燈梨と学び
朝食を終えると、今日もダットサン?に乗って、コンさんと山へと出かけた。
「あのさ、ダットサンって、まるで人の名前みたいだね……って、ダットなんて人いないし」
と、笑って言うと、コンさんは、真顔で答えた。
「ちなみに、ダットサンのダットは、開発者3人の名前の頭文字だぞ」
「えっ!?」
コンさんの話では、ダットサンの『サン』は、当初は、3人の息子のような存在な事から、ダットソンと、名付けられたが、ソンだと『損』に繋がる事から、太陽を意味する『サン』に改名されたという逸話があるそうだ。
ちなみに、ダットサンのダットには、『脱兎のごとく』の意味も込められ、素早い走りをイメージしたものだそうだ。
最後は、トラックのみに残って国内からは姿を消したが、過去には、日産の小型車ブランドの全般をカバーした伝統のブランドだったそうだ。
最初に、山の麓にある、スピンターン練習場にやって来た。
小屋のドアを開けると、昨日のハチロクレビンがあった。
まず最初に私が、洗車をしようと準備をすると、それを制してコンさんが
「まずはオイル交換をして、その後で、燈梨が練習しよう。洗車はその後ですれば効率が良いだろ」
と、言った。
私は、それに従って見ていると、コンさんはエンジンをかけて外に出し、5分くらいエンジンかけっぱなしで車を離れて、小屋の中の整理と掃除を始めた。
私は、コンさんを手伝って小屋の中を掃除した。小屋の中は整理整頓されていたが、師匠が亡くなってからは手付かずだったのだろうと思われ、この数ヶ月分の埃が積もっていた。
5分ほどすると、コンさんは、レビンを小屋の中にバックで入れると、小屋の奥にある大きなジャッキで、前側を持ち上げた。
私は、物凄い整備に興味が止まらず、コンさんに
「なにか、手伝えることある?」
と、訊いた。すると、コンさんは、考え込んでから
「今回は、無いかな?でも、興味があるなら俺のやる事を見て、次は自分で出来るようになってみよう」
と、言ったので、私はコンさんの動きを凝視した。
コンさんは、ボンネットを開けると、エンジンの上にあるキャップを外した。
「最初に、このフィラーキャップを外しておくんだ。先に外しておけば、抜けが良くなるし、後で外れなかったら、目も当てられなくなるぞ」
と、言い、車の下に潜る前に、3本足のスタンドを出してくると、車の脇に入れた。
「整備をするのに潜る時は、このフロアスタンドを必ずかけるんだ。ジャッキが間違って外れた時、大惨事になるのを防ぐために忘れずにだ」
そして、潜ると、エンジンの真下辺りにあるボルトをレンチで緩め、その下に深いお皿のような容器を置き、ボルトを手で緩めて完全に外すと、真っ黒なオイルが勢いよく下に置いた容器に入っていった。
その間、今度は昨日ホームセンターで買ってきたオイルを、注ぎ口付きのジョッキに入れると、今度はエンジンの脇の方に手を突っ込み、くるくると回すと、何か筒状の物を外してきた。
「これは、オイルフィルターと言って、汚れを濾すための物だ。オイル2回に1回の割合で交換するんだ」
と、言って、昨日買ってきたフィルターとあっという間に交換した。
今度は、また下に潜ると、さっきのオイルが抜けきっていることを確認して、ボルトを締めると、ジャッキを降ろし、皿に溜まった廃オイルを倉庫の奥にあるドラム缶に入れていた。
「この溜まった廃油で師匠は、上のプレハブの横に置いたドラム缶でお湯を沸かして風呂に入ってたぞ」
と、コンさんは言っていた。
私は、確かにこの絶景で入るお風呂は気持ちの良いものだとは思うが、さすがに外に置いたドラム缶で入ることには抵抗があり
「はははは……私は、遠慮しとこうかな……」
と、言ったところ、コンさんは
「今は、プレハブ脇の倉庫の中に、きちんとしたお風呂があるけどな」
と、言った。
師匠は、廃油の処理も兼ねて、ここでのお風呂を日課にしていたそうだが、ある日、取り壊しになる別荘から、大きめの風呂桶を貰ったので、この絶景を眺めながら入れるお風呂を作ったそうだ。
ジョッキに入れたオイルを、エンジンの上の外した蓋があった入れ口から注ぐと、蓋をして、エンジンを2分ほどかけてから切って2分おき、エンジン脇の棒を抜くと、拭いてから戻して、更に抜いた。
「この棒のLとHの間にオイルがつくように入れるんだ。少なすぎや、多すぎは、調整しないとダメだな」
