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狼と企み

 私は、コンさんに言った。


 「私ね、師匠に会ったことあるんだ」

 「えっ!?いつ?」


 驚いた表情で言うコンさんに


 「コンさんと出会う2週間くらい前から何回も。私がね、男の人の家から追い出されてコンビニの前に座り込んで次の人を探しているところに必ずやって来ていつもお説教するの」


 と、説明し、それに続けて師匠との出会いからの全てを話した。

 コンさんは全てを黙って訊き、考え込むような仕草をすると、言った。


 「それは、師匠の企みだな」

 「えっ!?」

 「恐らく、最初に会ったのは偶然だ。杏優の話では、師匠は、俺に殺されるために周到に準備していたから、そのコンビニの近くにある例のアパートに足繫く通っていたらしい」


 コンさんの話では、師匠は、その日に備えて、使われていないアパートの4階を掃除し、空き家の403号室を使えるようにしたり、自分の遺体を入れる寝袋やブルーシート、コンさんの着替えなども用意するために、ほぼ連日通い、時には泊まってくることもあったそうだ。

 そんな最中に、私と偶然出会ったのだろうというのだ。


 「師匠は、燈梨の雰囲気から、訳ありであること、そして自分を見失っていて、このままではダメになってしまうことを直感的に見抜いていたんだと思う。そして、放っておけないと思ったんだ」

 「だから、声をかけたの?」

 「ああ。師匠って人は、自分から他人に関わろうとはしない。自分は、裏稼業人で、傭兵だった過去があるから、人に関わりすぎると、自分が傷つくことを知っているからな」


 コンさんが言うには、師匠という人は本来、寡黙で、あまり喋らない人だそうだ。

 特に見知らぬ人に対しては、自分から声をかける事など、まずありえないという感じで、むしろ纏う雰囲気と、鋭い眼光で、人を寄せ付けないようなオーラを常に発散しているという。


 しかし、私が覚えている師匠という人は、私に対してそんなオーラを微塵も出してはいなかった。

 あの頃の私は、人の雰囲気に敏感だった。それは、補導されてしまうかもしれない対象としての人であり、機嫌を損ねたら追い出されてしまう宿主に対するそれもあってだ。

 なので、もし師匠がそんなものを発していたとしたら、私は、近づいてきた段階で、たちどころに退散しただろう。


 「そして、最初に会った日以降は、燈梨の行動を見ていたんだと思うぞ。だから、燈梨がコンビニに現れるタイミングで師匠もやって来たんだ」

 「えっ!?」

 

 コンさんが言うには、師匠は、コンビニにはあまり行かないのだそうだ。理由は、他人に顔を覚えられるリスクが高いからという裏稼業人の習性のようなものだという。

 スーパーなら人が多数いるし、レジでもそこまで顔をまじまじと見られることは無いが、コンビニではそれがあるのと、一部の商品は、店員に直接声をかけないと買えないのも、その世界の人間から嫌われている理由だそうだ。


 「そして、それ以降、どこに行っても邪魔が入るようになったもの師匠の仕業だ」

 「……」


 そこまでの話を訊くと、私は、コンさんの言葉には特に驚かなかった。

 何故なら、本当にピンポイントで奇妙な出来事が起こるのだ。……そして、その近辺で、大抵宿主の男の人が私を追い出すのだ。


 「恐らく、燈梨の知らないところで、宿主にもアプローチしてるはずだぞ。プロは、偶然に頼らず確実に燈梨を追い出させるよう仕向ける」

 「アプローチって?」

 「例えば、探偵や、家族を装った人間を使って、『この娘、見ませんでしたか?』と、訊いてみたり、刑事のふりをして、誘拐での家宅捜索を匂わせたりな」


 それを訊いて、私には思い当たることがあった。

 ある男の人の家に泊まり、いよいよ始まる……という時に電話がかかってきて、それ以降、彼は私に手を出そうとしなくなり、翌朝追い出されたのだが、その際に漏れ聞こえてきたのは

