山と過去
本文中のマネキンとは、スーパーやデパートなどで、実演販売や、試食会などをやっている人のことです。
このご時世なので、マネキンさんの出番も減っていて、わびしい限りです。
お昼前に、コンさんとホタルの里エリアに移動した。
すると、みんながやって来ていて、プレハブ小屋の外壁に昨日見つけた木の板を打ち付けて、ログハウスっぽくしている班と、バーベキューの準備をしている班に分かれて、それぞれの作業をしていた。
「おお~、燈梨。こっちに来てバーベキューの準備を手伝ってよ」
と、唯花さんが言うと
「何言ってんだよ!燈梨は、こっちを手伝うんだよ」
と、板を運んでいるフー子さんが、口を挟んだ。
私は、最初に声のかかったバーベキュー準備班に加わると、フー子さんが口を尖らせながら
「なんだよー!燈梨の裏切り者めー!あとでそこの木から吊るしてやるからなー!!」
と、サバゲの時に、私が縛り付けられた木を指しながら言った。
すると、沙織さんが背後から来て
「フー子、遅刻してきたあんたは無駄口叩く前に身体動かす!」
と、言われて蹴りを入れられ、作業へと戻らされていた。
唯花さんと、桃華さんの2人とバーベキュー班に割り当てられた私は、食材の串刺しと、調味を担当した。
桃華さんは、バイトでマネキンをやっていた時期があり、あちこちのスーパーの食品売り場で身につけた調理のコツを教えてくれた。
なるほど、スーパーの試食で食べる食品は妙に美味しいと思って買うと、その通りにできない事もあるのはこういう訳か……と、理解できた。
「本当は、これを使ってこういう風にしたって、言わなきゃいけないんだけど、言い忘れる人が多いんだよね。それで調味料の売り上げが上がっても、私らの給料に反映されないからね」
と、ボソッと本音を言う桃華さんは、今までにないぶっちゃけ感だった。
「桃華はさ、そんなこと言ってるけど、高校生の頃までは、一切料理なんかしたことなくって、1人暮らしで、最初に電子レンジ爆発させたレベルだからな」
と、唯花さんが言うと
「その話は、今更しなくてもいいじゃない!!」
と、桃華さんが、ムキになって反論してきた。
唯花さんは続けて
「だってさ、桃華さ、サバ缶を電子レンジに放り込んでさ、爆発したって電話してきたじゃんか」
と、言うと、桃華さんが、背後から唯花さんの胸をぎゅうッと掴んだ。
「この乳巨人唯花めー!!」
唯花さんは、背後の桃華さんを取り押さえようとしながら言った。
「それを言うならミッキーだろ。アイツは私や燈梨よりもデカいんだから。それより、桃華は、高校の頃より大きくなったのか?……確かあの頃は……むぐぐ」
桃華さんは、胸から放した手で、唯花さんの口を押さえながら
「うるさい!うるさい!胸の話はいいの!!」
と、自分が振った話題で、ドツボにハマってしまった失態を振り払うように言った。
串と調味の作業をしながら、2人と、さっきまで麓の練習場にいた話をすると、唯花さんが
「そんな場所があったのかよー!しかも、そこにハチロクが隠してあるのか!?」
「うん、コンさんが、ハチロクレビンだって。乗ったけど、面白い車だったよ。メーターが見辛いけど」
「燈梨めー!私らに内緒でハチロクで遊び回るとは……風子と一緒に、あとで燈梨を木に吊るさなくては……」
どうやら、唯花さん達は練習場の存在を知らなかったようだ。
「分かれ道があるのは知ってたけど、あんな山の1本道なんて、間違えたら崖とかだからさ……行かなかったのさ」
と、言っていた。
「写真見せてもらったんだけど、あのレビン。この川の中に突っ込んで捨ててあったみたいだよ。タイヤも、ライト周りも、助手席のドアもなかったのを直したんだって」
と、私が言うと、唯花さんが言った。
「昔は、ハチロクなんてゴミ同然だったからな。よく捨てられてたって話を伯父さんから訊いたことはあるんだけどね。今じゃ200万とかするからね」
「へぇー」
私は、その辺の価値がよく分からないので、ただ驚くしかできなかった。
