私が、あの美羽って娘と、似たタイプだったから、分かることもあるんだけどね」


 と、桃華さんは言った。

 そして、桃華さんが言うには、高校生の頃、きっかけこそ、ミサキさんの友達だったのだが、それ以前からミサキさんの事が嫌いなタイプだったという。


 陰キャのくせに、自分たちに反抗的で、ヒエラルキーから外れて、超越しているかのようなミサキさんの存在感が目障りで、友達の転校後、ターゲットに据えたのも、桃華さんの個人的な感情が先走っていたという。


 「ミサのくせに生意気だ……って、当時は思ってたし、小夜がいた頃から、ぷーこたちに『辻堂、やっちゃおうよ!』って号令かけてたからね」


 でも、沙織さんに矯正されて、ミサキさんと一緒になるようになってから、ミサキさんという人の本質が分かって仲良くなったそうだ。


 「オリオリの所から戻って、最初にミサにあった時『私、あなたの事が大嫌い』っていきなり言われたからね。私、その時『こっちもだよ!』って言い返してた」


 桃華さんは、笑いながら言った。

 そして、ミサキさんと険悪な空気になりながらも、そこから3時間話したという。ひたすらに、互いの嫌いな点を言い合って、罵って、けなし合っていくうちに、案外、自分達2人は似た者同士なのではないか、という事に気がついたそうだ。


 「そしたら、ミサがね『私たちって、同じタイプの性格なんじゃないの?』って、いきなり言ったのさ。そしたら、急に笑いが止まらなくなっちゃってね。2人でしばらく笑い合ったの。それで、気になってお互いの思ってる事とかを、徹底して話していったら……いつの間にか仲良くなってたって訳」


 それを訊いて、私は、そんな事もあるもんなのだろうか……と、懐疑的だった。

 仲の悪い2人が、その後、そこまで仲良くなるなんてことがあるのかと思うと、私の経験則では分からない事だった。

 すると、桃華さんが


 「私の、肌感覚だけど、燈梨ちゃんと、あの美羽って娘は、合うと思うよ。昔のミサと私に似てるもん」


 と、自信たっぷり気に言った。

 私は、その言葉を反芻しながら考えていた。

 すると、桃華さんが言った。


 「それでさ、私と、ミサが対立したきっかけになった男子さ。私らが仲良くなってしばらくしてから、よりにもよって、ミサに告ってさ、2人がつき合ってたんだよね~」

 「えーー!?」


 訊くと、ミサキさんの友達が引っ越して、クラスのゴタゴタがひと段落ついた後に、今度は、ミサキさんに告白して、2人はつき合い出したそうだ。その際、桃華さんにミサキさんが相談に来たそうだが、桃華さんは、笑って送り出したそうだ。


 「でもさ、それから2ヶ月して、ミサがそいつと別れたの。そして『あんなカスと、桃華がつき合わなくて良かったよ!あいつ、二股かけてたんだよ。サイテー!!』って私に言いに来たからね。マジウケた」


 と、屈託なく笑う桃華さんの姿からは、本当にミサキさんをイジメて追い込んでいた張本人とは思えないほど、ミサキさんとの信頼関係があるように見えた。


 「だからさ、燈梨ちゃんも、友達になったんだったら、その娘に、もっと言いたいこと言って、自分をさらけ出してみなって、ただ、例の事は言わなくて良いと思うよ」


 自信に満ちた目で言う桃華さんを見て、私にも自信がみなぎってきたように思えた。

 ラパンは、相変わらず高回転をキープしたまま、小気味よい走りでバイパスを下っていた。

 

お読み頂きありがとうございます。


少しでも続きが気になる、見てみたいかも……と、思いましたら、評価、ブックマーク等頂けると活力になります。


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