狼とウサギ
私は、もう一度写真を見た。
写真は、コンさんと、ショート茶髪の舞韻さんの間に1人の男性がおり、それぞれ串焼きやビールを片手に顔を寄せ合って撮ったものだった。
私には、この真ん中に写る、師匠と呼ばれる初老の男の人に見覚えがあるのだ。
それは、コンさんと出会う2週間ほど前だったと思う。
当時の私は、色々な男の人の家を渡り歩く中で、とある街に行きついた。
そこは、コンさんと出会った街でもあるのだが、都内の中でも割合単身者が多く住んでいるところで、且つ、都心からもさして遠くないため、安心して宿を探すことができる街だった。
地方や、都内でも郊外の方へと行くと、単身者の割合が下がる事と、単身者の中でも脂ぎっている人達が多く、そういう人のところに行くと、心も体も疲れ切ってしまうので、私は経験則から、その街に行きついたのだ。
ここで出会う人達は、最初こそ驚いて私を迎えるが、慣れてくると、そういう事をするとき以外は、私に対して無関心でいてくれるし、昼夜を問わず、見知らぬガラの良くない人が入れ替わり立ち替わり出入りする事もないため安心できる。
そして、時が来ると追い出されるが、次の人を見つけるのにも苦労しないため、私はその街に居つくようになっていた。
その日も、私は、この街に来てから何度目かになる追い出しに遭い、定位置となりつつあったコンビニの店先に座り込んでいた。
しばらくして、ちょっと寒さが身に染みてきた頃、私の頭上からかけられた声に気付いた。
「お嬢、こんな所で何してんだ?」
見上げた私の目に飛び込んできたのは、一見すると50代後半くらいの、白髪だが、色黒のおじさんだった。体格は、すらっとはしているが、筋肉質なのは分かる適度にがっちりした感じ、顔はロマンスグレー?と、いうのだろうか、彫りが深くて整った渋いイケメンだった。
「別に……」
この頃の私は、前にコンさんにも言ったが、泊めてくれる対象の人以外の人間を、障害物程度にしか見ていなかったので、明らかに対象外に見える目の前のおじさんには、興味が無かった。なので、気のない返事でやり過ごそうとした。
「そうか……」
おじさんは言い残すと、店内へと姿を消した。
私は、邪魔者がいなくなって一安心と、周囲を見回したが、辺りに人影が無かったため、顔を膝にうずめた。
しばらくして、人の気配に顔を上げると、さっきのおじさんが私の脇に立っていた。
「ほれ!」
と、私に紙袋と、缶コーヒーを差し出した。
「え!?」
「『え』じゃねえ!寒いんだろ?それでも食ってろ」
見ると、中には肉まんと、チキンが3本入っていた。
「いいか?何も買わないで店先に粘られると、店にも迷惑だし、店から通報されるリスクも高くなるんだ」
「あの……」
「いいよ、どうせ、金ないんだろ?このジジイには金があるんだよ!」
と、ドヤ顔で言ってみせた。
「いや、私、コーヒー苦手」
「はぁ?お嬢は、俺の息子みてえなこと言うんだな。アイツも、40になるくせにコーヒーは苦手だとか、烏龍茶は飲めねえだとか、好き嫌いばっかり言いやがってよ!男なら出された物は黙って飲めってんだ!」
「私、おじさんの息子じゃないし……」
「愛想のないお嬢だな、ほれ!」
と、言うと、こう言われることを予測していたのか、持っていたコンビニのビニール袋から、ミルクティーを出すと、コーヒーと入れ替えた。
「いただきます……」
私は言うと、肉まんを頬張った。
正直言って、助かった。寒かったというのもあるが、私はその日の朝から何も食べていなかったので、お腹が減っていたのだ。
それと同時に、私は、さっきのおじさんの話を訊いて、疑問が湧いてきた。
さっきの話だと、おじさんの息子は40歳らしい。すると、見た目的に50代にしか見えないこのおじさんの年齢は、一体幾つなのだろうと。
そう思って、おじさんの顔をチラッと見ると
