海と輪
話の終盤にある
「(特定の車種)の至高の代を決める」
と、いう話題は、参加するメンバーが全員同じ型に乗っていないと、永遠に結論の出ない論争です。
私は、そういう話題が始まったら、さり気なく退出します(笑)
みんなが思い思いにワインを開けて、話し込んでいた。
その中で意外だったのは、舞韻さんと朋美さんは、案外、馬が合うようで、色々な話題で盛り上がっていた。
どうも、銃の種類の好みや、戦闘のスタイルが、この2人の一致するポイントで、その辺に対して
「最近の連中は、すぐに武器頼りの戦闘に走るから嫌なのよ!戦闘は作戦6割、実戦4割なのよ」
「分かります、分かります。作戦行動中にスタンドプレーに走るやつとか、サイテーですよね!」
等と、意見が一致しては、どっと盛り上がり、そして、次の話題で議論が白熱していく……と、いうものだた。
その白熱した議論には、ついて行けそうにないので、私は、フー子さん、ミサキさんと唯花さんが、コンさんと、沙織さんと話しているグループに入って行った。
すると、このグループでは、いつ海に行くかの話を打ち合わせており、私が入るなり
「おおっ!燈梨だぁ……このぉ、あたしが海に入れないからって、ドヤ顔したりしたら、重り付けて沈めてやるからなぁ」
と、酔っぱらったフー子さんが絡んできたが
「その前に風子は、縛り上げてボートに乗せて流しちゃうから大丈夫、大丈夫」
「フー子!そうやって燈梨ちゃんに絡むなら、フー子は砂浜に埋めるからね!!」
と、唯花さんとミサキさんに、たしなめられて、黙ってしまった。
「それで、日程は来週にするか、再来週にするかよね……」
ミサキさんが言い、唯花さんが訊いた。
「ミッキーのところの、バイトのシフトは?」
「ハイシーズンは、先週で終わったから、結構調整は効くわよ。そっちは?」
「ウチらも、結構調整効く。ハイシーズンに休みなしで出てたからね……信頼が厚いのよ……ニシシ」
「あとは、ユイの伯父さんの家が問題ね」
「大丈夫だよ。あそこの家、今は、拓兄1人暮らしで、部屋は思いっきり余ってるから」
と、話していると、沙織さんが
「来週だと、海は結構混むかな。次の週がベストね。さらに次の週になるとクラゲが出始めるから」
と、言ったので、2人の意見は一致して
「じゃあ、再来週にしましょう」
と、返事をすると、コンさんが
「よし、分かった!準備しておくな。最悪、伯父さんの所に泊まれなかったら、ウチの空いてる部屋に、泊まれるしな」
と、頼もしく返事をしたが、そこに沙織さんが、口を挟んだ。
「ちょっと、フォックスの家にそんな余裕あったっけ?」
「燈梨が隣の部屋を片付けてくれたから、丸々空いてる。10畳はあるぞ。それでも狭ければ」
「狭ければ?」
私が訊くと
「俺がリビングか、ガレージの小部屋で寝ればいい。そもそもガレージの小部屋は、ガレージに来た時に泊まるために作った部屋だからな」
と、言うので、3人が
「い、いや、さすがに足りるだろうし、足らなかったら、ウチらの中から誰かがリビングで寝るから……」
と、慌ててフォローに回っていた。
しかし、トントン拍子に、再来週の海というイベントまで決まってしまうとは、私も思わずにいたので、思わず驚いてしまった。
考えてみれば、こんなに忙しい夏休みというのは産まれて初めてだし、みんなで行く海というのも初めての経験だ。……そこで、コンさんに小声で
「コンさん。帰ったら、水着、買いに行こ?」
と、言うと、コンさんは途端に驚いて
「えっ!?……それは、俺が一緒にいない方が良いんじゃないのか?」
等と、訳の分からないことを言うので
「それじゃ買いに行く意味ないじゃん!だったらむしろ、通販で良いでしょ!!」
と、強い口調で言うと、コンさんは
「いや、それじゃ、味気ないというか……折角燈梨は、可愛いんだからさ、適当にじゃなくてさ、しっかり選んだ方が良いと思うんだ」
と、空気を読まない返事をしたので、私が、はぁ~っとため息をつくと、同時に沙織さんが
「フォックスは、女心が分からなさすぎ!しっかり選ぶのに1人で行ってどうするのよ!」
と、言うと、あとの3人も
「いくらなんでも、燈梨ちゃんが可哀想だと思いません?1人で、水着選びに行かせるなんて」
「フォックスさんは、ハードボイルドすぎて、燈梨を泣かせるだけ泣かせるタイプなのかなぁ……それじゃぁ、燈梨が不憫で、私は泣けてくるなぁ……」
