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赤黒と気遣い

 それから1時間ほど、色々な運転方法を試して終了した。

 後半は、コンさんが、工事現場にあるカラーコーンを立てて、それをコースに見立てて、8の字ターンや、周回コースをいかに一定の距離感で速く走るか、といった練習をして、終わった時には汗を結構かいていた。


 「燈梨、ハチロクでスライドコントロールを覚えておけば、シルビアで同じ状況になった時には、考える余裕ができるから、今日の練習は意義があるんだ」


 と、コンさんが言っていた。

 私は、ただひたすらに起こった状況に対処していただけなのだが、コンさんが言うには、シルビアの場合、滑り出しや、スピンに至る反応がワンテンポゆっくり起こるので、この車で覚えたことが身体に染みついていれば、どうすればいいかを考える時間ができるそうだ。


 私は


 「なんで、この車でこんなことをやったの?」


 と、訊くと、コンさんは


 「コントロールを覚えると楽しく運転できるというのもあるが、これは、緊急回避の練習でもあるんだ。これを覚えておけば、アクシデントでスライドしてしまった時にも、立て直すことができる。万一、立て直しが間に合わなくても、コンパクトにスピンして車を止めることができる。出来ないと大事故にも繋がるから、覚えておいて損の無いことだ」


 と、答えて、グラウンド整備用のトンボをレビンの後ろにつけると、運転して練習場の路面を慣らしてから倉庫にしまった。


 私は、最初にやろうとした洗車を開始した。

 倉庫にあったカーシャンプーを、コンさん直伝の方法で泡立てて、ホースでボディを濡らしてから、屋根、ボンネット、トランクの順に洗っていく。


 次に横を洗っていて気がついた。赤で、下半分は黒のボディの後ろ半分は表面が少し波打っていて、ほんの少し艶が消えていた。

 そこを意地になってゴシゴシと洗っていると、コンさんが言った。


 「そこは、俺と師匠がパテで直して塗ったところだから、塗り直さないと綺麗にはならないよ」

 「どうして直したの?もしかして、コンさんがへこましたとか?」


 と、ニヤッとして言うと、コンさんが言った。


 「そのハチロクは、元々この山に捨てられてたんだ。最初に見つけた段階で、そこは大きくへこんでたんだ」


 訊くと、この山は、電気柵を導入するまでは、柵を壊して中に入ってごみを捨てる人が後を絶たなかったそうで、このレビンも、今のホタルの里の川の辺りに捨てられていたそうだ。


 「ホタルの里より奥は、乗用車じゃ入って行けないから、あそこには不法投棄の車が5台あった。そのハチロクに、ジムニー、キャデラック、バネットに、腐ってフレームだけになったトラックがあったな」


 師匠は、ホタルの里を整備する際に、それらの車のうち、部品供給が怪しくて使い道のないキャデラックと、腐って使い物にならないフレームは処分をして、あとの3台をこの山で使えるように、コンさん達と直したのだという。


 「ジムニーは、ゲートのところにある管理小屋にあるぞ。普段管理している人が、構内移動用に使ってる。バネットは、ホタルの里の倉庫の中にある。荷物運びと、人員輸送用だ」


 このレビンは、最初は物凄い状態だったそうだ。

 コンさんは、倉庫の棚から、アルバムを取って見せてくれた。修理記録に、師匠がその経過を撮ったそうだ。


 最初の写真は、ホタルの里の川の中に半分突っ込んだ状態のこのレビンと思われる赤黒の車の写真だった。ライト周りは無く、後ろは大きくへこみ、ガラスは割られて、助手席のドアは無く、今の面影は見られないゴミだった。

 タイヤもホイールごと無くなっており、次の写真は、広場まで引っ張られたレビンがタイヤのない状態で置かれているものだった。そのワイヤーの先には、見覚えのないサファリがいた。赤と銀色のツートーンで、コンさんのと違い2ドアだ。


 「それは、師匠が乗っていたサファリだ。随分前に乗り換えたからな、見覚え無いのも無理はない」


 私は、その時思った。コンさんが、サファリに乗るのは、やはり師匠の影響があるからなのではないかと。


 次のページでは、写真の感じから、数年後と思われ、レビンはスタンドの上で、部品をすべて外されてバラバラになった状態で、後ろのへこんだところを、何かの機械を使って直しているのだろうという風景で、機械からは火花がたくさん出ていた。