「なんだ?俺に40の息子がいるって聞いて、俺の年齢に疑いを持ったってところか?お察しの通り、40の息子がいても、おかしくない歳ってところだ。後期高齢者ってやつだ」
と、私の疑問を見抜いたように言った。
「おじさん、私のこと、訊かないの?」
肉まんを半分程食べてから言うと
「訊いたら答えてくれるのか?」
私は、首を横に振った。
「だったら訊くだけ無駄じゃねえか。だから訊かねえんだ。大体の察しはついてる。話したくなったら話せばいいし、頼みたくなったら頼めばいい。俺は、ここで行き倒れられても寝覚めが悪いから施した。それだけだ」
そう言うと、おじさんは私に背を向けると、すぐ近くの駐車スペースにある白いSUVの運転席ドアを開けた。
そして振り返り
「お嬢、これからどうするかは、お前さん次第だが、悪い大人に騙されるなよ。お前さんの思ってるほど、世間は冷たくもないし、お前さんの思ってるほど、大人は単純じゃない。利用してるつもりが、されてるなんて事、ないようにな!」
と、言って車に乗り込むと去って行った。
私は正直、その時は単純にウザいとしか思っていなかった。
次におじさんに会ったのは、それから4日後だった。
あの日、見つけた男の人の家から『出張に行くから』と、いう理由で追い出された私は、また同じコンビニにいたところ、おじさんがやって来たのだ。
「お嬢、4日の間に失ったものと、得たものの、どっちがどれだけ大きかったかを総括しないと、お前さんは、このまま迷い続けるぞ」
と、言ったおじさんは、今度はお弁当と、お茶をくれた。
私は、また説教か……と思いながらも、空腹には勝てずに弁当を食べながらおじさんの話を訊いていた。
「俺の娘も、お嬢くらいの年の頃、家出を繰り返して高校やめてな。あちこち放浪して、今はようやく沖縄に落ち着いて働いてるんだが、やっぱり、あの時の事は後悔していたぞ」
息子の次は、娘か……まったくウザい。大体このおじさんは、私の何を知ってる訳よ。と、思いながらお弁当を食べていると
「今のお嬢には分からんかもしれないが、悪い大人に取り返しのつかない事をされる前に目を覚ませ!」
と、言うので、お弁当を食べ終わった私は
「帰るところがないの!今の私にできる事って、これしかないんだよ!」
と、言うと、おじさんは悲しそうな目をしながら
「帰るところがないからって、悪い大人を頼って良い理由にはならないぞ。変なクスリ覚えさせられる前に抜け出すんだ!」
と、言ったが、私が答えずに目線を外したため、ふう~っとため息をつくと
「そうか。じゃあ、もう少し痛い目見てから考えるんだな」
と、言ってまた車に乗ると去って行った。
それからは、数人の男の人の家を転々としたが、不思議な事に1回もヤることなく済んだ。いや、ヤるつもりでベッドに入るところまではいくのだが、その刹那に火災報知器が鳴り響いて、アパート中が騒ぎになったり、暴走族が部屋の前でコールを切り出したり、ベランダに上の階からプランターが落ちて来たり、宿主に突然電話がかかってきて、明日警察署に出頭するように……と、言われたりして、ヤるどころではなくなってしまうのだ。
そして、それが続くので短期間で追い出される日々が続き、そのたびに、コンビニで、おじさんに何かを食べさせてもらいながら、懇々と今後の生き方について説教をされる……の繰り返しとなったのだ。
そして、コンさんと出会った日にも、男の人の家を追い出されたのだが、その日はコンビニ強盗があって警察が来ており、おじさんに会うことは無かったが、いつも私に声をかけてくれるおじさんこそが、コンさんと沙織さんの師匠だったのだ。
最後にコンビニでおじさんに会った時に言われた言葉を思い出した。
「お嬢と会うのは、これが最後になると思うが、3日後に会う人間こそが、良い大人だ。お嬢は、3日後に良い大人に出会って、俺が言っていたことの意味を理解することになるんだ」
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