 『朝からの出頭は勘弁してください』と、いう言葉と『状況って……ヤッてませんよ!』と、いう言葉だった。


 コンさんの言う通り、師匠は、恐らく刑事を装って、宿主の男性を追い詰めたんだと思う。それでも、私に手を出そうとしたので、そこに電話をかけてダメ押しをしたのだ。


 そして、師匠が、私を守ろうとしてくれたことも、今となっては分かる。……恐らく、当時なら単純に邪魔されたとしか思わないだろうが、今の私には、その気持ちを素直に受け取る素直さと心の余裕がある。

 しかし、分からないのは、何故師匠が、見知らぬ私のことをそこまで守ろうとしてくれたのかだ。

 師匠とは、肉まんの夜が本当に初対面なので、以前からの知り合いという訳でもないのに……だ。


 そのことを話すと、コンさんが言った。


 「恐らく、師匠は、来るべき日が近づいてきて、人生の総括をしていたんだと思う。その中で、沙織の人生をメチャクチャにしてしまったことを改めて後悔していたから、偶然見かけた燈梨が、同じ過ちを犯そうとしているのを黙って見ていられなかったんだろう」


 それを訊いて、師匠が言っていたことを思い出した。

 師匠は娘の話をして、私に考えを改めるようアドバイスをしたのだが、その際に出てきた娘の特徴は、沙織さんそのものだったのだ。


 師匠は、人生の終わりに心残りだった沙織さんの事も思い出していたのだ。その最中に出会った私を見て、あの時の自分ができなかったことをして、私のことを守り切ろうとしたのだ。

 特に、沙織さんに関しては、コンさんと対面させて、沙織さんの中にある誤解を解こうとしていた企みが、自分の生きている間には叶わない事を悟っていたので、尚のこと、心残りだったのだと思う。


 だからこそ、私に関しては必ず立ち直らせると決意して、積極的に動いたのだと思う。


 ただ、気になるのは、師匠の最後の言葉だった。

 『お嬢と会うのは、これが最後になると思うが、3日後に会う人間こそが、良い大人だ。お嬢は、3日後に良い大人に出会って、俺が言っていたことの意味を理解することになるんだ』


 恐らく、最後になるという意味は、コンさんに殺される日が迫っているという意味だろう。そして、3日後に出会う大人というのは、コンさんのことを指しているのだということも分かる。

 しかし、何故、私がコンさんと出会う事をあの段階で予言できたのだろう?


 コンさんが、私と出会ったのは、偶然の出来事だ。

 確かに、師匠が私を人質にコンさんに自分を殺すように迫ったのだが、その後、コンさんが暴走した杏優に殺されそうになった私を守るためにやって来たからなのだ。

 師匠の思惑通りにコンさんが師匠を殺しただけなら、コンさんは私の元にはやって来なかったと思う。


 それを口にすると、コンさんは言った。


 「恐らく、師匠は、杏優の暴走も計算に入れてたんじゃないかな?」

 「えっ!?……なんで?」

 「普段と違う動きをしている自分のことを、修行中の弟子である杏優が気がついていない訳が無いことくらい知ってたと思うぞ。俺の依頼の日に合わせて行動することを、現に杏優は把握してたじゃないか」

 「……」


 確かにそうだ。

 最近の師匠に寄り添っていたのは、杏優だ。なので、師匠の認知症のことも、その症状が出た時の対処法も一番よく知っていた。

 だから、自分に万一のことがあった際に、分かっていても感情が爆発して暴走するが、コンさんには歯が立たないので、その矛先が私に向くことも計算に入れていたということなのだろうか。

 すると、コンさんが言った。


 「恐らく、あの夜、俺の記憶が無くならなかったとしたら、杏優は燈梨の元に真っ先に駆けつけて、その場では殺さずに人質にして、俺共々殺す算段を立てただろう。この間の別荘の罠みたいにな」


