桃と真
テーブル席に3人で座り、まずは紅茶を一口飲んだ。
私と、桃華さんが同じ側に座り、美羽は、反対サイドに座っている。
窓の外を見ると、駐車場の隅に、桃華さんの黒いラパンがある。
普段なら気がつく変化にも気付かないほどに、さっき美羽に迫られていたのはストレスだったのだろう。
「燈梨は、何も話してくれないんだね……」
カップを置いた美羽が、一言発した。
私はビクッとすると共に罪悪感を感じた。……確かに彼女の言う通り、私は、一方的に要求するだけして、何も話してはいないのかもしれない……と。
すると、桃華さんが言った。
「あんたさぁ、その、ギブアンドテイクの押し売りみたいなのやめろって言うの!……あんたの好意は、一方的に教材送り付けて、代金請求してる迷惑商法と何も変わらないの!」
「だってさぁ……」
美羽が口を尖らせて言うと、桃華さんが紅茶に口をつけてから言った。
「『仲良くなる』ってのは、相手のペースに自分が合わせていく事も必要になるの。相手のペースなんてお構いなしで良いなら、金積んで友達になって貰えばいいんだからさ!」
なんか、妙に重みのある言葉に聞こえた。
なにか、桃華さん自身の経験から紡ぎ出されているかのような、諭すようでいて、それでいて、導いていってくれているような、そんな言葉だった。
「友達になるってのは、相手を屈服させてなるものじゃないし、仲が良くても、相手が思い通りに動かないのが当然なの。思い通りにいかないからって、文句を言うのはお門違い」
ゆっくりと紅茶を香りから楽しんで飲みながら言う桃華さんに対し、美羽は喚いた。
「でも……でも、仲良くなるには知っておきたいじゃん!」
「それが、ガキの考えなの!人には知られたくない事の1つや2つは、あるものなの。それを話すか否かは、その後のつき合いの中で、決めていくものなの。最初から全部知っておきたいなんて、我儘もいいところよ。10円しか持ってないのに、ショップでおススメコーデ頼むくらい無理がある」
と、桃華さんは、表情1つ変えずに言い放つと、美羽は
「ううっ……」
と、言ったきり黙ってしまった。
桃華さんは、カップを揺らして紅茶の水面を回しながら言った。
「私も、あんたくらいの頃、そうだったの。友達ってのは、みんな腹を割って話し合えるのが当たり前だと思ってたし、そういう風に接してきた……」
そこから、桃華さんが話したのは、自身の高校時代の話だった。
桃華さんも、自身のグループの他のメンバーと同じく、中学時代にはイケてなかったため、高校デビューを決めるべく、最初から頑張っていったという。
そのために、同じような仲間を探しては引き入れて、最終的に、フー子さんを筆頭とする3人と、グループを形成していったという。
しかし、当時の桃華さんは、今の美羽と同じように、相手も、自分と同じだけの気合で、来てくれないと、とても不愉快に感じていたそうだ。
その結果、ミサキさんの友達であった娘をターゲットに、嫌がらせを仕掛けていったのだという。
「当時、自分のやる事に絶対の自信を持っていて、それについてこない方がおかしい的な事を考えてたのよね。自分が裸の王様だったって事にも気付かないでさ」
しかし、その頃、桃華さんはグループ内で1人だけ浮いていたことは、以前にみんなの話を訊いているので分かっていた。
みんなも、それぞれに違和感を持っていたが、当時の桃華さんの影響力と、押しの強さに、何も言い出せずに、フー子さん、唯花さん、朋美さんが、互いに互いを牽制し合っていたそうだ。
それが決定的に変化した出来事が、フー子さんの弟の自殺だそうだ。
桃華さんの参謀的役割だったフー子さんが、しばらく休んでしまったことは、正直、グループのパワーバランスに影響を及ぼしてしまったそうだ。
しかし、当時の桃華さんには、フー子さんの心情を慮ることができず、『死んだ弟と、生きてるウチらと、どっちが大切なの?』といった内容のメッセージを送ってしまったそうだ。
この話は、フー子さんやミサキさんの口からは語られなかった事実だったので、初めて知ったのだが、恐らく、このメッセージがきっかけで、フー子さんは、ミサキさんの側へと寝返ることを決めたんだと思う。
「そう。気がついたら、私だけが腹を割ってるつもりで、みんなの事を奴隷のようにこき使ってるだけの関係になってた。私に意見してくる人間を粛正するためだけに、みんなを使う、ただの恐怖政治よね」
桃華さんは、そう言うと自嘲的に笑みを浮かべた。
気がつくと、桃華さんと接しているフー子さんの目が、光を失った、死んだ人のような眼になっていたそうだが、当時の桃華さんは、それを、葬儀による疲れだろう……程度にしか思っていなかったという。
そして、気がつくと桃華さんは、クラスで孤立していた。いや、正確に言うと孤立させられていたのだ。
グループも、いつの間にかミサキさんが加入している代わりに、桃華さんの居場所は無くなっており、学校が息苦しい場所へと変わっていってしまったそうだ。
「そして、地域のJKが相談に行ってるギャルの姉さんの所に相談しに行ったの。……そこで、私は自分の置かれてる立場を思い知ったのよ」
……相談に行ったのは、間違いなく沙織さんの所だろう。あの地区でJCやJKの悩み相談をよく受けていたのは、沙織さんだったと聞くし、前に沙織さんが、1人ぼっちになった桃華さんが、相談に来たと話していたのを訊いたことがある。
「出されたコーヒー飲んで、しばらくしたら意識がなくなって、気がついたら見た事ない地下室で、パイプ椅子に縛られてた」
……やはり、唯花さんや朋美さんと同じ手で、拉致されて矯正させられたようだ。
桃華さんは、そこで、自分がやっていたことが、いかに自分勝手で、相手の事を考えていないかについて、みっちりと教え込まれたそうだ。
その後、1ヶ月間、授業が終わると、沙織さんに連れられて師匠の山へと行き、草むしりや、ホタルの里の整地作業などを手伝わされて、健全な心と体づくりに精を出したそうだ。
「あの1ヶ月間で、私、人生変わったわ。それまでの私は、押しの強さと正論で相手を論破するだけの正義しかなかったけど、あれからは、相手がどう思っているのかを考えて、相手を慮ることができるようになった。そして、あの活動でボランティアに目覚めたの!」
と、桃華さんは力説した。
確か、桃華さんはボランティアの一環で、ゴーストタウンに出入りしていると訊いたことがあるので、どうやら、沙織さんの矯正活動は、桃華さんに関しては効きすぎるほど効いたようだ。
そして、桃華さんは美羽の目を真っ直ぐ見ながら
「分かった?そうやって、自分だけが相手にしてあげてるって思って、そのお返しに……って相手に求める事自体が、間違ってるのよ。相手の事が知りたければ、長い時間をかけてでも、そういう事が言い合える関係を作っていくの。今のあんたのは、単なる押し売りだからね」
と、言うと、美羽は
「分かった」
と頷き、私に向かって
「じゃあ、燈梨。改めて、私と友達になって欲しいの。別に、言いたくない事は無理に答えてくれなくていいからさ……」
と、言うと、手を握ってきた。
私は、その行動に驚きを隠せなかったが
「うん……お願いします」
と、答えるのがやっとだった。
その様子を、桃華さんがニコニコしながら眺めていた。
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