弁当と……
毎日、家に帰ってからすぐに夕食にするのだが、コンさんの夕食の食べる量に日によってバラつきがあるのに気がついた。
当初は好き嫌いかな……とも思ったのだが、よく考えるとコンさんには記憶が無いので嫌いな食べ物の記憶も無いはずだ。
現に、舞韻さんからコンさんはすり潰していないジャガイモが苦手なので肉じゃがは食べない……と、聞かされていたのだが、出してみたところ美味しいと言って食べるので今は普通に出しているくらいなので、それはなさそうだ。
ある日、同じメニューの物なのに前回と違って箸の進みが遅い時があったので、本人に訊いてみると
「ゴメンな。今日は昼が遅くってさ……ホントにゴメン!」
と、言ったので、翌日の昼の時間帯が終わった後でお店へ降りて舞韻さんにその話をしてみたところ
「あぁ……オーナーは殆どの日、昼を食べてないからそういう風にバラつく系なのよ」
と、言われた。
舞韻さんも昔、コンさんと同居していた頃に同じ疑問にぶち当たったことがあって、当時のコンさんの昼の行動を調べるべく、2週間ほど後を尾けたことがあったそうだ。
……すると、決まった場所に行く際に決まったお店でしか昼を食べていないことが分かったそうだ。
舞韻さん曰くコンさんは案外臆病なところがあって、初めてのお店に飛び込みで行くのを嫌う傾向があり、また、自分の行動範囲から外れた場所にあるところにわざわざ行くこともしたがらないため、ルート途上にあるチェーン店に行く傾向が強いという。
「調べてみようかぁ?……恐らく、オーナーの事だから多くて週に3日ってところかなぁ……下手すると0日の週もある系かも」
と、言われた。
コンさんは、ほぼ1日家にいる私には昼を絶対に抜くな!と厳しく戒めているのに、自分はほとんど昼を食べていないのだ。
しかも、舞韻さんの話によると、その昼も牛丼屋、ハンバーガー店、ラーメン屋さんくらいのレパートリーをローテーションしているらしいのだ。
「オーナーってああいう人だからね。……その時間にそこにいないと仕事優先させて下手すると午後4時近くに昼にしてたりする系だからね……」
と、舞韻さんも嬉しそうにこぼしていた。
今まで、コンさんの事を愚痴る相手がいなかったので、それができたのが嬉しいらしい。
そこで、私は一計を案じた。
前日の夜、片づけを終えると、考えていたメニューをさっと調理して冷蔵庫にしまった。
翌朝、コンさんが出かける際に用意しておいたものを差し出した。
「はい、持って行って」
「何?」
「お弁当」
「え!?いいよ、いらないよ!!」
と、コンさんは拒否するため、私は
「コンさん、お昼ほとんど食べてないでしょ!食べても遅い時間とかだし、きちんと時間通りに毎日食べてくれないと、夕飯考えて作る私は困るの!」
と、言ったが、コンさんは
「いや、でも毎日は悪いし……」
と、言うので私は強い口調で
「だったら、私もお昼食べなくていいよね!どうせ作るなら一緒だからやってるの!コンさんのリクエストは聞いてないよ!!」
「分かった!燈梨、ありがとう。それじゃぁ、ありがたく頂くよ」
と、言って出かけて行った。私は、初めてコンさんに強く出てしまい、実は膝の震えが止まらなかった。
……怒り出して『じゃぁ、出ていけ!!』なんて言われたらどうしようかと思うと一瞬躊躇したのだが、コンさんを信じて思い切って言ってみた。
午後、そのいきさつを舞韻さんに話すと舞韻さんは笑って言った。
「お弁当ね。その手があったわね。……でも、オーナーは前に燈梨に昼をきちんと食べるようにって強く念押しした手前、引っ込みがつかなくなっちゃったのよ。燈梨のお昼のついでだっていうところが無かったら絶対に『毎日は悪いから』って言って断って来たと思う系」
「確かに、今日も『毎日は悪いし…』って言ってきたので結構きつめに言い切ったんです。…もし、怒らせて『出ていけ』なんて言われたらどうしようかと思うと怖かったけど」
と、私が言うと舞韻さんの表情から笑顔は消えて
「燈梨。その心配はしなくていい系。オーナーはあなたに何を言われたとしても決してその言葉は口にしない。その言葉はオーナーにとっても、私にとっても決して軽々しく口にできる言葉じゃない系だから」
と、諭すように言った。
続けて
