美羽
以前にも登場した美羽と燈梨が遂に出会います。
元々別の作品の登場人物である美羽は、登場しない予定でしたが、燈梨の成長に欠かせない鍵を握る人物として登場と相成りました。
ぜひお楽しみください。
夏休みがあけてから、ほぼ1週間が経った。
今日は、土曜日なのに誰もいない。
コンさんは、沙織さんと杏優を連れて師匠のお墓の事とかで朝から出かけている。
舞韻さんも、大学の頃の友人と会うそうで、お店には来ていない。
以前の私なら、1人になると色々思い悩んだり、以前の嫌な思い出が蘇ってきたりしたのだが、今やそんな心配は皆無だ。
よく晴れているので布団を干し、洗濯をし、掃除をするとお昼になった。
平日ならバイトがあるので午後は忙しいのだが、今日はやることが無くなってしまった。
ここのところ、時間が空くと、コンさんが持っている首都高を走るレースゲームをやって、首都高に慣れる練習をしていたのだが、折角の晴れた休日に、今日でないとできない事がしてみたくなったので思い立ち、表に車を出して洗車をした。
ここに来て以降、洗車の手伝いはしょっちゅうしていたため、洗車に関しては一家言あると言っても過言ではないと思ってる。
まずは、ホースで車をしっかり濡らしてから、バケツに少量の水とシャンプーを入れ、ストレートの水流でしっかり泡立てをしてから、スポンジに泡をしっかり取って泡で撫でるようにボディ全体に塗り広げていく。
このシャンプーは、コンさんこだわりのワックスインシャンプーで、ワックスがけは不要なので、その時間で、別の箇所を綺麗にする時間に割けるのがメリットだ。
しっかり泡でボディを擦ったら、水で洗い流してからボンネット、トランク、屋根の3ヶ所はそれを繰り返して3度掛けする。
コンさん曰く、この3ヶ所が一番日に当たっているため、太陽光線の影響を受けて塗装が剥げたり、色が褪せてきたりしやすいそうだ。
なので、普段から厚めにワックスがけすることで対処するのが有効だそうだ。
私は、3回掛けすると、今度はボディが濡れているうちにコーティング剤をスプレーして、水を拭き取りながら塗り広げていった。
全て拭き終わると、ボディ全体がしっとりとした艶で覆われた。
私は、コンさんの家に来るまで、洗車なんて無駄な労力のかかる割に意味のない行動だと思っていたが、実際に終わった後の結果を目の当たりにした今となっては、すっかり考えを改めた。
……車のボディ面に自分の顔が映り込むのを、ついうっとりと眺めてしまう私は、すっかり洗車に魅了されてしまっている。
私のシルビアが、パープリッシュブルーだというのも、私が洗車に憑りつかれている理由かもしれない。
この濃い青色のボディに浮かぶ深い艶と、日の当たり方によって浮かび上がってくる紫色の妖艶な感じが、より一層映えるのが見たい。
外装を終えた私は、タイヤの艶出しスプレーを吹き、その間にドアを開けて、ドアの裏側と、室内側をシャンプーの残りで洗っていた。
運転席側を終えて助手席側を洗っていた時、ふと、後ろに人の気配がした。
振り向くと、制服姿の、女子高生と思われる女性が立っていた。
私は、既視感があり、思い出そうとしたが、制服を見た瞬間、思い出した。
彼女は、沙織さんの所から解放された日に、コンさんと行った神社にいた娘だ。
私の実家と同じ市内にある第一高校の制服を着ていたので強烈に印象にあったのだ。
……舞韻さん達の話では、私が杏優に拉致されていた日にも、お店にやって来て、私と会いたがっていた……と、いう事だった。
「この車、あなたの?」
「うん」
私が、頷くと、彼女は目を瞑って小声で何かを唱え始めた。
そして、ポケットからビニール袋を取り出し、その中に入っていた塩を、車の方に向けて撒き始めた。
「ちょ……ちょっと、何?」
私は驚いて、彼女を止めようとしたが、彼女は意に介さず、そのまま塩を撒きながら車の周りを1周した。
そして、私の方へと向き直った。
「突然ゴメンね。この車からの残留思念……ストレートに言うと、生き霊が強く出てたから、ちょっと祓わせてもらったの」
私は、あまりにも突飛なことを言われて唖然としてしまった。
……しかし、思い当たる節がない訳でもなく、むしろ、ピンとくるものがあった。
このシルビアには、前オーナーの夫婦があまりにも長く乗っていて、思い入れが強いことを当人から訊かされていたので、本人たちも気付かないうちにその思いが残っている……と、言えば説明はつくのだが、やはり、そうは言われても釈然としないものを感じてモヤモヤしていると
「私のこと、おかしい奴だと思ってるでしょ?」
「……いや、そんなこと……」
「んな訳ないっしょ!……だって、以前の私があなたの立場だったら『はぁ?あんた、頭おかしいんじゃね?』って言ったもん」
私の頭はパニックになった。
……とにかく、何と言っていいのかも、何をしていいのかも分からないが、1つだけ私の頭に浮かんだのは
『車に塩をかけたままにしておいたらサビる』
と、いう1点だけだったので、再びシルビアのボディ全体にホースで水をかけると、拭き取りを始めた。
……すると、彼女は
「マジでゴメン……私も拭くから」
と、言うので、私は拭き取りのクロスを1枚渡して2人で再びシルビアを拭きあげることになった。
彼女は拭き取りながら
「私は美羽。木嶋……竜崎美羽。あなたは?」
「……鷹宮燈梨」
「ふぅん。……ところで、燈梨は三高の娘でしょ?」
「うん」
「燈梨は、家出してきたんでしょ?」
私は、突然現れた美羽という娘から、根掘り葉掘り訊かれて、正直、彼女に対する疑問と、不信感を抱いた。
……この娘は一体、誰なのだろう?
