帰り道
最終日の朝が来た。
昨夜のグダグダっぷりからは想像できないが、あれから、順番が決まっているかのようにお風呂に入り、決まった時間にお開きとなり、コンさんだけは、2階のゲストルームで寝て、あとのメンバーは、師匠の寝室で寝る事となった。
寝る際も、私は、舞韻さんと沙織さんの間に寝て、身の安全を確保した。
万一、ミサキさんと、唯花さんの隣になど寝てしまったら、寝させてもらえない状況になるのは予測できたからだ。
朝食を済ませると、別荘内の片付けと掃除をした。
みんなも手伝ってくれたおかげで、1時間少々で終わり、私たちは、みんなを見送った。
「燈梨~。再来週は、そっちに行くからね。海、楽しみにしてるからね」
「燈梨ちゃん。また、花火持って行くね」
「燈梨ー。海であたしに変な事、するなよな!」
「燈梨ちゃん。再来週、楽しみだね~」
みんなを送り出すと、私たちは家路へとついた。
舞韻さんが、私の車に乗ってきて、沙織さんが、コンさんの車に乗り、2台のシルビアは出発した。
「どうだった。楽しめた?」
舞韻さんは、私に微笑みながら言った。
「うん、充分に。みんなにあちこち連れて行って貰って、こんなに充実した夏休みって初めて」
「そうか……」
舞韻さんは満足そうに微笑みながらも、少し憂いを含んだ言い方をした。
「舞韻さんは?」
「うん、楽しかったわよ。あの別荘にこんなにゆっくりしたのは初めてだったし、正直、何年も私は行ってなかったしね……」
「そうなの?」
私は、驚いて思わずちょっと大きめの声になっているのに気付かずに言った。
すると、舞韻さんは、ちょっと驚いたような表情をしていたが、すぐに
「うん……沙織がいなくなってからね、シルバーウルフに会うのが気まずくなっちゃってね。オーナーにだけ行って貰ってた系なの」
と、続けた。
舞韻さんの話では、沙織さんが姿を消した直接の理由は、組織の復讐からコンさんを守るためだが、やはり、舞韻さんに辛く当たられたことが、大きなウエイトを占めていたのは、誰の目からも明白だったそうだ。
「シルバーウルフは、オーナー……いえ、フォックスには、色々と口を出していたの。私の、沙織に対する態度の事とか、色々ね。だから、私は、彼の事をウザいとしか思えずにいたし、会うとムカつくようになっちゃったから、ある時期から避けてたのよ」
舞韻さんは、今となっては……と、いう感じで、優しい口調で言っていたが、やはり、あまりいい感情でいない事は、語尾に「~系」がつかない事からも読み取れる。
「それに……」
舞韻さんは、少し暗い表情になると、声のトーンを落として
「私だけが、彼の弟子じゃないからね」
と、吐き捨てるように言った。
確かに、舞韻さんは、コンさんの弟子とはなっているが、師匠の弟子ではない。
対して、沙織さんと杏優、コンさんの3人は、師匠の直接の弟子だ。
舞韻さんの、沙織さんに対するモヤモヤした感情は、唯一、師匠の弟子ではない自分に対してのコンプレックスの裏返しなのではないかと思えてきた。
「正直……沙織が憎かった。フォックスに手をかけようとした事だけじゃなく、私がなれなかったシルバーウルフの弟子というポジションを手に入れながら、それに飽き足らないとしているその態度が」
だから、沙織さんが、コンさんを狙った時、真っ先に捕まえて拷問にかけたのだという。
「実はね、フォックスは、事前に沙織が襲ってくることを知ってたのよ。シルバーウルフが、調べて知らせてくれたみたいで、だから、押し入ってきたら取り押さえるつもりだったんだけど、私は、それを察知して、その前に沙織を捕まえてみせた。……そうすれば、フォックスも私のやる事に反対できないから」
そして、拷問にかけたことは沙織さんから以前、訊いたのだが
「本当はね、沙織がすぐ吐くと思ってたの。そうすれば、シルバーウルフに『あんたの不甲斐ない弟子を屈服させた』って言ってやろうって思ってた。でも、沙織が思いの外、根性があったからね……」
そこで、疑問に思ったことがあったので私は舞韻さんに訊いた。
「4日目の拷問は、どうするつもりだったの?」
舞韻さんは、自嘲的な笑みを浮かべると
「本当に、殺してやるつもりだったわ」
私は、声のトーンを変えずに台本を読むように吐き出されたその言葉に、背筋が凍った。
「正直、2日目には、泣きながら全てを話して命乞いするもの、と踏んでいた私にしてみれば、焦りと、怒りと、悔しさがごちゃ混ぜになって、妙な感情になってたの。だから、最初に胸を切り落として絶望させ、虫の息にしたところを、残酷な方法でね。遺体も見られないような惨たらしい姿にしてやろうと思ってた」
しかし、コンさんに中止を命じられた。
ただ、私には疑問なのだが、ここまで、コンさんの制止を無視して、突っ走ってきた舞韻さんが、中止するとは思えなかったのだが、舞韻さんは、ポツリと語った。
