夏の真ん中
私たちが車から降りると、コンさんのシルビアからは3人の人が降りてきた。
コンさんと、沙織さんの他に、桃華さんが乗っていた。
そうか、桃華さんが1人暮らししている場所は、隣の市だったと訊いているので、ついでに送っていく事になったのだろう。
レストランでお昼を食べ、ここに来たらお約束のソフトクリームを食べていると、コンさんの携帯が鳴った。
電話が終わると、コンさんは、舞韻さんに耳打ちをしてから
「燈梨。悪いんだけど、用事ができちゃったから、真っ直ぐ帰らなきゃならないんだ。沙織と、桃華ちゃんの事、頼んで良いか?」
と、言うので
「うん。だけど、今日、帰ってくるの?」
と、訊くと、コンさんは言った。
「それは大丈夫。燈梨が帰るより早く戻っているとは思うから」
ソフトを食べ終わると、みんなで車に移動し、コンさんの車のトランクから、桃華さんの荷物を出して、私のシルビアのトランクに移すと、舞韻さんの運転で、コンさん達は出発した。
「あたしらは、もう少しゆっくりしてから出ましょ。ここ広いし、食休みも重要よ」
と、沙織さんが言って、桃華さんも頷き、私たちはこのサービスエリアを散策した。
下り線側は、以前、沢井に捕まった際に散策していたが、上り線側は内容が違っていて、ブランドショップはあるのだが、下り線とは違うブランドのショップになっていた。
以前と違い1人でなく、年齢の近い女子3人で入ると、何も買わなくても楽しめる。
3人で、ああでもない、こうでもないと言いながら、あれこれ見て歩くのは新鮮だし、他愛もない内容の話でも、面白く感じてしまう。
「ここまで来て、ブランド品買う人っているの?」
と、私が以前から思っていたことを口にすると、沙織さんが
「それがね、案外いるのよ。観光地に来て、気分が解放的になったカップルとかが、勢いで買ってっちゃうものなのよ」
と、言うと、桃華さんが
「でもって、帰って来てから冷めちゃって、リサイクルショップに売りに行ったりする奴、大学でも結構いたいた~」
などと、正直、営業妨害にしか聞こえないような話で盛り上がったりした。
ショップを出ると、お土産屋さんを見て、ご当地のゆるキャラグッズのコーナーで、
「ないない、こんなデザイン~」
と、またして営業妨害をしてしまったりしていた。
広いエリア内には、人工的に作られた川と池もあり、私たちは池を泳ぐ鯉を眺めたり、落ちていた葉っぱを浮かべて遊んだりして楽しんだ。
ゆっくりとサービスエリアを楽しんだ私たちは、車に戻ると、コンさん達から1時間遅れで出発した。
後ろの席に座った桃華さんが
「同じ車種でも、型が変わると室内の感じも変わるのね」
と、感想を口にした。
「昔はね、結構ガラッと変えたものなのよ。これがバブルの恩恵ね」
と、沙織さんが言った。
「これも、ターボなんでしょ。やっぱり速いの?」
桃華さんに訊かれて、私は答えた。
「うん。私には使いきれないくらいパワーがあって怖いくらい」
「そうなんだ。私は、教習車と、自分の車しか乗ったことないから、まだ分からないけど……」
桃華さんが言うと、沙織さんが言った。
「あんたも、みんなの車に乗せて貰えば良かったのよ。折角みんなが色々な車に乗ってるんだからさ」
「でも、私が頼んでも、みんな嫌がるんじゃないかな……」
「そんな事ないわよ。現に、燈梨なんて、みんなから『乗ってみなよ』って誘われたし」
「そうなんだ……」
落ち込む桃華さんを見た沙織さんは、私に訊いた。
「燈梨、桃華に運転させて良い?」
「うん」
「じゃあ、次のサービスエリアから、その次のサービスエリアまで、桃華、乗ってみな」
「えっ!?そんなの悪いよ……」
「何言ってんのよ!燈梨が良いって言ってるのに、遠慮したら燈梨に悪いでしょ!」
沙織さんに言われた桃華さんが
「燈梨ちゃん……ほんとに良いの?」
と、後ろから身を乗り出して訊くため
「うん、良いよ」
と、答えると、次のサービスエリアで交代した。
桃華さんが運転席に移り、沙織さんは助手席をキープしてもらい、私は、初めて自分のシルビアの後席に乗った。
乗ってみて、案外、後ろの席も狭くないんだなと思った。横幅も広いし、高さも、私の座高なら余裕がある。足元のスペースが少し狭いのと、前席が大きく近いため、ちょっと圧迫感を感じるけど、充分快適だ。
桃華さんの運転は、最初こそ慣れないのか、おっかなびっくりな面もあったけど、慣れてくると安定してきた。しかし、自分の車の癖が抜けないのか、必要以上にアクセルを踏み込むので、未体験な加速を披露することもあって少し怖かった。
次のサービスエリアで、沙織さんが
「燈梨、少し乗せてもらって良い?」
と、訊いてきたので、後の行程を全て沙織さんに任せることにした。
沙織さんの運転は、私と、桃華さんの中間くらいだった。
桃華さんのように、アクセルを踏み込むわけではないが、私よりは踏んでいて、スピードレンジは高かったが、安定していた。
「やっぱり、ワンエイティよりも、安定して速いわね」
と、感想を漏らしていた。
都内を抜けて、県内に入り、桃華さんの住むアパートに到着した。
「折角だから、お茶でも飲んで行ってよ」
と、言われ、私たちは桃華さんの部屋にお邪魔することにした。
確かに、アパート前の駐車場には、黒いラパンSSが止められており、桃華さんが
「これが、私の車」
と、紹介した。
私と沙織さんは、中を覗いたり、周りを見回してみた。
確かに、普通のラパンSSに見えるが、唯花さんが言っていたように、リアワイパーが外されていて、根元にサイコロの飾りがついている。
携帯の画像では、伝わり辛い部分もあったけど、桃華さんのラパンSSは、画像よりもきれいな艶の深い黒いボディで、しっかりしたものだと思う。
室内も、汚れとかは見えずに、これまたきれいだった。桃華さんの性格なのか、室内には、飲み物や荷物などは一切無く、それも、綺麗さを際立たせているように見えた。
「暑いから、中に入ろ」
桃華さんに言われて気付いたが、こちらはうだるような暑さだ。向こうに慣れた身体には、正直辛いものがある。そして、向こうは涼しかったんだと改めて思わされた。
北海道で過ごしてきた私が、関東で迎える初めての夏だったが、その一番辛い時期を、別荘で過ごしたので、私は夏バテせずに、ここまでこれた気がする。
……そうか、コンさんや沙織さんは、そこまでを考えて、今回の事をセッティングしてくれたんだと、今更ながらに気がついた。
桃華さんの部屋は、必要最小限の物しかなく、家具も白と黒に統一されてシックでお洒落な部屋だった。
桃華さんの淹れてくれたハーブティーをご馳走になりながら、桃華さんの大学の話や、ボランティアのゴーストタウンの整備の話、そして、クルマ購入に至るまでの話を訊いたり、沙織さんが、それについて質問したり……と、話が弾んでいるうちに、すっかり夕方になってしまった。
「ゴメンね。オリオリ、燈梨ちゃん、すっかり引き止めちゃって。また、海の時に行くから」
と、桃華さんに見送られて、私たちは桃華さんの部屋を後にした。
そして、久しぶりに家へと戻った。
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