と、コンさんに言われて、棒を見ると、確かにコンさんの入れた量はHに対して9割近い量入っていた。
「今回は、フィルター交換もしてるから、その分、多目に入ってるかな」
と、言うと、コンさんは私の肩に手をかけると
「お待たせしました。コイツで、燈梨が遊ぶ時間が来たぞ」
と、言った。
私は、コンさんに不意にボディタッチされることはあまりないので、驚いたが、昨日からちょっとこの車に乗ってみたかったこともあり、喜んで運転席に乗り込んだ。
助手席に乗ったコンさんから
「基本は、普通の車だが、パワステは付いてないから、そこだけ注意な」
と、言われて改めてハンドルを握ると、がっしりとした手応えがあり、確かに、パワステが無いのが分かった。
私は、クラッチを丁寧に繋ぐと、ゆっくりと広場へとレビンを走らせた。
「最初は、広場の向こう端までまっすぐ走って、Uターンで倉庫前まで走ってUターンの繰り返しな」
コンさんの指示で、私は普通に走らせると
「燈梨、シルビアのつもりで走らせず、もっと回転数上げるんだ。脳みそが震えるくらい回してOKだ」
と、言うので、ギアを1速落としてメーターを見て初めて気がついた。
このレビンのメーターはデジタルメーターで、タコメーターが見辛い。
「回転数が分かり辛いよ。コンさん」
と、私が言うと
「見え辛いのは確かだが、この車は『考えるな、感じろ』だから、燈梨の勘を信じてメーター気にせずひたすら回せ」
と、言われたので、私はアクセルを床いっぱいに踏み込むと、今まで
“ブウウウウー”と、回っていたエンジン音が、“パアアアアアー”と、甲高い気分が盛り上がる音に変化してきた。
そして、広場の端が近づいてくると
「ブレーキ、2速、ハンドルを右いっぱい、向きが変わったら、アクセルを開けていけ」
と、コンさんに指示され、言われた通りに動かすと、車の向きが、巻き込むかのように変わっていって楽しかった。……車って、こんな動きをするんだと、改めて知って感じる楽しさだった。
繰り返してやっているうちに、慣れてきた私は、アレンジを加えてみた。向きが変わってから踏むアクセルの量を大きめにしてみたのだ。
すると、クイッと巻き込むように曲がった後、更にハンドルを切った方に巻き込みながら、後輪がズルズル~っと横に流れ始めた。
これ以上、踏みすぎると、巻き込んだまま、スピンしそうだったので、少しアクセルを緩めてみると、横に流れる感じが弱まって、コントロールできるようになってきた。すると、コンさんが
「もう既に、ドリフトと、ドリフトコントロールまで一応できているな。上出来だぞ、アクセルコントロールで、スライド量と角度を調整するんだ。もし、それで立て直らない時は、逆向きに少しだけハンドルを切って、カウンターを当てるんだ」
と、言い、私もそれに従って試していくと、大体狙った方向に車を滑らせることができるようになった。
「良いよ!燈梨。もう、この広場を好きなように走らせてみな」
と、コンさんに言われて、私はレビンを大回りや、8の字ターンで、お尻をブリブリ振り回しながら、走らせまくった。
このレビンは、私の手足のように、狙った場所を、狙った通りに走ってくれるので、私はとても楽しくなってしまったし、改めて、1つ上のレベルの車の面白さに触れて、また一つ殻が破れた気がした。
今度は、サイドブレーキを使って意図的に車を滑らせる方法をレクチャーして貰った。
最初と同じように広場の端を目指して、近づくと
「ブレーキ、ハンドルを右いっぱい、クラッチを切り、サイドブレーキを一瞬引き上げて、瞬時に戻す。後のアクセルコントロールは、良くできているので、恐らく問題ないかと」
と、言われて、指示通りに、一瞬だけ、サイドブレーキを引くと、さっきのアクセルでの振り出し方とは、異次元の勢いでお尻が振り出されたので、ここまで順調だった私の立て直しも上手くいかずに、スピンをして止まってしまった……。
それを見たコンさんは
「よし!この練習は、失敗する事に意義があるんだ。自分の弱点を見つけて、ひたすら練習して、克服する。そのための場所だ。だから、燈梨もサイドターンを徹底練習だな」
と、言ってニコッとするので、私も思わずニコッとして
「うん!とにかく頑張って、今日中にマスターする!」
と、脇目もふらずに練習を始めた。
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