羽と華
1階のお店のテーブル席に、私と彼女は向かい合って座った。
一応、紅茶を入れたが、彼女には手にできない。
何故なら、彼女の両手は後ろ手に縛られて、椅子に結び付けられているからだ。
彼女が提案したのだ。
「だったら、縛ればいいじゃん!私のこと、その状態なら話してくれるんでしょ」
一瞬、この娘は、嘘を言ってるわけではないので、可哀想……と、思ったが、今までの沙織さんや、杏優の事を考えると、安心はできないので、彼女の手首を縛り上げた。
「これで、いいでしょ」
私は、取り敢えず頷いた。
杏優のような悪意ある手練れの裏稼業人だったら、この程度では安心できないが、手首のロープを確認して、きつく締まってるのは確認したので、まずは少し安心して話を訊くことにした。
「ホントは、家出してるんじゃね?燈梨も」
「この間だって、お店に行ったら、『実家に帰った』なんて言われたけど、絶対嘘でしょ。私、分かるんだ。雰囲気で、燈梨も家出でしょ。確か、三高の生徒が自殺して、その場にいた娘が不登校になったって噂になってたし、実家には戻れるわけないっしょ」
私は、答えられずに黙っていると
「この間、ホントは、監禁されてたんじゃね?」
と、訊いてきた。
私が、下を向いていると、美羽という娘は、クスッと笑って
「やっぱりねぇ。……ドラが、あ、ドラってのは、今の私の宿主で、『竜崎』って苗字も、ドラのを使ってるんだけどさぁ。そのドラが、あの時言ってたのよね。
『お前が会いたいって言ってた娘な、誰かに監禁されたのかもな』って」
と、言った。
私は、この娘のどこまでを信用していいのか分からずにいた。
この軽い喋りは、コンさんと出会った頃くらいまでの私も、努めて同じようにしていたので、作られたものかもしれないとして、どこまで知っていて、どこまで話していいのかが分からない。
それを察したのか、美羽という娘は、はぁ~っとため息をつくと
「ねぇ、どうしたら、私のこと信用してくれるの?私、縛られてるし、何もできないんだよ。燈梨は疑ぐり深過ぎだよ!」
と、不満そうな表情で言うので、私は言った。
「私の知ってる女子は、胸周りと手首をしっかり縛って、椅子に結び付けた状態でも尚、私の首を折ろうとしたの。それを目の当たりにしたから、安心はできない。分かる?」
美羽は、頷いたが、すぐに
「その女子は、それとして、私はそんなことできないよ!私は、これだけでも身動き取れないし、手首に縄が喰い込んで、痛むんだからさ!」
と、反論すると、続けて言った。
「あと、何すればいいの?」
私は、そう言われて、美羽という娘の目にガムテープを貼った。
さすがに手が自由にならずに、目隠しされていれば、襲ってはこられないだろう。
「ははは……燈梨は念入りだねぇ。全く見えないよぉ……」
と、軽口を叩いていた美羽だが、目隠しが終わると、声のトーンが一段下がり
「さあ、今度は燈梨の番。答えてよ。燈梨も家出してるんでしょ?」
目隠しをした後、私は美羽の向かいでなく、斜向かいの席に移動したのだが、それを知らずに必死に向かいに顔を向けて言った。
「うん……」
私は、ここまで拘束されて尚、訊いてくる彼女の姿勢に負けて、そこだけは認めた。
「それで、なんで家出してきたの?やっぱり例の事件のせいでなの?」
「……」
私は、この美羽という娘の真意が分からず、返答する気が起こらなかった。
私が、今まで全てをさらけ出した人たちには、共通点がある。それは、私のこれまでの経緯を知りたいと思いながらも、無理に訊き出すことはせず、私が気持ちを整理して、自分から話したいと思うようになるのを待っていてくれた点だ。
しかし、目の前にいる美羽は、私から全てを訊き出すまでは、テコでも帰らないという姿勢が滲み出ている。
コンさん達や、フー子さん達には、全てを話したが、それは、あくまで私が話したいと思えたからだし、美羽から責められるように訊かれて、話したいとも思えないのだ。