「フォックスがね『俺は、お前に人間の心を取り戻させてやれなかった自分が憎い』って、涙ぐみながら言ったの。私の前では、声を震わせることも、涙を見せる事も絶対しなかったのに……それがあまりにも強烈で、続けられなくなっちゃったの」
そして、沙織さんを拷問から解いて、酷い扱いで監視下に置いていた舞韻さんだが、ある夜、また衝動的に、沙織さんを殺してしまおうとしたという
「シルバーウルフが、外でフォックスに会ってたって知った夜ね。『なんで、私に直接言わないで、フォックスに何か言うのよ!』って感情が爆発して、寝てる沙織を絞めようとしたの」
すると、コンさんが部屋に入ってきて、舞韻さんは、お店まで連れて行かれたそうだ。
「フォックスは、平手で3発、頬を叩いた。フォックスに叩かれた事なんてなかったから、驚いていると、私の口の中に、いつも、フォックスが使っているS&Wじゃなく、ガバメントを突っ込んで『お前のような獣は、ここで死ね!俺も後を追うが、お前ごとき獣で、師匠の愛銃を汚すわけにはいかん』って言われて、私はショックだった。命の恩人のフォックスが、私を本気で殺そうとしていることに……」
そして、舞韻さんは、コンさんが、自分の事を本気で、普通の人間に生まれ変わらせようとしてくれていたという事を感じたという。
もし、舞韻さんが、元の凶暴な殺戮マシーンから生まれ変われなかったとしたら、日本に連れ帰った自分の責任として、舞韻さんと共に自分も死ぬつもりだったと、いう事も知って、初めて、自分の愚かさに気付き、この世界から足を洗う事にしたという。
「だから、沙織の事は水に流したの。ただ、いきなり扱いを元に戻すのも癪だから、しばらくは、下着に手錠で過ごさせたけどね」
しかし、師匠とは会う機会がほとんどなくなってしまったという。
沙織さんの事件以降、師匠は責任を感じてか、コンさんのところを訪ねてくることはなくなり、コンさんが、定期的に訪ねていくようになったそうだ。
そのうちに沙織さんが姿を消して、以前にも増して、師匠と舞韻さんは顔を合わせ辛くなったので、正直、舞韻さんは、師匠が舞韻さんの事を恨んでいるのではないか?とすら思っているそうだ。
「正直、沙織が戻って来た件も、燈梨がいなかったら、私と沙織は、口もきかない関係だったと思うわよ」
「えっ!?」
「沙織が出ていくまで、1日を通して、沙織とまともに口をきくのなんて、怒る時だけ、あとは無言だし、沙織も、私を死んだような表情のない目で見るだけだったからね」
そういえば、沙織さんに監禁されていた時、沙織さんは何度か、舞韻さんが怖いという事と、自分は舞韻さんに嫌われているという事を口にしていた。恐らく、この時の事があったからだろう。
舞韻さんが言うには、恐らく沙織さんが戻ってきて、ストレートにコンさんと会って和解しただけなら、舞韻さんは、沙織さんと以前の関係通りにいっただろうとのことだ。
しかし、沙織さんが私を誘拐し、人質にした事で、沙織さんを矯正せずにはいかなくなって、今のような腹を割って話せる関係になったのだという。
舞韻さん曰く、それはとても不思議な巡り会わせだというのだ。
私は、ふと思った。
もしかしたら、これも師匠の思し召しだったのではないかと。
そこまでの計算はあったのかは分からない、でも、師匠は、私とコンさんが出会うことまでは計算していた。
そこから、近いうちにやってくる沙織さんと、みんな。特に舞韻さんとの潤滑油としての役割をも期待したのではないだろうか?
しかし、そう考えると、この奇妙な巡り会わせの全てに一応の答えは出てくる。
私は、舞韻さんに、コンさんと出会う直前に、師匠と会ったこと、そしてそのやりとりを全て話した。
舞韻さんは、目をぱちくりとさせて、一瞬反応が止まったが
「あの人なら、やりかねない系ね。全てではなくても、燈梨をフォックスの元に送り込めば、少なくとも、フォックスが廃人になったり、後追いはしないという事と、沙織が戻って来た時の事を考えた系かもね」
と、感心しながら言った。
「恐らく、沙織は、あちこちで、女子高生の相談相手になって、色々な悩みを解決させてる系だから、きっと燈梨をフォックスの手元に置いておけば、沙織がやって来て、解決させてくれるに違いない系、とは思ったハズよ」
と、言うと
「私は、やっぱりあの人の事は、偉大だと思うけど、分からない事だらけ、そして、私に対しては“喰えない奴”と思う系ね」
と、言い放ったところで、前を走るコンさんのシルビアが、サービスエリアに入ったので、後に続いて入った。
「お昼にしましょ」
車が止まると、舞韻さんが勢いよく外に出た。
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