確かに、制服は一高のものだが、この娘が一高の娘だとは限らない。
もしかしたら、私を探そうとしている新手の探偵か何かかもしれない。
そもそも、突然、やって来て『お祓いをする』ってアプローチするなど、普通に考えてもおかしい。
そう思うと、ちょっと彼女を見る目が変わった。
……それを察したのか
「私の事、疑ってるでしょ?自分の事を連れ戻しに来た人間の手先なんじゃないかって」
「そんなこと……」
「燈梨は、嘘つくの下手だねぇ~。表情に出てるよ」
美羽という娘は、ニヤリとして言った。
「そうだよね。そんな、突拍子もなく、初対面の人間に訊かれたら、そうなるよねぇ~。……じゃあ、はい!」
と、言うと美羽という娘は、定期入れを出して開いてみせた。
そこには、第一高校の学生証が入っていた。
氏名の欄には『木嶋 美羽』とあった。
発行年から私と同学年だが、不思議な事に学年は2年生になっていた。
私は
「あなた、さっき竜崎美羽って言ったじゃん!苗字が違うし!それに、なんで2年生なの?」
と、後ずさりして身構えながら言った。
過去に、沙織さん、杏優に拉致された経験から、相手が小柄な女性でも、油断はできないという経験則が身についているので、最大限警戒していると
「ゴメンゴメン。この頃は木嶋美羽だったけど、今は竜崎美羽なの。それに、2年生な理由は……」
と、言うと、下を見つめて
「家出……したんだ」
「えっ!?」
「色々あってね。家にいても息苦しくてさ。私なんて、いない方がせいせいするみたいだからさ」
私は、彼女の話を黙って訊いていた。
彼女の話を、今の段階で信用することは出来ない……と、思っていると、彼女は続けて
「家を出たんだけど、半年くらいあちこち渡り歩いてさ」
と、言って、しばらく下を見つめながら黙っていたが、思い切ったように
「殺されちゃったんだ」
「えーー!!」
驚いている私に、彼女は
「私さ、お金無くなっちゃってからさ、手っ取り早く、知らない人に泊めて貰いながら渡り歩いてたの……そしたらさ、私は気付かないうちにヤバいところ、見ちゃったらしくてさ、追って来られて……」
あっけらかんと言う彼女の言葉を、私は素直には信じられなかった。
「殺されたって……でも、生きてるじゃん!」
と、反論すると、彼女は、照れ隠しなのか、誤魔化しているのか、へらっと笑って
「信じられないだろうけど、生き返った。……それが、どういう事でって言われると、私も分からないんだけどさ……」
私は、にわかには信じられない事を、次々と言ってくる彼女に呆気に取られていた。
すると、彼女がにじり寄って来たので、即座に後ずさった。
「なーんか、警戒されてるなぁ。別に取って食ったりしないよ」
「とか言って、私を拉致するつもりでしょ!」
「そんなことするわけないじゃん!……それに、私、女子だよ。1人で燈梨を拉致なんてできる訳ないじゃん!」
私は、辺りを見回して、誰もいない事を確認した。
「女子1人でも、私を拉致した人が2人もいるの!あなたが違うなんて言いきれないでしょ」
すると、美羽という娘はクスッと笑って
「そんなに拉致されてんだ。でも、私は違うよ。だったら、調べてみればいいじゃん」
と、言うとブレザーを脱いで、私の方へと一歩踏み出した。
見た感じ、ブラウスの下に武器のようなものを隠している様子はなかった。
そして、木の陰に隠れてからスカートを捲り上げて
「ほら、見てみなよ。何か持ってる?」
と、言って私に迫ってきた。
彼女のパンツは、紺色にピンクで縁取りされ、縁取りと同じ色で絵柄が描かれた可愛いものだった。
恐らく、ブラとお揃いのものだろう。
私は、見ていて恥ずかしくなったが、何もないことをしっかりと確認した。
コンさん達と過ごして、こういうところはしっかりとチェックする癖がついたようだ。
以前の私なら、確認もせずに、下着姿に恥ずかしくなるだけだったと思う。
「分かった。もういいよ」
「ようやく、信用して貰えた?」
「ハンカチは?」
「持ってないよ」
「本当に?」
「なんで?」
「ハンカチに麻酔薬、染み込ませて私に襲い掛かってくるかもしれないじゃん」
彼女は、やれやれ……と、いうように肩をすくめてから、ブレザーのポケットを裏返して見せてから
「大体、私が燈梨を気絶させたところで、どうやって連れて行くのさ?」
「どこかに車が隠してあるかもしれないでしょ」
「私、免許ないし」
「でも、誰かに運転して来て貰ってるかもしれないじゃん」
美羽という娘は、はぁ~っと、ため息をつきながら
「だったら、どうしたら信じてもらえるわけ?」
と、私の顔に顔を近づけてきて言った。
私は、どうしていいのか分からず、彼女の表情を見た。
私も、家を出て以降、色々な人間を見てきたので、何となくではあるが分かる。
……彼女の表情は、嘘を言っている人間のそれではないように見える。
黙っていると、彼女は
「じゃあ、こうしよう」
ニコッとして言った。
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