……すると
「ねえ!なんで黙ってるの?教えてよ!……私、ここまでの格好になってるんだからさ!」
と、美羽がロープの伸びる限り、前のめりになりながら、私に向けて喚き出した。
……正直、倫理的には、言わなければならないのだろう。
美羽という娘を縛ったりしたのだから、それに見合うだけの事を返さねばならない。
しかし、初対面の私の心の中に、土足で上がり込まれるような感を受ける、この尋問めいた質問が私には苦痛になってきた。
なので次の瞬間、無意識にテーブルの上にあるガムテープを手に取って、ビーっと伸ばしていた。
すると、美羽は慌てたように
「燈梨、何してるの?……まさか、そのガムテを、今度は私の口に貼ろうとか言うつもり?」
と、言うと後ずさった。
「燈梨?……ちょっと、何か言ってよ。私をどうするつもりなの?……ちょっと、なんとか言いなさいって!」
と、私の方を向いて必死に喚く美羽を、茫然自失で見つめながら、私の身体は動かなかった。……そして、私の目からは、ツーっと、涙が一筋流れてきた。
「燈梨、なんとか言えってば!燈梨!訊いてるの?……燈梨!……うぐぐぐ!?」
喚く美羽に対して、動けない私に、突然現れた人影が、私が手に持っていたガムテープをひったくると、美羽の口に貼りつけて黙らせた。
私は、驚いて、現れた人影を見て驚きの声を上げた。
「桃華……さん。どうして?」
「来週の海の件でね、ぷーこから連絡が来たから、知らせついでに、私の車に乗って貰おうと思って……って燈梨ちゃん、どうしたのよ!魂が抜けたみたいになってさ!……この縛られてる奴が原因なんでしょ?」
桃華さんは、美羽という娘を忌々しそうに見下ろして言った。
「うーーー!!むむーーーー!!うむーーーー!!」
ジタバタ暴れる美羽をテーブル席に残して、私は桃華さんとカウンター席に座ると、ここに至る経緯を話した。
桃華さんは、私の話を、うんうんと頷きながら聴いてくれ、私の肩を抱きながら
「分かった。ここは、私に頼って」
と、言うと、美羽の元へとつかつかと歩いて行き、目と口のガムテを剥がすと
「あんたね!燈梨ちゃんは、心に傷を負ってるの、分かるでしょ?その原因を、初対面なのにズケズケと訊き出そうなんて、厚かましいにも程があるわよ!」
と、一喝した。
美羽は、桃華さんを見上げながら
「あんた誰?……大体、燈梨は、話してくれるって条件で、私のこと、こんな目に遭わせたんだし、訊いて当然じゃん!」
と、吐き捨てた。
すると、桃華さんは
「可愛げのないガキンチョが……燈梨ちゃんは、あんたが、そうやって踏み込んで訊いてくるから、断るに断れなくて、あんたに押し切られてるだけなの!そういう風に、人に押し付ける考えはやめないと、燈梨ちゃんは、怖がって、あんたに会ってくれなくなるわよ!」
と、美羽の目を見て言い聞かせた。
すると、美羽は、桃華さんの陰から身を乗り出すように
「燈梨、そうなの?訊かれたくないの?」
と、私の方を向いて言った。
私は、美羽から目を逸らして、黙って頷いた。
「だ・か・ら、そういう風に、圧の強い感じで、燈梨ちゃんに迫るなっての!人には、タイプってものがあるんだから、我を張るんじゃなくて、相手に合わせてあげられなくちゃ……」
と、美羽は、桃華さんに、たしなめられて
「ゴメンね、燈梨。そんなつもりじゃなかったんだ。私は、燈梨と仲良くなりたくて……」
と、言うと、桃華さんは、やれやれ……と、いった表情になった。
「桃華さん、ゴメン、紅茶入れますね」
と、私が準備を始めると、桃華さんは
「燈梨、良いんじゃね?ここに手付いてないのが1つあるし、コイツは縛られてるから飲めないし」
と、茶化したので、私は気がついて、美羽の分も紅茶を入れ直すと、美羽のロープを解いた。
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