 その機械を動かしているのはコンさんで、その奥には、今と髪形が違うロングヘアの舞韻さんが写っていた。

 髪型が違うだけで印象は大きく変わり、今の舞韻さんが、活発な印象を受けるのに対して、黒髪ロングの舞韻さんは、その顔立ちのせいもあり、清楚な感じに見える。


 次のページでは、へこんでいたところは、目立たなくなり、後ろ半分はグレーになっていた。コンさんが、白黒の助手席ドアを持ち上げて当てがい、中から肩までの長さの明るめの茶髪の沙織さんが、ドアを押さえているのだが、コンさんの後ろにいる、半袖短パンの舞韻さんが、沙織さんを指差して、何か怒鳴っている姿だった。

 恐らく、コンさんの暗殺に失敗して捕らえられ、髪を刈られた数ヶ月後の姿だと思われる。


 次のページでは、遂に後ろ半分と助手席ドアも同じ赤黒に塗られていた。

 コンさんが、足回りの部品を、舞韻さんが、ライト周りの部品を取り付けており、車に表情が出てきた。そして、2人が薄手の長袖を着ていることから、前の写真から、数ヶ月経っていると思われる。


 そして、次のページでは、遂に外観が出来上がって、今度は、バラバラになって、所々無くなっている内装やシートを2人が取り付けたり、直したりしているシーンで、遂に最後のページでは、出来上がったレビンに2人が乗って、さっきのコースで撮られた走っている写真で終わっていた。


 私は、これを見て、この作業には狙いがあったんだな……と、思った。

 舞韻さんと沙織さんの仲は、この頃、最悪と言っていいほどの状態だったはずだ。

 以前に沙織さんから訊いた話では、家に帰ると下着にされ、手錠をかけられて過ごすことを舞韻さんから命じられて、捕虜の扱いを受けていたので、沙織さんは、舞韻さんをとても毛嫌いしていたはずだ。


 だからこそ、沙織さんの師匠でもある彼は、一計を案じたのではないかと思う。

 この作業をみんなでやらせることによって、舞韻さんと沙織さんを否応なしに協力させて、和解させようとしたのではないかと、私には見えるのだ。

 なので、コンさんに訊いてみると


 「燈梨は鋭いな。恐らく、師匠の狙いはそれだと思うぞ。その頃、師匠は機会あるごとに『山の整備するから、2人を連れて来てくれ』って言っては、俺を入れて3人セットで作業をさせたりしていたからな」


 と、言っていた。更には


 「そのハチロクだって、移動させてから、もう何年も師匠は放置していたのに、急に『広場で遊ぶのに傷がついてもいい車、あるから()()()()直そう』って言い出したからな」


 と、言った。

 訊くと、ホタルの里を整備したのは軽く15年以上前だったそうだ。私が、写真から受けた違和感と一致している。

 その時に、放置された廃車を5台見つけて移動させて、バネットとジムニーは、壊されていなかったために、軽整備ですぐに動くようになり、使っていたが、あとの3台は、損傷が激しいから捨てるって言われてたそうだ。

 

 それが、急に直すと言い出した裏には、やはり、師匠なりの考えと気遣いがあったのだ。

 私は、それを訊いて、師匠という人は弟子思いだったんだなあと、改めて感心した。


 取り敢えず、さっきのリアの一部を除いて、レビンはピカピカになった。

 正直、この車も、色々な人たちの思いを繋いだ車だったんだと思うと、なにか、とても大きな存在に見えてしまうのが不思議だった。


 洗車も終わり、さっきのアルバムを片付けようと、コンさんに渡そうとした時、そこから1枚の写真が落ちた。

 きっと、アルバムの別のページから落ちてきたのだろう……と、思い、その写真を拾った瞬間、私は、それを手に取り、まじまじと見て、驚いた。

 コンさんは


 「それは、師匠とここでバーベキューした時の写真だ」


 と、言われたので、もう1度そこに写っている人の顔を見ると、私に戦慄が走った。


 「この人が……師匠なの?」


 私は思わず訊いていた。


 


お読み頂きありがとうございます。


少しでも続きが気になる、見てみたいかも……と、思いましたら、評価、ブックマーク等頂けると活力になります。


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