「あたしだって、海は嫌いだけど、水着を1人で選びに行ったりしないぞ!おじさんは、燈梨に対して酷過ぎるんだよ!」
と、私の味方になってコンさんを攻め立てたため、コンさんは慌てて
「分かったよ。ゴメン、燈梨、じゃあ、今度一緒に水着選びに行こう。……取り敢えず沙織も一緒にさ」
と、言った。
すると、沙織さんが
「良いですよ。私も持ってないから買うんですけど、『取り敢えずついで』で」
と、今までになく、嫌味な言い方でコンさんに返してきた。
コンさんと沙織さんは、今は師弟関係なので、基本、沙織さんは、コンさんに何も言い返してこないのがデフォルトなのに、今回のコンさんの言い方は、かなり腹に据えかねていたようだ。
すると、唯花さんが
「あのさぁ、燈梨に対してだけじゃなくて、オリオリに対しても大概酷いよねぇ……『取り敢えず』ってさ、オリオリは、おまけかなんかみたいじゃん!」
と、口火を切ると、フー子さんが
「いくらオリオリの胸が小さいからって、ついで扱いするなんてサイテーだよ!」
と、続き、ミサキさんも
「そういう言い方って、傷つきますよ。……だから、未だに独り身なんですね……」
と、かなり感情のこもった言い方で続けた。
コンさんは、完全に困ってオロオロしてしまい
「いや。申し訳ない。本当にそういうつもりで言ったんじゃないんだ……」
と、言ったきり黙り込んでしまったので、私は
「みんな、コンさんはそういうつもりで言ったんじゃなくって、自分がついて行っても、選んだりできないから、行っても邪魔なんじゃない……って意味で言ったんだと思うの。だから……」
と、言うと、唯花さんが
「あはははは、燈梨がフォローするのかよ!ウチらだって、そのくらいのこと、分かってるよ。ただ、フォックスさんが、燈梨が、ああ言って誘ってるのに、あまりにも空気読まないこと言うから、いじめてやったのさ」
と、言った。すると、その後ろでミサキさんが
「そうそう。まぁ、オリオリに対して言ったことは、さすがにデリカシーなさすぎだと思うけど、燈梨ちゃんが、そこまで必死にフォローするから、面白くなっちゃった」
と、言うと笑い転げてしまった。
そして、フー子さんが
「そうだそうだ、まるで燈梨が、酔っ払って迷惑かけた人に謝ってる奥さんみたいで不憫じゃないか……っておおっ!!」
と、言いかかったかと思うと、背後から来た沙織さんから首に腕を回されて、床へと引き倒されていた。
「フー子ぉ……あんた、どさくさ紛れに、あたしの胸が小さいから、とか言いやがってさぁ……どういうつもりよ!!」
「オリオリぃ……違うんだ。あたしは、おじさんが、あまりに酷いこと言うから、抗議を……」
「酷いこと言ってるのは、あんたよ、フー子ぉ。この野郎!どうしてやろうかしらぁ……」
と、言うと、逃げようと立ち上がろうとしたフー子さんの背後に、いつの間にか回り込んでいた桃華さんがおり、いきなりフー子さんを羽交い絞めにすると
「オリオリ!コイツ抑えたわよ!!早く早く」
と、言った。
沙織さんは
「ナイス!桃華。コラ!!フー子。逃げようなんて100年早いのよぉ……こうなったら、燈梨にしかお見舞いしたことない、とっておきのやつをやってやるから!」
と、言うと、突然拳を握って、腰を落とし、戦闘態勢でフー子さんへの間合いを一気に詰めた。
フー子さんは、目を瞑って、必死に防御しようと、体を強張らせた。
その態勢を見て、私には、思い出されたことがある。沙織さんに誘拐されてベッドに縛り付けられていた時の、あの攻撃だ。
すると、沙織さんは、私の方をニヤリとして見ると、人差し指を口に当てて「しぃ~」のジェスチャーをした。私もニコッとして黙っていると、沙織さんはニヤリとしたまま
「からのぉ~!!」
と、言うと、フー子さんの両胸を力一杯ぎゅうぅぅぅっと握りしめた。
「痛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!」
フー子さんは、叫ぶと、桃華さんを振りほどくと、体を両側に捻って暴れ回った。
それを見た沙織さんは
「フー子め!今度ふざけたこと言ったら、握り潰すからね!!」
と、言うと、何事もなかったかのように、水着の話をしている輪の中に戻っていった。
今の別荘内は、ミリタリー談義をしている舞韻さんと、朋美さん、リビングの隅で七転八倒しているフー子さんを除いたメンバーが、水着談義をしているが、コンさんは、隅の方で、唯花さんに、水着の話でいじり倒されて照れてしまっていた。