 確かに、杏優の執念深さなら、そうしたかもしれない。

 そうなれば、必然的に私とコンさんは出会う事になる。

 そして、杏優に捕まれば、師匠が以前に私に言った『痛い目』にも遭う事になって、私は遂に目覚める事になるという計算だったのだろうか。


 「師匠は、杏優が、素直に俺の弟子にならないだろうということは分かっていたんだろうな。だから、こんな手の込んだことをして、俺に杏優と燈梨の2人を託したんだと思う」


 と、コンさんは言った。

 私が分からずにいると


 「師匠はな、自分以外に懐かない杏優と、大人を利用しているつもりで利用されてる事に気付かない燈梨の2人の似た者同士を俺に託して、自分のやり残した事の完遂と、俺の罪悪感を薄くすること、更には、燈梨に幸せになって貰うことの3つを一挙に解決させようと企んだんだ」


 と、まとめた。


 「だから、まぁ、俺と燈梨は、師匠によって引き合わされたんだな」


 と、コンさんが照れくさそうに言ったのを見て、私は全てを悟った。

 師匠は、私の問題の解決まで、自分の命が無いことを悟って、最も信頼できるコンさんに私を引き合わせたのだ。

 自分の血を分けた息子と信頼を寄せるコンさんになら、私を守り、私の問題を解決できることを信じて引き合わせたのだ。……ただ、そのアプローチがあまりにも回りくどいのは気になるが……。


 そして、それと同時に、自分を殺してしまったコンさんが、それを気に病んで自殺をしたり、壊れてしまわないように、私を託したのだと思う。

 少なくとも、私という放っておけば、どこへ飛んでいくか分からない存在と一緒に居れば、私を矯正している間は、それに手いっぱいになって、自分を責めるような暇もなくなるし、また、私がコンさんが妙な事をしないように、お目付け役にもなると判断したんだと思う。


 私は、師匠という人の、洞察力と、判断力、更には人を見抜く力に感服した。

 正直、この計画は、私という人間をしっかりと見抜き、そして、信頼しないと成立しないのだ。

 師匠は、コンさんと、私のどちらも信頼し、きっとやっていけると自信を持ったからこそ、あの夜、あんなことをしてコンさんに安心して殺される道を選べたのだ……。


 それを思うと、今、この世にいない事実に胸を締め付けらるが、それ以上に私は、師匠に救われた気持ちになれた。そして、あの時、もっと素直になって色々と話しておけば良かった……と、思うのだ。

 きっと、師匠なら


 「お嬢、気にするなよ!ジジイの死にたいっていう我儘なんだからよ。聞いてやってくれよ」


 と、言ったと思うが、それでも、私は生きていて欲しかったと心から思った。


 「師匠は、いつも勝手なんだよ!そのおかげでみんなが振り回されたじゃないか!」


 と、コンさんが噴飯やるせないと言った様子で不満を口にした。

 私は、コンさんの手をぎゅっと握って


 「そんなこと言わないで。私も、師匠には生きていて欲しかったって思ってるよ。でも、師匠のおかげで、私は、救われた。コンさんに出会ってなければ、私はきっと今でも、あのコンビニの前に座り込んでいたと思う……いや、もっと酷いことになっていたかも。……でも、師匠とコンさんに助けて貰った。だから、そうな風に思わないで欲しいな」


 と、コンさんに寄り添いながら言った。

 コンさんは、照れくさそうに顔をプイッと背けながら


 「まぁ……俺も燈梨のおかげで記憶が戻ったし、その燈梨がそう言うなら……」


 と、言った。

 私は、その様子がおかしくて、思わずプッと笑ってしまった。


 「似た者同士かもね。私とコンさんも」

 「そうかぁ?……まったく違うと思うぞ」

 「きっと師匠は、そう思っているよ」

お読み頂きありがとうございます。


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