「オーナーも、私も、頼る人間のいない中で過ごすことがどれだけ大変かという事は痛いほどよく分かっている系よ。そして、今の燈梨にはこの環境が一番必要だってことも分かってる。なので、それを奪うような真似は冗談でもしない系よ。だから、燈梨も言いたいことは遠慮しないで言って欲しい系。逆に遠慮されると気分悪い系かも」
と、力強く言い切った。私は、それを聞いて嬉しくなった。
※※※
俺は2件目の仕事を終えると、そのスーパーの駐車場でお昼にすることとした。
時刻は午後1時少し前なので、昼食にはちょうどいいタイミングだ。
エブリィの後席に移ると、助手席を目いっぱい前にスライドしてヘッドレストを抜く、その状態で助手席を思いっきりリクライニングさせると後席の座面と繋がってフルフラットになるのだ。
助手席側に座ると、アームレストを倒してそこにあるカップスタンドにさっき買ったお茶を立てて置く。
……こういう時、後席居住性を重視したジョイングレードの有難みが分かる。
会社の他のメンバーの車を見るとジョインは2~3割で、他はその下のPCグレードになっているので、リース会社にその時にあったラッキーさが物を言うのだ。
PCだとリアシートが背面の低いベンチシートで且つヘッドレストもアームレストもない上、座面も短くて近距離移動に徹している感がハンパない。
いつもは、車を重くしている豪華装備がちょっと邪魔だったが、今日からはとても嬉しい空間に変わるような気がした。
弁当箱を取り出す。
これ自体は以前から家にあったもので2段重ねの大ぶりではないが、俺の食を満たすには充分な物だ。
まずは下段を分離させて開けると、予想通りご飯が入っていた。
そして、上段を開けるとウインナーと唐揚げ、煮物とほうれん草と、野菜とバランスよく盛り付けられていた。
煮物は昨夜の残りだとしても、他のおかずは昼のためだけに作られたものだ。
俺はそれらを有難く頂いた。
お茶を飲みながらご飯とおかずをバランス良く食べていった。
冷めてもどれも美味しく、よく考えられて作られたものだと思った。
……恐らく、燈梨は、昨夜のうちにこれらを準備していたのだろう。
朝、それらを準備すると、早く起きたことに俺が気配で気付いてしまい、それを見た俺から遠慮されてしまうのを避けたのだろう。
俺は、燈梨の優しさに感謝すると共に、彼女の芯の太さを感じた。
燈梨は、俺が、昼を抜いている日が多いことを感じ取ったのだと思う。
なので、俺が昼を抜く理由を恐らく舞韻にでも聞いたのだと思う。舞韻曰く、俺は以前から仕事のキリの良いところまでやった後で、決まった場所で昼を食べていたそうだ。
それを知った燈梨は、俺に昼を抜かせないためには弁当を持たせるしかない……と、いう結論に至ったのだと思う。
確かに、俺自身もそう思う。
……そして、燈梨は俺が遠慮して断ってくることも織り込み済みで、俺が、燈梨に対して課した『昼をきちんと食べる事』と、絡めて弁当を作ることを思いついたのだろう。
……これなら俺に断ることはできなくなる。
正直、俺は燈梨の頭の回転の良さと戦略に脱帽してしまった。
そして、そこまで回りくどい作戦を練らせてしまった事に対して申し訳ないと思った。
俺は燈梨に変な遠慮をしないよう常日頃から言い聞かせてきたが、なんのことは無い、俺自身が燈梨に変な遠慮をしてしまっている。
……これでは、燈梨が声を荒げるのも無理はない。
俺は彼女に失礼なことをしていたのだ。
……なので、俺は彼女の気遣いである弁当を有り難く頂くこと、そして、この無礼を彼女に謝ることを決めた。
家に帰ると、俺は弁当箱を流しに置くと、燈梨に言った。
「ご馳走さま。美味しかったよ!」
「そして、申し訳ない」
「えっ!?」
燈梨が驚いて返事をするが、俺は続けて
「燈梨に遠慮するなって言っておきながら、朝は弁当を遠慮してさ」
「それで……」
「良かったらなんだけど、明日からもお願いしても良いかな?」
と、言うと、燈梨は呆気に取られてぽかんとした表情をしていたが、すぐににぱっと笑顔になって
「うん!明日からも任せて!」
と、言った。
……互いに遠慮し合わない関係って案外難しいものだが、その一歩を踏み出せた。
今日からが、ようやく本来の意味での同居生活のスタートになった気がする。