「フォックスさんは、どんなのが燈梨に似合うと思うのぉ~?」
「い……いや、水着の話はよく分からないから……どんなのとか言われても……」
「じゃぁ、どんな色が良いと思う?黒とか、白とか、カラフルなやつとかさぁ」
「そんなこと言われても……見たことないからさ……」
私は、コンさんがオロオロしている姿を見たことは無かったため、それを眺めながら過ごしていると、フー子さんが、突然転がりながら輪の中に入ってきて、沙織さんを睨みながら言った。
「痛いよぉ……オリオリぃ。おっぱいが、ちぎれてなくなってたら、どうするんだよぉー!」
「何言ってんのよ!燈梨は、もっと強く握られてたのに、そんな泣き言言わなかったわよ」
と、いう話になってきたので、私は、話がこちらに飛び火しないうちに、ミサキさん達の水着談義に戻ろうとした。
……すると、コンさんに対して唯花さんが
「じゃぁ、燈梨に、紐みたいな、際どいビキニ着せたい訳ぇ?」
と、言い、コンさんが狼狽えながら
「い、いや、そういう訳じゃ……」
と、答えると
「て、ことは、スク水か!燈梨にスク水着せたい訳だなぁ……フォックスさんのドえっち!!」
と、絡んでいた。
私は、2人の話に入って止めようとしたが、後ろにいるミサキさんの姿を見て動きが止まった。
ミサキさんは、2人の後ろで、口を半開きにして、へらっとした笑いを浮かべていた。
この笑いは、最初に沙織さんと旅行に行った日の夜にも、ミサキさんが浮かべていたのだ。
その時は、唯花さんや朋美さんを唆して、私を襲わせて、私が胸を揉まれたり、全身くすぐられたりしている背後に、このミサキさんの姿があった。……通称黒ミサだ。
私は本能的にヤバい!と思い、ミサキさんと目が合う前に、話の輪から抜けて、安全圏の舞韻さん、朋美さんの話の輪に入った。
私は、戦闘に関してはずぶの素人なので、話を振られても分からない……で切り抜けられるし、上手くすれば、ただの傍観者を決め込むこともできる。
しかし、話はいつの間にか
『至高のスカイラインはどの型か?』
と、いう、最も終わりの見えないヤバい話題になっていた。
「私は、やはりハコスカの再来を目指したR30型が至高だと思うんですよ」
「何言ってる系?最強版が4気筒の段階で俎上に上がらない系よ。至高はR32型ね」
「はぁ?4ドアが似非カリーナEDで、パッケージングもクソもない4ドア車作って、顧客に逃げられたA級戦犯を擁護するんですか?」
「FJ20なんて、スカイライン単体じゃ採算取れないからって、よりにもよって『シルビアにも積めます』って言って作って、6気筒のポリシーまで売り渡した系じゃない」
「RB20のツインカムなんて、低速トルクがスカスカで、発進が軽自動車より遅いのに、ポリシーもへったくれもないでしょ!」
「R30のグループA仕様なんて、レースで、クラス違いのハチロクに抜かれてた系じゃない」
「それは、限られたシチュエーションで、でしょ!」
訊いているだけでヤバい話題で、しかも、2人ともヒートアップしているこの状況、更には、私も最近車の本などを読むようになったおかげで、この辺の話題の意味が分かっているので、話を振られたら逃げることができない状況だ。
さり気なく逃げようとした私に向かって、舞韻さんが
「燈梨、あんたはどう思うの?」
と、訊いてきた。私は、逃げられなくなってしまった。すると、朋美さんも
「そうよ。燈梨ちゃんは、至高のスカイラインはどの型だと思う?」
と、迫ってきたので、私は
「現行型の400Rかな……」
と、言い逃れた。
この論争の場合は、スカイライン・ジャパン以前のオールド世代に逃げ込むか、2001年以降の、新世代のスカイラインに逃げ込めば、ドツボにハマることは無くなる。
どちらに逃げ込んでも、しらけてしまって、論争はクールダウンする
……ハズだった。
しかし、突然舞韻さんが
「だったら、新世代での至高は、どの型かを決めよう系じゃない!私はV36型ね」
と、言い出したことから、朋美さんも応戦してしまい、私は逃げる事の出来ない論争の渦へと、絡めとられていった……。
私は、思った。
お酒の入ったこの人たちを相手にする時は、早めに寝たふりをしよう……と。
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