なんかシルビアと比べると硬い感じのする車で、そんな高い物には思えないというのが私の感想だった。
「あとで、その練習場に行こうよ。そして、ハチロクで遊ぼう」
と、唯花さんが言ってきたが、私の一存で返事ができずにいると、コンさんが
「行ってくればいいよ。ただ、後片付けをさっきの要領でやっておけばいいから」
と、言ってくれたので、後で唯花さん達と行ってくることになった。
バーベキューの準備もほぼできた頃、私はふと気がついて唯花さんに訊いた。
「ミサキさんが見当たらないんだけど、どうしたの?」
「ミッキーは、3時までバイトなんだって。だから、夕方から合流するからさ。安心してよ」
「夕方って?」
と、言うと、私は、桃華さんに背後から羽交い絞めにされ、くすぐりの指の構えで近づいてきた唯花さんが言った。
「燈梨~。冷たいこと言うなよな。今夜が最後だろ~。だから、みんなで過ごそうって言うんじゃないか~!この!うりうりうり~!!」
私は、唯花さんにくすぐられながら、初めて聞いた話に、思わず嬉しさがこみあげてきたが、くすぐられているので、そんな表情も出ず、いつの間にか集まってきたフー子さんと朋美さんが
「なんだ、燈梨はそんなに嬉しいのか~」
「燈梨ちゃんも、楽しみなんだよね~」
と、言いながら、くすぐりに参加してきたため、私の表情はぐちゃぐちゃになってしまった。
バーベキューがひと段落着くと、私は、コンさんと、みんなが外壁を仕上げてくれたプレハブ小屋へと、足を運んだ。
やはり、壁が変わっただけで、風景を台無しにする無機質な倉庫のような外観から、自然に調和した手作りの山小屋のようになったのは、大きな変化だった。
師匠は、この完成図をずっと描いていたのだろう。外壁の板は、ただのベニヤを適度に炙って味のある色合いと風合いにしてあり、凄く大自然に溶け込んでいる。
「なんか、凄くいいね」
私が言うと、コンさんも
「ああ。これだと、何年も前からここにあったような感じになって味が出るなぁ」
と、言った。そして
「あとは、今後の中で、内装とかもそれっぽくしていこうな。外観だと、屋根の色が、それっぽくなってくれれば言うことないんだけどな」
と、言うと、舞韻さんが
「オーナー、ありましたよ」
と、言った。
訊くと、倉庫の中に、屋根に使うのであろう、濃い茶色のペンキがすでに用意されており、舞韻さん達は、午後の作業で塗ろうと準備していたそうだ。
すると、コンさんが
「じゃあ、俺と舞韻でやろうよ。この娘たちは、燈梨と麓に行くからさ」
と、言って、午後の作業分担は決まってしまった。
私は、舞韻さんの隣に行くと、言った。
「さっき、麓の倉庫で、レビンの修理の記録写真を見たんです。そこには舞韻さんが何枚か写った写真もあって……」
「ああ、あのハチロクね。私も、何度もフォックスと一緒に行って、手伝った系よ。……確か、3年くらいかかった系じゃなかったかな?」
「そうなの!?最初の舞韻さんが黒髪ロングで、イメージが違うなって思って」
「なによー!燈梨、今の私が、ロングの似合わない粗暴なイメージだっての?」
「だって、すぐに銃突きつけたり、縛ったりするじゃん!」
「この頃だって、同じシチュエーションだったら、やってるっての!」
「でも、長い時間がかかってたんだね。沙織さんも写ってたし」
と、言うと、舞韻さんは、ちょっと暗い表情で目線を逸らしながら
「あの娘には、今となっては、可哀想な事をしたと思ってる。その頃は、私はあの娘を、フォックスを殺そうとした、憎しみの対象以外の何物としても見てなかったから。辛く当たって、死ぬなら死ねばいいと思ってたからね……」
私は、舞韻さんのその表情を見て、当時の複雑な心境を慮ると共に、色々な人の隠された過去を知っているこの山の懐の大きさに、改めて驚きと、敬意が湧いてきた。
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